『ザ・ウォーク』

YARD・O・LED
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α7R ILCE-7R
Makro Planar T* 2/50 ZF.2
エクステンションチューブ
もっと丁寧に粘り強く撮影するべきだと思う。


先週土曜日、心療内科。
比較的症状は安定している旨伝える。
が、前回の突然起こるパニックの心因的な原因をオイラに探ってみて欲しいという担当医からのミッションについては、なかなか難しい旨報告する。
オイラのパニックは窒息感がなんとなくキーになっているのがわかるのだが、それがどうしてそうなるのか自分でもわからない。
さらに言えば例えば痒くても絶対かけない、皮膚の裏側とか。
痒くてもかいてそれを解消できないというパニックもある。
そんなもの普通の人は気にならないか、そもそも皮膚の裏側なんて痒くならないもんなんだけどね(笑)。
そう言ったら担当医も若干困った顔していたな。
どちらにしても心因的な原因というものを探り出す重要性はオイラも認識しているのでなんとか見つけ出したいとは思っている。


先週土曜日、学生時代にバイトでお世話になった方々に会いに行く。
みなさんそれぞれにお歳を召し、それぞれに幾つかの身体の不調を持っていた(笑)。
懐かしかったなあ。
ご飯とアルコールを飲みながら昔話と昨年亡くなった先輩社員の話に及ぶ。
病院嫌いで通院しないうちにガンがステージ4だったとか。
調子悪そうなのを周りが心配して散々病院に行けと言っても聞かなかったらしい。
ご兄弟もガンにかかっていたとかで身内にも散々注意されていた。
なんとなく思い出したが、虚勢を張って親分肌な人だったっけ。
だから病院嫌いを標榜し、強い自分を周りに印象付けたかったのかな。
自分の弱さを出すのが死んでも我慢ならなかったんだろう。
そんな人でも自分がガンになっていると知った時の絶望感というのはパなかったろうなと悲しくなった。
自己責任とか自業自得だとかいうのはもっともであることは分かるし、愚かでもあったよなと思う。
しかしね、そういう虚勢を張ってもしかしたらなんとかなるかも、という生き方、オイラもわからんではないし、自分は病院嫌いではないけどなんとなく分かる気がするんだよね。
たとえ死を目前として後悔にさいなまれたとしてもね。


で、そのバイト先の先輩社員の一人がYouTubeに歌をアップしていた。

"死んでもギャンブリン・マン"

"アイ・ガット・ザ・ブルース、死んでもブルース"
これ、前述した亡くなった先輩社員のプロデュースだとか。
"死んでも"ってのがなかなかシャレがキツくて笑ってしまった(笑)。


本日日曜日、岩盤浴、ストレッチ。


『藍の時代 一期一会』
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オイラの世代で言えば『リングにかけろ』に熱狂していたもんだから興味のあるテーマではある。
車田正美のメタフィクション的な作品の傑作といえば、その昔週刊少年ジャンプ誌で開催された"愛読者賞"という読者の投票で選ばれた漫画家が読み切りを描いてそれを更にまた読者投票で順位付けするという企画があって、その中に車田の描いた
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『実録!神輪会』(『リングにこけろ』とかもあったっけ)があって、それが無茶苦茶面白かったんだよね。
『実録!神輪会』車田正美自体もカッコ悪く笑いのネタにしていたところに好感がもてたんだが、正直本作である『藍の時代 一期一会』はまったく面白くなかった。
本作って作者も言っているらしいけどフィクションなのだ。
フィクションを標榜して自分をカッコよく描くのはイタイと思うんだけどね。
自分は真面目なヤツとも不良なヤツとも付き合えるヤツだ、なんていうまったくもってリアリティがない。
作中に出てくる本宮ひろ志が喧嘩が強くてカッコ良さげに描かれているけど、本宮の漫画やエッセイを読めばそんな感じの人間ではないということは分かっている。
なので全体が嘘くさくて胡散臭い。
『リングにかけろ』を『リングにほえろ』なんてタイトルにして秋田書店の少年チャンピオンで連載しているなんてことになっている。
秋田書店の名物編集長の壁村まで出てきて。
なんでこんなにも自己愛が肥大化しちゃったんだろうね。
すっげえ見苦しい漫画である。


『巨匠と過ごす夏(前): 宮崎駿と13人の塾生 』
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本作はKindle版しかでていない。
本作の作者である記伊孝の作品では『アニウッド大通り』という作品があるのだが、そちらは一巻しか読まずに放置しちゃってるのだが、本作は後編がすごく楽しみである。
スタジオ・ジブリで募集した演出志望者の私塾「東小金井村塾」での作者の思い出話である。
宮崎駿が、鈴木敏夫が、高畑勲が、庵野秀明が、押井守が。
そうそうたる面々が講師になってやってきて開催されるも、本作の作者である記伊孝以外に作り手側になった人間はいるのであろうか?
作中に出てくるとんでもなくいけ好かない塾生もアニメーションの仕事をしているらしいのだが、結局たかだか13人の人間を的確に見極めることもできず、育てるための手管を宮崎駿達は持っていなかったということだ。
むしろこれらの選に漏れた人間がきっちりとしたアニメーションの仕事をしていたりする不思議。
そうは言いつつも、本作の作者はこの宮崎駿とその私塾については肯定的に捉えており、作品そのものは非常に好感が持てる面白い作品になっている。
当時は詳細なメモなど取っていなかったためだろうが、宮崎の言動、テクニカルなことの詳細を描いていくれればオイラみたいなマニアはうれしかったんだけどね。
それでも後編を心待ちするです。


『ヴィンランド・サガ(17)』
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トルフィンの犯した取り返しのつかないツケが彼自身にまわってきた。
本作を読むと本当に取り返しのつかないことはあるんだということをまざまざと思い知らされる。
憎しみの連鎖を断ち、全てを水に流す、なんてことがどれほど困難なものなのかを描ききる想像力。
戦争や行きずりの殺人を問わず、人を殺すということ、殺された側からすれば殺した人間が真人間になって更生したからなんだってんだ、という感じだよね。
殺された側からすれば殺された肉親を返せという完全に不可能な償いを求めてくる。
償うことが不可能だから他人を殺しちゃならんのだよ。


『ザ・ウォーク』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
ジョセフ・ゴードン=レヴィットが演じるフィリップ・プティが綱渡りを教わるサーカス団の名前が"コーマンスキー"と(笑)たしか出ていたような気がするが気のせいか(笑)。
今は無き高さ411メートルのツインタワー(ワールド・トレード・センタービル)の間にワイヤーをかけて綱渡りをした実在の人物の実際の話。
約二時間の上映の中で高層ビルの間にワイヤーをかける段取りや方法を緻密に映像化して積み上げている。
ビルとビルの間にワイヤーをかける方法に弓矢を使ったり、自分たちがやっていることを無線で傍受されないために有線の通話機を使うとか。
綱渡り決行の朝、屋上のフィリップ・プティの前に見知らぬスーツ姿の男がやってきて、彼らを見てそのまま去っていく。
まったく謎な出来事なんだけど、実際にあったことらしい。
この予測不能な謎のエピソードが妙にリアルに感じられた。
飽きさせない物語の進行と相まって、フィリップ・プティ演じるジョセフ・ゴードン=レヴィットが素晴らしいね。
英語もフランス語もわからんオイラはなんとも言えないが、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、フランス語訛りの英語を話していたらしい。
更に綱渡りしている時の表情が絶妙。
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こんなグリーンバックのセットでの撮影と演技で
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こんな表情をつくっちゃうんだもんなあ。
役者ってすげえなあ。
役者ってバカだなあ(笑)。
この映画によると、この綱渡りって一回だけ一方に向かって歩いただけでなく、何回か往復してるんだよね。
フィリップ・プティとその一味wは法を犯しているわけなので警察が出張ってくる。
それを尻目にフィリップ・プティは何度もワイヤーを往復してみせる。
彼が誰にも手を出せない聖域にいるってことだよな。
監督のロバート・ゼメキスはCGを映像編集での演出にうまく使っている。
綱渡りの練習をしているカットで、綱の数が次第に減っていくのを見せながら、それを渡っているフィリップ・プティも成長していくというのをワンカットで手際よく見せたり。
困難なアングルでのアクションを撮影と合成のテクニックを併用してデジタルで統合する。
同じような手管では『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』での全編をワンカットで撮影したようなものがあるが、本作の方がその手管を使っていることをあからさまにケレン味たっぷりで使っている感じか。
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』はもっとさりげない使用の見た目だったと思う。
本作、面白く観れて文句はないんだが......なんちゅうか、監督のロバート・ゼメキスというのにどうにも違和感を感じるんだよね。
はっきり「キライだ」といういに『バック・トゥ・ザ・フューチャー 』も面白かったし。
だがその『バック・トゥ・ザ・フューチャー 』も心底好きか?というと「う〜ん」となる(笑)。
SFでタイムトラベル。
観た時はたしかに面白かったよ。
しかしね、素直に好きだと言えないんだよな。
予感として、この監督、日本人キライなんじゃないかな?と思える部分がなんとなくあったりする所為かね。
気の所為かもしれんが。
更に本作で言えばワールド・トレード・センタービルが舞台なわけだけど、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件から15年しか経ってない。
日本人のオイラとしてはなんとも胸がかきむしられる感じがあるんだけど、アメリカ人はどうなんだろうか?
大道芸人の綱渡りの話を能天気にやるには時間が早すぎはしないのだろうか?
本作のラスト、フィリップ・プティは無期限でワールド・トレード・センタービルの屋上に行けるパスをもらえた。
屋上にフィリップ・プティのサインを入れた。
映画のラストカットでは陽に照らされたワールド・トレード・センタービルが、周りが暗くなっていくなか非常に明るく象徴的に描写されて終わる。
ワールド・トレード・センタービルがあったということを象徴的に描いてもいるんだろうけど、どうにも落ち着かないんだよね。
あのビルの下で死んでいった人がいるにもかかわらず、命がけのバカの話を素直に受け止めることをオイラはなんとなく躊躇してしまう。
ロバート・ゼメキスの無神経さというかあまりモノを考えてなさそうな感じがオイラには共感できないんだよなあ。
そんな複雑な気分になる映画ではあった。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2016-01-24 19:20 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(5)
Commented by chata at 2016-01-24 22:32 x
ヴィンランドは弩のギミックがかっこよかったのですが
あれでたんまり打たれたトルフィンが治って歩けるようになれるのか心配w
Commented by 16mm at 2016-01-24 23:50
■re:chataさん
カッチョよかったですよね。
あの前髪垂れてた頃のヒルドさんに萌えました(笑)。
Commented by caffe3 at 2016-01-25 01:42
毎度パカ助です。

先日コメントで出たグラン・トリノを再観していたところです。

 私も病院嫌いで実に30年ほど病院にはかかっていません
年齢からすれば定期検診を受けて当たり前ですが
虚勢を張った親分肌の私の本音としては
脆く気弱なんですよ。 察してあげてください。
Commented by 16mm at 2016-01-25 08:57
■re:パカ助さん
亡くなった先輩社員は若い時はなかなかのイケメンで、音楽やってて、オーディオに詳しくて、当時バイトの私にも気を使って何かというと結構色々おごってもらったりご馳走してもらったりとお世話になってました。
まあ、イケメンにはなれませんけどw私が男として憧れる器量があった人でした。
もしかしたら相当無理していたのかもしれませんけど、まったく無理せず後輩に対しても割り勘を常に強要したり、支払いの段になってトイレに駆け込むようなまったく無理をしない男もいるなかで、その先輩社員は生き方の見本のようなものだったと思ってます。
男は黙って無理をするものだと(笑)。
ただこういう楽天的な言い方ができるのも私が身内や親族でなく、現在会社の同僚ですらなかったからです。
その先輩社員、亡くなる一年ぐらい前から不調を訴え、仕事中に無用にカリカリし、見た目の体調も次第に悪くなっていったので家族や会社の同僚達は再三再四病院に行くことを勧めていたののもかかわらず聞き入れず、相変わらず体調不良からくる不機嫌で周りに気を使わせ続けました。
最後には会社の同僚達も「言っても聞かない」と匙をなげたそうです。

続く
Commented by 16mm at 2016-01-25 08:58
続き

病院に行って取り返しのつかない病気だったら一気に心が折れるという危惧があったんでしょうね。
それでもどうにもならなくなって入院した時には手遅れでどうにもならなかったとのことでした。
生き方として、本人はブレなかったと思ってるかもしれません。
これが癌などではなく単なる糞詰まりや腰痛の程度だったらきっと
「だから言ったろ、お前ら心配性なんだよ」
と得意満面で言ってたでしょう。
それならまったく問題なかった。
でも現実にはそうではなかったわけです。
この生き方ってのは本人はともかく周りに多大な後悔と自責を植えつけると思います。
「なんであの時縛り上げて殴りつけても病院に連れてかなかったのか」
ご親族も会社の同僚達もおそらくみんなそう思ってます。
おそらくご家族はずっとそういう後悔をし続けるかもしれません。
入院して、相変わらず家族に甘え続け、日に日に衰えていく姿を見続けなければならない御家族の気持ちを思うと、先輩社員の男らしさというものが身勝手なものに感じられてさえきました。
周りに諭されて早期に一度でも病院に行ってさえいれば、残された人間に不要な後悔を植え付けることもなかったでしょう。
周りの言うことを聞いて病院に行くってのは、自分のためではなく、残されるかもしれない人のためだと思うようになりました。
自分も年齢的にそういう意識を持つべきだなと思うようになった出来事でした。


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