『涼宮ハルヒの溜息』

今年はダメだあ(笑)。
先ほど(本日17時ごろ)、ちょっとした息苦しさの発作あり。
薬も飲んでるのに、いよいよわけがわからない(笑)。
こういう時期もあると納得して無理は止めにする。
夜寝る時にはおこりませんように。


先週金曜日、頭が熱でボーっとしてどうにもならず会社早退。
先週土曜日は母親の通院の付き合いとジムに。
それ以外は極力安静にする。
このまま家に閉じこもると、なんかエライ事になりそうなので無理矢理外に外出して、取りあえず近くの公園でボーっとしてみる。


先週土曜日ジムに。
ストレッチ、筋トレ少々、ランニング・マシン。
ランニング・マシンは傾斜を0度から6度のランダム設定。
65分で7.5kmを目標にする事に。
結果、65分で7.53km。
体重92.45kg。
なぜだw
なぜ体重が減らん(笑)。
結構以前よりマジに節制している筈なのに(笑)。


映画も先週はパス。


レンタル店で『サイレンサー』を借りに行ったらレンタル中とのこと。
この映画、町山智浩がPodcastで紹介していたので気になっているのだ。
いずれ観る事になるだろう。


『とりぱん (11)』
単行本購入。
全ての単行本を揃えている訳ではないので良い読者とはいえないが、本巻を購入したのは先の震災に関する作品が載っているからだ。
ひたむきな決意に心うたれる。


『未来世紀ブラジル』のメイキング本、『バトルオブブラジル 未来世紀ブラジル ハリウッドに戦いを挑む』をパラパラ読む。
もう何回も読んでいるが、映画の中でペーパーワークを揶揄する描写が現状会社でやってる無駄とも思える過剰な書類作成に重なる。
誰の為に書類作成かといえば、将来的に不祥事があった時に会社の責任を回避する為のものである。
会社としてはきっちり書類を提出させてやってますよ。不祥事は会社と関係ない個人の責任ですよ、という為である。
どう考えたって、提出した書類をすべてくまなく見てる特定の人間がいるとは思えない。
不祥事があった時に引っ張りだす。
それだけの書類である。
こういう書類が増えるのは社員がいい加減な事をやっていたから、ともいえるが、そのいい加減な事をやっていたのは今エラくなっている書類を出させる側の人間だったりする事が多い。
自分たちがやったことだから、下の者共もやるだろう、と。
その考えは正しい。
が、最初にやったであろう人間へのおとがめは無しかい(笑)。


カメラのレンズ。
フォクトレンダー・ノクトン25mm/F0.95にすることに。


『コクリコ坂から』の動いている映像をいまだに観ていない。
ここ2週間ほど映画館に行っていない事もあるが、アニメ画の静止画ひとつも目にしていない。
かなり情報を絞っているようだが、ここまで隠されると、実は作画的に結構ヤバめではないのかと勘ぐったりする(笑)。
『ゲド戦記』も特に後半は作画が結構アレだったりしたし。
むか〜し、1989年あたりに『宇宙皇子』が劇場アニメとして公開されたのだが、その予告編がいのまたむつみの静止画のイラストのみであったのだ。
案の定本編の作画は非情にアレなもので(笑)。
監督は実写からの人だったと記憶するが、当時アニメ誌で
「実写と違い、アニメはどんなアングルでも描けるので云々」
と、実写映画の人らしい呑気な事を言っていたので危惧はしていたのだ(笑)。
やはり現場のアニメーターを掌握できずに品質管理もできなかったのだろうな。
『コクリコ坂から』がそうではない事を、一応祈っておこう。

『涼宮ハルヒの溜息』
iPod touchで視聴。
本作は2009年に『エンドレスエイト』と同じ時期に作られたもので、ハルヒ達が学園祭で上映する映画を作る過程を描いた作品である。
TV放映の都合上5本に分割されているが、本作は元々1本の2時間ほどの作品であるという体裁。
登場人物の台詞の途中でエンディングが始まり、次回分はその会話の続きから始まるということをやっていた。
元々一本の作品を分断してますよ、というのも演出であろう。
つまり、一本の作品の分断ということではなく、分断そのものが演出なのだ。
この5本、各話にそれぞれ演出家が別々にたっているのだから(笑)。
一本を5本に分断したというのが本当なら演出も作画監督も特定であるべきだろう。
いやいや。
これをオイラは批判しているわけでは毛頭ない。
無茶苦茶トンがった事をしているなと関心しているのである。
『エンドレスエイト』から『涼宮ハルヒの溜息』に至道筋を辿ると、主人公のハルヒが非情に許し難い傲慢な女に描写されていたと思う。
ハッキリ言えばハルヒというキャラが本当にキライになりかけたよ、おぢさんは(笑)。
しかしね、この『涼宮ハルヒの溜息』の最期から続く『ライブアライブ』に至過程で、ハルヒの成長を感じる事ができたのだ。
『ライブアライブ』自体は2006年度版にすでに入っていたわけである。
この2009年版の連作は2006年版とを巧妙にブリッヂすることに成功している。
他人との共感に乏しかったハルヒが、『ライブアライブ』初めて他人の為に行動を起こす。
更にそれを傲慢に捉える事をせず、自分のやった事に対する反省と、自分の傲慢さに対する羞恥も感じていたのだ。
2006年度版は話の進行を演出的にシャッフルすることで、ハルヒの感情を円を描くように表現してみせた。
つまり2006年度版の放送順に観る限りにおいてはハルヒはまったく成長せずに終わっている印象だったのだ。
しかし、2006年版も順を追って観れば、ハルヒが確実に成長を遂げていた事がわかるようになっている。
この世界には自分以外の他者も存在する。
そしてその他者の為に何かをなす事が他者の為でもあり、自分の為にもなるということに気がつくまでの話なのだ。
そう考えると最終話の『サムデイ イン ザ レイン』はなんとなくぼんやりとした終わり方ともいえるが、それがまた心地よくも感じられた。
この演出家、たいしたものである。
このシリーズでもっとも高揚して面白いと感じたのは同じDVDに収録されている『ライブアライブ』と『射手座の日』だ。
『ライブアライブ』などかなり危険な事をやっておる。
音楽で観る者(視聴者)を引き込もうという試みである。
宇多丸も『20世紀少年』の映画評で、音楽で観る者を共感させる難しさというものを語っていた。
その困難さというのはかなりのもので、ある映画では音楽シーンを無音にし観客の反応を描写することで演出したり、はたまた愚にもつかない歌を作って作品そのものを破綻させたり。
そう考えると『ライブアライブ』だって観る人によってはノレない人もいる筈だ。
オイラがこの『ライブアライブ』にノレタのは歌が好みであったということ、
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演奏の作画が本物っぽくみえたこと(音楽に詳しい人が観てどうなのかは分からんが)で、
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作品に入り込む事ができた。
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昔、宮崎駿がルパンの出てこないルパンの作品の構想を話していた事があった。
ルパンに落し種の娘がいて、寄宿舎に入っている。
安っぽい色気を武器にせず、恥ずかしがらずにバニーガールの格好をして、ロックを演奏するんだけど、一人のときはヴァイオリンをひいているような女の子が主人公の学園モノ。
ルパンが出てこないという時点でダメだとも語っていたが。
今から考えるとヨタ話っぽくもあるが、オイラはすごく関心したのだ。
この『ライブアライブ』のハルヒを観てそれを思い出した。
なによりハルヒのこんな素敵な表情は他に出てこない。
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ことほどさように、この『涼宮ハルヒ』のシリーズに年甲斐もなくハートを鷲掴みにされたわけである(笑)。
今回改めて全話観なおしてみたのだが、『ライブアライブ』のワンカット。
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一瞬、キョンの後ろを駆け抜けるハルヒとユキの姿があったのを見つけた(笑)。
走ってる彼女ら。
自分のためではなく、他人の役にたとうとする為に走る姿が感動的であった。
今週は劇場版の『消失』をもう一度観なおすかな。


今週は『GANTZ 』のDVDが発売されるな。


今週末は心療内科と歯のメンテナンス。
by 16mm | 2011-07-10 20:19 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2011-07-10 20:36 x
>『コクリコ坂から』
最近はTVCMもやってますが、超短い版のようで。
映画館の予告はいきなりネタバレ的なものでした。
どんな展開をみせてくれるのか楽しみであります。

>『涼宮ハルヒ』
この演奏シーン、当時かなり話題になりましたね。
この動画しかみてないので、なぜバニーなのかいまだ謎ですw
Commented by 16mm at 2011-07-10 21:18
■re:chataさん
>『コクリコ坂から』
TVCMもやってますか。知りませんでしたが(笑)。
あの少女漫画なデザインがどうなったか興味があるところで。
でもだいたいジブリ風の女の子のキャラになってるんでしょうけど(笑)。

>『涼宮ハルヒ』
この演奏シーン、楽器を使える人が観てどう思うのか聞いてみたいところです。
オイラは手間がかかった作画をしてるなあ、と思って感動してました。
バニーは自分たちの映画のビラを配るのに着ていた格好という事ですね(笑)。
演奏とは直接関係ないっす。


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