『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<エクステンデッド版> 』

金曜日の夜、ジーンズの後ろのポッケに入っていた財布が無くなってゾッとする。
現金は大したことなかったし財布も15年選手でボロボロw。
が、カード各種に保険証が入っていた。
土曜日とりあえず通勤途中の交番に紛失届けを出す。
今だと保険証だけでは悪用されることはないとのことをおまわりさんから教えてもらう。
で、とりあえずもしかしたらと会社に向かう。
したら、あったよw。
自分の椅子の上に落ちてやがった(笑)。
それもこれも<体重こそあまり落ちてないがw>お尻のゼイ肉が落ちたせいだw。
履いていたジーンズはオイラのお尻がパンパンの蒸し肉まんであった頃に買ったものである。
なのでその頃なら我がお尻の圧力でポッケに入った財布はピッタリと密着していて、オイラが逆さまになったとしても落ちることはなかったのだ。
しかし、昨年からの日和ったなんちゃってダイエットのおかげで腰の周りが多少薄くなってきていたのだ。
薄くなってきたといっても以前に比べてであって、世間的に言えば今でも十分にデブであるにはちがいない(笑)。
そのため、腰のちょっとした動きで財布がこぼれ落ちそうになってはいたのだ。
それでも財布を落としたら幾ら何でもケツの感触で分かるべ、とタカをくくっていたらこの始末(笑)。
解決策を講じなければならない。
もう一度以前ぐらいに太って体型をジーンズに合わせるという事も考えたが、
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Amazonでこのようなウェポンを注文した。
早い話がウエスト・バッグである。
この中に財布やら小銭入れなんかを入れて腹に巻いて通勤する(笑)。
会社の中では社員証で買い物ができるので現金はいらないからバッグは外しておけるし。
これで財布を落とす心配から解放されそうだ。
ちなみに財布の中身、当初せいぜい数千円だろうと思っていたのだが......
ちょっと見つかって良かったなあ、無くしてたらゲロはいてたろうな、ぐらいの金額が入っていた(笑)。
とりあえずあって良かったw。


本日日曜日、岩盤浴、寝湯、ストレッチ。
現金もキャッシュ・カードもなかったら、岩盤浴に洗濯しに行くこともできなかったろうし。
金が無くて行けないだけならまだしも、色々無くしたかもしれないと思ったら土日の休みに何もせずに何もできずに何もやる気もなく打ちひしがれて過ごしたことであろう。


本日日曜日、ブーツの修理出しのために近場のABC-MARTに行く。
ABC-MARTの店員さんてすげえ。
一応泥を払ってきたとはいえ、靴底のところを素手でもったり、自分のズボンの膝の上に乗せてみたりと、靴に対する対応がパねえ(笑)。
なんか高級ソープランドに行って体も洗わず即フェラされたような(笑)。
たとえがイマイチですか、そーですか(笑)。
客の靴に対する扱いもさることながら、靴のメンテや靴の材料について細かく丁寧に教えてくださる。
オイラとしてはこんな店員さんに自分の靴が扱ってもらえるならもうそれだけで修理の見積もりもなしでそのままやっちゃってくださいという気になりますね(笑)。
どーにでもして。
無茶苦茶にして、というか、ムチャクチャにされたくはないがされても本望というか(笑)。
この店員さんの話しっぷりから革靴がすきなんだろうなという気分が伝わって来る。
こういうプロに会えるのは自分としてはかなり嬉しいものである。
こんどこの店で靴買おうっと。


『34歳無職さん』
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AmazonでKindle版を購入。
第1巻のサンプルを数ページ見て即既刊の全5巻(まだ連載は続いている)を購入。
本作の端正な描線がオイラの好みだったということでもあるが、物語上特にテンションアゲアゲの展開などはなく、すべてが淡々と進んで行く。
それなのに夢中になってしまうのはなぜか。
物語に時折現れる官能性というかエロスが興味を引いたということでもあるだろう。
本作の主人公の女性どころか登場するキャラクターには名前が付けられていない。
というか、巧妙に名前を呼ぶシチュエーションを回避しているというか。
映画でも小説でも漫画でも、登場人物の名前を分からせるためのセリフというのは時としてわざとらしくなって、それだけでリアリティが感じられなくなることもある。
固有名詞として登場人物の名前がないという作品はこれまで幾千と作られてきたわけなので別段新しい手法ではない。
特にドラマチックな展開がなく、セリフもほとんどなく、無職さんという女性がほとんどセリフを言わずに終わる時もあるというのに、本作には緊張感が漂う。
それは無職さんがという女性が文字通り無職であるということ。
どうやら離婚経験者で娘さんが元夫と暮らしているということ。
名前がないということが読み手がキャラクターに対する感情移入をギリギリ回避しているように思われる。
本作はキャラクターへの感情移入ではなく、キャラクターに対するある種の緊張感によって読み手を繋ぎ止めているのではないか。
女性の一人暮らしで独身で無職で......。
本楽ならなんともドロドロとしたものになりそうなのに、オイラは本作をものすごく冷静に客観的に入り込むことができた。
非常に面白いね。


『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ<エクステンデッド版> 』
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AmazonでBlu-ray購入。
以前『完全版』と呼ばれている229分のバージョンをDVDで視聴。
今回購入したBlu-rayは、その『完全版』と、マーティン・スコセッシらがレストアした251分の『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』が同梱されている。
で、今回オイラが観たのは『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』。
『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』を観て思ったのだが、本作はランニングタイムが長ければ長いほど面白くなってたんではないか、ということである。
Blu-rayに同梱していたブックレットによると今回の『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』も紛失した素材の一部をレストアしたに過ぎず、そうすると実際はもうちょっと長かった筈だと思われる。
短いバージョンはオリジナルから不必要な部分をカットしたのではなく、絶対必要な部分をカットしちゃった。
単にランニングタイムが長いという理由だけで(笑)。
例えばヌードルスがデボラをリムジンの車内で犯すシーンがあるわけだが、『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』ではそれまでなかったリムジンの運転手(プロデューサーのアーノン・ミルチャンが運転手役で出ている)のキャラクターを若干掘り下げている。
リムジンが走りだす前に運転手とヌードルスが会話をするシーンが挿入されてるんだよね。
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この会話があったから、車内でデボラが犯された後のこの運転手のヌードルに対する怒りの態度が腑に落ちた。
これまでだとこの会話がなかったから、運転手はヌードルスの暴力に単純に反発したのだろうと思ってたんだけど、それでもやや印象としては唐突に思えた。
またこの運転手役のアーノン・ミルチャンがユダヤ人であるということも意味深い。
これ以外のシーンやカットも『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』は『完全版』より20分ほど長いので本作の物語性がより分かりやすく印象深くなったと思われる。
しかし、物語性が印象深くなった反面、追加されたシーンは劣化が進んでいたワーキングポジ(ネガは紛失したらしい)で、他の部分が改めて4Kでスキャンニングされてレストアされた美しさがあるのに対して、あまりにも映像的に見劣りしてしまうのが惜しい。
映像に対する没入が若干損なわれてしまったと思う。
まあそうは言いつつも、今回のレストアはマーティン・スコセッシが監修しているわけなので、現状において最高のバージョンであるのは間違いない。
初上映の時に監督のセルジオ・レオーネのカッティングした4時間を超えるバージョンをなんらかの形でとっておいておればと悔やまれる。
オイラだけでなく、本作が映画史に残る名作であるということは現在間違いないと確信しているわけだけど、上映当時は誰もそこまでは思ってなかったろうからなあ。
実際本作、上映時間が長く、年代をシャッフルしていて観客にわかりにくいという間違った印象を与え過ぎてしまったのではないか。
物語的に言えば一部を除いて本作はものすごくわかりやすい映画だ。
ニューヨークのあるヤクザ者たちの少年時代から壮年に至るまでを物語的に特にツイストさせることもなく描いているからだ。
これを分かりにくいと判断した映画関係者はとことん観客はバカだと言っているに等しい。
実際、アメリカでの初上映では本作を時系列で並べた上に短縮させたバージョンを上映して酷評されるも、その後セルジオ・レオーネが編集した(『完全版』ではない。それより短いバージョン)時系列をシャッフルした長尺は賞賛されたと聞く。
オイラが『完全版』で腑に落ちなかった部分も(上記のリムジンの件とか)、本作の『エクステンデッド・ディレクターズ・カット版』である程度解消したし。
ただ、いまでもよく分からないのが、最後の襲撃の件。
襲撃のシーンはまったくなく、事後4人が死んでるカットがあって、それを見ているヌードルスがいる。
ヌードルス、襲撃に参加しなかったのか?
このあたりがわかりづらい。
もしかしたら、ロスト・フッテージの中にあるのかもしれんが......。
色々語れる部分の多い本作であるが、オイラにとって本作は、エンニオ・モリコーネのすばらしい音楽と
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映画デビューであったらしいジェニファー・コネリーの驚異的な美しさと、
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ラストカットのロバート・デ=ニーロの笑い顔の止め画だな。
エンニオ・モリコーネの劇伴は本作撮影中にはほぼ出来上がっていたらしく、撮影中にそれをかけていたこともあったらしい。
さぞかしアガる現場であったろう。
オイラもiTunesストアで購入したサントラを何度も聴いてる。
映画の場面が見えてくるようなすばらしいサントラだ。
さらにジェニファー・コネリー。
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"ツンデレ"の"ツン"に特化したような(笑)。
オイラを含めてブサイクな男がw劣等感を掻き立てられるような存在(笑)。
当然ブサイク代表のセルジオ・レオーネも含めて(笑)。
高嶺の花と言ってしまうと安直すぎるんだけど、終生手に入れることができないものの象徴みたいな存在かね。
凛として男に媚びない感じがすごくいい。
オイラも歳をとってこういう女性がいいなと思うようになったか(笑)。
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分かりやすい映画であると言ったが割と謎となっているのが、クライマックス近くで清掃車の横にいる人物は誰なのか?問題(笑)。
いや、マックスであるとは思うんだけど、監督のセルジオ・レオーネはこのシーンで立っている人物をマックス役のジェームズ・ウッズにやらせていないらしい。
この辺りは意図的に混乱させようという演出なんだろうね。
それと
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割と最大の謎で観るものを深く混乱させるというか、考えさせる、ヌードルスのラストカットの笑顔。
これは本作が長く観たものに語り継がさせる要因というか、映画的なマジックのうちにはいるような謎なんだよね(笑)。
あの最後の笑顔はなんだ?というね(笑)。
分かりやすい解釈だと映画全体が最後のヌードルスの夢だったというもの。
オイラもそうかなとは思うんだけど、こんな分かりやすい夢は見ないだろうとも思う。
ネット上では色々な解釈が存在し、なるほどと思えるものもある。
もしかしたらロスト・フッテージが復活すればわかるものなのかもしれない。
しかし、最近はそんなことはどーでもよく思えてきた。
これが説明されないことで本作がマイナスになっているわけではなし。
むしろ本作を語る楽しみの一つにすらなっている。
『2001年宇宙の旅』と同じ。
説明しすぎることはマイナスになることもある。
このボビー・デ=ニーロの笑顔が本作を忘れられない映画にしていることは間違いないのだから。
文句無しの名作である。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2014-11-09 19:29 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2014-11-09 21:12 x
ABCまーとは修理してくれるんですねー知らなかった。
財布紛失しないで良かったです(╹◡╹)
Commented by 16mm at 2014-11-09 21:43
◼re:chataさん
お店から修理してくれるところに出すそうです。今の時期だとひと月ぐらいかかるとのこと。
内金をすでに5000円入れましたが、多少お釣りがくるかもらしいっす。


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