2017年 04月 30日 ( 1 )

『無限の住人』『3月のライオン 後編』

『無限の住人』
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ネタバレあります。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
観てきた映画の感想を書く前に、自分なりに原作コミックの方についての覚書を書いておく。
原作コミック『無限の住人』は原作者の沙村広明のデビュー作。
1993年のアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞したのが『無限の住人』。
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この受賞作は読み切りとして掲載された後、連載となった。
オイラはこれを掲載時に読んでおらず、単行本になってから読んだのだが、上の画像の画は四季大賞受賞の記事で見てはいたのだ。
言うまでもなく無茶苦茶な激ウマな画ということはこの画一つでわかったが、それよりも明らかに鉛筆で描いているのがわかり、いよいよ漫画はペンで描かなければならないという箍がはずれたのだなという、表現の拡大を感じ入った。
ま、しかし、鉛筆で上手く描くというのは結構なハードルの高さであるということも認識していた。
この沙村広明のデビュー作が1993年から2012年の約二十年に渡り掲載され続け、物語が紡がれてきた。
単行本で全30巻である。
ところでオイラが原作コミックの覚書を書こうとした理由に単行本第30巻の最終回の一コマ。
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主人公の万次が逸刀流と関わり、逸刀流が無くなって90年の月日が流れ、時代は廃刀令が発せられた明治時代。
オイラが蒼臭いガキだった頃から加齢臭な中年になるまでの20年を読み続けた濃密だったドラマ。
読み手のオイラにしてみれば非常に特別なドラマを長きにわたって体験してきたという興奮があるし、登場人物のヒロインである凜にしたって彼女の一生で忘れることができない体験である筈の、それほど重いものだと思っていた。
しかし、上の画のセリフのように万次はそれをほとんど忘却の彼方においやっているんだよね。
ここでちょっと約20年の月日の単行本全30巻の物語が劇中でどのくらいの時間だったのかを調べてみた。
以下。
01巻 7日
02巻 2日
03巻 2日
04巻 2日
05巻 2日
06巻 2日
07巻 3日
08巻 2日
09巻 3日
10巻 6日
11巻 3日
12巻 3日
13巻 7日
14巻 2日
15巻 9日
16巻 32日
17巻 9日
18巻 1日
19巻 0日
20巻 1日
21巻 15日
22巻 4日
23巻 1日
24巻 1日
25巻 1日
26巻 2日
27巻 1日
28巻 2日
29巻 0日
30巻 90年
間違ってるかもしれないけどそこそこ正確ではないかなと思う。
30巻目を除くと125日。
約4ヶ月。
20年間体験したあの濃密な事柄が一年にも半年にも満たない期間の物語だったという驚き。
凜との関わり、尋常ではない狂気を宿した尸良 、天津影久との死闘、etc......
普通の人間なら良くも悪くも濃密な人生として記憶に強く刻まれたまま一生を終えるほどの体験であっても、永遠の生を仕組まれた万次にしてみれば長く生きてきた中の一瞬の体験でしかなかったわけだ。
どんなに濃密な体験をしても次の10年で新たな事を経験することで記憶は上書きされ奥底に沈んで行く。
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万次の体験を要約すれば、ジョン万次郎になったり吉田松陰になったり新撰組に因縁をつけられたり(笑)。
『無限の住人』の体験ですら相対的に印象が薄くなっていくような事を数限りなく経験してきたのだ、万次は。
それこそさ
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"I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I've watched C-beams glitter in the dark near the Tannhauser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in the rain. Time to die. "
『ブレードランナー』のロイ・バッティーみたいな体験をし続けていた、ということだよな。
だから読者の勝手な思い込みとして忘れるはずがないだろうと思っていた
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凜についても忘れてる。
乙橘槇絵がいて、凶戴斗いて、百琳がいて。
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百琳姐さんなんてさ、産まれた子供とどう接したんだろう、なんて事ですら些細で瑣末なことでしかなかったかのように時の流れの中に埋没していった。
吐鉤群がいて、天津影久がいて、そして凜がいて......。
時の流れの中に消えて行くには忍びない人間たちがかつていたわけなのに、それが消えて無くなって行くという現実のなんとも言えない物悲しさ。
なんか最終回の万次の表情とセリフを見るにつけ、とてつもない無情さを感じた。
もしかしたらそれが本作のテーマだったのかもしれない。
不老不死というのはありえないけど、歴史を学ぶというのは時の流れを俯瞰するということで、一種の神の視点で見ることになる。
神の視点ではあるけれど見るのは明らかに人間なので、例えば1600年といえば関ヶ原の戦いがあった年として受験なんかでは暗記させられるが、言うまでもなく1600年という年は関ヶ原の戦いだけの年ではないのだ。
大阪の商人の助左衛門さんの家に初孫が生まれた年でもあるかもしれない。
もし神なら、まあ神とは言わず
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Dr.マンハッタンなら(笑)1600年を関ヶ原の年と認識しつつ助左衛門さんの初孫のことも分かり、さらに地球から遠く離れた銀河で超新星の爆発が起こった、なんて事象の全てを認識できるかもしれないけど、人間は歴史を大雑把にしか把握できない。
すくなくとも日本人にとって1600年というのは関ヶ原の戦いのあった年でしかない。
つまり如何に存在が大きかろうと吐鉤群も天津影久も大きな歴史の捉え方の中では抜け落ちて行く存在なのだ。
そうとしか認識できないということの無情を、オイラは原作コミックの『無限の住人』で深く感じ入ったのだ。
ただ、それを踏まえた上で原作コミックは最後の最後でセンチメンタルとも言える展開をしてくれる。
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最終回でこの小刀が出てくるわけよ。
これって
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単行本21巻で逸刀流の女剣士から凜に託された小刀だ。
単行本21巻の伏線を最終巻で見事回収したのだ。
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最終回にこの謎の女の子(笑)によって万次もたらされた小刀には
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前述の”離れても再び会う”の紋様に、炎が卍を包んでいる意匠が彫り込まれている。
これが誰によって彫り込まれたもので、女の子が誰なのか。
言うまでもあるまい。
記憶や想いが時の波間に消えることなく、遠く隔たれた二人が再会した。
いや〜もう泣けるね。
宮部みゆきの『蒲生邸事件』同様、遠く隔たれた二人が再会する道具立にオイラは本当に弱いは。
確実にある強い無情さを飛び越えてくる意思だとか想いというものが時を超えて伝わることの見事に描いてる。
すげえ。
ちなみに蛇足だが
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凜によってとどめを刺された天津影久だが、運ばれた船の船員が
「没死」
って言ってる。
これって「死んでない」って意味だって事を最近知った(笑)。
いやはや。
とことん感性と教養を試される作品であった。
『無限の住人』原作コミックスは傑作と言わずにはいられないね。
......
で、前段が長くなったが劇場で観てきた
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三池崇史監督作。
木村拓哉主演映画『無限の住人』である。
最初に言っとくと思ってるほど悪くはなかった
なんだかんだ言って木村拓哉はすごかったよ。
すげえよかった。
本作ってほとんど斬り合いメインのチャンバラ映画なんだけど、木村の殺陣の足腰の力強さというかまったくブレずに迫力あるアクションを見せてくれた。
主演俳優の面目躍如というかね。
主演のつとめはきっちり果たしている。
ただ後述するがこの木村拓哉がきっちりしているというのが実に諸刃であったなと感じた。
木村に比べて
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天津影久演じる福士蒼汰や乙橘槇絵演じる戸田恵梨香などは、原作コミックを知ってる者としては全く納得できない演技や雰囲気だったな。
特に福士蒼汰。
彼は木村と違って下半身ブレまくり。
まったく強そうに見えないんだよ。
さらに強そうに見えない、リアリティが感じられないものに衣装が妙に小ぎれいすぎるとか、武器の質感がおもちゃ見たいだとかがある。
キャスティングが異様に無駄に豪華なんだよね。
例えば伊羽研水役が山崎努。
劇中でそうだったように伊羽研水と天津影久のエピソードって完全に端折られているのに、何故出したの?
吐鉤群にしても原作に比べてものすごく軽い。
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尸良がいて百琳がいて偽一 がそれなりの雰囲気で出てきてもほとんど活躍しない。
原作に出てきた登場人物をだいたい網羅しましたよ、って言ってるようなもんでさ。
原作ファンとしては尺の問題で活躍の場がないんなら出すなよってこと。
登場人物で木村に次いでよかったのがまったく期待していなかった
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凜役の杉咲花。
多少声が裏返るけど迫力ある絶叫は非常によかった。
まあオイラが観て木村拓哉以外なら杉咲花は唯一良かったキャストだと思う。
本作編集は上手いと思うんだけど脚本が微妙なんだよな。
悪くはないけど脚本微妙。
で、この映画の問題点はなにかというと、ものすごく矛盾なんだが木村拓哉なんだよ(笑)。
とにかく映画の全ての要素、演出、セリフ、キャスト、等、すべてが木村拓哉を目立たせる要素になっているわけ。
演出という意味では木村演じる万次はベストではないけど原作好きなオイラが観ても結構イケてると思うわけ。
ただ万次に匹敵するような登場人物である天津影久とか乙橘槇絵なんかは本作だと人物像に対するアプローチがものすごく浅い。
原作を知ってるオイラからすれば乙橘槇絵の死に様なんて原作と対して変わらないんだけど、そこにたどり着くまでのストロークが短すぎる。
しかも木村以外のキャストは人物像の心情をとうとうとセリフに出して言ったりするわけ。
モロに説明のためのセリフっていうかね。
全てが木村拓哉を盛り立てるためになされたもので、それ以外が本当におざなりな印象。
ただ前述したとおり、木村拓哉がものすごく完成度の高い演技をしちゃってるもんだから、ある意味"木村拓哉ショー"としては完璧なんだよね。
だけど他の役者とのアンサンブルとしての劇映画としては木村一人目立ちすぎという風にしかならない。
木村拓哉としてはこの時期ってSMAPのゴタゴタの真っ最中だったはずで、それでも全くブレずに映画の主演の責を果たしたと言える。
映画の主演の責任は果たしたけど、『無限の住人』という作品の映画としてはかなりボロボロだと思う。
前述した百琳と偽一なんて最後のアクションに出てきたのに、最終的には死んだのか生きてんのかわかんないで終わったからね。
これは木村拓哉の問題というよりも、木村を演出できる豪腕な映画製作者がいないというのが現実なんだろうな。
今の木村って極端な我をとおさないけど立場的に織田裕二と同じ感じになってないかねえ(笑)。
多少事前に分かってはいたが、残念な映画であった。


『3月のライオン 後編』
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ネタバレあります。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
実写映画『るろうに剣心 』の監督っぷりでオイラのなかで距離をおいた(笑)大友啓史。
前編後編を通して観てやっぱりすげえ演出家なのかもしれないと、ちょっと襟を正した(笑)。
面白かった。
実に良い映画だったと思う。
役者の演技、脚本、映像。
ものすごく丁寧に作られていた。
大友啓史だから映像褒めてもしょうがないかな。
零の住むマンションから見える夜の川がねえ、ライトの照り返した火のように見えたりしたとかはまあ大友啓史だから普通にやるよな(笑)。
普通の演出家はやらないだろうけど。
本作は脚本が良かった。
前編と違い、コミックではまだ完結していない物語を終わらせるために、原作コミックとは違う展開をかなり盛り込んでいる。
原作のエッセンスを壊さずにセリフや展開を変え、順序を入れ替え。
ものすごく複雑なパズルのような組み立てをしていると感じた。
しかもそのパズルを完全に感性させた。
例えば原作でも血が沸騰するような川本三姉妹の父親の話が後編で出てくる。
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伊勢谷友介がなかなかのクズっぷりを見せるわけだが(笑)。
この父親との決着も原作コミックと違う。
原作コミックでは川本三姉妹が零の力を借りて父親と別離をするんだが、映画版では零を関わらせず三姉妹だけで決着をつける。
その三姉妹と父親との決着と同時進行で零は宿敵の後藤と対決している。
これだけでも相当に複雑な流れだよな。
しかも本作では川本次女のいじめの問題まで描いている。
その感じが過不足なく描かれているばかりか、”勇気”を持つということへの肯定的なメッセージが力強く込められている。
この部分で言えば実写版の『無限の住人』は足元にも及んでいない。
原作コミックでさえどう言う終わり方をするのかわからないのに、映画はある種のハッピーエンドになっているしね。
後編、いきなり神の子供である宗谷冬司との勝負からはじまるからね。
宗谷と零の勝負がクライマックスだろうと思ったら違ってた。
これはアレだな、Blu-rayで再見してちゃんと感想を書こう。
傑作でありました。

by 16mm | 2017-04-30 22:35 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)