『永遠の0』

先週も風邪の余波を受けつつ乗り切る。
咳と痰のからみが止まらなかった。
というわけではないのだが(笑)、Nike+ FuelBand SEも目標値に達する事なく終了。
体重は90kgから88kgをいったりきたり。
前に戻って間食したり糖分を取りすぎる程取ったりしているわけではないが、こう調子が悪いとなんとなく甘いモノが欲しくなるんだよね(笑)。
まあ適度に。
今週からまた健康生活にもどしたいもんだ。


先週土曜日、ヘアカット。
前回髪の毛の染めが強すぎた所為か金髪にならなかったので、そのあたりを調整してもらった。
良い感じの色になったと思う。


昨日日曜日、岩盤浴。
サウナとストレッチはなんとなくサボる(笑)。


宇多丸の年間映画ベスト10とワースト1が発表された。
ベスト10はともかく、ワースト1が『ダイ・ハード ラストデイ』。
......
いや、人様の好みにイチャモンつけることはないんですけど、『R100』より『ダイ・ハード ラストデイ』の方がワーストなのか(笑)。
宇多丸がなにかに遠慮して順位づけをしていないとは思っているが。
映画としての評価に達しないとして『R100』を選ばなかったというならわかるんだけどね。
宇多丸が今年評論した映画49本中、オイラも観た映画が18本だった。


『かぐや姫の物語』の評論で宇多丸がかぐや姫が月に帰るということは死ぬ事だということを聞いてギョっとなる。
ああ。
月からのお迎え。
そうかお迎えなんだ。
リアルな死なんだ。
オイラは呑気に荒涼として殺伐とした冷たさがあっても月に世界があると思っていたんだが。
そんなものはないってことだよね。
なにもない冷たい世界、あの世といっても具体的な世界の輪郭なぞ存在しない死からのお迎えだったんだ。
ああ、オイラは本当に行間を読むのが甘いな。


先週は通勤の行き帰りにiPod touchで映画を観る。
旧作の再見ばかりであるが面白いものは何度観てもいいもんだ。

『グラン・トリノ』
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iPod touch。
非情にシンプルなストーリーでありながら圧倒的な力強さがある作品。
この圧倒的な力強さはいうまでもなく"クリント・イーストウッド力"に他ならない。
強烈な個性を演じ続けてきたからこそ備わっている力こそがイーストウッドなのだ。
例えばロバート・デ・ニーロのような役者は過去に演じた配役の影響を直接的に分かりやすい形では出して来ない。
わざとセルフパロディとして演じる事はあっても基本的にひとつひとつの役柄を別物として演じようとする姿勢である。
しかしイーストウッドは違う。
本作で指ピストルをするイーストウッドからは明らかにマグナム弾を装填した拳銃を構えるハリー・キャラハンが透けて見える。
観る者が現在の自分に過去のイーストウッドを重ねる筈だという確固たる自信によって成立している。
観る側だってイーストウッドがイーストウッド以外の人物に見える事を望んではいまい。
演技という意味ではたった一つの引き出ししか持っていないわけだが、その引き出しの奥は闇のように深い。
デ・ニーロのように完璧な他者を演じるような演技力はイーストウッドにはないだろう。
しかし、演技の授業ではデ・ニーロになる為の方法は教えられても、イーストウッドになるための方法は教えられない。
それが唯一無二のスター性というものなんだと思う。


『スーパー!』
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iPod touch。
正しい事をしている筈なのに、なぜ誤解されるのか?
上の画像を見ても分かるが、麻薬の売買をしているヤクザでありながら左側のケヴィン・<みんなだいすき>・ベーコンの方がつき合いやすそうで好感がもてる。
このケヴィン・ベーコンも大悪党という感じではなく、街のケチなチンピラという程度の存在。
神が世界の脅威として鉄槌を下すような大物ではないわけよ(笑)。
そして右側のレイン・ウィルソンの凶相とパっとしなさかげんを見たらリヴ・タイラーに逃げられて当然だな、と(笑)。
......
オイラも当然人ごとではないわけだが(笑)。
真面目さだけではどうにもならない壁というものが世の中には存在する。
いや、真面目さが美徳と思わない方が良いのかもしれない。
たぶん自分の真面目さが正しいと思い込んだ瞬間にいろんな悲劇がおこるんだろうな。
あのラストの壁一面に貼られた手紙や画。
世界中の子供から感謝の手紙として送られてきたものと解釈できそうだが、画のタッチが皆同じ(笑)。
つまりあの主人公が自分自身に宛てて描いたものではないかと思ってるんだが、どうなんだろう。
『未来世紀ブラジル』と同じで、一人の男が妄想のなかに逃避していく物語ということだとオイラは思ってる。
この終わりを悲劇と捉えるか、そうでないと捉えるか。
オイラは悲劇ではないと思っている。
一人の男が"完璧な瞬間"というものが幻想であると気がついた事に意義があるのだと。
"完璧な瞬間"とは言うなればコミックのコマのなかでヒーローが一番恰好のいい瞬間のことだ。
しかしそれは絵空事でしかない。
本当の人生というものはコマとコマの間にある、悲惨な日常だ。
一人の男が"完璧な瞬間"という幻想を手に入れる事で精神の平和を手に入れたハッピーエンドだと思いたい。


『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』
iPod touch。
少々長いなと思いつつも、ハリウッド映画の楽屋裏ネタ満載コメディ。
再見して思ったが本作の儲け役や絶対に
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トム・クルーズだよな(笑)。
通常トム・クルーズはこんな下品な役とメイクはしない(笑)。
それを本作では通常の彼のメソッドにはない演技を出してきた。
言って見ればトム・クルーズが初めて演技をした。
いつもの二枚目な笑顔もなく、ただただ下品な映画プロデューサー役。
この役ハマってると思うんだがなあ。
これでトム・クルーズに助演男優賞やってもよかったんじゃないの。
主役じゃなくちゃやらないってわけではない、ということもあるってことか(笑)。
こんな感じの役、また見てみたいもんだ。
普段の役からかけ離れてるから、そのギャップがただただ楽しいね(笑)。


『キック・アス』
iPod touch。
非情に良くできた映画。
すべてがうまい。
特にいいなと思ったのは終盤ガトリングで室内を掃射した後、マフィアのボスの部屋にヒット・ガールとキック・アスが殺到してきたシーン。
ボスが拳銃を構えた瞬間にヒット・ガールがワイヤーを投げて拳銃をもぎ取る。
「ファック!」
ボスのこの台詞のタイミングから、その後に室内にいる4人の人物の顔をひとりひとりクローズアップしてく。
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その一連の流れが実に気持ちいい。
クローズアップのなかでもヒット・ガールの唇を歪めたこの顔が良かったなあ。
本作のヒット・ガールって観る側のロリータ指向を最大限に刺激した。
これが本作がヒットした理由の一つであると思う。
......
しかし、来年公開の続編
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『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』。
クロエちゃん......肩幅広くなったね(笑)。
もうあのロリな感じで萌えなくなれそうなのだが、変らず感情移入できるだろうか(笑)。
まあ楽しみな映画ではありますが。


『永遠の0』
今週日曜日109シネマズ菖蒲。
監督が山崎貴。
主演が岡田准一。
オイラが燃える布陣の映画。
そんなわけで、一抹の不安を覚えつつも取りあえず公開時には観に行くつもりで楽しみにはしていた。
で、不幸な事にその一抹が現実のものとなってしまった。
そもそも一抹の不安というのはここ数作の山崎監督の作品があまりにも低調であったからだ。
本作、一言で言えばありとあらゆる要素がヌルい。
ヌルすぎる。
ちなみにオイラは『永遠の0』の原作小説は読んでおらず、読んだのは原作を元にしたコミックだ。
なのでオイラが原作と言った場合はそのコミック版であるということをご理解願いたい。
原作コミックでは現代で自分の祖父がどんな人間であったかを調べる話と、その祖父であるゼロ戦のパイロットであった宮部久蔵の生きた第二次大戦中の話を交互に出して進行していく。
その過程で日本の特攻隊とテロリズム。
日本の自虐史観。
戦中の新聞での戦意高揚についての責任。
などが語られていく。
これを原作どおりに映画化したら結構厳しい映画になるなあと思っていた。
そのなかでも日本の特攻隊と、所謂テロリズムをいっしょくたにしている者が本当にいるのか?という疑問がなくもないのだが。
ある種の極論を言う事で現代の危うさをあぶり出すということなのかなと読めなくもない。
オイラが原作コミックでゾクリとしたのは宮部が零戦について語るところだ。

「俺はこの飛行機を作った人を恨みたい...
零戦は優れた戦闘機だ...
1800海里も飛べる単座戦闘機
しかし今...
その類い稀なる能力が自分たちを苦しめている...
560海里を飛んで...
そこで戦い...
また560海里を飛んで帰る...
こんな恐ろしい作戦が立てられるのも零戦にそれほどの能力があるからだ
しかしそこには...
それを操る俺達の事が考えられていない!」

この原作の台詞がずっとオイラに突き刺さっていた。
だからオイラは宮崎駿の『風立ちぬ』を観た後でも堀越次郎を肯定的に見る事ができなかった。
今でもそうだ。
で、本作劇場版ではオイラにとってこの貴重な台詞が完全に削られていた。
『永遠の0』劇場版については上映時間が144分と長くとってあるにしても原作の様々なエピソードを削り、集約する脚色の作業が必要であったのだろう。
その脚色の苦労は出来上がった映画を観ればなんとなく分かる。
が、その脚色されたものはものすごく安っぽいメロドラマのそれになってしまっていた。
いや、ラブロマンスとして成立するようなメロドラマですらない。
何から何までがヌルいという印象しか残らないのだ。
前述したオイラが好きな台詞が削られたのは本作が明確に零戦を描こうという指向をすてていたからだ。
それは製作者達に零戦と戦争を描こうという覚悟と指向がなかったこともあるだろうが、おそらく一番の原因は零戦が空戦をやるようなシーンを多く作れる制作体制になかったんじゃないかと考えれる。
CGと模型の組み合わせでVFXの映像で戦闘シーンを作り上げ、あくまで日本の水準で言えばかなりレベルの高いCGになっていた。
その辺りは流石だと思う。
カットによっては海の波紋の大きさとレンズの画角があってないような不自然さは散見されてはいても、それでも日本の水準では相当に高度な事をやっているのは分かる。
しかし、その戦闘シーンが上映時間に対してかなり短い。
その分現代のシーンが長くなっており、当然その現代パートは説明的な要素が大半をしめているので観ているうちに飽きてくる。
第二次大戦中の岡田准一の出てるシークエンスも全体としてはかなり短いんじゃないかな。
原作コミックでも辟易した部分なのだが、現代シークエンスが妙に能天気な部分があったりで読む上でノイズにしかならなかった。
現代と過去のギャップを描くという試みなのかもしれないが、そういう意図を汲み取るよりもうんざりするようなノイズでしかない。
劇場版では原作コミックにあるようなちょっとした色恋のネタはないのだが、それでも現代パートはノイズになっていた。
根本的な原因なのだが、役者の顔付きがどうしようもなく軽いのだ。
岡田准一や新井浩文なんかは顔つきをなんとかしようという努力の跡がわかるのだが、それでも戦争の顔つきではない。
染谷将太は好きな役者である完璧に顔つきが現代人。
戦時中パートの役者全員絶食させるぐらいのことしないとその当時に持っていたであろうリアリティってでないのではないだろうか。
その代わり現代パートでも橋爪功や田中泯ような役者だと顔つき的に安心できたりするのだが。
そういう理由かどうかわ分からぬが上映時間が長い割には原作を読まないと分からないようなところあったりして。
おそらく田中泯がどういう人間かというのは原作読まないとわからないんじゃないかな。
最後に唐突に三浦春馬に抱きついて
「俺は若い男が好きでな」
とか言い出して(笑)。
これだけ観るとただのホモ親父にしかみえんだろ(笑)。
こんだけ長い上映時間で観る側をミスリードしてどうする。
後半の現代パートのうんざりするような長さの上にものすごく安っぽいメロドラマな落ち。
まあ最低な映画だ。
『風立ちぬ』に比べたら戦争映画ですらない。
『風立ちぬ』の足下にも及ばない。
山崎監督とオイラは同世代なのだが、やはり戦争を描く、語るというのは相当な覚悟の腕力が必要なのだなと感じた。
もしかしたら戦争を描く上での残酷描写を最初から制限されていた為に、戦争を描くという事を放棄したのかなとも思う。
というのは原作コミックでは特攻した宮部のちぎれた上半身が米空母の甲板に横たわってる件があるんだけど、そこをまったく描いていないから。
原作にあった戦争についての様々なエピソードを削りまくっている。
これはちょっとダメな映画だろうね。
山崎監督は『リターナー』のあの開き直った強さをもう一度だしてもらいたい。
『マトリックス』でも『ミッション・インポッシブル』でもカッコイイのはどんどんパクってなにがわるい(笑)、といわんばかりの活力があった。
それでいて最後はなかなか感動させてくれたんだから。
オイラは本当に次回の山崎監督に期待している。


今週末は心療内科。

by 16mm | 2013-12-23 20:31 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(4)
Commented by chata at 2013-12-31 17:09 x
>『永遠の0』
山崎監督だったんですねぇ知らなかった。
リターナーは面白かったですねぇ~
Commented by 16mm at 2013-12-31 17:46
◼re:chataさん
今度は『寄生獣』の監督らしい。
オリジナルをやってもらいたいものだ。
Commented by ayrton_7 at 2014-09-21 13:10
漫画は、みていないですが、映画は素晴らしいと思いました。
Commented by 16mm at 2014-09-21 13:55
◼︎re:ayrton_7さん
映画ご覧になりましたか。
私はすでに細かい印象を忘却しちゃいました(笑)。


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