2011年の映画

年末から腹を下してました(笑)。
前の前の会社の友人と焼き肉を年末に食べたのだが、久しぶりの焼き肉に眼の色が変わって良く焼かずに食ったのがいけなかったのか(笑)。
一緒にいった友人は大丈夫であったろうか?

と、これを書いている今もイマイチ調子が悪く、昨日なんて実家の夕食としてはとんでもなく奮発した牛肉のすき焼きと結構なお値段だという生卵を食べてすぐまた腹がピーピーと(笑)。
嗚呼。食べ慣れないものを食べるとこれだから(笑)。

休み中はそんな中でずっと出歩かず寝てたようなもの。
いつものようにヤク漬けとなって思い存分惰眠を貪っておりました(笑)。


身体が硬く感じるので新しい年からストレッチを毎日しようおもっていたのに、今日は三日だがまだ一度も実践してません(笑)。
一年の計は元旦にあり。
三日坊主にすらならずに、仏の顔も三度まで(笑)。
いっその事来年の元旦からの目標にした方が潔いだろうか(笑)。


そんなわけで昨年と変らない壊れっぷりの中年おぢさんである(笑)。
だいたい年末にその年の総括、というか、単なる映画の感想のまとめをするのがこのブログでの常であったが、ダラダラとしているうちに年が明けてしまったわけである。
いまだにTVが無い部屋なので紅白がどっち勝ったとか分からず、あ、年末のたけしと鶴瓶の番組は観たな。あのたけしの落語は録画しときたかったと無念に感じたよ。
閑話休題(笑)。
今年も日本インターネット映画大賞のお知らせが来て投票させてもらえるようなので、年末の常を年明けにやろうと思います(笑)。
とりあえず日本インターネット映画大賞 への投票とは別に昨年の映画のランキングを。
昨年観た日本公開の映画作品は35本。
この35本はすべて劇場で観た作品だけでなく、昨年日本劇場公開されて昨年ソフト化されたものも含みます。
で、この35本からベスト10を選ぶと以下。

1.『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』
2.『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』
3.『エンジェル ウォーズ』
4.『恋の罪』
5.『ブラック・スワン』
6.『猿の惑星 創世記(ジェネシス)』
7.『SUPER 8 スーパーエイト』
8.『トゥルー・グリット 』
9.『冷たい熱帯魚』
10.『ヒア アフター』

以上のようになる。
『GANTZ』 シリーズや『SP』シリーズを入れるのも悩みどころであったが結局選外とした。
宇多丸のベスト10に入ってた『ブルーバレンタイン』。
彼等がPodcastで延長してまで語っていたがオイラにはまったく面白さも共感もできない作品でしかなかったっけ(笑)。
こういうこともあるんだよな(笑)。
『アンチ クライスト』もオイラには無理でした(笑)。
『ソーシャル・ネットワーク』も『英国王のスピーチ』なんかも観てないし(笑)。
『その街のこども 劇場版』『スーパー!』『アジョシ』は今後DVDなどで視聴するつもりである。

ついでにワーストも選ぶ。
順位は付けずに。

『これでいいのだ!! 映画・赤塚不二夫』
『さや侍』

上記2作。
『ワイルド7』とか『カウボーイ&エイリアン』などというリキサクもあるんだけど(笑)、やっぱり上記2作かな。
理由はどちらも許し難いものだから。
『これでいいのだ!! 映画・赤塚不二夫』の方はギャグや赤塚に対して真摯に考えて作られているとは思えなかったから。
『さや侍』については、松本人志の笑いを表現する為の媒体として映画を使うという<松本が言っているのか松本のフォロワーが言ってるのか知らんが>、オイラにしてみれば言語道断な作り方をしてるから。
松本の笑いの為に映画というメディアは存在している訳ではない。
そうではなく、映画を作る為に松本は笑いを作らなければならない。
その辺をはき違えてるかぎり松本の映画はダメだろうな。

蛇足だが年度に関係なく昨年観た全ての映像作品のベスト10も選んでみる。

1.『サイレンサー』
2.『息もできない』
3.『魔法少女まどかマギカ』
4.『インビクタス/負けざる者たち』
5.『愛についてのキンゼイ・レポート』
6.『涼宮ハルヒの消失』
7.『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』
8.『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』
9.『特攻野郎Aチーム THE MOVIE』
10.『シャッター アイランド』

昨年初めて観た作品の内からのベスト10である。
上位五つは生涯のベストに入れてもいいぐらい。
なので上位五つは順位があってないようなものである。
そう言えば1位から4位で言えば全部他人の評判で観たんだな。
町山智浩とか宇多丸とか。
信頼出来る評論家を知ってるということは、この情報過多な時代だからこそ必要なのかもしれん。
そういう意味ではオイラはラッキーだなと思う。


『八日目の蝉』『塔の上のラプンツェル』『サイレンサー』
昨年末に観たこの三作品をある1つのキーワードで括って感想をかこうと思う。
すべてiPod touchでの視聴。
『塔の上のラプンツェル』だけが初見。

『八日目の蝉』
劇場で観た時の印象が強烈で面白かったのだが、再見したらなんとなくまどろっこしい感じがしてしまい、イマイチのれなかった。
男はバカで卑怯だなと思う反面、なんて女性は強くて(たとえそれが虚勢であっても)たくましいんだろうと思う。
何度観ても劇団ひとりが、オイラを代表とする男のダメさを台詞から顔つきからw全て見事に体現してて本当に不愉快であった(笑)。
これは良いんだか悪いんだか(笑)。
気に入らないんだけどナイスなキャスティングだったのかもしれん(笑)。
再見して小池栄子がすごくいいなと思った。
猫背でせわしなく、不安げな女性を見事に演じていて、これは劇団ひとりと真逆にものすごく好感がもてた。
雰囲気だけでなくちゃんと演技を小池がしているから好感をもったのかもしれん。
ところで映画のなかで写真館の親父とか写真家が描かれる場合、
そのたたずまいがなんというか所謂芸術家というか偏屈さというか、悪魔的というかメフィスト的というか(笑)。
古くは写真機(カメラという言葉ではなく)は魂を吸い取る、なんて事も言われてたので、それがいまだに写真館の親父を表現するのに使われているのかもしれん。
この映画でもいかにも芸術家というか無口で人間の暗黒面を覗き見出来るような雰囲気の写真館の親父が出てくる。実際問題として客商売なのに愛想笑いもしない悪魔的な雰囲気の親父の写真館が商売として成り立つとは思えないし(笑)、だから流行ってるようにも見えん(笑)。
なのにたった一枚のネガをプリントするのに現像液、定着液、停止液、などを作るなんてことはありえんだろう(笑)。
知ってるようで知らないけど、そんな芸術家っぽいイメージを纏っても問題ない映画の中の写真館の親父(笑)。
こんな表現を止めろとは言わんが、写真館の親父一般を知っているオイラは
「ああ、お約束だからね」
と思うだけである(笑)。
ところでオイラがバカな所為なのは十分にわかるのだが、この物語と『八日目の蝉』というタイトルがどうリンクしてるのかわからん。
なんとなくのニュアンスは分かるけど、ハッキリ言って?なのである。
どういうことなんだろうかね。


『塔の上のラプンツェル』
周りの評判が高い本作。
ディズニーが苦手だしなあ。
だけどジョン・ラセターが監修してる筈だから安心かも。
などと煩悶して鑑賞。
ニューヨーク・タイムズ評
「ディズニーの50番目のアニメであり、その外観と精神は現代的にアップデートされているにもかかわらず、古きディズニーの誠実で紛れもない品質である」
というのが良くも悪くも言いえていると思われる。
なんというか、ピクサーのキャラクターがディズニーの映画に入ったというか。
歌と踊りのミュージカル風を入れつつオーバーアクトなキャラクターがピクサー品質の画になっているという感じであろうか。
ピクサーのあえて避けていると思われる、ミュージカルで構成した劇映画。
ピクサーにはないオーバーアクトな演技もなかなか楽しく観れた。
ジョン・ラセターは懐が深いな。
無理矢理ピクサー風に仕上げるのではなく、ディズニーの伝統はきちんと尊重してプロデュースするんだからな。
もともとジョン・ラセターもディズニーのスタジオで働いていたわけだけど。
つまらなくはないけど、やはりオイラはピクサー風のミュージカル無しの方が好みだなあ(笑)。


『サイレンサー』
『サイレンサー』については昨年何度も観てたな。
なんというか完璧なバランスの悪さ(笑)というのか(笑)。
なんたって93分というコンパクトさのなかでとんでもない量の要素を詰め込んで見事にそれを時間内に閉じてるんだから(笑)。
というとバランスは悪くないのか(笑)。
とにかくオイラはこの映画大好きなのである。


で『八日目の蝉』『塔の上のラプンツェル』『サイレンサー』。
三題噺ではないがこの三作品に共通する事がある。
それはこの三作で必ずしも重要なテーマになっているわけではないのだが。
血の繋がり。
親子関係とは血の繋がりが必須であり全てにおいて代え難いものなのか?という命題である。
『八日目の蝉』では生まれたばかりの時に誘拐された子供が4歳までその誘拐犯の女を母親と思い込み、実際の母親と家族に違和感を抱き続ける娘の話だ。
『サイレンサー』では白人の子供が殺し屋の黒人の養父を本当の父親だと信じ、実際の父親を射殺する。
この二作を観ると血縁での親子関係というものが幻想でしかないということを思い知らされる。
とくに赤ん坊の時に血を分けた肉親から離れたら、その赤ん坊が物心ついた時に自分の本当の肉親は誰なのか?という根拠が自分のなかに存在しない。
見ず知らずの本当の肉親と血で感応しあうなんて事はない。
その恐ろしい現実を描いたのが『八日目の蝉』である。
精神的な眼に見えない糸などは存在しないという現実。
あるのはどのくらい人間として育てたかという年月的な重みのみではないか。
この現実が本当に一般化するとどうなるか。
遺伝子レベルを解析すれば親子関係か否かは判明するであろうが、精神、というか心のレベルでそれを認めるのは難しい。
なぜなら、自分自身でありながら自分の遺伝子の声を聞く事はできないからだ。
遺伝子があなたを母親と認定してるからあなたをお母さんと呼びます、という風にはいかない。
だから人間は、特に子供は『サイレンサー』のように肌の色も違う一緒にいて育ててくれた大人を父親だと信じることもでき、その父親を助ける為に本当の父親を射殺することもできるのだ。
そういう意味からすれば『塔の上のラプンツェル』でラプンツェルがマザー・ゴーテルを実の母親ではないと気がつく件と、王様と女王を素直に両親だと信じてしまう部分が如何にもな楽観さを感じてしまう。
物語のもつテーマがまったく違うとはいえ、『塔の上のラプンツェル』には『八日目の蝉』であった親子関係や血縁幻想に対する葛藤もない。
『塔の上のラプンツェル』を単体でなら楽しめるんだけど、『八日目の蝉』を観た後だと楽観的過ぎて腑に落ちなく感じてしまったということである。
by 16mm | 2012-01-03 22:10 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2012-01-04 17:20 x
わたすは昨年は14本でした。超少な!
今月はロボ爺とALWAYSがあるので楽しみれす!
Commented by 16mm at 2012-01-04 17:52
■re:chataさん
今年は結構面白いのが多そうで楽しみです。
ヒミズとか、デカプリオ&イーストウッドのJエドガーとかね。
今週は観れたらDVDでスーパー!かな。


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