『ローレライ』

日本文化の「見立て」というものをからめて、SFXについて語ったのは岡田斗司夫である<オタク学入門>。
日本庭園の大きな石を島に「見立て」、玉砂利を波に「見立て」たりするアレである。

『ローレライ』の初日初回を劇場で観て来た。
ちょっとイラついた部分もあったが、非常に良かったオモシロかった。
架空の潜水艦と架空の索敵システム。これらを劇中説得力をもって見せるのがSFXにおけるセンスやコツや技術なのであろう。それらについてはかなり高度な説得力を獲得していた。その辺りはさすが樋口監督である。
CGそれ自体を比べるならば、アメリカ映画のに比べれば日本映画のそれはちゃちに見えてしまう。その辺りは残念ながら『ローレライ』も然りである。
しかしCGで作った「絵」を潜水艦に「見立て」る、リアリティーを与える事に対する努力は最大限なされている。
まずその一つにSEがあげられる。潜水艦内で結露した水滴がポッポッポッっと落ちる音。信管抜きの魚雷を受け舵がきかなくなった駆逐艦どうしがぶつかる時の金属の高いキシミ音などが非常にリアルだった。
SEはスカイウォーカーサウンドで付けたらしいが、音源のライブラリーの厚さの勝利であろう。
ローレライが起動した時の描写も印象的だ。磁石に引き寄せられる砂鉄が形を作るようなアナログっぽいディスプレイのアイデアは新鮮だった。グリッドがガガっと立ち上がっていく所がカッコイイ(笑)。さすがに今のパソコン画面のような表示をしては台無しであったろう。
予告編やスチルで観た時のセットや緑の軍服のテカりは抑えられ、画面全体がツヤを消したようなものになっていたのもよかった。
そして役者陣の大健闘も映画のリアリティーを支えている。主役連の演技は言うに及ばず、艦内描写で「ベント弁開け」の手際の見事さ。その熟練した感じが「らしく」見えるのである。
役所広司や妻夫木聡や柳葉敏郎は当然として、個人的にはピエール瀧の無骨さが非常に印象に残っている。妻夫木聡は良い役者だなと思う。

劇中、浅倉大佐がやろうとしていた日本のリセットをローレライの絹見艦長等が阻止するわけであるが、戦後日本の今の状況を見ればリセットすべきだった、と思う部分は私にもある。衝動的にこんなニッポンに鉄槌を与えてしかるべきだと思ったりもする。
「ニッポン人は自分で絶望から立ち上がる」という絹見艦長のこの言葉が当時の絶望寸前のニッポン人の希望だったのだと解釈すると、今の日本の状態を恥ずかしく思うからだ。
立派な人間は死に、下らなく愚かな人間が多数生き残るのが戦争なのである。

パメラ役の女の子の台詞が少なくて良かったと思う。長くしゃべらせたら絶対ボロが出てたろう。
映画の予告編で『あずみ2』がかかっていたが、「主役のネぇちゃんにしゃべらすな、台詞言わんとけや」と思ったりした。

で、私がちょっとイラついたのは、冒頭に出てくる能書きと劇中唐突に挿入される心情描写のボイスオーバーである。
スカイウォーカーサウンドで付けたSEと、あれだけ説得力のある役者が演技をすればボイスオーバーの解説などなくても観客に伝わるものなのだ。
現にラストでローレライがどうなったか。折笠とパメラがどうなったか。そして唐突に最後に出て来た作家らしき人物についての説明も一切言葉ではされていないのだ。
その作家のしていたあるアイテムを見さえすれば、だいたいの予想は観客にもつけられる。
それが良いのである。
言葉で説明しなくても、映像がすべてを物語っているわけだから。言葉による説明は野暮ってものだろう。

それと音楽も良いのであるがちょっと仕事のし過ぎだと思う。これも効果音と役者の演技で保たせられた筈だ。

それはそれとしてオイラとほぼ同世代の人間がこんな映画を作った事が、羨ましくもあり、誇りに思ってもいいと思うな。
取りあえず見応えのある映画であることには間違いはない。
早くもDVDが待ち遠しい。
できれば劇場でもヒットしてもらいたいものだ。
by 16mm | 2005-03-06 23:56 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(1) | Comments(10)
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Tracked from ★☆★風景写真blog★.. at 2005-03-07 10:47
タイトル : 『ローレライ』観て来ました。#54
今日は、2本連続観賞です。2本目は、『ローレライ』です! [制作データ] 2004東宝[上映時間] 128分... more
Commented by ちゃた at 2005-03-07 11:04 x
あの女の子はTV版ウォーターボーイズで大根っぷりを晒してくれたのでかなり心配したが、台詞少なくて助かった。コレ同感。

でも役名はパウラですから。残念。


・・・パメラw
Commented by 16mm at 2005-03-07 13:23
うう、折角カッコつけて感想書いたのに素で役名を間違えるという相変わらずのツメの甘さが露呈しているボク様であるw
文中全部パメラになっとるがなw
それはさておき、役者陣の大健闘に頭が下がる思いである。
汚杉はお金くれない映画に対しては悪口言うもんだから、もうまったく信用しとりません。
ちなみに水野先生とも仲がよろしくないようである。以前名指しは避けていたが明らかに汚杉と分かる感じで批判してたっけ。
Commented by fire1000 at 2005-03-07 22:36
”コメント”ありがとうございました!
☆*:;;;;;:*☆THANK YOU☆*:;;;;;:*♪(#^ー°)v
久しぶりに楽しめた邦画でした。
まだ、『モーツァルトの子守唄』が頭の中で
リフレインしてるようで〜す!?
Commented by ayrton_7 at 2005-04-27 15:21
この映画は、期待していたのですが僕としては残念な作品でした。
十分に感情移入ができるほど、登場人物の性格描写がなされていないように思います。
SFは、嘘だと思いながら見るのですが、うまく嘘をついてくれないと受け付けられません。
超能力による透視実験はアメリカ軍によって行われています。しかし、超能力者以外の人間が3Dで認識できるようなシステムは開発されていません。
パウラのコスチュームは、フィフスエレメントの女性主人公からの盗用なのか、戦時中らしからぬ露出度です。笑
それは、観客を動員するためのサービスであったとしても、彼女を含めて、登場人物達の風貌が何日も航海していくうちに汚れていかないのは、あまりにも不自然。
久しぶりに海上に出て、パウラと折笠が語るシーンで、背景がミニチュアを拡大して見せているのが見え見えなのは、お金のかけ方が下手に見えます。潜水艦の外形、海上に出ている部分だけでも実物大のものを用意して、海上に浮かべるべきでしょう。などなど
細かいところを突っ込みたくなるのは、結局は、そういった嘘を包み込むだけの脚本の仕上がりの悪さに起因していると思われるのです。
Commented by ちゃた at 2005-04-27 20:30 x
映画を語るならそれなりの予備知識もなくては、と実感。
汚杉のようになりたいなら別だが。


>しかし、超能力者以外の人間が3Dで認識できるようなシステムは開発されていません。

なんかもう・・・(笑)


>背景がミニチュアを拡大して見せているのが見え見え

あれはブルーバック撮影に空と『甲板構造物のCG』を合成したもの。


>海上に出ている部分だけでも実物大

露天艦橋は実物大。
Commented by 16mm at 2005-04-27 22:08
「リアルだ。だがつまらない」と、言ったのはスタンリー・キューブリックである。
超能力云々の話はたぶんayrton_7さんの言うとうり。
徹底的なリアリストの方だとローレライ・システム自体が我慢ならんものになると思います。そもそもそのシステム自体が魔法みたいなものなのですから。
ただエンターテイメントの映画であるという事を前提にすれば、あまりにリアルに徹するよりは通俗(これは馬鹿にしているわけではありません。念のため)な方向へのシフトもあり得るんだと思います。
リアルに徹するなら、現在に比べれば空調など無いに等しい当時の潜水艦で艦内の淀んだ空気の中で船員はどんなになるか?汗まみれで軍服など着ないで下着だけしか着けてなかったんではないか(笑)、とか。クライマックスで砲台が旋回して真横に発砲するわけだが、普通潜水艦がそんなことしたら転覆するよな(笑)、とかetc....
<続く>
Commented by 16mm at 2005-04-27 22:08
私は役所の下着姿も(笑)、伊507の転覆も見たくないっす(笑)
結局エンターテイメントが前提である時点で、徹底的なリアリズムというのは「リアルだ。だがつまらない」という事になるのではないかと考えるわけです。
戦争をリアルに描写するというのは作った方でも意図していることではないと思います。言い直せば戦争をリアリズムに描けるのは、実際の戦争以外にないと思うのです。
この『ローレライ』という映画にしても戦争をリアリズムで描いたものでなく、ある種のファンタジー(3発目の原爆という要素自体が仮想なわけですから)の要素から照らされた一定の枠内でのリアリズム、「〜っぽさ」「〜らしさ」で物語られた映画であると思います。
ある方面の知識に長けていると、「本物っぽさ」が「うそっぽさ」に変わってしまうものですから、なかなか楽しめないってこともありますからねえ。
<更に続く(笑)>
Commented by 16mm at 2005-04-27 22:09
蛇足ですけど、映画の『世界の中心で愛をさけぶ』で写真館の親父の山崎努が大判カメラのレリーズをものすごーく力強く振り回すように押してましたが、まあ役柄上での気持ちは分かりますが、大きなカメラでブレの危険を考えたらあんな押し方はしないよな(笑)ってな風に私は思いました。
普通の写真館の親父がやるように、慎重にゆっくりレリーズすればそれなりにリアルではありますが、やはり
「リアルだ。だがつまらない」
ってことになるんだろうなと、思いました(笑)
そういう事だと思います。
<終り>
Commented by ayrton_7 at 2005-04-28 18:24
なるほどー
でも僕が言いたいのは、そうではないのです。
リアルで在る必要はなにも無いのですが、嘘が楽しめるだけの作品では無いということです。
Commented by 16mm at 2005-04-28 21:14
映画でもTVドラマでも小説でも漫画でも巧妙に嘘をつくというのは難しいですやねw
ちなみに私は『スターウォーズ』のデススターが許せなかったりします(笑)
戦艦がデススターに対し垂直に入っていくけど、あそこは画面の下に向かって重力が発生しているのかと(笑)


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