『コンプライアンス 服従の心理』『嘆きのピエタ』『紅い眼鏡』

日曜日に消滅したエントリを毎日ちみちみ思い出しながら書くことに(笑)。
そもそもこのブログのバージョン・アップ版を使っていれば途中でエントリが消えたりする事はなかったのだよ。
バージョン・アップ版は自動的に書いたところを保存してくれたりする賢い機能があるから(笑)。
ただ用語のコピペだとか画像のアップがオイラ的にはちょっと煩わし感じになっちゃってるので、なんとなく古いバージョンを使い続けていたわけ。
そうそう書いてたエントリを消すなんてこたないよね。
って消えました(笑)。
取りあえずこのエントリはバージョン・アップ版で書いてます。
そのうちまた古いバージョンにするけどな(笑)。


拙ブログのアクセスレポートを見たらスマホで読んでくれてる方も割といるようだ。
なので今回からスマホでも広告が付かないようなコースに変更。
折角見てくれてるんだからせめて読みやすくしなくちゃね。


c0022635_22311948.jpg
......
やってもーた(笑)。
二年前に二年ローンで購入したお気に入りのクロムハーツのキーホルダー。
右腰のベルト通しに引っ掛けて、鍵をジャラジャラさせてチャラ男のように得意気だったのに(笑)。
赤丸の所が折れ曲がり破断しかけてるがな(笑)。
このような悲しい事態がおこったのは先週の土曜日。
おそらくアレだ、モデルさんの撮影中になったのだw。
回転レシーブをするように転げ回ってローアングルをキメていた最中におこったのであろう。
オイラの体重と力のかかる方向にデブ的な力場を形成して、その加速度によってデブ的な質量が一種の破壊兵器になったと考えられるw。
なんだかよく分かりません(笑)。
取りあえず購入した店に持って行ったら、折れて破断しかけているところを溶接するか、部品を丸ごと交換するか精査して今月の22日ぐらいまでに見積もりをだすとのこと。
部品交換ならアメリカ送りだそうな(笑)。
撮った画像がピンボケのブレブレがオイラの動揺をあらわしている(笑)。
普段使いとしてものすごく便利に重宝していたのでないと非情に不便だ。
愛着もあるのでなんとか直して貰いたいものである。


今週の日曜日、岩盤浴、赤外線サウナ、ストレッチ。


最近コーヒーを飲むのが習慣化している。
会社で最低3杯。
休みの日もセブンイレブンのホットコーヒーLを。
砂糖、クリープなし。
コーヒーの味にウルサいか、というとそんな事はなく(笑)。
ただなんとなく飲んでいる感じではある。


先週の健康(笑)。
c0022635_22492367.jpg
体脂肪率はともかく、体重の増減の推移は毎週決まったパターンになってるな。
だいたい毎週週末に体重が一番減る傾向のようだ。
体重の数値はなんとなく下げ止まってるようだが、まだもうちょっと容易に落とせそうな気もしている。
晩飯はリンゴかみかんのみ。
普段の食生活で米を完全に排除している。
芋類も見つけたら食べない様にはしている。
炭水化物を排除している所為か、普段眠気でモーローとするようなことが少なくなったと思う。


ここ最近、以前の様に喉に痰が滞留するような感覚が小さくなった。


ぼちぼち花粉症の季節。
いつも今頃だと花粉症の薬を飲み始めている頃だが、今年はヨーグルトとハチミツを毎日とることで花粉症を抑え込めるか試しているところ。
この方法は昨年に友人に聞いた方法だ。
ヨーグルトもハチミツも身体に悪いことないだろうし。
ヨーグルトは<プロビオヨーグルトLG21低糖>とかいうヤツだ(笑)。


『ナナのリテラシー1』
c0022635_23162251.jpg
鈴木みその新作。
AmazonでKindle版購入。
非常に面白くて興味深く読めた。
本作の構成は鈴木みその作品である『銭』に近いだろうか。
『銭』では様々なお仕事を通じて、その中でも生真面目な人間達の生き方を描き出す道具立てとして<銭>をキーワードにしていた。
現状ある程度の銭がなければ生きられない。
強く生きるためには銭は必要だ。
それなのに銭をひたすら追い求める人間は何ゆえに醜悪であるのか。
生きるということは醜悪であることなのか。
『銭』から読みといたおいらの見解を言えば、生きるために必要なのは<銭>ではなく、<労働>なのではないだろうか。
<労働>という定義を広げて、自分のために<銭>を稼ぐ<労働>から、さらに他人に尽くす、他人の為の<労働>まである。
<銭>は<労働>の対価であるが、<銭>以上の<労働>をしてしまう人間がいる。
いや、<労働>を<銭>の対価とすら考えない人がいるのだ。
もはやその人にとって<銭>は生きるために最も必要な要素ですらない。
そんな人間達を鈴木みそは肯定的に描いていた。
本作『ナナのリテラシー』では生きる、生き残るという問題を個人レベルにさげて、なおかつ社会の集団を維持して、所謂「みんなで幸せになろう」という方法を模索しているといえる。
まあ鈴木みそは漫画家なので、会社員が会社に守られてちんたらやってるのを冷酷に見ているなあと思った。


『コンプライアンス 服従の心理』
c0022635_23271681.jpg
iPod touchで視聴。
実話を元にしたらしいスリラー。
この作品を嘘みたいだ、とか、こんなのに引っ掛かるなんて、と言うのは簡単だ。
本作はいわば<オレオレ詐欺>に引っ掛かってる人間を傍観しているようなものだから。
<オレオレ詐欺>を傍観している側は(つまりこの場合でいうと我々観客)進行している出来事が詐欺だと分かっているので、登場人物達が置かれている状況が滑稽なものに見えてしまいがちになる筈だが、本作は観る側が詐欺の被害にあってる当事者として意識できるように緊張感を維持していた。
警察官を名乗る電話の主にファストフード店で働く女の子が全裸にされていくという異常なというか、特異な事態を描いたというのもその理由だろう。
更に後半、本物の警察署の警察官が事件のあったファストフードに駆けつけるシーンがあるのだが、これがうまい。
署をでて車に乗ってファストフード店に向かうまでの数十秒を長回しのワンカットで撮っている。
これによって本物の警察署が事件のあった場所のすぐ近くにあったことが説明台詞なしで状況を観る事によって分からせる演出になっていた。
登場人物の誰にでも感情移入出来そうでいて微妙に距離を感じさせるキャストたち。
オイラが知らないだけかもしれないが、キャストにさほど有名な俳優を使ってないことによって観る側との距離を近づけている効果もある。
全体的にこの距離感が絶妙だったのだと思う。
しっかし、<オレオレ詐欺>といい本作といい、ボチボチこのような事件がおこるその原因を突き詰めるべきではないだろうかね。
電話というものがもつ魔法について。
TV電話などで顔が分かれば相手の嘘を見破る事もあるだろうが、声だけだと人はかようにいとも簡単に騙される。
ファストフード店の店長は騙された原因を忙しさの所為にしているが、おそらくそうではあるまい。
人間は姿無き存在に対して無意味なほどに恐怖を感じる事がこの手の犯罪を起こす原因になっているのだと思う。
姿がなく声は自分だけに聴こえる電話というものの魔法は、神の啓示、ご託宣のようなもので、人間の潜在的な恐怖心に触れるものなのではないだろうか。
そんな事を考えさせる面白い映画であった。


『嘆きのピエタ』
c0022635_23300273.jpg
iPod touchで視聴。
上のポスター・ヴィジュアルはなかなかカッコいいんだけど、本編は非情に泥臭く感じてノレなかった。
監督が自分の思想を表現するため寓意性の強い物語を作ったと思われるが、その分リアリティがどうにも希薄に感じられる。
本作の監督、キム・ギドクはそれこそ世界的に有名な映画監督であるが、オイラとは相性が悪かった(笑)。
そんなとこである。


『紅い眼鏡』
iPod touchで視聴。
現状、オイラが観て押井守唯一の実写映画の傑作(笑)。
オイラは面白いと思ってるんだけど、そういう人間はやはり少数派らしくw、この映画でも結構気絶しちゃう人は多いみたい。
でもオイラは本作が大好きなんだな。
この映画があるからこそ、いまだに騙されると知りつつ押井の実写を待望してしまう(笑)。
今回それでも久方ぶりに本作を観直したのは、
c0022635_23361008.jpg
つまり、
c0022635_23360053.jpg
そう、
c0022635_23372259.jpg
追悼、永井一郎だ。
本作の数少ない功績の一つとして(笑)、永井一郎本人が実写映画に出演してその姿がフィルムに焼き付けられているということがあげられる。
インタビューなどの映像ではなく、演技者として演技をしている永井一郎が観られる唯一と言っていいぐらい貴重なものだと思う。
(他に出演作があるのかもしれんが、オイラは知らん)
1月27日に82歳。
永井一郎の訃報を知って、自分でも驚くぐらいにショックを受けた。
この喪失感はなんなのだろう?
c0022635_23514222.jpeg
日本人なら誰でも知ってるこの有名なキャラクターに慣れ親しんできたせいだろうか。
おそらく長い年月を第一線で走り続けてきた現役の唯一無二とも言える才能が突然消えてしまったという衝撃なのかもしれない。
永井一郎の力量は誰しもが認めていた。
特に若い演出家にとっては憧れの役者であったにちがいない。
宮崎駿も押井守も細田守も富野由悠季も・・・・・・。
彼らの作品の代表作にあたるものには必ずといっていいほど永井の名前があった。
しかし、若造だった演出家が中堅となり大御所になるにしたがって、永井の名前は出なくなっていった。
理由は様々だろうが、一番の原因は永井の個性と上手さが原因だと考えられる。
永井の役者としての上手さと個性は、経験をつんできた演出家にとっては新鮮さがなくなり、演出する世界観がある程度予測可能となることで作品を限定したものにされてしまう危惧を感じるのではないだろうか?
シリアスからコメディに重厚なナレーションまで幅広くこなす永井の声は一声で分かるほどの個性を持っている。
その個性と上手さが作品出演の機会を狭めていたとすれば皮肉な話だ。
『風立ちぬ』で主人公の声を素人の映画監督にやらせて満足しているような状況では役者としての巧みさがまったく顧みられない。 声質が新鮮なら素人がキャスティングされるわけだ。
上手さで勝負している世界でありながら、プロより素人が登用される。
いいかげんこの悪習を断たなければならないのではないか。
演出家が求める声がでるまで役者にやらせてみればいいのではないか。
そんな時間も余裕もないということなのだろうけど。
永井一郎だって自分が容易く出せる声ではなく、もっと役者としての自分を開いてくれる演出家を熱望していたのかもしれない。
こんなこと言っても詮無いことではあるんだけどね。
ああ、波平も別の人が声をあてちゃうんだろうか。
願わくば永井一郎の波平の後任など選ばないでいただきたい。
永井と一緒に波平も葬るべきなのではないだろうか。
ご冥福をお祈りする。
合掌。


今週土曜日は車検。

by 16mm | 2014-02-08 02:54 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://rts3.exblog.jp/tb/21627547
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by chata at 2014-02-09 22:57 x
>回転レシーブをするように転げ回って
想像するとなんてダイナミックw

コーヒー良いですよほんとに。
あんなに嫌いだったのに、いまやコーヒー豆の香りに敏感になりもうしたw
血糖値下げてくれるし、いいことづくめですね(・∀・)
Commented by 16mm at 2014-02-10 08:27
◼re:chataさん
今年は無駄遣いとは別に結構金が出てってしまって難儀してます。直近でいうと車の修理なんですけどねTT

chataさんに言われなければ習慣化しなかった。缶コーヒーの無糖を飲んでものすごく胸焼けしたことがあって、コーヒーそのものを敬遠していたんですけど、挽きたてを飲むとおいしいってのが分かりました。
砂糖を入れないコーヒーなんてwと思っていたのに、いまではまったくいれてませんw。
これでなんとか健康を取り戻したい。


<< 『エリジウム』 エントリ消滅(笑)。 >>