『葛城事件』『沈黙-サイレンス-』『スノーデン』

先週は寒かった。
先週の火曜日の自宅の布団の中での足の先の冷たさは久々に苦痛であった。
会社も結構な寒さで体調を崩しかける。
会社の空調は人間の為ではなくPCを冷やすためのものだからいたしかたなし(笑)。
足の先にホカロンを貼ってやり過ごした。


先週土曜日、イレギュラーな事態の為、歯の治療に行く。
ツメモノの歯をつけていた土台である歯の根っこが割れちゃってグラグラと揺れちゃってた。
いつものように美形で剽軽なドS歯科衛生士女史がやってきて
「先生、麻酔なしで治療しちゃいましょう」
などととんでもないことを進言してくれる(笑)。
先生は常識的な人なので適量の麻酔を打って治療してくれた(笑)。
マメに歯のメンテをしているわけだが、今後どんどん自分の歯が減って行くんだろうな。
しかしこの歯科医院の今回のようなイレギュラーを見事に対応してくれるのには頭が下がる思いである。


『誰も信じなくていい… でもボクたちは見た!!』
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AmazonでKindle版購入。
最近ハマっている流水りんこの本。
所謂オカルト体験をした読者の投稿を漫画にしたもの。
おそらく流水自身はオカルトを信じてはいまい。
が、投稿してきた読者のことは間違い無く信じているようなところが好感が持てる。
うまく言えんがこの世ではないナニかというものを意識する。
それは"死"というものに対する意識の置き方というか。
オイラは非常によくわかるんだな。
やはり同世代なんだなと思う。
目に見えないものは信じないという理屈はあるので、霊感がなければ幽霊もオバケも見えないので信じられないという気持ちもわかる。
「霊が」とか「UFOが」と言う人間を胡散臭い詐欺師と思う気持ちもわかる。
ただこういう人間は全世界にいるので、では全世界のそう言っている人間が皆詐欺師であるのか?という疑問もでてくる。
そもそも目に見えないものは信じないといことで言えば、磁力だって電力だって重力だって目には見えないもんだからね。


『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』
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AmazonでKindle版購入。
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田中圭一も鬱で苦しんでいたとは。
鬱というものがどういうものでどう対処したかという体験談が載っている。
この本ばかりでなく多くの本で言われている事だが、鬱になる人はだいたい自己評価が低い傾向にあるので、このあたりは状況証拠的に間違いなさそうなので発症の原因の一つだと言っていいと思う。
とにかくなんだかわからないが自分がおかしくなっているような人にこの手の本が目につくことを願わずにはいられない。
なんだかわからない、というのが一番タチが悪いということをオイラは身をもって知っているから。
つーか鬱というものがどういうものかということを発症の前から知識として知っていれば早期に治療に臨めるし、原因不明というものに対する不安も解消される筈だ。
オイラなどは本作のような体験談と対処法を知る事に意義を感じている。


『ネオ寄生獣』
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AmazonでKindle版購入。
『寄生獣』を原作者以外の漫画家達がカバーした作品で編まれたもの。
それぞれの作家がそれぞれのタッチで描く『寄生獣』の世界は全部楽しめた。
そういう意味では『寄生獣』を面白いと思った人なら楽しめるようになっていると思う。
驚きなのは萩尾望都。
言わずと知れた巨匠。
オイラは少女漫画が読めない人間であるが、多くの人が言うように誰もが認める巨匠。
その巨匠がずっと後輩であるはずの漫画家の作品を翻案して見せる余裕と、巨匠をもカバー作品を描かせてしまう『寄生獣』という作品の持つ力に感じ入った。
萩尾望都のカバー作品がまたスゲエすげえ。
オイラは萩尾の作品を読んだだけでも満足できた一冊であった。


『タカコさん 2巻』
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AmazonでKindle版購入。
表紙絵よりも
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この中表紙のひまわりを抱えたタカコさんの画の方が好きだなあ。
一話8ページの体裁で、読者を驚かすような展開はまったくない(笑)。
まあその取り立てて事件が起きない物語で読み手を引きつける本作というものに驚きを感じるんだが(笑)。
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タカコさん(左)のキャラクターの造形が他のキャラクターに比べて明らかなデフォルメされたデザインになっていて、その感じが何気ない日常生活を描いていながら足が浮いたような不思議な気分になるんだと思う。


『池袋レインボー劇場 2』
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AmazonでKindle版購入。
迂闊であった(笑)。
本作って昨年の10月下旬に出ていたのか。
買いそびれていた。
本作、内容もさることながらオイラにとっては
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馴染み深い池袋の風景の描写で心を持って行かれている。
上の画の場所もよく知っていて、ここにストリップ劇場などなく、その昔、たしかイメクラかなんかがあった筈ではなかったか。
更に言えばこの近くに一蘭がありこの建物の対面にソープランドがあるんだよな。
えりちん の漫画なので非常に深く楽しめることができる。


『TRIBUTE TO OTOMO』
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Amazonで書籍購入。
判型も大きい上に紙質もいい。
値段もかなり良かったが(笑)。
大友克洋をリスペクトした世界中の漫画家やイラストレーターが渾身で描いたイラストで編まれている。
寡聞にして名前も知らないクリエイターも多かったが、どれもこれもが素晴らしい画で、一つとしてくだらない画がない。
今更ながら大友克洋の影響力というものを実感した。
大友の画を見て漫画家になった者やなれなかったオイラのような者も含めて、決して努力だけでは辿り着けない高み見せられた時の衝撃というものは今でも覚えている。
おそらくこの本に参加した人間は全てそうであろう。
本末転倒な話であるが、この本に描かれている画の多くがオリジナルの大友よりも魅力的だったりするんだな(笑)。
なんせこのカバーイラスト、てっきりトリビュートに参加したクリエイターの作品だと思ったら大友本人の画だと(笑)。
この画さあ、まったくリッチな感じがしないんだが(笑)。
はっきり言って手抜きの画だよな(笑)。
そういうわけでカバーイラストだけはガッカリした(笑)。


『PEN-VISE』
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ずっと気になっていて欲しかったPEN-VISEが手に入った。
16200円。
これは何かというとほぼメーカーを問わずにボールペンのリフィルが使えるペン軸だと思っていただきたい。
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こんな感じでメタル材質で手にも馴染みやすい重さと形。
どのメーカーのリフィルが使えるかは制作元のHPを見て確認していただきたい。
オイラはlumyとエナージェルを試してそのどちらも問題なく使えた。
上の画像はエナージェルをハメたところである。
オイラはその後
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エナージェル フィログラフィも手に入れて色分けとペン先のサイズで使い分けようかと思っている。
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この革のケースも発売されたら購入予定。


『葛城事件』
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DVDレンタルで視聴。
「俺が一体、何をした」
「オマエはドコの新興宗教だ」
いや〜、なんつーか、セリフの一つ一つが五臓六腑に染み渡るっちゅうか(笑)。
やはり無理をしてでも昨年観ておくべき映画であった。
ライムスター宇多丸の昨年度のシネマランキングでも本作は第二位だったのだ。
オイラも昨年観てたらベスト3には入れていたであろう。
とにかく、”ズン”とした重さのあるハンマーでぶん殴られたような衝撃だった。
特にオイラにとってはクライマックスの件が本当に衝撃的だったのだ。
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本作はある家族の物語。
時代遅れの父権を誇示して理屈ばかりの大言壮語の父親。
子供との関係に波風を立てないようにしつつ料理もまともにせずにいつもコンビニの弁当で家族の食事を済ませている社会性のない母親。
気が弱く主張をすることが苦手な長男。
ニートの次男。
ちょっと特殊な家族だと言えば言えるんだが、オイラからするともっとポンコツな家族なんてこの世にいっぱいあるし、子育てをネグレストするような親がいるなかで葛城家はまがいなりにも子供に関心を寄せて育てて来た。
このちょっと特殊であるも普通の範疇に入るであろう家族四人の物語。
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予告編にもあることだが葛城家の次男が通り魔的な無差別殺人を犯して死刑判決を受ける。
最初この次男の事件を切っ掛けに葛城家が壊れていくのかと思っていたら、そうではなかった。
次男の事件が起きる前、長男はリストラされたことを誰にも打ち明けられずに自殺する。
どこかポンコツ気味だった母親が長男の自殺で更におかしくなって心を病んでいく。
父親も開き直ったように以前にも増して横柄で傲慢になっていく。
この家族は次男の事件が起きるずっと以前に家族の体裁を整えていくどこかの過程で取り返しのつかないものになっていたのだ。
そこに次男の事件。
しかし、本作はどうしてこの家族が地獄のように壊れてしまったかという原因については描いていない。
たとえば父親の家族といえども冷蔵庫に入っている牛乳パックをコップに注ぐではなくパックから直に飲むという無神経さは明らかに次男に影響を及ぼしているし、母親が料理をしないことやゴミの分別に頓着しない社会性のなさも葛城家のポンコツさの要因の一部ではある。
ただそれらの事が家族を奈落に突き落とすような決定的な要因かといえば、前述したようにもっとひどい家庭に生まれてまっとうに生きている人だってたくさんいる。
身内の無神経さという部分ではオイラにももちろん覚えはある。
本作の後半で葛城家が家を建て庭に樹を植え、まだ幼児であった二人の子供に父親も母親も素直な愛情を注いでいる回想シーンが挿入される。
その頃の父親の言葉にも強く優しい雰囲気があった。
それなのになぜこの家族は地獄に落ちてしまったんだろう。
両親の資質の問題だというのは前述したとおり結果論でしかない。
というか、理由が特定できて描くことなんて不可能なのだ。
牛乳パックから直に飲む父親だから、とか、料理をしない母親だから、とか理由のひとつではあるかもしれないが、決定的な要因とは思えない。
本作はこの葛城家の酷さというものをただただリアルに描いている。
リストラされた長男が公園で時間を潰す描写。
電話が鳴ってもシカとする母親の描写。
観た人間が「こういうことってあるよな」と納得したり身につまされたりするリアルさが見事に演出されていた。
そういう意味ではこの家族についてオイラは理解することができたし、感情移入もできた。
オイラ自身が本作で描かれたような酷い人間になる可能性を自覚しているということではある。
誰にでも起こり、誰にでもありそうな感情であるならば特別なものではない。
特別なものであれば一般的な普通と比較することで原因はつきとめられよう。
オイラにはこの葛城家が特別おかしな家族とは思えなかったのだ。
で、それだけだとある家族に起こった酷い話という部分で終わってしまうのだが、本作ではオイラばかりか、おそらく大部分の人が感情移入ができない人物が描かれる。
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死刑制度反対を訴える女。
その女が死刑判決を受けた次男と獄中結婚をするわけ。
「死刑囚の妻になるなんてのは正気の沙汰ではないと思うが」
劇中、ほぼ唯一と言っていいぐらいまともな正論をその女に吐く父親(笑)。
その女、死刑制度のについての持論を述べまくるんだが、まあオイラには納得もできないし共感もできない理屈ではあるわけ。
それでも身内として接見するその女との交流で次男が妙に生き生きとしてくるんだよね。
次男は葛城家にいたときの萎縮した感じはなく、非常に饒舌に感情をあらわにしていた。
なのでそれを観ていてオイラはこの次男の妻の誠意というか気持ちのまっすぐさ、というものに感じ入ったりもできた。
完全にとは言わないが、こういう次男の妻みたいな人間を理解することができそうだなという感触も得られた。
が。
クライマックスでそのオイラの感触が幻想だと言うことを思い知らされることになる。
父親が次男の妻を押し倒そうとして失敗し、悪びれず真剣な問いかけをするのだ。
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「今度はオレの家族になってくれないか オレが三人人殺したら したら おまえはオレと結婚してくれるのか?」
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「ふざけないでよ!!!!! あなた それでも人間ですか!!!」
このくだりがオイラにとって本当に強烈だったのだ。
たしかに父親の行為は「ふざけないでよ」ではあるが、見ず知らずの死刑囚の次男の妻になれるのに、その父親が犯罪を犯した時に家族になれないということを強烈に否定する理由があるわけないではないか。
なぜ女は父親と家族になることを否定するのか?
そもそも死刑囚は何百人といる筈でその誰ともこの女は接点を持っていない筈で。
なぜその中から葛城家の次男を選んだのか?
死刑制度廃止云々の婚姻なら他の受刑者と婚姻を結ぶ可能性があってもいい筈で、ましてや次男の父親と家族になるのにどんな不都合があるのか。
このやりとりでこの女の欺瞞が強烈に暴かれたと思う。
死刑制度に反対するという一点で家族を捨てて、それまでまったく接点のなかった男と婚姻をするというのはやっぱり一般的な考えとしては成り立たないのではないか。
次男とその女の間に婚姻をするという前提であるはずの恋愛感情というものが完璧にスポイルされている。
次男にとって女はまったくの見ず知らずであり、女にとっての次男は社会を揺るがした殺人者であり犯罪者であり、そして唯一女にとっての引っかかりである死刑囚だ。
接見時、次男が女の下の名前で呼んだ時の女の戸惑いは、明らかに女に婚姻という意識がなく彼女が信じる社会正義のための方便でしかなかったからだ。
つまり、次男と本気で恋愛をしたいとか、もっと突っ込んで言えばセックスがしたいなどとは露ほども思っていないのだ。
家族すべてを失った父親が女を犯そうとし、自分が殺人を犯したら、次男の時にそうであったように自分と家族になってくれるかとの問いかけを全力で一蹴する女。
自分の思想を通すためだけに行った方便に復讐されたようなラストの展開は本当に溜飲がさがった。
実際の事件でも死刑囚と獄中結婚する女性というのはいる。
しかし彼女たちは死刑になるようなことをした男を本当に愛せるのだろうか?
おそらく実際に一緒に生活をすることがないどころか、夫が妻である自分に触れることすらできないからこそ安心して婚姻を結んだんではないか?
それこそ自分の死刑反対の思想に殉じるのであれば父親が殺人を犯し死刑囚になった時に家族になってくれとの希望はかなえることはできるであろう。
女は最後の最後で自分がしていることの矛盾に気がついたのではないか。
死刑囚というくくりではなく、殺人を犯すような人間を愛することはできない。
自分が如何に死刑囚になった原因を考えずにいたということを突きつけられた。
獄中結婚って女の受刑者と結婚しようとする男はいないというところも色々考えるところだと思う。
そういう意味ではこのラストの顛末は自分がなんとなくモヤモヤしていた思いにひとつの回答を示してくれたようである。
大傑作である。


『沈黙-サイレンス-』
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先々週土曜日、109シネマズ菖蒲。
まず本作を制作し完成させたマーティン・スコセッシの.....なんだろう?根性、粘り強さ、胆力?
神憑り的な才能?
スコセッシにとっては異国であり異文化である日本を舞台にした時代劇を日本人のオイラが観ても違和感のない映像で仕上げたということの驚異。
外国人が日本の時代劇を完璧に作っちゃった。
今まで"日本"をテーマや舞台に据えて描いた外国映画の映像、プロダクションデザイン、いわゆる美術は大体において日本人のオイラが観るとちょっと半笑いになったりするようなものだった。
ものすご~く似てはいるけど、違うよな、っていうね。
これまで様々に日本以外の外国の映画で"日本"が描かれてはきたが、バジェットの大きい筈のハリウッド大作映画でさえ日本人が観て納得するようなプロダクションデザインにはなっていなかったのだ。
オイラで言えばCGで日本家屋を作ろうとした時、日本家屋の構造を理解するところから始めなければならない。
日本人がパッと見で日本家屋だということを認識できても、それを作るとなると通常見過ごされがちな細部まで知って作らないと、所謂"リアリティ"とか"らしさ"がでないのだ。
オイラなどそれでも調べきれずに間違うことがある。
そんなだから、如何に外国の一流のプロダクションデザイナーといえども、異国であり異文化を舞台にした美術を作り上げることは不可能なのかもしれないなと思っていたのだ。
言ってみれば、日本人がアメリカのカウボーイの役をやったら体格はもとよりその立ち振る舞いで本家のアメリカ人からは違和感を覚えられるのと同じ。
が。
本作における日本の家屋などのプロダクションデザインに違和感を覚えたことは、ハッきり言って皆無だった。
そりゃ、美術に詳しい人が観たらおかしいと思うところもあるんだろうけど。
オイラの目からは日本人が作った時代劇だと言っても問題ないばかりか、むしろ日本の時代劇の製作よりもあきらかに無茶苦茶リッチに作ってあると関心するぐらい。
本作を観て映画におけるプロダクションデザインの重要性を再認識したよ。
プロダクションデザインってのは映画の世界観をデザインすることだから、そこに違和感があると映画自体の表現しようとしているリアリティを損なうことになる。
映画ってのは基本絵空事だから、その絵空事にリアリティを与えたい場合、描写されたプロダクションデザインである世界観が観客に嘘だと見抜かれた瞬間に物語に持たせようとした現実感は絵空事になり、映画への没入を著しく損なうのである。
日本を拙い漫画絵や写りの良くない写真でしか知らないような外国人であれば"なんちゃって"なデザインでお茶を濁したところで問題はない。
実際に多くの映画がそうやって作られているし、相手が日本人でなければ"なんちゃって"の部分は気がつかないから。
しかし、監督であるマーティン・スコセッシは本作の製作の全般において、日本人が観てもリアリティがあるものをと徹底的に拘ったに違いない。
百姓の貧しい家。
大名の畳の部屋。
外国人がやりがちな"オリエンタル"というひとくくりで統一感のないデザインではない。
本作で映像化されたのは紛れもない"日本"だった。
実際のロケは台湾で行われたようだが、日本への"見立て"が完璧だと思う。
如何に日本映画に対して愛着を持っているスコセッシといえども、多くの言葉の通じない日本人俳優を多数演出し、慣れない気候の地で御歳74歳の監督が映画を作るということの困難さを思うと本当に頭が下がる思いだ。
そしてスコセッシの真摯さにも。
本作はキリスト教の映画である。
絶対神としてあるキリスト教がなぜ日本に根付かないのか?
これはキリスト教においては重大な問題で、絶対神が根付かない場所が地球上に存在してはいけないとわけ。
そんな場所があったら"絶対"はねーぞと認めなくてはならんからね(笑)。
スコセッシはおそらくこの<根付かない>問題を信仰上の受難と解釈しつつも、相対主義と寛容性で他文化を理解しようとしていると思う。
象徴的に描かれているのは"湿度"だと思う。
本作の冒頭とラストで虫の鳴き声が入る。
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ポルトガルの除湿したような石の世界にはない、自然の湿度が多くある世界。
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踏み込めば足がめり込むような土と湿気の日本。
"沼地"という言葉がキリスト教を根付かせない日本の風土を表している。
更に言えば風土の違いで形成される人間の思考というものは単一ではない。
考えてみればスコセッシの多くの作品はキリスト教的なる要素と暴力という要素を関連づけていると思われる。
世界からなぜ戦争が無くならないのか?
全世界がキリスト教を信じれば暴力の血にまみれる事はないのではないか?
ではキリスト教を信じない国家や人種は邪教であるのか?
キリスト教以外の宗教は信じるに値しないものであるのか?
スコセッシは長い年月をかけて世界から暴力が無くならないのは、キリスト教を信じない人間がいるからではなく、キリスト教徒が他文化の宗教の存在を容認しないからではないかと思うに至ったんではないかね。
本作を観て本当にスコセッシの日本文化への寛容さと真摯さというものを感じる。
なんか、こんな人がアメリカにいるってだけで希望が持てる気がする昨今だね。
なんつーか、トランプが大統領になってもオイラたちにはマーティン・スコセッシがいるっちゅうね。
『タクシードライバー』や『グッドフェローズ』のスコセッシを期待しすぎると肩透かしを食らう本作だけど、それでも本作にはエンターティンメントとしてのヴァイオレンスがあるので、系譜としてはブレてはいないと思う。
Blu-rayが出るまでに原作小説を読みたいと思っている。
良い映画でありました。


『スノーデン』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
つくづく思ったのは
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ジョゼフ・ゴードン=レヴィットって誰にでも似せられるのな(笑)。
本物の
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エドワード・スノーデン。
で、本作のジョゼフ・ゴードン=レヴィットが扮したスノーデンが
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コレだもんな。
実在の人物を演じる時に演じる役者が似てなくてはいけないという事はないにしても、似てればそれだけで説得力があるという事はいうまでもない。
ジョゼフ・ゴードン=レヴィット自体がスノーデンに無茶苦茶似ているとは思わんが、雰囲気を作るのがうまいのかもしれんな。
ジョゼフ・ゴードン=レヴィットって以前『LOOPER/ルーパー』って映画で絶対似るはずがない
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ブルース・ウィリスに
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デコの若干の禿げ上がりぐらいだけで(笑)同一人物であると観てる者たちを強引に説得してしまったから(笑)。
『ザ・ウォーク』といい、この役者は実在の人物を演じることが割と多いような気がするね。
まあオイラも好きな役者ではあります。
で、本作のエドワード・スノーデンについてはオイラは亡命したアメリカ人である、ぐらいの知識しかなかった。
それでも本作はアメリカのNSAやCIAによる諜報活動がテロ対策などではなく、アメリカの覇権の為であるのが第一義であったということを分かりやすくドラマチックに描いている。
そういう意味ではエンターテインメント作品としては面白く観れた。
監督のオリバー・ストーンはの物語の盛り上げ方の上手さはある。
オリバー・ストーンってつくづく物語の作り方が変わってないね。
愛国主義者の主人公が国家の悪辣さに気付いていくというね。
それは『プラトーン』もそうだし、オリバー・ストーン自身がそうなんだろうね。
ただね、本作って残念なことにリアリティを感じられなかったんだよ。
これはまあヴィジュアル的な部分で。
内容が内容なだけに"web"とか"CYBER "なものに引っ掛けて、冒頭に"GHOST IN THE SHELL"がセリフのネタとして出てくる。
オリバー・ストーンは本作をちょっとしたSF映画的な側面を出そうとしていたように感じたのだが、如何せん、本人がどうもSFにリテラシーが少ないようで、いまいち中途半端なんだよな。
劇中、エドワード・スノーデンが実際に日本の横田基地にいた事実があるらしいんだけど、そこに出てくる日本のマンションがまったくリアリティのないものでね(笑)。
なんか高級マンションの設定らしいが、オイラには"おかしなマンション"にしか見えん(笑)。
マーティン・スコセッシが徹底したこだわりの日本を作ったのにねえ(笑)。
『沈黙-サイレンス-』の後だと良い加減な日本の描写はそれだけで没入感を欠くなあ。
オリバー・ストーンは物語の人でヴィジュアルで語ることにあまり頓着しないのかもしれんな。
まあ、エンターティンメント作としては楽しめましたよ。
それ以上でもそれ以下でもない。
映画のヴィジュアルに説得力とリアリティが感じられなかったので本作に内包しているであろう世界情勢に対する逼迫感というものが希薄に感じられた。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2017-01-29 22:10 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by chata at 2017-01-29 22:51 x
PEN-VISE むちゃかっこええですね。
エナージェル高級版の使い勝手はどんなもんでしょう?
Commented by 16mm at 2017-01-29 23:59
■re:chataさん
フィログラフィのシルバーですが、これはこれで好みで、細身でメタルではないんですけど硬質感があって長く使おうって気にさせますね。


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