『墨攻』

まだ足の小指が痛いのでジムには行かなかった。

今週は観たい映画もないのでwowowで録画した『力道山』を観たりしていた。
この感想はいずれ。

最初の懸念はどこへやら。いまだに観ている『華麗なる一族』 。 北大路欣也のあの大げさな顔が常に眼に焼き付いちゃってる(笑)一人だけ歌舞伎のメイクしてるみたいだなあ(笑)

今日のNHKの クローズアップ現代 ▽好調!日本映画▽復活の背景。
鈴木敏夫が出てきたあたりでつまらなくなり視聴中止に。

SMAP×SMAP で稲垣が『デスノート』のパロディーで、夜神 脂(オイル)というのをやって笑えた(笑)

先週の日曜日にMOVIXさいたまにて『墨攻』を観て来た。
観た直後の感想は「面白いけど...」という歯にモノがはさまったようなモノ言いであった。
この「...」の部分は、オイラが登場人物の人間関係やその当時の歴史に詳しくないので話の筋を追いきれず、楽しみきれなかった事が原因である。
自分の個体識別の脳みそが劣化し始めてる所為か(笑)観ている間、登場人物の顔と名前がなかなか一致していかないのである。
なので「...」の部分は映画のというよりも観た自分の所為だとも言える。
こうなるとハリウッド映画ってのは偉大なものですな。オイラでも分かるぐらい全ての登場人物を特徴づけてキャスティングしてますから。
まぁ、近年それが映画に深みを与えない理由にもなっているようですが、誰でもどんな人間にでも楽しめるノウハウとしては確立していたんだろうなと思いました。



で、更に『墨攻』の話であるが、映画を観終えた後に週刊SPA!誌でのアンディ・ラウのインタビューや、コンビニで売っている『墨攻』のコミック版を読んだりして、自分の足りない知識を補完していったら、もう一度観たくなったよ(笑)というか、DVD買っちゃうかもしれん(笑)
漫画も文庫版の一巻を買っちゃったし(笑)多分この調子だと全巻揃えるであろう。
映画を観る前にこの映画の主題とも言える墨子の思想については、本当に断片的ながら見聞きしていて、非常に魅力的な考え方ではあるなと思ったりしていた。
だから以前、宮崎駿が『墨攻』を自分のアニメーションの企画としてあげていた事を思い出して納得したのである。

一応自分の覚え書きとして墨家「十論」を引用しておく。
●尚賢:人の能力を正当に評価し、能力主義で人材を登用せよ。
●尚同:民衆の模範である賢者にしたがって価値基準を統一せよ。
●兼愛:自分を愛するように他人を愛し、人を差別するべからず。
●非攻:大国の小国への侵略と併合は、大罪であるとことを知るべし。
●節用:贅沢を止めて資源を節約し、世の富を増やすべし。
●節葬:葬儀を簡略化し、喪の期間も短かくして、社会的な富を蓄えよ。
●天志:天の意志は、犯罪と戦争を認めない事を肝に銘ずべし。
●明鬼:鬼心は善人に味方して、悪人を懲らしめる事をしるべし。
●非楽:人の本務を忘れさせる音楽に溺れず、勤労の節約に励め。
●非命:努力を放棄させる宿命論を信じずに、常に勤勉に働け。

どうして魅力的に思えたかといえば、この思想が多くの人間にとって実践は不可能かもしれないという、ある種の夢に似た眩しさがあったからかもしれない。
少なくともオイラには無理。こうありたいとは願えども、ムリ(笑)
映画でも描かれているが、墨子思想を体現する革離は厳しく自分を律している。
自分を好きになってくれた女の子が迫ってきたら、普通の俗物は抱いちゃうよな。少なくともオイラは抱いちゃう(笑)
『墨攻』の主役である革離は自分を慕ってくれる逸悦の<言うなれば>俗な愛情表現を受け止めない。
多分にやせ我慢でしかないこの事であっても、革離は絶対に自分を曲げなかったのだ。
自分の信じる大義の為の強い意志が感じ取れるわけだが、オイラからすれば、「人間だもの、抱いちゃえばいいじゃん」になってしまう。
しかし、厳しく律しなければ野放途に堕落していくのが人間だとすれば、人間のささやかな俗物性をも厳しく律しなければある種の平和を持ちえないのではないかとも思える。
野放途さが戦争を生むとも考えられるのではないか。
上記の「十論」にしてもある意味人間の"業"を極端に否定しているとも考えられる。立川談志が言うところの落語が"業"肯定としているところから見ればまったくの正反対であろう。
自分の内の可能性を広げようとする意志は、更に国土や領土を広げたいと思う進歩指向に通じる。
その途上で侵略や併合が行われ、戦争がおき、勝った者が富を得る。
これら全てが人間の"業"であると言えよう。
「十論」はそれを極端な形で戒め、否定しているのだと思う。
しかし、この人間の"業"というものを否定しきれるわけがないのである。
だからこそ現在に至り墨子思想が主流にならなかったのではないだろうか。
しかししかし、自分がそうだからというわけではないが、この魅力的な「十論」を理想だの実現不可能だなどと真っ向否定してしまうのは勿体ない。
「十論」を"業"の否定ではなく、"業"の抑制と考えたらどうたろうか。
抑制を節度と言い換えてもいいかもしれない。
しかし、人間はその節度というものを明確に定義できないから、理念として極端に走る。
もしかしたら極端に走った中で、各々が密かにハメを外すというのがいいのかもしれない。

『墨攻』を観ながら『七人の侍』が頭に思い浮かんだ。
実際『墨攻』の主役である革離は『七人の侍』の勘兵衛と容易にを重ねられた。
『七人の侍』の冷静な戦略家である勘兵衛が守るべき百姓は、無教養で臆病で、しかし圧倒的に有利と知るや大勢で一人を袋叩きにしてなぶり殺しにする残酷さももっていた。
『墨攻』でも革離の守る民衆の残酷さ愚かさがきちんと描写されており、攻められる側に非道さがないという前提を覆している。
革離の守る粱王より、敵将の巷淹中の方が最後は立派であったと思う。
これを見ると果たしてこの粱城にいる者達は、「十論」の体現者である革離が命をかけて守るべき存在だったのであろうかとむなしく思えたりする。

つくづく世の中は一部に満たない高潔な人間を基準に動いているわけではないな。
つまりである、全ての人間が知的であり高邁な思想や理想を体現できるわけではないという事実の事だ。
魅力的はとはいえ墨子思想が主流にならなかったのはその所為であろう。

最後に俗物からのヒトコト。
ヒロイン役の逸悦(ファン・ビンビン)はカワイイと思いました(笑)
by 16mm | 2007-02-12 22:27 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(1) | Comments(6)
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Tracked from 超どフリーなブログ at 2007-02-14 23:09
タイトル : 華麗なる一族
『日曜劇場・華麗なる一族』(にちようげきじょうわ・かれいなるいちぞく)は、山崎豊子の小説『華麗なる一族』を原作とするテレビドラマ。2007年1月14日よりTBS系列で、毎週日曜日の21:00~21:54(JST、初回は22:24まで延長)に放送されるちうわけや。... more
Commented by chata at 2007-02-13 22:13 x
スマスマみたかったなァ('A`)
Commented by 16mm at 2007-02-15 12:52
■re:chataさん
レス遅くなってすいません。
ただいま会社で軟禁中w
最近はジムにも言ってないし、炭水化物の摂取量が増大しているので脂(オイル)になりつつあります(笑)
Commented by 偏屈王 at 2007-02-22 18:59 x
夜神 脂(オイル)、You Tubeにないか探しちゃいましたよ(笑)。
見つかりませんでしたが・・・。
それにしても「墨攻」のフォントが何故こんなにもデカイのか?
Commented by 16mm at 2007-02-23 00:32
■re: 偏屈王さん
オイラも探しちゃいました(笑)
見つかりませんでしたね。『デスノート』のパロディーの『デブノート』。夜神 脂(オイル)が手にした"デブノート"名前を書かれたものは、デブになるという(笑)
オイラは夜神 脂(オイル)で笑っちゃいましたが(笑)

「墨攻」フォントがデカイのは、今ハマってるからです(笑)
3巻より先の文庫版がどこも売り切れで手に入りません(笑)
Commented by 偏屈王 at 2007-02-24 18:27 x
「ハッ!私も『デブノート』に名前を書かれたのかも!?」
「違うだろうがぁ!太ったのは自分の不摂生のせいだろうが~!!」
(↑桜塚やっくん風w)
Commented by 16mm at 2007-02-24 20:09
■re: 偏屈王さん
オイラもきっとデブノートにかかれている筈です(笑)

ところで件の"デブノート"&"夜神 脂(オイル)"ですが、よく考えたらネットに画像が載るわけないんですな。
ホラ、彼の事務所のタレントさんて映画の公式ページのキャスト紹介や予告編にいたるまで絶対ネットに画像が載らないじゃないですか(笑)
良い悪いは分かりませんが、意固地な程の徹底っぷりですやね(笑)


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