『ブレードランナー アルティメット・コレクターズ・エディション』

ここにきてひどい脱力。
年末からの鼻づまりの呼吸の苦しさは、たまに思い出したようにやってきて、相変わらず窒息するのではという恐怖でイライラしたりする。
風邪が完全に治ったらそれも治まって欲しいものである。

そうは言いつつもその脱力に身を任せてばかりもおれず、昨日ジムに行ってきた。
通常のランニングマシンのメニューと筋トレをして、ついでにスタジオでなんかやろうかと思ってヒップホップ(笑)
ヒップホップのクラスがあって初心者むけだっつーから入ったら、身体が動かねえうごかねえ(笑)もともとリズム感のある方ではないのに、なんとなく入っちゃったオイラが悪いのであるが(笑)
左腕と右脚を前に突き出し、左脚でケンケンしながらオットットと前に進みながら右腕を肘からグルグル回すという気の狂ったようなアクションもインストラクター(女性)がやればカッチョいいのだが、オイラがやるとなんでこんなにカッコ悪いのか(笑)
開始早々から目をつけられて、隣でインストラクターにこられて一緒に動くという事をやってもらったが、最終的に見切りをつけたか「処置無し」見たいな身体の動きで去っていきやがった。
「♪ボクタチ ヒップホップの自信過剰な歌詞がだいきらい〜 だいきらいったらだいきらい〜」
と、桜玉吉が漫画の中で歌っていたが(笑)
日本人のくせにエラそーにヒップホップなんて言ってんじゃねーよ。みっともねーんだよ、ズリ落ちそうにバギーパンツはきやがって。
盆踊りのリズムがしみ込んでる日本人にわかるわけねーだろ(笑)
もう二度とやらねえ(笑)
.....
しかも筋肉痛になった(笑)

明日から会社である。
しかも始業8時。
毎年の事であるが社長と組合の委員長が年頭の挨拶をするので、オマイラ早よこい、ということである。
社内の公然の秘密であるがこの挨拶の放送は昨年末に録音していたものであるにもかかわらず、年末の社内メールで「生放送」だとかと回覧してきやがった。
ここまで社員がバカにされている会社も珍しいだろう。
いや、社長も組合委員長も社員が「生」だと信じてると本気で思っているのなら、我々バカ社員は自分たちのレベルにあったボス達を戴いているということであろう。
明日は5時起きで飯抜きでゴーだ(笑)


『ブレードランナー アルティメット・コレクターズ・エディション』
昨年購入した『ブレードランナー』のDVDをバージョン別に視聴。
『ワークプリント版』『米国公開版』『完全版』『ディレクターズカット/ 最終版』『ファイナル・カット』の5つのバージョンであるが、ちゃんと観たのは『ワークプリント版』『米国公開版』『ファイナル・カット』だけで、残りの二つはLDやDVDで散々観ていたので飛ばし飛ばしで。
で、今回現存する5つのバージョンを観た結果、映像のクリアさは当然『ファイナル・カット』が良いのだが、好みとしては一つ前の『ディレクターズカット/最終版』の方が良かったなと思った。
『ファイナル・カット』は『完全版』をベースにしているのだが、残酷シーンがどーもオイラの好みではない。
バティがタイレルの目に指を突っ込んだりするシーンなど別に見えなくてもいいのだが。
監督の意向が働いている事を考えれば、リドリー・スコットってヴィジュアルのセンスはずば抜けていつつも、同時にむちゃくちゃ悪趣味な人なのかもしれん(笑)
そうは言ってもデッカードの夢のユニコーンのシーンが1カット増えていてラストカットで嘶きが聴こえたりしたところは見応えとしてあった。デッカードの表情も新しく挿入されていたりね。
で、今回注目していた事の一つにバティとタイレルのやりとりのその台詞。
これまでビデオやLDやDVDで視聴できた『米国公開版』『完全版』『ディレクターズカット/ 最終版』の3バージョンについてはバティの台詞で
「I want more life......fucker .(長生きしたいんだよ 畜生)」
となっていた。
で、この台詞、一番最初の『ワークプリント版』所謂試写バージョンでは
「I want more life......father.(長生きしたいんだ 父よ)」
となっていたのだ。
『ファイナル・カット』もこの台詞になっていた。
この台詞の存在は『メイキング・オブ・ブレードランナー』という本で知っていたのだが、この台詞一言で印象がガラっと変わりますな。

そいからバティのハトを放すシーンの背景の差し替えなんてのもありますが。なんつーか「充実の上に」「壺」ですか(笑)なんのことかわかりませんね(笑)
背景の差し替えでそれらしくはなったものの、ウソでもこれまで通りの薄汚い青空というのもアリかなと思ったりした。

『ブレードランナー』が最初に公開された『ワークプリント版』といわれるバージョン。これが試写会で評判悪かったもんだから色々微調整したようなのだが、なんとなくそれ以降の二つのバージョンで入ったナレーションをのぞけば、ヴィジュアル的には分かりにくくなったのではないだろうか。
冒頭の都市の空撮の合間に入る瞳。これ『ワークプリント版』にはないのだが、いまだにこの眼が誰のものなのか分からん。分からんというか、なんとなくは分かりますよ(笑)ただいきなりこの眼を見せられたら分からないだろう(笑)

私が思うに『ブレードランナー』という映画は、本当に偶然集まった才能が偶然の化学反応で作られてしまった偶然の産物としか思えない。
それはキューブリックの映画が彼一人の才能で作られるべくして作られたという印象のものとは違う。
キューブリックが思い描いた設計図通りの最高の作品を作ったのに対し、『ブレードランナー』は偶然が重なった結果なんとなく史上最高のものが出来てしまったというところではないだろうか。
そういう意味では『ブレードランナー』はキューブリックの作品以上に奥の深さを秘めているかもしれない。
決してリドリー・スコットだけの功績ではない。この映画に関わった人達がそれ以降『ブレードランナー』を越える作品を出し得たかを考えれば、やはり偶然の産物であったと思うべきだ。
押井守がこの映画を一種のゲートと表現し、このゲートを通らない限り次にはいけないものと言っていた。
またこのゲートがあるから次にいけないとも思うが。
やはり25年たった今でもその魅力が色褪せない、どうにも逃れられない快感と官能性があるのだと思う。



後は本日ぼんやりと『インサイド・マン』の再見。やはり面白い。犯罪というのはこういうものだなという魅力がある。

ところで、今年最初の映画は『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』かな。ミュージカルが鬼門なのにまた観に行くのか、オレ(笑)
by 16mm | 2008-01-06 20:18 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(0)
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