『息もできない』

ウサをはらすというときに、お酒を呑んだり、バクチをしたり、おネエさんとHな事をしたりするようだが、オイラの場合ウサの根本を叩かないとハレないということが判明(笑)。
ここより酷いところ、酷い境遇はいくらでもあると自分に言い聞かせて今週乗り切るつもりである。
「しーばらまー」
いささか後ろ向きな姿勢ではあるが(笑)。


先週土曜日歯のメンテナンスに。
仮歯を入れてもらう。
今週本チャンを入れてもらう予定である。
ライカM9、ほっしいな(笑)。


一月末から薬を飲んでいる所為か花粉症の症状が表立って出ていない。
世間は結構花粉が俟っているらしいが、くしゃみは出ても鼻水鼻づまりが納まっている。
このまま乗り切りたい。
ただ、電車に乗るのにちょっとダッシュしたりすると息苦しくなり息が切れる。
またもちょっとした酸欠の恐怖を味わう。


本日日曜日ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニング・マシン。
どうにも気が重く、気が乗らない。
40分で4.57kmで終了。
体重91.65kg。


iPhoneのアプリで最近重宝しているのが"駅.Locky(カウントダウン型時刻表)。
使う駅を登録しておけばそこに電車が来るまでの時間をカウントダウンしてくれるすぐれもの。
時刻表の代わりにも当然なるし、すごくいいですな。
今のところ無料だしね。


土日の休みでテクスチャー作り。
「しーばらまー」
仕事では使うつもりがないので、逆に丹念に作る(笑)。


『機動戦士ガンダム THE ORIGIN (22) ひかる宇宙編・後』
『ガンダム』は群像劇だなあと再確認。
それもこれもそれぞれのキャラクターを過不足なく魅力的に描ける安彦良和の画力に負う事が大きい。
巻末の安彦×大河原邦夫対談もなかなか興味深かった。
彼等と例えば宮崎駿なんかとのアニメーション作品を作るということの考え方の違いを思う。
どちらが良い悪いではなしにね。
当事者は自分の方が正しいと思ってるのだろうけど。


先週の宇多丸のシネマハスラーの企画。
『あしたのジョー』の評論であるが、TBSが制作に噛んでいるからしかたないとはいえ、鬱陶しいものになってしまい残念だなと思う。
宇多丸にマトモに評論(批判)させたくないTBSの思惑どおりにはなったんだろうけどね。


先週は映画はナシ。
『悪魔を見た』を観ようと思ったが、iPod touchで視聴した作品があまりに強烈すぎて。
地元の映画館では『英国王のスピーチ』もやらない。
「しーばらまー」


『息もできない』
ネタバレあります。
iPod touchで観る。
この映画を観ようという気になったのはPodcastで宇多丸が本作の監督であるヤン・イクチュンと対談していたのを聴いたからだ。
多分暴力が重要なキーになり、そして監督自らが自腹を切って完成させた映画、というところに引っかかったのだと思う。
で、宇多丸がザ・シネマハスラーで『息もできない』を評論したPodcastを聴きいた。
色々調べたらオイラも投票に参加させてもらっている日本インターネット映画大賞では外国映画作品賞部門で6位。外国映画監督賞でヤン・イクチュンが2位。外国映画主演男優賞ではレオナルド・ディカプリオと並んでヤン・イクチュンが同率1位。
キネマ旬報での2010年外国映画ベスト・テンでは第1位が本作。
宇多丸のザ・シネマハスラー2010年 全映画ランキング!では総合第3位。
生涯ベストの映画という当時観た人の意見もあるぐらい。
日本アカデミー賞の優秀外国作品賞に『息もできない』はノミネートすらされてないが、まあこの賞自体が「しーばらまー」なのでね(笑)。日本アカデミーの見識の程度が知れますな(笑)。
と、言いつつオイラもこの映画の存在を知らなかったのだから同じだ。
この映画、昨年の上映時も公開館数が少なく東京でも一館しかやってなかったらしい。
それでも多分存在を知っていても観に行かなかったろうな。
韓国映画で知らない監督の映画だったしね。
『息もできない』はあらゆる意味で韓国映画の裾野に位置している。
監督は映画学校に通った訳ではなく俳優として叩き上げた人だ。
だからという訳ではないが映画をある意味アカデミックに語る術を持っていない、というかあまりそちらに興味が無いように思える。
そして最小規模であり最低予算の映画だ。
状況だけ見ればとても頂きに位置している訳ではない。
が、この奇跡のような映画は輝かしくも山の頂きの更に上に存在していた。
最近イーストウッドの映画を劇場で観なかった事を散々後悔していたが、まあイーストウッドはオイラが観なくたって観る人間は大勢いる。
しかし、ヤン・イクチュンの『息もできない』は違う。
一人でも多くの人間が触れる機会を持つべき映画だったかもしれない。そしてその一人でもの中に絶対オイラも入るべきだったのだ。
もう本当に不覚である。
観なかった事を仕方ないとは思いつつも後悔している。
オイラだって全ての映画をフォローしているわけではない。
むしろ大予算の映画ばかり観ている方だと思う。
大予算なら面白い筈だという根拠の薄い幻想に踊らされてるとも言える。
そうは言ってもやはり金を出して観る時の判断基準に制作費や監督やキャストの知名度に頼らざるを得ない。
だから信頼できる映画評論家が欲しいなと思っているのだ。
宇多丸もそうだが町山智浩の二人の信頼に足る評論家がいるので今後彼等のオススメはなるべく観るようにしようと思う。
昨年本作を観ていたら絶対ベスト5には入っていただろうな。
ものごっつい傑作であります。
この映画を奇跡と形容したのには訳がある。
映画を作りたいと思う人間は多いだろう。
その中で自腹を切っても映画を作ろうとする人間は少ない。
更に、そんな状況下で傑作と呼べる作品を作り出すなどというのは稀、というか奇跡のようなものではないか。
低予算であり小さなバックアップのみの制作を補填できるのは、監督の並外れた熱意だけなのだ。
それゆえ誠実な監督であればこそ、その小さくても映画を作れるチャンスにすべてを賭ける。
全てを出し切り、全てを使い切る。
こんな制作の仕方で生涯何本も映画が撮れる筈が無い。
今回盛り込めなかったのなら次作で盛り込めれば良いと思えることがどんなに恵まれているか。
本作は世界中から賞賛され、監督のヤン・イクチュンは次作のオファーも山のように来たというが全てを断ったらしい。
当然であろう。本作のヤン・イクチュンは文字通り全てを出し切り全てを使い切ったのだから。
誠実さも極まれりである。
予算がない、監督の経験もない人間に、そんな人間に気まぐれに生涯に一本だけ、神様がくれた奇跡の一本なのかもしれない。
それこそ誰にでも出来るものではない。
映画に愛された人間というのが存在するものだなと思う。
映画をアカデミックに学んでいないからといって、情緒的で感情的な映画ではない。
技術が伴わない監督の映画は自分の熱苦しい熱意を全面に出せば観客に分かってもらえると錯覚するものだ。
多くの人が出来ない中、自分は映画を作っているんだという高揚のみを糧にしているにすぎない。
ある意味映画というものは自分以外の観客が観るという視点が欠けているともいえる。
しかし、本作『息もできない』はまったくそんなことがない。
驚くほどの冷静な視点での監督の演出が冴え渡っている。
この映画を傑作にできたのは監督の鋭い感性と勘の賜物であろう。
とにかく信じられないぐらい俳優を映すサイズと編集のセンスがズバ抜けているのだ。
特に最後。
主役のサンフン(ヤン・イクチュン)が死んだ後のシーン。
シーンは焼き肉屋で明るく笑うサンフンの姉と子供、焼き肉屋の店長であるサンフンの友人が映し出される。
そのシーンで回想としてサンフンの死の悲しみのシーンが挿入されているのだ。
普通はサンフンの死の後に死を悲しむ描写を入れるよ。
だけど本作の編集によってサンフンが死んだ後の時の流れを表現しつつ、彼等は笑っているけど心のうちではきっと多大なる喪失感を埋められてはいないんだろうなと観客に思わせる。
すばらしいね。
本作では登場人物達に幻影(幻覚ではない)を見させるカットがある。
サンフンの父親の自殺未遂の場に、父に殺された母と妹が見えたり。
ラストの女子高生のヨニが屋台を破壊している弟がサンフンに重なって見えたり。
実に巧みな映像的な演出だと思う。
映画にしか出来ない、成立しない演出だ。
この映画には借金取り立てのチンピラであるサンフンと、彼の吐いた痰がたまたまかかった事で知り合ったヨニという女子高生の交流が描かれている。
この二人の交流が実に物悲しくていいのだ。
映画の中で彼等二人が知り得ない、ある悲しい出来事を観客である我々は知る事になる。
この悲しい出来事を我々は知っているから、この映画の結びが決してハッピーなものではないという予感を持つ事になる。
前半、粗暴なチンピラでしかなかったサンフンが後半自分を変えようとする。
借金の取り立てを一緒に組んでいたヨニの弟の暴力的な行動に、自分を見てしまった。
ちなみにサンフンは一緒に組んでいた若造がヨニの弟であるということを知らない。
自分を変えようとしていたサンフン。
かつてサンフンがやっていたような暴力をふるっているのに、そのサンフンにたしなめられるヨニの弟。
サンフンはヨニの弟に撲殺される。
暴力と罵倒の言葉しかしらないサンフンは結局巡り巡って自分がやってきた暴力によって殺されるのである。
もう言葉もないね。
暴力の連鎖というものが巧みにあらわされている。
そしてラストのヨニが、屋台を破壊している弟を見てサンフンを重ねてしまうところで彼女は隠されていた事実を見てしまったのだと思う。
「しーばらまー」というのはサンフンが劇中で何度も使う言葉である。
韓国版の予告編ではその言葉の上に「ピー」が入っていた(笑)。
相当にキタナい言葉らしい(笑)。
いわゆる「腐れオメ.」というやつらしい(笑)。
自分の感情を言葉によって相手に伝える術を知らず、唾を吐き、暴力をふるい、罵詈雑言でしか相手とコミュニケートできない悲しい男の末路。
そんな男の末路を実に最後まで冷静に作り上げたヤン・イクチュン、おそるべし。
暴力描写も殴ってる人間と殴られてる人間が同じ画面に映されないところがいい。
殴ってる人間の表情のみを映すという演出は徹底している。
宇多丸も指摘していたが初期の北野武映画を思い出したといっていたが、オイラはもっと特定して『その男、凶暴につき』のテイストに近いなと思った。
一言「これはちょっと」というのが、オイラの単純な好き嫌いなのだが、唾を吐いたり痰を吐いたりする描写がなんとなく生理的にキツかったっす(笑)。
これは単純なオイラの好き嫌いである。
オイラの感想はこのくらい。
まだ語り切ってないディティールもあるのだが、それは機会を別にしたい。
評論なら宇多丸のコレを聴けばいいし、宇多丸とヤン・イクチュンの対談もらコレコレを聴くべし。
本当に良い映画であった。
いずれ、ブルーレイで買うかな。
最後に、血まみれのサンフンのメイクはすばらしかった。
よくやった、ヤン・イクチュン。

追記
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映画のサンフンに扮するヤン・イクチュン。
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素顔のヤン・イクチュン(右)と宇多丸。
ヤン・イクチュン、素顔と役柄にすっげえギャップ(笑)。


今週は歯のメンテナンスと車の点検である。
平日がすごく憂鬱である(笑)。
by 16mm | 2011-02-27 22:01 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2011-02-27 22:26 x
「しーばらまー」とは?!ググったらこのブログが出ますたw
ネ申と板野対談おもろかったっす。当時入院して空いたネ申の席に湖川が座ってて、「こいつ安彦さんの席で何やってんだ!」と激怒したそうでw
Commented by 16mm at 2011-02-27 22:51
■re:chataさん
>「しーばらまー」
うはw本当だw。はっずかしい(笑)。
オイラより「しーばらまー」とかいてる人は絶対いるはずなのに(笑)。
アクセス解析でオイラのブログへのキーワードに「しーばらまー」がトップにでたらさらに恥ずかしい(笑)。
まあ、ある意味名誉だとも言えるが(笑)。

>イチロー
うあ〜wその対談読みてええ(笑)。買っちゃおうかな(笑)。後で対談集で出てきそうなので我慢してるんですけど(笑)。
イチロー、いいやつだなw
若い頃は単なる無軌道なアニメーターだと思っていたが(笑)。


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