『町山智浩の映画ムダ話"ダンケルク"』『エイリアン:コヴェナント』『散歩する侵略者』

先週土曜日、歯の治療。
先々週抜いた後の事後の治療をしてもらう。
次回の治療で仮歯を入れて、その後どうするかを先生が考えてくれるとのこと。
保険内で歯を入れると銀歯になり位置的に目立つとのこと。
多少金がかかっても白い歯がいいかな。
歯を抜いたおかげで歯茎への負担もへり実にスッキリ。
このまま歯抜けでもいいじゃん、というオイラの考えはいつもの美形で剽軽なドS歯科衛生士女史に一蹴される。
なんでも上の歯がない分下の歯が伸びてきて噛み合わせに問題が出てくるとのこと。
まあ、歯に関してはまったく心配するようなことにならない環境をオイラは手に入れているので安心である。


今週日曜日、銭湯にストレッチ、寝湯、赤外線サウナ。
台風の影響で小雨が降る中、露天での寝湯は肌寒いことこの上なし(笑)。


町山智浩の映画ムダ話63 クリストファー・ノーラン監督『ダンケルク』
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映画その他ムダ話からのMP3音声ファイルの有料ダウンロード。
『ダンケルク』という映画は陸パート、海パート、空パート、の三つのパートが同時に描かれていて、そしてそれぞれのパートで時制を変えて表現されている。
例えば空パートで海上に不時着した英軍のスピットファイアの顛末をすぐに描くのではなく、その後に海パートでの船のエピソードを丹念に描いた後に不時着したスピットファイアを見つけて救出する顛末を描く。
空パートで不時着したスピットファイアの後方に件の船が近づいているのを描写しているにも関わらず、そこから数十分から数時間時制を遡って海パートの船でのエピソードを描いているのだ。
町山智浩はこの時制については監督のクリストファー・ノーランの作家性に根ざしているということを指摘する。
町山が言うようにクリストファー・ノーランは『メメント』『インセプション』『インターステラー』と時制に関する映画を複数作っているな。
その他町山は本作の娯楽映画としての側面を満足させるために歴史的な事実を曲げて映画的な嘘をついている部分も指摘。
劇中で描写されるダンケルクの浜に一斉に小舟やヨットの大群がやってきた、というのは映画的な嘘であり、実際は一週間ほどの間に少数づつ断続的に浜辺にきて兵士を救助したというのが正しいらしい。
それとクライマックスで燃料が無くなったスピットファイアがグライダーのように滑空しながらメッサーシュミットを撃墜するってのも、無理だよな(笑)、とのこと(笑)。
歴史的な事実だけでは娯楽映画は成立しない。
一定の嘘をついても映画の官能性というものを担保している。
実際、窮地にヨットの大群が来たり、死に体のスピットファイアが嘘みたいにメッサーシュミットを撃墜した時は高揚感があったしね。
戦争の歴史的事実の重みと娯楽映画としての表現。
歴史的事実の重みを娯楽のために捻じ曲げていいのか?というのはいつも感じる部分ではある。
それでも映画になった戦争で脚色して娯楽的な要素を入れてない映画があるのか?成立するのか?


『ダンケルク (ハーパーBOOKS)』
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AmazonでKindle版購入。
映画に関する解説とダンケルクの撤退作戦についての読み物。
まだ全部読んでいない。
冒頭にクリストファー・ノーランのインタビューあり。
この撤退作戦についてよく知らないオイラとしてはお手軽なガイドとなると思う。


『江口寿史のなんとかなるでショ!』『寿五郎ショウ』
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AmazonでKindle版購入。
今から30年ほどの大学生の時。
この江口寿史の『江口寿史のなんとかなるでショ!』を本屋で立読みして、腹筋が痛くなるような状況になった(笑)。
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この冒頭のトーマス兄弟のくだりがなんとも腹筋にきたのよ(笑)。
このほど電書化されたとの報で速攻で購入。
紙の本はもう立読みした30年前に購入していたが。
で、改めてに読み直してみたんだが......
......
う〜ん、面白いは面白いんだが、何度も読んだ漫画だからねえ。
おそらく読んだことがないであろう会社の同僚に読ませてみる。
......
う〜ん。
やっぱりギャグはなかなか時代を越えられないということか。
この30年前に読んだ時は本当に感動的に面白かったし、他に勧めた人間にも読ませたが、やっぱり当時は爆笑していたっけ。
そういうものなんだなあ。


『20世紀の51大事件 私は目撃した! 週刊文春 シリーズ昭和(1)狂乱篇』
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AmazonでKindle版購入。
なんのことない、事件のアウトライン、というか"サワリ"の部分のみの文章。
深いところまでは書いていない。
あくまでこういう事がありました程度。
まあそりゃそうか(笑)。
各トピックスで深く知りたいなという人にはオススメしない
オイラも買わなきゃよかったな(笑)。
大盛りだけど超薄味


忘備録
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ウィリアム・バロウズ
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アイザック・アシモフ


地元のショッピングモール内のギャラリーで井上直久や松本零士のシルクスクリーンの展示販売をしているんだが、それらに紛れて昔のTV版と思われる『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』のセルの販売をしていた。
額装されたヤマト(らしき)のセル画を見つつ
オイラ「このセル画には原画はついてないんですか?」
お店の人「線画ですか?」
オイラ「?線画ってなんですか?」
お店の人、奥から『うる星やつら』のセル画と動画を並べて額装されたものを持って来た。
どうやらお店の人の言う線画というのは動画のことらしい。
見せて貰った『うる星やつら』のセルと動画は画の感じも綺麗でいいのだが、本当にこれがTV放映当時のものか判断できない。
原画だったり作画の修正ならおそらく森山ゆうじの手によるものだろうが、これは動画である。
作画監督の修正後の工程の動画だ。
しかも誰が描いたのか、本当に当時のものかどうかもわからない。
それらが額装されてなんと8万円になってる(笑)。
『うる星やつら』は画的に上手いものだったので騙されて買ってもいいかなと思えるものだけど、展示販売していた『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』のセル画はお世辞にも上手いものではなく、こんなのが額装されて8万円というのは片腹痛え(笑)。
動画一枚いくらだと思ってんだ?
当時ならおそらく一枚500円しなかったはずだ。
それを額に入れて8万円。
ボリまくりである(笑)。
もとアニメーターが放出した、とお店の人は言っていた。
いわゆる美術品に対しては目利きなんだろうけど、アニメに関してはまったく無知な人なんだな。
おそらく原画と動画の違いもわかるまい。
このセル画の品質で平気で8万つける美術商ってのもな。
いいかげんなもんだ。


『エイリアン:コヴェナント』
ネタバレありません。
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
思っていたほどまったくグロさなし(笑)。
前作の『プロメテウス』のわけのわからなさを払拭し、さらに前作の解説をしてるようなところもある。
かなりの親切さではないだろうか。
本作は前作のような回りくどさもなく、ストレートな哲学的な思索投げかけていると思う。
"われわれはどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか"
"我が名はオジマンディアス 王の中の王 全能の神よ我が業をみよ そして絶望せよ"
面白く観れた。
どのくらい面白かったかといえば、前作の『プロメテウス』と違い、本作ならBlu-rayを買って再見したいなと思わせるぐらいに面白かったということだ。
本作は『プロメテウス』を観てなくても一応楽しめるものだと思うが、劇中のある部分は前作を観ていないとわかりにくいということはある。
映画の最後はその前作からの顛末を本作でも繰り返すであろう予感で終わる
オイラはバカなのでこのイギリスのインテリ・ヴィジュアリストが何を考えて、『ブレードランナー』の続編の監督を蹴ってまで本作に入れ込んでいるのかわからぬ。
なんかオイラからすると考えてもどうしようもない、答えなど出て来そうもないものに対してのめり込んでいるように思える。
つまりそれは"神"、というか"創造主(エンジニア)"というものに対する強烈な思索のように思える。


『散歩する侵略者』
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今週日曜日、109シネマズ菖蒲。
なんつーんだろう。
監督の黒沢清の作品がわからないと所謂シネフィル自称してはいけないような雰囲気を感じてしまう(笑)。
それはオイラがバカだからと言う僻みもあるんだが。
有名大学を出て蓮實重彦の授業を受けた、というだけで映画をアカデミックに語りうる資格がありそうだ。
『ドレミファ娘の血は騒ぐ』が絶賛され、その映画に出演していた伊丹十三に認められて伊丹自身がプロデュースする映画の監督に抜擢された。
それが『スウィートホーム』。
オイラは黒沢清の映画は実はこの一本しか観ていない。
その後多数の映画を作っているにもかかわらず、だ。
この『スウィートホーム』のくだらなさがオイラにずっと付いて回っていたとも言える。
果たしてこの『スウィートホーム』、伊丹十三が監督していたら面白かったのか?
そもそも題材そのものがダメだったのか?
今となってはわからない。
オイラは伊丹が自分で引っ張って来て監督させたあげくに駄作を作ったわけなので、実は伊丹自身に見る目がなく、黒沢清自身もそんなに大した監督なのではないのではないか、とオイラは思っている。
ただ、前述した通り由緒ただしき?蓮實重彦門下とも言える黒沢清。
ある意味黒沢を批判するのは蓮見を批判するような気にもなるのかね(笑)。
オイラにとってこの『散歩する侵略者』は黒沢清監督作としての鑑賞二作目となる。
結論を言えば、やっぱりつまらなかった、である(笑)。
穏当に言って、オイラには合わなかった。
頭のいい人なら感動できたのかもしれない。
が、オイラはまったくダメ。
本作って昨年自分のベストであった『太陽』の舞台原作である前川 知大が手掛けてるんだけど、これって原作通りの映画化なのか?
物語に納得いかずにまったく入り込めなんだ。
とにかく全てがダメ
物語、人物造形、登場人物に対する演出、映像、音楽の使い方etc.......。
本年度ワーストと言ってもいい。
まあそれでも『ルパンIII世』や松本人志の映画のように途中で退席するまではいってないので、いくらかはマシというところか(笑)。
ある日、三人の宇宙人が地球の人間に憑依して、人間の"概念"を奪い始めるわけ。
また"概念"という言葉がアタマ良さ気でシャラくさいんだが(笑)、劇中で言う所の"家族""仕事""所有"などをその侵略者たる宇宙人が奪っていくわけ。
で、奪われた人間は一種の白痴な感じになったりする。
侵略者たちは、"家族""仕事""所有"などのことは理解もできなかったくせに"ジャーナリスト"なんて言葉を平気で吐いているわけ。
なに、"家族""仕事""所有"などという"概念"を理解してなかったくせに"ジャーナリスト"についてはわかってるわけ?
オイラこれが本当に雑に感じて、侵略者を語る無知な人間の話かと思ったら、そうではなく、マジで侵略者なわけ(笑)。
"概念"なんて言葉を引っ張り出しておきながらその根本に関する設定が雑すぎる。
これが侵略者を語る無知な人間のブラックコメディではないかと感じたのは音楽の使い方にもある。
特に前半が妙にコメディチックな音楽なんだよね。
黒沢清は場にそぐわない音楽を使ったミスマッチを狙ってるのかもしれないけど、オイラは単純にミスだとしか思えない。
侵略者が概念を奪うシーンは映像的に、ライティング的に暗くするというあからさまな表現。
観てる間、本当にB級のブラックコメディを作ってるのかなと思ったぐらい。
いまだにあの演出がよくわからん。
考えると腹たってくるね(笑)。
突然長澤まさみの前で粗暴になる長谷川博己の演出もまったくもってわからない。
というか長谷川博己演じるジャーナリストの人物造形が杜撰で雑すぎる。
最後のシーンにどういうわけだが小泉今日子が出てくるんだが、その意味もわからん。
推測するにこの手のSF映画にワンポイントとして『ザ・SF』的な役者を出すという演出はあるにはある。
例えばアメリカ映画でいえば シガニー・ウィーバーとかね。
彼女が出るだけでSFとしての体裁を説明抜きでまとめたりできるわけ。
例えば『Wall・E』でのコンピュータの声とか『宇宙人ポール』のビッグ・ガイとかね。
小泉今日子はそんなにSF的な人物に見えない。
つーかおそらくオイラが前述したような考えでキャスティングしたわけではあるまい。
だから小泉今日子がノイズにしかならないわけよ。
必然性がないから。
クライマックス、侵略者たちの侵略が始まったが、"愛"という概念を侵略者たちが得ることで侵略が止まったという、アっとおどろくくだらない結末。
本当にくだらない噴飯もの。
実は正直ちょっとは期待していたわけ。
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このポスターにもなってるヴィジュアルがすごく魅力的だったわけ。
佇む二人の雰囲気がなんともなく終末を感じさせてさ。
もしかしたらものすごくハードなことをしてくれるもんだと期待してたんだが......。
もういいや、黒沢清はもう二度と観ない
オイラには合わない。
そういうことだ。
だれかこの映画が面白いということを解説してくれないかしら。
町山智浩とかさ。

by 16mm | 2017-09-18 22:29 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)
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Commented by chata at 2017-09-18 23:29 x
先ほどすずさん視聴終わりました。
こうの史代の画が動いてる違和感の無さが凄い!
進撃の巨人のアニメは違和感しかないってのにw
周作はかなり抑えた演技だなぁと思いました。
中の人、最近のガンダムで愚連隊の団長だったから余計にw
Commented by 16mm at 2017-09-19 08:25
■re:chataさん
オイラも全体の半分を再見したところですが、冒頭のすずさんが壁に荷物を押し付けて背中に背負うところから、コトリンゴの歌が始まるところで感極まっちゃいます(笑)。
こうの史代の画がちゃんと動くのってジブリの『ホーホケキョとなりの山田くん』のと同じぐらいの難易度なんじゃないかと思います。
周作役の人って普段のアフレコではああいう声ではないんですね。
広島出身だそうなのでセリフが自然だし抑えた演技に好感がもてました。
あのガサツな感じの水原の声がヤマトの古代の声だと今回初めて知りました(笑)。


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