『カポーティ 』

土曜日の会社帰りにさいたま新都心で『カポーティ 』を鑑賞。
関心はあったが当初東京の2館でしかやってないので観るのを諦めていたのだが、二週間遅れで埼玉での上映。
表題でもある"トルーマン・カポーティ"なる名詞は、以前、内田裕也の紹介記事で"内田裕也 トルーマンカポーティR&R B"と書かれていたので知っていた程度だ。
"トルーマン・カポーティ"が人名かどうかすら知らなかったが、今年の米アカデミー賞で『カポーティ』がノミネートされて初めて人名だと認識した次第。
なんとなく興味が惹かれて観るのを楽しみにしていたが、まあ観終わった今、内田裕也が付けたくなるような名前ではあるなと思った......言うまでもなく内田裕也に対する皮肉である。

世の中は数少ない天才の基準で動いているわけではないので、凡人のオイラからすれば劇中のカポーティの行動にまったく共感ができない。
映画であるので誇張はもちろんあるだろうが、カポーティの才能の天才性というのは大人としての技術力(まあタイプライターが打てるという程度の技術力だが)を持ちながら、子供のような感性を維持していたという点であろう。
子供の感性。
非常に陳腐極まりないレッテルであるが、良く言えば好奇心と探究心に溢れ、それに付随した集中力があるという事。
悪く言えば、偏狭な自分の基準でのみ行動し、思慮に欠けるという事であろう。
映画は、カポーティがカンザスの村で起きた一家四人惨殺事件を取材し書き上げ、彼の代表作と言われる『冷血』を上梓するまでを軸にした伝記映画である。
映画を観る限りにおいて、このカポーティがこの事件に惹かれたのは、人の死とそれを行った人間に対する興味からであろう。
もっとあからさまに言えば、殺人現場や殺人犯を見てみたい、話をしてみたい。
知的好奇心、と言えば聞こえは良いだろうが、非常に子供じみた動機。大人の思考であればその手の好奇心は思慮という仮面で抑える事が出来る筈なのだが、カポーティにはそれができない。
本来なら社会不適格者の烙印をおされそうなメンタリティーなのであるが、カポーティはその好奇心を極めて精緻に言語化し文章化する能力に長けていた為に、表面上大人社会の仲間に入れていた。
つまり自分の才能をカネにする能力を持った大人であったのだ。
犯人と友好的な関係を築いていたものの、その反面非常に見え透いた嘘をつき、利己的に犯人の死を願うカポーティ。
彼がかいた『冷血』が与えた影響というものは計り知れないものがあるが、だからというべきか、作者自身がすばらしい人格者であったとは思えない。
カポーティは『冷血』を上梓した後、作品をかくことが出来なくなりアル中で死んだようだ。
映画から解釈すれば『冷血』を執筆する過程<犯人と交流し、周辺を取材し、刑死の場面に立ち会う>で、やっと大人になれたから作品が出来なくなったのではないだろうかと推測する。
他人に対する思慮の足らなさが翻って自分にダメージを与えるものだと気がついたのではないか。
それが分かったから、それまでのような創作が出来なくなったのだろう。
アル中で死ぬというのも<まあ普通子供はアルコール中毒で死なないわけだから>、ある意味大人な死に方と言えるかもしれん(笑)

いつものように能書きが長くなったが、そういうわけで映画としておもしろいか、そうでないかはオイラには分かりませんでした。
フィリップ・シーモア・ホフマンや犯人役の役者など、顔のアップにたえられ、台詞以上に雄弁な表情を見せてくれたりと、決して退屈する映画ではない。

ただオイラは、トルーマン・カポーティという人物には今後は興味を惹かれないだろうなと思う。
by 16mm | 2006-10-15 22:25 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(6)
Commented by JunBo at 2006-10-16 14:47 x
カポー(カップル)でティ(お茶)なら よさげだわね~
なんて
オヤヂクサイことを言ってみる( ´,_ゝ`)

子供のココロっちゅか 子供の頃持っていた感性って持ち続けるのは
ほんとムツカシイよねぃ..
いろんなコトに感動する目が薄くなった今日この頃

歳はくったので 涙もろくはなってたりして( ̄m ̄;

想像の泉が...涸れてきたジュンボだす(´- ω -`)ショボー


↓の覚え書き日記
柳沢教授の生活 私も大好きです~♪
あの作者の本は なんだか余韻をもたせるものが多くてよかですね~
読み返してこようかなw 
Commented by 16mm at 2006-10-16 16:20
■re:JunBoどん
この歳になってやっと、子供の感性とやらを持っている事がうらやましいと思わなくなりました。子供の感性が良いというのは幻想にすぎないのではないかと。
JunBoどんの絵や彫塑(あの龍はどーなったんだろうか(笑))にしても、子供のままの技術力では作る事は出来ないわけで。
子供の感性などというものより、形になっていないものを言語化したりヴィジュアル化して他の人に提示する能力の方が大事なんだと思います。
言うまでもなく、それこそが大人でなければ出来ない事ですしね。
それが大事なんだと思います。

『天才 柳沢教授の生活』の抜粋で言えば
子供は"論理を超えた何かしか"理解できない人間なんだと思います。
私が勝手に良いように解釈してますが(笑)『天才 柳沢教授の生活』は読後の余韻も含めて読者に考える事を促す麻薬のようなものがあると思います。
Commented by JunBo at 2006-10-16 19:10 x
(*゜Q゜*)ハッ
つくりかけの龍の石 のこと覚えてらしたとですねw
あれ 家にいるヒトにうっかり落として 手と角が一個ずつ折れて以来
ガックリして未だ完成させてなかったとです( ̄▽ ̄;
先日 ダメモトで瞬間接着剤で手と角をくっつけてみたので
また恐る恐る仕上げて 日記にupさせていただくですよ~★

>子供は"論理を超えた何かしか"理解できない人間
↑w(*゜o ゜*)wォォー こう書いてもらえるとワタシにもわかりやすいv
ウンウン。麻薬ですねぃ~
読んでも読んでも もっと~(*´∀`人)って感じv
Commented by 16mm at 2006-10-16 19:53
■re:JunBoどん
オイラはまったく立体を作る才能がないので、石や木から形を作っていける人を素直にスゴイと感じちゃうんですよね。
学生時代の友人で、木を削って車やガンダム(笑)なんかを作っちゃうヤツがいました。
彼が言うには、形を作るのではなく、石や木の中に埋まっている者を掘り起こしてるんだ、とのことでした(笑)
なんてキザな言い草だと(笑)当時は思ったものですが、なんとなく分かる気が今ではします。
Commented by JunBo at 2006-10-17 00:18 x
そうそう☆
『埋まっているものを掘り起こす』感覚
初めて石を彫ったのは 中学2年の3学期の教材として。
その頃国語の教科書に 「石や木の中にいるものを掘り出している」的な表現を使った話が載っていて
3学期前。一足先に石をもらってしまった私は 冬休み中にひとつ竜を彫ってしまったのだども その時級友にそんな表現をして誉めそやしてもらったですよ
それ以来 ああナルホドと 中に閉じ込められてるものを掘り出す気持ちで彫ってるダス(´・∀・`)
紙に描く時も 同じヨウナ気持ちでは描いてるつもりなんだけども 技術がおいつきませぬ(´△`;

っちゅか木からガンダム作っちゃうってすごかネ~vv
ロボかっちょいい+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
Commented by 16mm at 2006-10-17 09:09
■re:JunBoどん
ほほ〜。やはりそういう感覚なんですか。
たぶん完成型が思い浮かべられるという事なんでしょうけど、オイラには無理だなあ。
画上手い人ってのも白い紙に完成した絵が見えていて、それをなぞるだけだという事。だからと言う事もないのでしょうが、画上手い人ってだいたい描くのも速いんだよね。
もうコレは先天的な部分で優劣が決まっているようで、オイラには太刀打ちできません(笑)
宮崎パヤオが、どうしたらそんなに速く描けるのか?(彼は無茶苦茶描くのが速い。週一本作ってた『ハイジ』のレイアウトを一人で描いていたわけだから)と聞かれて、
「速く描こうという意志と、鉛筆を動かす時速の差」
と言ってました(笑)
......
だから、世の中一部の天才を基準に動いてるわけではないってばさ(笑)


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