『ALWAYS 三丁目の夕日』

『ALWAYS 三丁目の夕日』。
DVDの本編とコメンタリーまで視聴。まだメイキングを観ていない。
世間はサッカーのワールドカップで盛り上がっているわけだが、オイラ微塵も興味無し(笑)
オリンピックやワールドカップを観ないっつーのは人生の一部を損してるのかもしれんが、それでも微塵も興味無し(笑)
なので、これからメイキングパートを観るつもりである。明日会社なのでテケトーに切り上げるが(笑)

この『ALWAYS 三丁目の夕日』に関しては劇場上映の時の感想文がオイラにとっての全てであり、それをあえて一言で言えば、"見えないものを信じられた時代"のお伽噺というところか。
見えない指輪を世界一のものに見えたり、50年先の夕日の美しさを信じて疑わなかった人たちと時代の物語。
しかし、現在もそんな人はいると思う。
たぶん。



オイラにとっての『ALWAYS 三丁目の夕日』についてはここまで。
オイラにとってかけがえの無い映画には違いないが、当然こういう映画が嫌いな人達もいる。
それについてとやかく言うつもりは当然ないし、全ての人間に好かれるものなどというのは、ある意味うす気味悪いと感じる。

映画製作に決して優しくない日本で、彼の国と同じようにアカデミー賞などをやった所でどれほどの権威と箔がつくかは甚だ疑問であるが、そんな賞であっても貰えないより貰えた方がよかろう。
『ALWAYS 三丁目の夕日』は今年12部門で受賞した。
井筒和幸監督。
その授賞式で彼の非常に不愉快な顔した写真を見た。
賞が取れなくて悔しいのだろうなという気持ちは分かる。ハレの舞台でウソでも同業監督を祝福してみせる度量はないのか、という事もオイラは言わない。
しかしこの監督、『ALWAYS 三丁目の夕日』を劇場公開時から酷評、というか厭味というか、気の弱い悪口というかw、評などというレベルではなく、要するに小バカにしていた。
当然観てたんだろうな、と思っていたよ。
「初めて見たが学芸会もいいとこ、4コマ漫画もいいとこで、こんなゲテモノがアカデミー12冠だったのかと改めて吃驚した」
これ、アカデミー賞受賞後の井筒監督の語り。
この監督、他の同業監督の作品を観もしないでクサしていたわけだ。
この談話から分かるように、この監督、漫画一般の面白さが分からないという事も自ら白状している。
漫画を子供だましレベルとしか認識できないのに、その自分が雑誌のコラムやTVの映画解説では子供も騙せないような論理の欠片もない自分に気がついていいないのである。
『踊る大捜査線2』のコラムは、いかりや長介に対し酷い事を書いていた。
まあタイミングが悪かったとも言えなくもないが、その後割りとすぐにいかりや長介が亡くなった。
こういう何をやるにつけ間が悪い人ってのはいるもんで、それこそ自覚して言動に気をつけるべきなんだろうけど、そういうキャラクターで売ってるから仕方ないか。

オイラは観た事ありますよ、井筒監督の映画。
『ガキ帝国』。
大学の学園祭の真夜中。この映画の次に、当時ビデオ発売されてなかった『時計じかけのオレンジ』が上映されるので、寒い講堂で我慢して観てましたよ。
左翼的な高校に通っていた所為か、社会科の資料集にその『ガキ帝国』が小さく資料の一つとして載ってたんですよね。
だからその手の映画かなと思ってはいた。
映画の内容もそうだけど、友情、喧嘩、などというものが非常に泥臭くて観てられなかった。
在日朝鮮人問題をつけたしたというだけで(その部分のみが高校の資料集に載った理由であろう)全体の内容をひいき目にみても高校で使う教材に使うのに適したものとも思えなかった。
なんつーかプロレタリア根性では芸術は語れないのだなと思ったよ。
やはり芸術ってのは金持ち(物理的にではなく精神的に)の娯楽だよな。余裕のある人間の娯楽。
余裕の無い貧乏人には解れない部分だ。

『二代目はクリスチャン』って映画も観た覚えがあるな。ラスト、あの尼さんが人を殺してるのに罪に問われないという物語の構造が理解できなかった。
当時ガキだったオイラは騙されなかったよ、この映画では。

最近の井筒監督の映画は観ていない。というかタイトルや断片的な内容からまったくオイラの食指が動かないのだ。
『のど自慢』『ビッグ・ショー! ハワイに唄えば』『ゲロッパ! GET UP!』。タイトルの泥臭さで観る気にすらならない。

ただオイラがこんな事言った所で井筒監督は定期的に映画を作ってる。オイラの考えからすると名前だけで何年も映画を作らない、作らない事で存在感を保っている監督よりはマシだということであるが......
そのうち『パッチギ!』を観てみるつもりである。
非常にマイナスな感情で観るわけであるが、この映画が『ALWAYS 三丁目の夕日』をバカにできる程の映画かというのを自分なりに検証するつもりである。
レンタルは金がもったいないので、wowowや地上波放送を録画したものを観るとしよう。





我慢出来ず『デスノート』の3巻4巻5巻6巻を購入。4巻まで読了。

岸田 秀 & 三浦雅士『靖国問題の精神分析』を購入。
by 16mm | 2006-06-12 22:56 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(2)
Commented by 朽駄 at 2006-07-09 00:58 x
朽駄です。
そういえば俺が小学生の頃は、例え家族で親睦的なシチュエーションに出くわしても、
「夕日は50年後だってきれいだよ!とうちゃん!かあちゃん!」
なんて言う発想は微塵も出て来なかったし、言うやつがいたら気持ち悪いとすら感じたと思う。

でも日本には何年かに一本、こういう泣き笑い作品を観て、とりあえず泣いておきましょうやという風習があるのだと解った。
Commented by 16mm at 2006-07-09 01:19
■re:朽駄さん
どもども、こんばんわ。

あの夕日を見ての50年後に思いを馳せるというのは、たぶん観客に向けての皮肉に満ちたメッセージだと思います。
オイラも父ちゃん母ちゃんと夕日を見たったそんな事は言わないし思わなかったですね(笑)
たしかに良い子ぶりやがってって感じになるでしょうね。
でも口では言わなくてもきっと明るい未来を信じてはいたでしょうね、あの頃の人たちは。
その後学生運動で日本が争乱状態になり、給料もあがれば物価もあがり、山河を汚しまくり、公害病が顕在化し、平和だ平和だと言われながら時のバカ首相が"浮沈空母"などとアメリカにシッポを振り、テポドンが降ってくるかもしれない恐怖に怯える50年後だのを、あの頃に人たちは想像すらできなかっただろう。
あの頃はまだイノセンスなものが残っていた最後の時代だったのかもしれません。


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