『花とアリス殺人事件』

『花とアリス殺人事件』
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AmazonでBlu-ray購入。
公開時に劇場で観た時にはさほど悪い印象は無かったと思ってたけど、当時の拙ブログのエントリを読み返したら手放しでは絶賛してなかったんだな。
今回Blu-rayで2回観直し、特典DVDのインタビューやら舞台挨拶やら、高畑勲や新海誠のコメントなどを全部観た。
最近、他の映画のソフトでは特典まで全部観ることなかったのだからオイラにしては珍しいかもしれん。
で、本作の面白さなのだが、ひとつにものすごく新鮮に聴こえた花とアリスのダイアローグがある。
映画や漫画や小説で女の子が本作のようなセリフを使って喋るのをオイラは寡聞にしてしらない。
それでいて現実味があってある種のリアリティがある。
この辺りのセリフの開発は岩井俊二以外の人間には真似できない持ち味だよね。
「今週掃除当番では」
の"では"とか
「この世の楽園さぁ〜」
の"さぁ〜"とか。
うははははw。
脈絡なくセリフを書いても良さがわからんですな(笑)。
こういうセリフ、日常でたしかに言う瞬間はあるけど、それを文章化できる記憶力と恥知らずさ(褒めてるよ(笑))はたいしたものだよね。
それから
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映画終盤に花とアリスが真夜中の駐車場でバレエで"眠れる森の美女"を踊っている超広角レンズでの描写。
この表現って実写じゃ無理だよな。
超広角レンズのカメラの周りを二人が踊り、それをカメラがフォローする。
実写だったらいったいどこに照明をいれるのか?という問題がでるだろうね。
照明の機材、隠しようがないじゃん超広角レンズじゃ(笑)。
更にこのカット、途中から明らかにレンズが標準レンズっぽくなるし(笑)。
そんなズーム・レンズが実写映画のカメラであるのかどうか分からんが、レンズを意識しつつ実写では実現が難しい表現の発想は多分アニメーションの世界からは生まれないだろう。
このカットもその一つだと思われる。
だからこそ人でなし映画監督(笑)高畑勲が珍しく岩井俊二を絶賛してたんだ。
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アニメーションを製作する約束事ってのは確固としてあって<コンピュータが製作に入ってきてそこそこの自由度は増したが基本変わらないと思う>、上の画像のナウシカで言えば
⚫︎キャラクターの絵は実線で繋がれていて、特に頰から耳につながる線がないとアニメーターが動かしづらくなる。
⚫︎色は基本ベタ塗りで、色の塗り分けで影だとか立体感をだす。当然グラデーション的な塗り方はできない。
まだまだあるけど、アニメーションの画というのは概ねこういう約束事の上で成り立っていた。
なので
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↑のような宮崎駿による鉛筆の柔らかい主線と透明水彩で着色したナウシカが動いているのを見たいというのは無理なわけ。
だったはずが(笑)
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数年後、高畑勲が『ホーホケキョ となりの山田くん』でアニメーションでの壁だと思われていた淡彩風の作品を作り、更に数年後
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『かぐや姫の物語』で鉛筆どころか筆で描いたような画が動くアニメーションを作っちゃった(笑)。
これってCGのハード面ソフト面の高性能化によって実現したわけではないよ。
確かにCGのおかげで以前できなかったことができるようにはなったけど、簡単に作れるようになったわけではない。
アニメーターの手を相当に煩わすものであったのはその製作期間を見れば明らかだ。
宮崎駿だってこういうタッチのアニメーションを作りたいと思っていた筈で、CGを使えばできるということも知っていたろう。
ただ宮崎はアニメーター出身であるので、それを実現するための期間、予算、クォリティ・コントロールの困難さを見通して自分の監督作では実現させなかったのだ。
高畑勲は原画を描かない演出家であるが、画を見る力は相当なもので、その辺りは宮崎駿も一目も二目おいている。
あの富野由悠季が高畑勲のアニメーションの表現をアカデミックに捉えて考え続けている姿に接して、この人の真似はできない、と言ったぐらい。
だから高畑勲の淡水画表現のアニメーションにしても困難ではあるができなくはないという目論見は確実にあったわけでね。
思いつきで淡水画表現をしようとしたわけではなく、作品を表現するに必須な表現方法だという確信のもとに行ったわけ、おそらく製作途中であってもその表現が実現不可能と分かったら製作中止してたろうね。
高畑を見てると演出家に所謂"プランB"という別の選択肢というか妥協というものがあってはならんのかもしれないと思わされる。
思いつきでやるなら演出家はいらん、というね。
......
話が『花とアリス殺人事件』からかなりズレましたが、ここからが本題です(笑)。
『花とアリス殺人事件』というアニメーション映画を観て、高畑と岩井って映画を演出する感覚が似てるなと感じた。
宮崎駿がアニメーターとして原画を描いてきた経験値から作画に関して昔からあるアニメーションの作画法から逸脱できなかったのに対し、自分では画を描かない高畑や岩井は"描く"という作業から自由だったために作画は困難であっても不可能でないなら実行するという意思が感じられる。
ただ決定的に違うのは、高畑は作画の困難さや危うさというものを熟知した上でアニメーターにオーダーするのに対し、岩井はまったくの無知でしかなく知らないからこその怖いものなしでアニメーションを作ったということだ。
この差というものは決定的な違いでだと思う。
本作で使われたロトスコープとアニメーションでスローモーションを表現することについて。
ロトスコープにしてもスローモーションの多様にしても、特典DVDを観る限り岩井は自分が本作で行った演出をいままでなぜ他のアニメの演出家がしてこなかったかということを理解していない。
非常に楽観的に、実写の監督である自分だからこそ思いついた表現だと思っているような節もある。
ちょっと愕然とするような無知さ加減だなと呆れたね。
『花とアリス』以降の岩井の監督作全てをみているわけではないが、すくなくともオイラは『花とアリス』以前の作品に対しては劇映画の監督としてのあらゆるセンスに対して尊敬の念を持っていた。
映画を監督し、宣伝物のデザインをし、音楽まで作れる。
映画をほぼ丸ごとクリエイトできる稀有な人間だと思っていた。
それが本作『花とアリス殺人事件』でのアニメーション製作をオイラからしたら相当な無知さ加減で遂行したことに今更ながら驚いたよ。
まず本作で使われたロトスコープ。
オイラからするとロトスコープなどは別段新しい技術でもなし、今回本作で久々に観ることができたから新鮮に見えただけで取り立てて好きな表現でもない。
ロトスコープは動きの情報量は手書きのそれに比べて格段にあがる。
それはまあ実写をトレースしてるから当たり前なんだけど、その代わりキャラクターのデザイン自体は相当に単純化することが多い。
日本のアニメーション製作ではディズニー・アニメのように莫大な原画枚数を使って動きを表現する予算がなかったために、"動き"ではなく"止め"画で見栄えのするデザインを開発して独自進化してきた。
なのでいくら動きがリアルだからといって
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↑こんな感じの絵柄、スカスカなデザインのアニメもたまには良いなとは思っても常に見たいとは思わない。
本作にしたって題材が『花とアリス』だから観たようなもの。
事実、YouTubeで岩井の
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『TOWN WORKERS』というショート・フィルムを観たのだが、今更こんなアマチュアっぽいアニメーションを見たいとは思わず冒頭途中で挫折(笑)。
こんなアニメを公開できるのも、はっきり言えば岩井俊二という名前の威力だけだと思うけど。
そもそもなんで岩井がロトスコープをやったのかと言えば、ラルフ・バクシの作品に衝撃を受けたからだとか。
アニメーションを作るということの初期衝動である"画が動く"という部分の感動を最初から体験しつつ映画を製作していきたい、ということらしい。
更に『花とアリス』の前日譚をやるとして、オリジナル・キャストの鈴木杏と蒼井優では年齢的に中学生は演じられないという現実的な理由。
んで、岩井俊二。
アニメでやって声だけオリジナル・キャストの声を当てればいいじゃん、となったらしい。
なんかね、岩井俊二、無知を通り越してアニメをなめてんじゃねーか?
本作を製作するにあたりスタジオ・ジブリの鈴木敏夫に相談に行ったとかさ。
なんだろうこのベタさ加減は(笑)。
なんでよりによって鈴木敏夫(笑)。
ヤツは雑誌編集あがりでアニメーション製作に精通しているわけではないぞ。
その後実際の製作母体になった石井朋彦や神山健治のSTEVE N' STEVEN に行くわけだが......。
そもそもさ、アニメーションがわかってないにもかかわらず実写映画の有名監督というだけでアニメを製作させちゃう周りってどうなのよ。
岩井自身が特典映像のなかではっきり言ってたけど、本作ぐらいの映画ならだれでも作れる、ってなことを。
岩井ぃっっっぃ!
オメエ、ホント、アニメ、舐めてんな。
何度も言うが、本作をオイラが観たのは『花とアリス』の前日譚でそれを監督したのが岩井俊二だから。
名前も知らんヤツが本作と同じ手法で作品を作ったってだれが観るか。
それと岩井が本作の目玉と言わんばかりに吹聴していたスローモーションの表現。
実写でのスローモーション、ハイスピード撮影とも言うソレはさ、役者が普通に演技してるのをものすごい高速でフィルムを回し、それを通常回転で見ることで動きを微細に捉えることによってできることなわけ。
デジタルになってからは分からんが、それをフィルムでやるときは物凄い音が出るから同時録音ができないとか、一コマに対する露光量が減るとか技術的に解決する問題はあるにしても、画的にはただ撮ればできる映像なわけよ。
ただアニメーションの場合は違う。
走るカットを描いたとして、通常肉眼では腕の振りなんてはっきり見えるわけでではない。
しかしそれをスローモーション風の原画を描こうとすれば肉眼では追えない時間のなかの動きを作らなければならないばかりか、それを描く鉛筆のタッチまで統一しなければならない。
鉛筆のタッチ、線の太さや線と線のストロークの長さを前後のカットと同じにしなければ、キャラクターの輪郭線が不自然にぶよぶよ動いてしまう。
しかもスローモーションだから、全体の動きはスローなんだけど輪郭だで別の生き物みたいに普通のスビードでブレまくるというね(笑)。
こういうのはそれこそオイラ程度のアニメオタクのなかでは常識だし、アニメーションの製作者は数々の失敗を重ねてスローモーションをやらなくなっていったわけなのだ。
岩井俊二、無知だから、そのあたり無頓着すぎ(笑)。

この走り。
足元をよく見てもらいたい。
踏み出した足が地について踏ん張っている間にもう片方の足が前に出るわけだが、踏ん張っている足が地面を離れる前にすでに着地点から後ろにズルズルと下がってますがな。
ナニコレw。
アリスはムーンウォークしながら走ってるわけ。
後半になると着地の足が更に手前や奥にブレまくり。
この足がズルズル下がるのはオイラも3ds-Maxのバイペッドで歩きの動きをつけるときによくやるんだよね(笑)。
だから結構面倒なのは十分にわかってる。
問題は監督の岩井俊二がこういう動きの失態を失態として認識できないという無知さ加減にあると思う。
通常のアニメーションの製作者たちはこのような動きをみっともないものと認識しているからこそスローモーションを禁じてにしているわけだ。
その他岩井の言ってることがことごとくアニメを知らない言動が多くてコメカミがコメ印になる(笑)。
冒頭の職員室での部分の長回しを自慢してたが、そんなの『スカイ・クロラ』がすでに本作の何倍も効果的にやっておるは。
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↑のカット、脳内補完で手前左が花でその奥がアリスということは分かるが(笑)
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↑このキーヴィジュアルの画とは明らかに違う。
オイラは劇映画としてあるまじき作画崩壊なんでないの(笑)。
ちなみにこのキーヴィジュアル、岩井本人が描いたとのことだが......
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下手くそだとは言わんが↑のようなタッチの画描く人間がキーヴィジュアルのような画を描くかあ(笑)。
更に不吉なことを岩井は言っていたのだが、本作のエキストラの動きは一般から募集した日本全国の画描きをオーディションして一コマづつ描くということをした、と。
これさ、絵描きだとは言っても言わば素人だよな?
さらに言えばその作業ってロトスコープのトレースと着色だよな?
プロのアニメーターがこの仕事を嬉々としてやるとは思えない。
しかもものすごい安いギャラでやらせてねーか?
よくよくみるとアニメーションとしては相当に拙い出来だよ。
作画崩壊とか動きのなかで瞬間的に輪郭が消えたり復活したり。
少なくともアニメーションの出来だけみれば劇場上映して金を取るような作品ではないね。
といっても、オイラも劇場公開時にはそれには気がつかず、Blu-rayを再見して発見した部分ではあるんだけどね(笑)。
結局この映画、大変な思いをして画を描いた画描き諸君よりも、適当に好き放題な妄想で夢心地であったろう岩井俊二やその制作会社にお金が入るようになっているのは明白で。
こんな素人じみた製作体制が長続きするわけないし、岩井はそういう素人達によってかろうじて製作ができたということを強く肝に銘じるべきだと思う。
この簡略化したキャラクターを成立させるために
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情報量の多い背景画にした選択は良いと思う。
背景は見てるだけで気持ちよかったし。
なんだかんだ言って本作はオイラ楽しめたんだけどね。
だけど何度も言うが、何度も強調するが(笑)。
『花とアリス』の前日譚だったからという興味だけで観たようなもんだからね(笑)。
岩井俊二はまたアニメーションをやりたいと言っていたが、やるな!
マジで。
実写だけやってろや。

by 16mm | 2015-08-15 12:19 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(7)
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Commented by chata at 2015-08-22 23:58 x
かぐや姫、たしかすげぇアゴした殿様がいるんですよねw
俄然観たくなりましたw
Commented by 16mm at 2015-08-23 09:17
■re:chataさん
たしか帝だったかな?
地井武男の声と地井武男の声を真似てアフレコした三宅裕司の演技が観れます。
三宅裕司がアフレコしてたなんて公開時は知らなかったんですが、まったく違和感なかったっす。
すげえ。
いや、地井武男の声と三宅裕司の声が似てると発見した高畑勲の慧眼が。
Commented by aaa at 2016-09-20 07:43 x
実写の経験があるからこそ、ロトスコープが有効に使えたんだと思いますが。
Commented by 16mm at 2016-09-20 09:07
■re:aaaさん
ロトスコープに関しては実写の経験値があれば有効であるとは思えません。
ロトスコープの最終的な仕上がりは画で描いた動画になります。
まず画になるので役者が演じる細かい表情のニュアンスなどは完璧に再現することは不可能で、その演技のなかの役者のニュアンスを抽象化して再現する能力こそが求められるものだと思います。
ライティングや背景などは実写撮影時にライトが写りこんでも、背景がたとえ何もないスタジオセットであっても、画にする段階で演出家の意図を反映した映像にすることはできます。
後々演出家の考え方でいかようにも変更ができるというのは優柔不断な演出家にとってはメリットではあるでしょう。
たぶん多くの演出家が実写をトレースするんだからいちから描くより楽チンでしょう、などと思うのでしょうがとんでもない間違いです。
実写で撮影した表情や身体の動きを画で完璧にトレースしてもはっきり言って面白味もないですし、観た人がそれを新鮮に感じることもないと思います。
ロトスコープのメリットは現実に起こる顔の表情や動きをそのまま再現するのではなく、そのなかのエッセンスを抽出して抽象化したかたちで再現することにあります。
この抽象化して再現する能力というのは実写映画の演出経験があったからといって有効になるものではないと思います。
Commented by aaa at 2016-09-20 19:34 x
ロトスコープのメリットは、実物のリアルな動きをトレースできることにあると思います。人間も生々しくなる。そもそも最近のアニメは背景がすごくリアルになってるので、背景とのマッチングにおいて手書きのキャラクターでは追い付かない部分があるのではないでしょうか。キャラをよりリアルにする。それが良い効果を生むか、悪い効果になるかは使い方だと思います。役者がつまらない演技をしたらトレースしても面白くならないでしょうし。演技のエッセンスも抽出できないでしょう。私は、今後のアニメ(特に大人向けの)ではロトスコープの使用が増えると予想します。
Commented by 16mm at 2016-09-20 23:20
■re:aaaさん
おっしゃる通りロトスコープのメリットは実物の(例えば人間の)動きをトレースすることで非常に滑らかな動きのアニメーションを可能にできるところだと思います。
昔のディズニーアニメの動きは"1コマ"作画という、1秒間にフィルムが24コマで24枚微妙に違う動きの画を描いて動画を作ってました。
この作画だと素早い動きであっても非常に滑らかな印象を観る側に与えてくれます。
しかし、この"1コマ"作画はアニメーターに対する練度のハードルが非常に高い。
例えばキャラクターの輪郭線を均一な太さを保って描くとか。
24枚描く輪郭の太さが均一でないと繋げて動かしたときに線がブヨブヨと波打ったようなものとなり非常に不自然に見えます。
更に言えば一連の動きの軌道(例えば走りで足を持ち上げる動きとか)で作画時にちょっとしたブレを作ってしまうだけで1秒間の動きにギクシャクとした印象になってしまいます。
このようにディズニー並みの"1コマ"作画を実現するのは、きわめてハードルの高いものになります。
もっともディズニーアニメが"1コマ"作画を可能にしたのはキャラクター・デザインとして例えばミッキーマウスのように丸が連なり、伸縮自由な棒のような手足でシンプルにデザインされたものだからできた、とも言えるとでしょうが。
で、ロトスコープですが、これはある程度アニメーター練度抜きで"1コマ"作画のアニメーションを可能にしました。
アニメーターはコマ数と演技のテンポなどを考えずに、実写のトレースをすれば動きは滑らかな"1コマ"作画のアニメーションが可能になります。
ただし、このトレースというものがクセもので、前述した通り輪郭線の均一化はもとより、実写映像のどの部分までのフォルムを生かし、どの部分を捨てるか。
服のシワなどはどこのシワをどのくらいまで生かすのか。
服のシワなどという起伏に富んだ不規則な連続は、たかだかトレースだとしてもトレースする人間のセンスが問われる部分です。

続く
Commented by 16mm at 2016-09-20 23:21
■re:aaaさん

続き

トレース次第では一秒間の間に不自然に服のシワが増えたり減ったり消えたり動きが不規則にブヨブヨしたりと見苦しいものになるでしょう。
私の見解としてはロトスコープを使用すれば美しくリアルな
アニメーションんができるというのは幻想にすぎない。
ロトスコープを使用したところで"1コマ"作画で美しいアニメーションを作るというハードルが下がったわけではないということだと思います。
リアルな動きの再現が達成できたとして、現状それはキャラクターデザインをシンプルなものにすることは必須なはずで(例えばキャラクターに影はつけないとか、つけても2段3段影のような複雑な影は絶対やらないとか)、それこそリアルな背景にマッチするとは思えません。
キャラクターのデザインと背景美術の印象のちぐはぐさは本作でもお判りだと思います。
ロトスコープとは違いますが、"1コマ"作画的な動きのアニメーションが問題なく可能なのは3DモデリングのCGアニメーションだと思います。


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