『セデック・バレ』『ベルリンファイル』『26世紀青年』

『セデック・バレ』
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AmazonでBlu-ray購入。
昨年度の映画を語るなら取りあえずこれを観ておくべきかなと思ったのは、宇多丸が昨年ラジオ番組で取り上げた映画の第一位にしているからだ。
公開当時でいえば公開規模も少なかったろうし、地元の映画館ではかからなかった。
さらに二部構成(第1部『セデック・バレ 太陽旗』、第2部『セデック・バレ 虹の橋』)で274分!
観る前に時間で怖じ気づくが観てしまうとあっという間。
実際すばらしい映画であった。
たしかにベスト1だと言ってもおかしくないね。
そもそも宇多丸が知らなかったというぐらいだからオイラが知ってる筈がない(笑)本作の発端である抗日暴動・霧社事件。
セデック族。
このあたりについては第一部の『セデック・バレ 太陽旗』編でかなり丁寧に説明されている。
セデック族とはどういう人達なのか。
日本はどうかかわっていたのか。
セデック族とは台湾の先住民で主に狩猟で生活の糧を得、首狩りを文化として持っていた。
同じセデック族のなかで強固な縄張り意識があるようで、それを侵犯する者とは徹底的戦い、相手の首を刈ることが一つの誉れになっている。
"首狩"というとやれ「土人」だの「野蛮」だの「未開人」だのという意識がもたげてくる。
日本だって明治の前は「切腹」「打ち首」なんていう文化があって、「切腹」なんてのは武士としてのプライドを保つものだったりしたのだ。
その日本人が明治以降、日清戦争後に台湾に進駐して、いっぱしの文明人然としてセデック族を「蛮人」扱いし見下しの対象としていた。
このあたりってヨーロッパ人から自分たち日本人がどういう風に見られ扱われてきたかというのを自分たちがかつてそうであった立場の民族を見る事で思い出すんだろうね。
それを屈辱であったと思い出す事で現在そうではない、文明人になった日本人という事を確かめる為にセデック族見下すという立場をとったと考えられる。
劇中でもセデック族が縄張りで揉めている最中に日本人の子供が
「この地は日本人のものじゃないか」
と言い放つような状況だったのだ。
しかし、そもそも日本やセデック族のような所謂未開の文化というものはヨーロッパ的な文明化をしなければならないものなのだろうか?
首狩りが残酷な死をもたらすと思う一方で、銃殺や絞首刑は残酷ではないのか。
首狩りが野蛮な残虐行為という見方は欧米の文化圏から見た一方的な決めつけだろう。
同じ人間でありながら地域による文化の違いはこれまでずっと争いをうんできた。
異なる文化と邂逅する時、双方に最初に芽生えるのは恐怖だとおもう。
理解の及ばない人間に会ったら何をされるかわからない。
異文化との恐怖の邂逅は片方が片方を制圧し、勝者の文化を敗者が受け入れるということで広がっていった。
その代表がヨーロッパ文明でありキリスト教文化だった。
文化の優劣など本来つくわけがない。
つくわけがないところに決着をつけざるをえないので結局は武力による戦争になるわけだ。
セデック族というのはどうやら文字で何かを残すということはしないらしく、歌や踊りで伝承として後世に伝える文化を持つ人達であったようだ。
文字を持たなければ正確な記録や歴史が伝承されていない筈だ。
いや、では文字で綴られた事が必ず正確に事実を伝えているのか?
その時代時代の為政者によって恣意的に事実を歪曲されて綴られる歴史書だってあるのだ。
そうなれば、歴史や伝承を文字で残すか、歌や踊りで残すかという事に優劣は付けられないのではないか。
本作でセデック族のモーナ・ルダオが歌い舞う姿の力強さ。
そしてその力強さは自分を含めた他者を鼓舞していく機能がある。
思い出されるのはラグビーのニュージーランドのオールブラックスの「ハカ」。
あの見る者を圧倒する力強さをもつ文化を羨ましく思う。
その力強い文化とはその民族の誇りでもある。
その誇りを否定され、踏みにじられたら。
モーナ・ルダオが言う。
「文明が我々に屈服を強いるなら、俺たちは野蛮の誇りをみせてやる」
感想の前段が長くなってしまったが、本作、セデック族の誇りを踏みにじる日本人を完全な悪役として描いても問題ないはずなのに、ものすご〜く日本に大サービスをしている。
日本人のなかでも完全に見下して自分たちの習慣を押し付けようという者がいる一方で、現地の言葉を覚えとけ込もうとする日本人もいたという事をきちんと描いている。
しかし、現地にとけ込もうとしている日本人の子供がセデック族の地を「日本人の土地だ」と言うところをみると、日本人全体が台湾を支配下におさめた自分たちより下の人間であるという意識が醸成されていたのだと思われる。
だから日本人としてのオイラはたまらない。
なんだか申し訳ない気持ちになってくるよな。
森の中で日に覆われて死んで逝く日本兵が、その燃える火の粉を見て
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「綺麗だ」
なんて言うシーンがあるわけよ。
こんなロマンチックなセリフを日本人に言わせてくれるとはさ。
大サービスにもほどがあって気恥ずかしい。
それ以上にセデック族を肯定的に描いているかというとそうではなく。
セデック族の誇りという男のもつしょうもなさの犠牲に部族の女性達はなっているという部分も描いている。
そういう意味では本作の監督は異文化の衝突に善悪という切り口で見る事無く、二つの立場を相対化して描ききったのだと思う。
キャストに安藤政信とか木村祐一。
ビビアン・スーもでていた。
プロダクションデザインに種田陽平と台湾と日本の混成にしていることでもそれは伺える。
歴史の勉強になりつつもエンターティメントとしてのアクションもふんだんに盛り込まれて、第一部の終わりから第二部のほぼ全てが戦闘シーンだからね。
時間が長いということで躊躇するかもしれないが見始めたら体感スピード5分ぐらいじゃね(笑)。
あっという間に観終わった感じ。
日本人はなるべく観た方がいいと思う。
傑作だ。
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ところで本作のモーナ・ルダオ役のこのおぢさん。
本職が牧師なんだって。
10人並べてこのなかで主役は誰?って聞かれたら誰もが間違いなくこのおぢさんを指差すぐらいの顔力w。
このおぢさんに限らずセデック族の人達なんかの多くが俳優でない所謂一般人らしい。


『ベルリンファイル』
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宇多丸のラジオで比較的好意的に評論されていたので観る事に。
いや、面白いには面白いんだけど。
最初は
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ハン・ソッキュが主役として中心なのだと思ったら、飲んでたコーヒーはこぼす、負傷する、など結構スキがありすぎて、<韓国国家情報院のすご腕エージェント>に見えず、あまり物語に没入できんかった。
むしろ脇だと思っていた
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北朝鮮諜報員役のハ・ジョンウの方がスキがなくカッコ良かった。
なのにカッコよさげなシーンはハン・ソッキュなのに役柄的にマヌケをやらかしてなんとなく事態を悪化させてるようで(笑)、なんともおかしな作りだなと思っていた。
だいたいカッコいいのはハ・ジョンウがらみのシーンで奥さん役の
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チョン・ジヒョンが綺麗だなあと思ったぐらいか。
この負傷したハ・ジョンウがチョン・ジヒョンに包帯を巻いてもらってるシーン。
このシーン、もっと思い入れたっぷりにねちっこくエロくやってくれたらそれだけで5億点だったんだが、オイラ的にはねばりが足りなかった感じ。
それと、これは役者の所為ではないのだが、
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悪役のリュ・スンボムが
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日本の芸人のなすびに見えてしまい(笑)、コイツは本当はそんなに悪い奴ではないのではないか?などという不要なバイアスがかかってしまってw。
それも没入できなかった理由かもしれん(笑)。
冒頭の『Se7en』を思わせるようなタイトル・バックは期待を持たせたが、それが作品的にはじけた感じにはいたらなかった。
美人のチョン・ジヒョンと、鉄砲は弾が無くなったら鈍器として殴り合え、という部分でのみよかったと思います(笑)。


『26世紀青年』
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AmazonでDVD購入。
町山智浩の評論で2年前ぐらいに知ったタイトル。
その頃は『イデオクラシー』とうい原題のタイトルでの紹介だった。
日本語で訳すと『バカ主義』ということらしい。
『クラシー』はデモクラシーからとったようだ。
平凡な兵士が冷凍睡眠されて500年後に目覚めてみたら、世界はバカに支配されていたと(笑)。
大統領はプロレスラーでポルノ・スターの黒人(笑)。
国民は皆ゲータレードを飲んでいる。
んで、作物にも水のかわりにゲータレード撒いて枯らしまくり、更に塩分で土壌が侵されつづけている(笑)。
この時代には水はトイレで使うものという位置づけになっている(笑)。
そもそもなんでこんな事態になったかと言えば、高学歴だったり高収入の層というのは結婚してもなかなか子供をつくらなかったりしたわけだ。
ところがトレーラー・ハウスに住んでるような貧乏人はやることないので子供ばっかりつくっていくw。
奥さんどころか、隣の奥さん、その隣の奥さんw。
更に自分の娘だとかを次々に孕まして、貧乏人のバカは際限なく増えて行った。
その結果、適者生存の法則によりバカ以外は駆逐されてしまった世界ができあがった、と(笑)。
本作、アメリカ本国では皆におこられて大コケして、日本ではDVDスルーとなり、くだんの『26世紀青年』などという気合いのはいらないタイトルとなった。
町山智浩の評論を聞いた時にはすごく面白そうに感じたんだけど、実際みたらすべてがチープな作り。
チープとはいってもセットなどはキッチリ作ってあって、そこそこの見応えがあるんだが、いかんせん、キャストが全体に地味なのだ(笑)。
まあB級と言われる映画はこんなものだと言われればそうなんだろうけど、なんか町山の解説がとにかく面白かったので勝手にハードルをあげていたということでもある。
世界観だけは非情にそそられたのだが、それだけでは映画としての吸引力が弱いんだなということがわかり勉強になった作品であるとも言える(笑)。
う〜ん。
買わなくても、観なくてもよかったかなあ(笑)。

by 16mm | 2014-01-12 21:33 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2014-01-14 12:24 x
なすび、懸賞生活から俳優に転身してたんですねぇ。

26世紀青年といふタイトルを思いついたヤツと、GOサインを出した連中を顔出しの刑にしてもらいたいですw
Commented by 16mm at 2014-01-14 22:07
◼re:chataさん
>26
DVDスルーとなると、途端に日本語タイトルがいい加減になりますよねw。
『スターウォーズ』もあぶなく『星球大戦』となりそうだったこともあり(笑)。


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