『時をかける少女』

原田知世より薬師丸ひろ子であったオイラが大林監督の実写を観ていたわけではなく。
筒井康隆の本が好きな割には件の原作は読んでおらず。

先週『ゲド戦記』面白かったと書いた舌の根の乾かぬうちになんだが...いや、『ゲド戦記』がつまらなかったというわけではない。
料金の1800円分は楽しめたと思っている。
んが、しかし。
細田守監督版『時をかける少女』は料金の10倍は楽しめたと思っている(自分基準で(笑))。

すんげえ面白かった。



会社に泊まって朝イチでテアトル新宿へ。上映一時間チョイ前についたにも関わらず20名ほど並んでいた。
単館に近い公開とお世辞にも大きいとは言えない劇場。
それでも第一回上映は立ち見が出る盛況である。

先週観た『ゲド戦記』にない要素が凝縮されて詰まっていた。
貞本義行の魅力的なキャラクターの造形。清々しくも泣ける主題歌。大御所美術監督、山本二三によるアートと言えるBG。そして監督の才能。
『ゲド戦記』にあって『時をかける少女』にないのは予算と公開劇場の数ぐらいなものである。

作画は息切れせずに最後まで走り切った感がある。
『ゲド戦記』を反面教師としてみると、絵のクオリティの維持というのが途轍もなく途方もないエネルギーを消費するもので素人に出来る事ではないというのが実感できた。
影に頼らない作画という勇気ある事をやった事も好感がもてる。
影をつけないというのは、思っている以上に大変な事らしく、線で描いたシワなどが思いのほか印象的に眼についてしまうものだ。
『ゲド戦記』のクライマックスのクモの変態した顔のシワの表現はお世辞にも絵的な快感をもたらすものではなかった。
だからこそデザインの線一本一本に気をつかう作業のようだ。

クライマックスで全力で疾駆する真琴がタイムリープする描写に重なる主題歌の『ガーネット』でおぢさん、目頭熱くなったよ、マジに。

高校生の恋愛の要素を取り入れつつも演出がドライな所為か清々しい気分で観終える事ができた。
やはり山本二三の"ラピュタ"のような入道雲が「アツイ夏」ではなく「すがすがしい夏」を上手く表現していた。
『ゲド戦記』と比べた時の絵柄の差というのもあるだろう。
『時をかける少女』の貞本のキャラクターデザインは軽くて端整だ。
反対に『ゲド戦記』の絵柄は重く蓄積する。
どちらがいいというのではない。
『時をかける少女』はキャラクターデザインと作品に整合性があったと思うが、『ゲド戦記』のデザインはその重さを上手くいかし切れてなかったと感じた。

『ゲド戦記』を貶すわけではないが、来年の賞で『時をかける少女』より『ゲド戦記』が上なんて事態になったらタダじゃおかねえ(笑)
日テレだからって、ゴミのようなアカデミー賞であっても、『ゲド』より『時かけ』に手をあげるべきだな。

才能というのはどんな分野であってもそうそう転がっているわけではない。
アニメーションの世界でも例外ではない。
優良スタジオにいるから、親が監督だから、などというものは当然ながら才能とはまったく関係ない。
細田守もそうだし、『プラネテス』の谷口悟朗だって類い稀な才能をもった人たちだ。
ジブリはわざわざ人材育成などせずに外の優秀な監督と組んで作品を作る職人スタジオになるのが良いと思う。

少なくとも『ハウル』が細田守で作品化出来なかった事を真摯に受け止めるべきではないだろうか。
いったいジブリはどんな監督なら一緒にやっていこうと思っているのだろうか?
それは細田守ではダメで宮崎駿あるいは吾朗なら良いという事であろうか。

細田守も谷口悟朗も、ついでに(笑)宮崎吾朗ともオイラはほぼ同い年。
いったいオイラはなにをやってるんだか.........。
by 16mm | 2006-08-06 17:05 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(0)


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