『Op.ローズダスト』

上下巻読了。

並河警部補=赤井英和
羽住一尉=長瀬智也
というのはどうだろうか。
演技の有無に関わらない、雰囲気の問題だが(笑)



安彦良和の対談集でも書いてあったが、福井晴敏という人は見るからにどこにでもいそうな兄ちゃんである(笑)
そんな兄ちゃんが恐怖の長編軍事小説を書いてしまうというのが意外というか、ギャップがあって面白いというか(笑)

非常に面白い小説であった。
この作家の作品に共通して言えるのだが『パトレイバ−2』の影響というものを強く感じる。
ラスト一歩手前のあるシーンはトミノっぽいなと思ったりしたw
男と女の関係も非常にストイックで好感がもてる。

この小説だけではないが、福井作品で"涙"を"雫"と意図的に言い換えている。
乱闘で顔面を強打したり催涙ガスで.....という時には「"涙"があふれて」と表現し、心理的に感極まった描写には「"雫"が落ちた」となっている。
意図は分からんではないが、やはりこれほどアツイ作品の登場人物は"雫"ではなく"涙"の方がいいのではないかなあ、と思ったりした。

福井晴敏の偏執狂とでも言えそうな登場人物の内面の掘り下げは、読み手に実在感を伴うようなディティールを提示するとともに、登場人物の行動に対する言い訳に説得力を持たせるのに効果的であった。
どう考えてもつまらない嫉妬心から生まれた悲劇に、説得力のある言い訳を描写して読み手をケムに巻く。
皮肉抜きで福井という人は上手いと思う。
それは登場人物の描写に留まらず、例えば『亡国のイージス』であればどこを走ってどこの階段を昇ればどこに着くとか。どこを制圧すれば効果的な打撃をあたえられるかというのを構造的に描写する。
『Op.ローズダスト』でもクライマックスである場所を破壊しようとするのであるが、<本当にできるかどうかは別にして>実に巧妙にやり方を考えている。
その理屈が全て理解できなくても、本当に出来そうだと感じさせる力がある。
『日本沈没』での沈没のメカニズムをマントル対流で説明するような......
上手い嘘をつくというのはこういう事なのであろう。
一流どころの作家というのは見て来たようなウソを文章化できるわけなのだな(笑)

余談だが(このブログ自体が余談で出来てるのはおいといてw)スタンリー・キューブリックはあれだけオリジナリティ溢れる作品を作っておきながら、ほぼ全て小説の原作を脚色して映画を制作していた。
彼の理屈でいうと全くの無からモノを作り出すという事に対する猜疑というか、あるいは嫉妬があったと本に書いてあった。
だから『時計仕掛けのオレンジ』にしても『シャイニング』にしても作家に対して非常にサディスティックな扱いをしていたのだろう。

この小説では「新しい言葉」を見つけるというのがキーになっている。
右翼=好戦、左翼=反戦、というある種硬直した「古い言葉」や考えを改めて、<新しい言葉>を紡いで行くという事と、思考停止をしないその事に希望を見いだそうという試みでもある。
しかし、私は<新しい言葉>という事自体に違和感がある。新しい言葉はいずれ古い言葉になる。
古くさせない為に常に考え続け新しい言葉を作っていくという事なのであろうが......

西原理恵子の『うつくしい のはら』(『営業ものがたり』所収)という作品がある。
一つでも多くの言葉を覚えれば幸せになれるかもしれないという幻想を抱きつつも、倒れ逝く者たち。
輪廻のように繰り返されるその生と死。
「うまれて 人になるために 一つでも多くの言葉をおぼえましょう」
「うつくしいのはら」

必要なのは<新しい言葉>ではなく<うつくしい言葉>なのではないだろうか。
だから作者の福井もラストにあの美しい光景を創作したのだ。<うつくしい言葉>が<新しい言葉>とは限らない。<古い言葉>であっても美しく新しい意味を付加させる事ができる筈だ。
福井はその辺りも分かっている。そういう描写があった。
<ローズダスト>だって言葉が最初にあったわけではない。印象に残ったその美しい光景を言葉にしたのだ。
そんなラストシーンであると私は感じた。

リアルに押したこの小説のラストのクライマックスの描写は、SFというかファンタジーのような世界を幻視させる力があった。
すばらしい光景がオイラの脳内で像を結んでいる。

ところで福井さんに枝葉末節ながら控えめに言いたい(笑)のだが、『亡国のイージス』で海の中から船底の亀裂を見つけて入り込むなどということをやっていたが、動きのある波間でしかもゴーグル無しで亀裂を見つけるなんて事はできないだろうと思う。
それと同じに、車の助手席から足を延ばして運転席のアクセルを踏むなんて不可能だと思うぞ(笑)

読み応えと面白さの両方ある作品ではあったが、オイラの脳内ベスト1『Twelve.Y.O.』は越えていない(笑)
これはもう好みの問題である。『Twelve.Y.O.』はオイラの感動するボタンを最後まで押されっぱなしだったのだから。
言うなれば、足裏に性感帯があるオイラが健康サンダルを履きっぱなしのような状態だったのだから(笑)
by 16mm | 2006-04-09 23:30 | | Trackback(2) | Comments(0)
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