2012年 08月 13日 ( 1 )

『トータル・リコール』『プロメテウス』『外事警察』

『トータル・リコール』
ネタバレあります。
先週金曜日、109シネマズ菖蒲。
最初に言っておくがw
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ポスターのような日本刀も富士山も出てきません(笑)。
これ、わざわざ日本的なヴィジュアルに修正した意味が分からん(笑)。
修正する前の鉄砲で良かったんじゃないか(笑)
それはともかく、まったくもって期待していなかった本作であるが、すっごく面白かった。
いや、マジに(笑)。
信じられんが順位だてすると
『トータル・リコール』>『プロメテウス』>『ダークナイト ライジング』
という感じ(笑)。
感想をかいている今思うと、ヴィジュアルのベースはスティーブン・スピルバーグの『マイノリティ・リポート』だなと思うが。
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上のような素通しのガラスや3Dホログラフィーに映し出される視覚情報が街中にも普通に溢れ出したような印象。
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こんなんとか。
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空飛ぶ車が皆同じ形をしているとか。
硬質さや均質さからくる無機質感がある一方で、地上を走る車は現代のものが使われていたり、使用している銃の多くが現行兵器のデザインであるとか。
これらガジェットのデザインを全て架空のモノにする事によって生じる観る側のリアリティーの喪失を絶妙なバランスで防いでいる。
観る側はまったく見覚えのないモノに対してはリアリティーを持てないからね。
掌に埋め込まれている携帯電話というのもなかなか秀逸だったなあ。
街並のデザインも近代建築を更に押し進めたような硬質で清潔感溢れるデザインがある一方で、現代のアジア的なデザインによって地続き感を出していた。
アジア的な空間はセット・デザイン的に広がりがないような気がしたが、それは予算の所為かなと思う反面、この閉塞感が対比になって良いのかもしれないと思ったり。
本作を語る上で最低限外せない要素が二つある。
1つは1990年にポール・バーホーベンによって監督されて作られた『トータル・リコール』。
もう1つはフィリップ・K・ディックによる原作小説『追憶売ります』である。
1990年の映画化に際しては、形になるまで様々な監督や脚本家が手を入れていて、その中にはほとんどやる気満々でシナリオに挑んでいたデヴィッド・クローネンバーグなんかもいた。
クローネンバーグ本人も言っていた事だが、彼が監督していたらもっとも原作の知的な部分に則した映画になっていただろう。
ただし一般ウケは犠牲になっただろうな。
1990年当時、飛ぶ鳥を叩き落とす勢いwだったアーノルド・シュワルツェネッガーが主演となり、ポール・バーホーベンの持ち味であるアクションとバイオレンスで押しまくった6000万ドルの制作費の予算となった。
1990年版も2012年版もアクションを前面に押し出したという部分では同じであるが、2012年版は主役がコリン・ファレルということもあるのだろうが、全体的にスピード感のあるキレの良いアクション映画に仕上がっていた。
1990年版になると、シュワルツェネッガーが主演なのでスピード感よりひとつのアクションの破壊力に重点がおかれ、それが変態wバーホーベンのサディスティックな要素と結びついて映画になっていた。
どちらの映画も驚きのあるガジェットを多数投入してヴィジュアル的には楽しめた。
作品の舞台は1990年版だと地球と火星。
2012年版は、まあすごく雑破に言えばw金持ち国と貧乏人国に二極化された地球での話しとなる。
別にわざわざ火星に行く事もないよな、とは思いつつも、単純に二極化された地球というのもねえ(笑)。
金持ち国が反映する為には奴隷国が必要であるという、ある種洗練された思想がないのかなという思いもないではないがw、そんな要素を入れ込んだら問題を複雑化するだけだろうしね(笑)。
2012年版の方が全体的にオイラの好みではあるのだが、1990年のバーホーベン版にあったある種の同性愛的な倒錯が無くなっちゃったな、というのが残念かな(笑)。
バーホーベン版ではハウザー役のシュワルツェネッガーとコーヘーゲン役のロニー・コックスのツーショットが出てくるんだけど
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当時のオイラが見ても、コイツらデキてる、と思ったよ(笑)。
シュワルツェネッガーの妙に変態的な笑顔が印象的であった。
さすが変態バーホーベン監督である(笑)。
で、2012年版はどうかというと、ホモセクシャリティー度ゼロ(笑)。
ある種の健全さを保っていたな(笑)。
まあ、監督のレン・ワイズマンは本作の女優であるケイト・ベッキンセイルの旦那だし(笑)。
バーホーベンもホモセクシャルではないだろうけど、セックスの描写に関してはヘテロ・セクシュアルもホモセクシュアルもサドもマゾもその他諸々も境目なく悪食になることができる"信頼出来る男"なのである(笑)。
まあ、そうは言いつつも2012年度版のレン・ワイズマン監督も、繋がれた手を撃ち抜かれた傷跡でクエイドはメリーナを思い出すとか、本物とニセモノを見分けるなんていう描写があったりして、なかなかの機微を描写している。
レン・ワイズマン、『ダイ・ハード4.0』を監督した時にはまったく関心なかったオイラである。
その他のカミさんを主役にしている『アンダーワールド』シリーズは観ていないから分からんがw。
尊敬し魅力的なカミさんだからしょうがないと思うが、本作においてややカミさん押しがすぎる部分があったかな。
特にラスト。
どうせローリーを殺すならわざわざ出す事なかったのに。
あれは絶対最後にカミさんの見せ場を作りたかっただけだろう(笑)。
1990年版はクエイドの女房のローリーは映画の最後までは出てこないで、地球で死んじゃうんだよねw。
それは火星でのハウザーとコーヘイゲンの"うっとり"な関係に女を介入させたくないという変態バーホーベンの意向だろう。
まあなんだかんだ言いつつも、この2012年版はかなり気に入っている映画ではある。
最後に原作について。
1990年版も2012年版も、原作の持つダークさを表現するには至っていない。
フィリップ・K・ディックによる原作小説『追憶売ります』は短編である。
読んだ事ある人なら分かるだろうけど、二つの映画版とはまったく違う。
夢を売る会社が出てくるという部分の設定のみが同じ。
この夢を売る会社って寺沢武一の『コブラ』が冒頭でモロ引用してるよ(笑)。
パクリと言っていいんじゃないかw。
当時フィリップ・K・ディックを知らない人の方が多かったろうけど、今だったらせめてディックに献辞のひとつもだしていいんじゃないか(笑)。
まあそれはそれとして、原作の持つ記憶をめぐるダークさを表現するのはそんなに難しい事ではない筈なのだ。
簡単に言えば、ラスト・カットで主人公のクエイドに悪魔的な微笑みをさせればいい。
記憶が戻ってハウザーになったのかもしれないという余韻を残すだけでも、最低限原作のダークさに近づける事はできる。
それを1990年版も2012年版もやらないということは、主人公がラストで悪魔に変るという余韻が我慢出来ない所為なのではないだろうか?
つまりアメリカでは。
正義が負けるという事を受け入れ難く感じる民族なのかしらん。
2012年版では
「過去ではなく、今が大事なんだ」
みたいな台詞が出てくるが、それで過去の邪悪さを封印するという意味なのだろう。
原作は過去の記憶に復讐される事がある恐怖を描いているのに。
そういう意味では映画と原作小説は別ものと考えて楽しむのがいいのだと思う。
この映画はブルーレイは買いで。


『プロメテウス』
ネタバレあります。
まじネタバレw。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
3D版。
『エイリアン』の前章譚をリドリー・スコットが監督する。
こんな話しを最初に聞いたのは2年位前だったか。
当初はリドリー・スコットの娘婿が監督するような事だったようだが、最終的には御大に落ち着いたかたち。
なのでオイラとしては2年越しに待ち受けた大作という事になる。
が、当初『エイリアン』の前章譚としていたものが『プロメテウス』という別物の企画になったという情報になり、実はやっぱり『プロメテウス』という名の『エイリアン』の前章譚だったという(笑)。
で、この期に及んでも監督やキャストのインタビューでは『エイリアン』の遺伝子を持つ別の映画みたいなニュアンスになっていたりw。
んなこた、どーでもいいw。
リドリー・スコットが監督した『エイリアン』の前章なんだろ。
H・R・ギーガーもデザイナーとして入ってるって。
『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』のようなモンだろ。
いま流行だよな(笑)。
てな感じであった。
で、観た感想を言うと、上記の靴の裏から足を掻くような物言いが理解できた。
『エイリアン』という要素としては同じであるが、厳密な意味で、物語として第一作の『エイリアン』とは繋がらない本作であった(笑)。
『スターウォーズ EP1』と『スターウォーズ EP4』で物語の辻褄があってないとか、そんな類いの繋がらなさw。
『スターウォーズ 』はそれでも強引に繋がっていると言い張っているけど、思慮深いイギリス人のリドリー・スコットはそこまで厚顔に言い張れなかったようだw。
本作最後に行くにしたがって物語がグダグダになっていくw。
御都合主義としか言い用がないラストであの馬蹄形の宇宙船がもう一機あったとかね(笑)。
「はあぁぁぁ〜!?」
冒頭のアヴァンはカッコよかったよ。
ランドスケープな空撮のカッコいいこと。
映像派のリドリー・スコットの面目躍如。
美術や小道具なんかもいい。
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シャーリーズ・セロンの無機質故の美しさはSFにあってるな、とか。
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「うほっ!いい男」なマイケル・ファスベンダーの顔のデカさがシャーリーズ・セロンの顔との比較で分かったとか(笑)。
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特に通路の曲がった先に立っているシャーリーズ・セロンのたたずまいの不気味さとカッコよさにゾクゾクしたね。
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草履を履いて妙にちゃんとした座り方をしているマイケル・ファスベンダー。
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冷凍睡眠から起きて腕立て伏せをやってるシャーリーズ・セロン。
かようにして、本作のカッコイイSF的なヴィジュアルの側面をこれら二人の俳優が担っていたと言って良い。
本当の主役であるノオミ・ラパスは叙情担当というところか。
人類の起源という部分で新しい考察があるわけではなく、だいたいこちら側の予想の範囲に収まっている。
この映画はやはりSFとしての画を堪能するもの以上の作品ではない。
文明のパースティクティブを作品に反映させるリドリー・スコットの力量の低下を意識せざるをえない。


『外事警察』
TV版の全6話をレンタルする。
全話リッピングして視聴中。
1クール13話ではなくその半分の長さというコンパクトさは今の時代に合っているのではないかな。
作品は観てる途中であるが、面白い。
キャスティングの勝利だね。
渡部篤郎の一見良い人風であり、物腰柔らかそうな感じが生きている。
役柄が基本嘘しか言わない男だから(笑)。
そのギャップに騙される感じだね。
これ以上のウソはないだろうと思ったら、実際はその遥か上を行っていたとかw。
最後まで観るのが楽しみである。
by 16mm | 2012-08-13 22:43 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)