『ピープルVSジョージ・ルーカス』

先週土曜日。
とあるふた組の夫婦と飲み会。
久しぶりにビールを飲む。
ふた組の夫婦全員と面識があるので話も弾みなかなか楽しい。
何故この飲み会に呼んでくれたかと言えば、
「16mm(オイラw)はホモらしい」
「16mm(オイラw)はゲイだ」
という噂がまことしやかに流れていて、その真意を本人であるオイラに直に確かめてみよう、という趣旨だったらしいw。
このある意味センシティブな問題をいきなり久しぶりに会った本人にぶつけるところに、このご夫婦たちの雑さ加減が否めないw。
で、あれこれ半笑いになったり喧嘩腰になったりと楽しい飲み会は続いた。
このご夫婦とも旦那達がすこぶる酒に弱くw、三時間後には両方とも潰れた(笑)。
で、嫁二人がすこぶる酒が強くw、酒を割と控えめに飲んでいるオイラと三つ巴になった。
なにしろオイラは飲んでいるとはいえほぼ素面(笑)。
嫁二人は潰れてないだけで相当にアレな感じで
「あたしの方が乳首黒いよ」
「なにいってんのお。あたしの方がドス黒よお」
「見せてみなさいよ......こんなのあたしに比べればピンクみたいなもんでしょ」
「なになに、じゃあ見せてみなさいよ」
生きた大人の会話とは思えん(笑)。
人が少なくなっている時間とはいえ、普通の居酒屋である(笑)。
旦那以外の男(オイラw)のいる前でどっちの乳首が黒いとかの話題はどーよ(笑)。
片方のちょっとぽっちゃり目の嫁などは目元の化粧まで落ち始めてデロデロw。
そのアイ・オブ・ザ・パンダな嫁に
「16mm(オイラw)くん、どっちが黒いと思う?」
とか聞いてきやがって、二人で胸元をオイラに近づけてきやがった。
今思い出すとすごくラッキーな状況なのだが、なにぶんオイラ、多少なりとも酔っていると普段は出てこない良心であるとか良識であるとか倫理であるとかが中途半端に勃起してきて(笑)。
つまりこのラッキーな状況に恐れをなし、捕食者に睨まれたウサギwのように動揺し、有り金をテーブルに叩きつけて撤退したのだったw。
これがもうちょっと完全に酔っていたら、旦那がいようが見せてくれるものは遠慮なくベロベロ見てしまっていたところだったのだがw。
そのオイラの後ろ姿に件ののアイ・オブ・ザ・パンダな嫁は
「やっぱりヤツは女より男に抱かれたいんだ」
その後オイラは色々な意味でちょっと泣いた(笑)。


今週日曜日、岩盤浴、ストレッチ、寝湯。
寒くなってきていた所為か、寝湯の湯が以前より足されていて多少耳にかかるぐらいになっていた。
結構ラク。
10分ほどうとうとしていた。
腹とちんちんが湯から出てるのでwこれからの季節はきつくなるかな。


iTunesのアップグレードしたら微妙に使いづらくなったように感じるのはオイラだけか(笑)。
これもジョブズがいなくなった所為か(笑)。


天気が良ければ大黒ふ頭にでも撮影にと思っていたのだが、雨や曇り空で断念。
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バラを一輪買ってきて部屋で色々試行錯誤。
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Amazonでテーブルフォトで使うためにレフ板を支える小型のスタンドを購入。
左のL字のスタンドを二つ購入したが、ちょっと重い厚紙を挟むと安定しなかったりして。
更にこの手の機材は増えていく予定である。


本日祝日の月曜日、革靴のメンテ。
一足はつま先が減っていたので修理を考える。


『猛き箱舟 下 』
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Kindle版購入読了。
面白かった〜。
小説読みではないオイラが久々に読了した小説だ。
多分世間のスピードで言えば「なぜいまごろ『猛き箱舟』?」などということになるだろう。
が、考えてもみてほしい。
1987年に初版がでた作品が27年後に読んでも面白く感じられるってのはいかに本作の地力があるかということだ。
また、当時本作で描かれた日本の状況というものがまったく変わっていないという風にも言えるかもしれん。
この原作小説を読んでしまうとコミカライズされたものがいかに軽くてエロに寄りかかったものだったか。
キャラクターが整理され物語が端折られ。
コミック連載のスピードなどもあるのだろうが脚色があまりにお粗末。
原作小説にもエロいシーンはもちろんあるけど物語全体の印象としてそれが特別浮き上がってくることはない。
この小説を最後まで読んで
「暴力の連鎖」
というありがちな感想がでてきそうになって気を引き締める。
平和ボケした日本で、企業に就職して昇進してエラくなって「大きな男」になりたいというありがちな野望ではなく、もっと別な方法で退屈な日常をつまらなく過ごすことなく「他を圧倒する」存在になりたい。
そんな他愛無い理由で他国の戦争に加担した愚かなな若者が主人公だ。
「憧れの男のようになりたい」という理由で他国の国民を殺戮をする主人公。
国益のため。
信じる神の為。
etc...
人を殺す為には大義というものが必要なわけだが、主人公にはそれがない。
自分本位の、戦争の渦中にある人々には全く信じられないような自己中心的で楽観的な理由で戦争に加担した。
そもそも主人公が憧れていた日本の海外企業の守護神と言われていた男にしても、日本の国益などという大義を背負っていたわけではないだろう。
結局はその守護神も自覚がないだけで平和ボケの日本人の一人でしかなく、憧れられるような存在どころか、真に愚劣な男であるということが物語の後半で明らかになる。
戦争状態の国で戦う日本人とはいっても、本当にヤバくなったら日本に帰ってこれるわけだ。
戦争状態であり続ける地が自分の国である人間はそんな日本人のような逃げ場がない。
パートタイムで戦争ごっこをやっていい気になってる人間の愚劣さ。
本作はそんな日本人がリアルな戦争の中に誰の、どこの、庇護もなく放り込まれ捨てられたらどうなるのかというのを想像力を駆使して描ききっている。
最終的には人間の純粋な殺戮の衝動というものについて言及している。
"人間としての名誉や尊厳にこだわって行動するかぎり人間としての限界も越えることはできないのだ(本文抜粋)"
戦争の渦中にある人間でもなく、平和ボケした国のなかにある人間でもなく。
未来に向けて生きるためのあらゆるものを失い、それを取り戻す術もなければ意思もない。
人間の限界を越えるというのは人間であることをやめるということでもある。
しかし、本作の最後のような純化された殺戮衝動というものは、ちょっとしたきっかけで全人類規模でスイッチが入るのではないかなとも思ってる。
たとえ嘘であっても未来がないと希望が潰えた瞬間に、一斉に。


『麦の唄』
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iTunesで購入。
今月アルバムを購入するのでシングルを買うことないないと思っていたのだが、蔦屋で試聴したら無茶苦茶いい。
バグパイプの音から始まり
♪生まれた国 育つ国 愛する人の国
いや〜、ええわああ。
ドラマの主題歌ということで非常にわかりやすく作られている。
アルバムに載ってるような難解な部分を出さない。
中島みゆきの懐の深さというか、引き出しの多さというものを見せ付けられたね。
やっぱりオイラは中島みゆきがすきだなあ。


鈴木敏夫のPodcastを聴いてたら、宮崎駿が『風立ちぬ』を製作時にレビタンという画家の画の雲を参考にしていたということを言っていた。
ググってみたら
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ほほう。
確かに良い感じの雲だあ。
というか画だあ。
他のもググってみてちょっと興味を持った次第。
イサーク・イリイチ・レヴィタン (Isaac Ilyich Levitan)。


信じられないことだ。
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これほどの魅力的な画が描けながら漫画の連載ができないとは。
『018』や『APPLESEED XIII』を描いた宮川輝の画をTwitterやらFacebookやらを検索して片っぱしからDLしつつ、その近況を読んだら、連載をとるための苦戦をしいられているような印象を受けた。
良い画を見るということに官能性があるように、人によっては描くことで官能性を得ている人がいる。
大友克洋だとか寺田克也とか。
プロの画描きならだれでもそんなもんだろうと思ったら大間違い。
画を描くのが下手くそどころか、描くのが嫌いな漫画家だっているんだから(笑)。
名前は言わんけど(笑)。
柴門某とかさ(笑)。
宮川輝はそんな数少ない画を描くことに官能性を感じられる作家だ。
多分仕事画でもないのだろうけど、件のTwitterやらFacebookで描いた画を山盛り公開している。
画を描くのが好きだという思いがゾクゾクするほど伝わってくる。
たしかに読むのが面倒くさいSFを描いてるよ。
『018』なんてそう。
セリフや説明や設定が多いこと。
一所懸命読んでもよくわかんなかったりする。
だから一般ウケしないという判断なんだろうけど。
しかしね、そんなマニアックな漫画を丹念にゆっくりと読むことに楽しみを見つけている気合の入ったオイラのような読者だっているのだよ(笑)。
とにかく画と設定と世界観が魅力的すぎ。
宮川の描くメカの
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脚の部分が車の板バネみたいな逆関節。
これって宮川のオリジナルだと思うけど、すげえカッチョいい。
画材も付けペンではなく、ゲルインキ・ボールペンで描いてるという。
天才はやることもフレッシュだ。
どうか宮川輝が飢えませんように(笑)。
このひとオイラとほぼ同年(ちょっと年下)だから気が気ではない。


今週の『タマフル』にあの高野文子がコメントで出演するとのこと。
狂喜。
高野文子と聞いて「ぽか〜ん」とする人は放っておく(笑)。
楽しみである。



『ピープルVSジョージ・ルーカス』
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iTunesでレンタル視聴。
『スター・ウォーズ 』をめぐり、作品は誰のものか?というオイラからするとどーでもいい事を延々とドキュメントした映画。
事の発端は『スター・ウォーズ 』がオリジナルの劇場公開版からビデオやレーザー・ディスクやDVDやBlu-rayとソフト化されるたびに内容の変更が行われてきたという経緯がある。
特に『EP1』の公開一年ぐらい前に『EP4』〜『EP6』を当時技術として有効となったデジタル技術を駆使して『特別編』として再公開したことが大きい。
デジタル技術で映像を新しく付け加えたということでオイラを含めて期待した。
が。
「なんじゃこりゃ?」
という改変も結構散見していた。
例えば『EP4』でのハン・ソロと賞金稼ぎとのやりとり。
オリジナルではハン・ソロは予告なしに賞金稼ぎを撃ち殺したのだが、『特別編』だと賞金稼ぎに先に撃たせてからハンが逆襲したように変えられている。
当時オイラが観ていても、その改変はつながりとしてぎこちなく、しかもプロの賞金稼ぎが1mの距離で的を外すってのはどうなのよ(笑)。
このあたり、所謂ポリティカル・コレクトネス的な判断を製作者がしたのだろうかね?
映画のヒーローが予告なしに相手を撃つってのはどーなの、ってなもんか(笑)。
この手の改変があまりに多くて、なおかつ、『EP1』〜『EP3』のデキがアレだったもんだから(笑)。
ジョージ・ルーカスが頑なに最初の劇場公開版をなかったことにするような発言をしちゃったもんだから、こんな映画がつくられるような事態になっちゃったという(笑)。
映画ファン、というか、『スター・ウォーズ 』ファンが最初に観たオリジナル版を唯一の『スター・ウォーズ 』として、オリジナル原理主義者のごとく騒ぎ立てルーカスに対して罵詈雑言を浴びせるのは、まあ良いと思うだよね。
金出して映画を観てるわけだから批判するのは自由だと思う。
が、大学の教師、というか学者が社会学的なところからこの事態を論じるのはやりすぎでないか(笑)。
たかが通俗文化の映画なんだからw。
そんなに仰々しく考えることないと思うんだよね。
オイラに関して言えば、映画は映画を作った人間のモノ、だと思っている。
映画製作者たちは、制作の手が離れた瞬間に作品は皆さんのモノになります、ってな綺麗事をいうけど違うと思う。
例えば大友克洋の『アキラ』。
大友は単行本化するにあたって結構描きなおしなんかをしてるだよね。
作家としては良かれと思い、その良心にしたがって描きなおしをしてるんだけど、だいたいにおいて元の雑誌に載っていた画や構図やコマの運びの方が良かったなと思うことが多い。
生意気にも
「オートモ、だめじゃん」
とか思ったりもするけど、その程度。
もしどうしても我慢がならないようなら、その作家の作品は今後読まないとかね(笑)。
オイラにはそういう作家がチラホラいるし(笑)。
映画は誰のものかと言えばファンのものではない。
ただ漫画と違って映画は製作に関わっている人間が何百といるわけで、特にオリジナル版ではオスカーの視覚効果賞を取ったにもかかわらず、その部分をデジタルに置き換えるというのは、それを作ったリチャード・エドランドを始めとするクルーに対しては無礼ではないかなとは思う。
オイラも『スター・ウォーズ 』には影響を受けたクチではあるけど、二十歳ぐらいからスタンリー・キューブリックの方に行っちゃったので、どちらかというと『スター・ウォーズ 』を半笑いで見るぐらいの距離感だったので、本作にあるような熱狂を他人事のように見ていられた。
まあ、この手の映画は一度見れば十分ですな(笑)。

by 16mm | 2014-11-03 22:33 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2014-11-09 21:15 x
>生きた大人の会話とは思えん(笑)。
爆笑w 
新iTunesのレイアウトに慣れませんです。
Commented by 16mm at 2014-11-09 21:48
◼re:chataさん
今から考えるとなかなかそそられるシチュエーションだったと思いますが、中途半端に酔ってると中途半端な自制心が働いちゃうんですよw。
女性が酔ってるとはいえ、どっちの乳首が黒いかを競うのを初めて見ましたw。

同じく未だにiTunesの新しい仕組みに慣れませんw


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