『アビエイター』

ジムで体を動かすと胸のあたりが上下動するのが気に入らない(笑)
男が乳揺らしてどーする(笑)

漫画の単行本『東京トイボックス』と『とりぱん』を購入。
二つとも週刊連載も楽しみに読んでいるわけだが、二作とも絵が達者である。



『アビエイター』をwowowでDVD録画したものを視聴。
相変わらず観たい映画がないので映画館からは遠ざかっている。
『ナルニア国物語』は観ないだろうしなあ。
押井守の『立喰師列伝』は二週も先だ。

『アビエイター』。再見である。ほぼ一年前に劇場で観た。
録画のものを観た為か、観方としては結構丁寧に観たつもりである。
やはり面白い。
昨年のオスカーは『ミリオンダラー・ベイビー』であったわけだが、『アビエイター』が取っても良かったのではないかと考え直した。
デカプリオの演技も良かった。

あくまでも私見であるのだが、『ミリオンダラー・ベイビー』は人生の絶望を否定的に捉え、深い絶望を描く事により、死を甘美なものとして捉えていたと思う。
今回『アビエイター』を再見して感じたのは、スコセッシは人生の絶望や敗北による壊れた精神というものを肯定的に捉え、壊れたままでも生きて行く人間像というものを描いていたのではないか。
考えてみればスコセッシ映画の人物は、端から見れば限りなくアブナイゾーンにいるヤツばかりだ。
『レイジング・ブル』のジェイク・ラモッタ。『タクシードライバー』のトラビス・ビックル。
壊れたり、壊れかけた人間が激しい自己破壊的な行為をしつつ、そして死の予感を感じさせつつも、死なない。
『アビエイター』のラストでも「"way of the future"(未来への道だ)」という台詞が連呼されるが、その言葉には決して明るいイメージを付与していない。
むしろ絶望を抱えつつ喘ぎながら、それでも生きて行こうとする意思が感じられた。
『ミリオンダラー・ベイビー』のマギーが絶望を受け入れつつも生き抜くという意思があれば、口で鉛筆をくわえ、学校に通うという道だってあったかもしれんなと思ったりした。
まあ、映画の話だが(笑)

反復強迫という神経症がある。
オイラにもある。オイラでいうと自宅の鍵を締めたか?ストーブは切ったか?水道は出しっ放しになってなかったか?etc...を散々確認したにも関わらず、更に何度も確認する。
『アビエイター』ではハワード・ヒューズが何度も手を洗うという行為でそれを表現している。
鍵を締めた。或は手を洗うという事に対して、それらを"行った"という事実を感覚として実感できない為に起こるものであるのだが、それが度が過ぎるか過ぎないかだけで割とだれでもある要素ではあると思われる。
同様に身の破滅を薄々感じつつも拘らずにはいられない偏執狂的な部分というのも、誰にでもある。
良く言えば<こだわり>なんて言葉で済ませられるのかもしれない。
今小説で『Op.ローズダスト』の上巻を読んでいるのだが、その巻の中盤チョイの所でその<こだわり>の為に命を落とす人物のシーンがあった。
作者の福井は如何にその<こだわり>が人間が人間たらしめる業であるかというのを説得力をもって描いていた。
『アビエイター』のハワード・ヒューズは"飛ぶ"という<こだわり>に取り付かれた人間だった。
少なくとも映画ではそのように描かれている。
とは言いつつも、監督のスコセッシは飛翔する飛行機よりも、落ちて行く飛行機を官能的に見ているようだが(笑)
後先考えずに<こだわり>と心中することも厭わない。
人間には全てを失うかもしれない恐怖に抗うものを誰しも持っているものだなと思った。

初見の劇場では見逃したかもしれないのだが、すごいチョイ役でウィレム・デフォーが出ていた。
この人本当に役の大小に限らず興味のある作品に出る人なんだろうな。
日本で言えば大杉漣みたいなものかな。

しかし劇中に出てくるXF-11という飛行機は美しいかった。
すばらしいデザインであると思う。
by 16mm | 2006-03-26 22:42 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by mlo_olmmlo_olm at 2006-03-30 09:27
東京トイボックス買ったーw
10年以上前にナムコ好きだったので、オイラも巣鴨キャロットに
行ったりしていたころもあったなぁと……。
Commented by 16mm at 2006-03-30 13:14
■re:コウちゃん。
この漫画、ゲーム業界に詳しいとよりいっそう面白いのかもしれませんね。
ちなみにオイラはコーラかなんかの景品で貰ったテニスのTVゲームをやった口である(笑)


<< 『Op.ローズダスト』上巻 『未知との遭遇』 >>