2017年 06月 25日 ( 1 )

『ハクソー・リッジ』

先週土曜日、ヘアカット。


本日日曜日、銭湯で寝湯、ストレッチ、薄曇りでの日光浴。


『月刊日本カメラ 2017年7月号』
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書店で書籍購入。
買えないけどソニーα9に興味があるのと、マニュアルフォーカスについての記事に関心があったので購入。


『東京トイボックス 全2巻』
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『大東京トイボックス 全10巻』
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AmazonでKindle版購入。
すでにKindle版で持っていた巻もあり、持っていない巻は紙の単行本で持っていて読んでいた。
再度読み直したくなり、この機会に全巻揃うように電書を購入した。
ゲームにしても漫画にしても昨今の状況では所謂"モノ作り"の幅が狭まっていると感じる。
それは作る側の能力の問題ももちろんあるし、社会的な表現規制の強化なんかもある。
作る側が好きなものを好きなように作るには覚悟がいる。
例えば殺人を犯すようなヤツの言い訳にゲームや漫画が使われる。
で、それを鵜呑みにして規制を強化しようとする。
作った側にしても自分の創作物が人を殺すことがあると知れば萎縮することもあるだろう。
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例えばゲームが今のような物語性なりリアリティなりでプレイヤーをとことんまで没入させるようなものではなく、単なる暇つぶしの域を出ない人畜無害なものに戻した時、人々は自分たちの行いの弁明に次になにを吊し上げるのか?
本作の非常に巧妙に練られたプロットによって作り出された悪役<とは言い難いが>は「ゲームに人の意志を変える力などない」と言うことを証明しようとして壮大なペテンを仕掛けた。
で、それに対する対論を主人公は
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非常に力強い覚悟を宣言した。
自分が作ったゲームで人が死ぬことがあることを覚悟する。
しかし人に与える影響というものはなにも人殺しが起こるということだけではない。
むしろ多くの場合プレイヤー達には生きてゲームをやり続けようという希望を持たせることだってできるのだ。
作り手側のそれを作中では
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と呼んでいる。


盗撮問題
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上の画像は『げんしけん』の件りである。
オイラは女の子の写真を撮るのが趣味であるが、撮影はモデルの女性と一対一で双方了解済みでの撮影となっているし、そういう撮影にしか興味がない。
しかしね、この『げんしけん』で盗撮と言われちゃうとギョっとなる。
オイラ、盗撮というとカメラをカバンの中に隠したりして階段を登る女の子のスカートをのぞくような行為の事だと思ってた。
上の画像の『げんしけん』のように知り合いを無断で撮影するのも盗撮の範疇に入るのかということにオイラの認識不足を痛感した。
つーか、そうなると所謂街中でのスナップ撮影というのは表現として壊滅するよね。
昔の荒木経惟のように電車のトイメンに座っている見ず知らずの人間のポートレートを黙って撮っちゃう(当時も若干問題になったらしいが)ってのは現在じゃ完全にアウトだよな。
カメラ雑誌でもこの手のスナップや盗撮や肖像権の問題を取り上げているが、時代の趨勢としてスナップを表現手段にしている写真家の部が悪いと思わざるを得ない。
この手の問題は実際にオイラの本業にも関わってくるので無関係とは言い切れない。
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上の画像、結構見たことのある人が多いと思うけど、フランスの写真家ロベール・ドアノーによって撮影された『パリ市庁舎前のキス』。
非常に自然で素敵な写真だと思う。
写真の持つ雰囲気からこれは偶然撮られたスナップ写真だと思いたいところだけど、このキスしてるカップルは本当の恋人同士をつかってその場所で演出された写真であるということが明らかになった。
出来上がった写真が演出されたものであろうがされてなかろうが、素晴らしければそれでいい。
カネも手間もかかるけど、写っている人間すべてに了解をとった上での演出写真、スナップ風の演出写真しかできなくなるのかなあ。
あ、演出が入ったらスナップとは言えないのかもしれないが。
オイラはスナップにまったく興味がないのだが、それでもこの状況を是認し難いものだと思う。
世知辛いな。


『ハクソー・リッジ』
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先週土曜日。
109シネマズ菖蒲。
この映画も昨年に町山智浩からの情報で知った。
たしかその当時は第二次世界大戦の映画で『プライベート・ライアン』ぐらいのハードな戦争映画、ぐらいの情報だったと思う。
この映画が沖縄戦を描いているというのはわりとつい最近知ったかな。
まず最初に本作面白かったと言っておきたい。
139分、まったく中だるみなく一定の緊張感を保ち続けられた。
本作の監督って
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メル・ギブソン
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なんといっても『マッドマックス』で主人公を演じたハンサムでカッチョいい男だ。
俳優として出演作多数にして監督業にも乗り出し、監督としてもかなり高い評価を得ていた。
が、いろいろいろいろ(笑)なことがあり(笑)、ほぼすべてが自業自得のようなことをして映画業界からここ数年ハブられていた存在だった。
そもそも『マッドマックス フューリーロード』もメル・ギブソンが演じるはずだったわけだが、これは結果的にトム・ハーディでよかったなと思ってるけど。
と、まあそんなメル・ギブソンの久々の監督作だ。
非常に丁寧に作られていたという印象。
スタンリー・キューブリック『フルメタル・ジャケット』のように明確な二部構成となっている。
訓練シーンの前半と戦地での戦闘シーン。
ただ本作は前半部分で訓練に入る前に主人公のアンドリュー・ガーフィールド演じる
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デズモンド・T・ドスが銃器を手にしない理由を非常に丁寧に描き、そして彼が銃を持たない衛生兵として戦地に行くことを許される件りも描いている。
一応本作は実話をベースにしている。
で、後半沖縄戦になるわけだが、敵は当然日本兵なわけ。
日本兵が撃たれるのと同じぐらいアメリカ兵もじゃんじゃん死んで行く。
腕がなかったり、両足がなくなったり。
アメリカ軍の物量と艦砲射撃の援護がありながらアメリカ軍は日本兵に後退させられて行く。
で、昼間の戦闘でもデズモンド・T・ドスは衛生兵として果敢に戦場を走り回って同胞を助けて行く。
昼間は乱戦になりながらも友軍の援護があるからいいが、このデズモンド・T・ドスのすごいところはアメリカ兵が撤収した後に、死んでいない兵隊を次々と助けてるわけ。
たった一人で。
闇夜に乗じてとはいえ、友軍の援護が全くない中、日本兵が徘徊している戦地で一人また一人と戦場から負傷兵を連れ出して行くのだ。
これは相当に怖いだろうな。
訓練時代では銃を持たないということで周りからバカにされ上官からは除隊を強要されたデズモンド・T・ドスが非常に勇敢なことをしたというね。
この勇敢さというのはさTwitterで見つけた
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このジョークのオチのようなものかな(笑)。
この主人公演じてるアンドリュー・ガーフィールドって
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最近マーティン・スコセッシの『沈黙-サイレンス-』でも神父役をしていたので、なんとなく劇中でも作品間の繋がりを感じたかな。
日本人のオイラとしては極端な「アメリカ万歳」に偏るわけでなく、はっきり言って心底戦争に行きたくないと感じさせる力はあった。
ただこれはアメリカの国民が溜飲を下げるためのエンターテインメント映画という側面はある。
日本人が作れば日本人の多くが溜飲を下げるようにつくられるのと同じ。
本作は一人の変わり者が戦場で特異なことをした、そういう人間がいたというところが戦争映画として目新しいということだ。
何が言いたいかと言えば、日本人としては外せないであろうひめゆり学徒隊壊滅的だった地元の一般住民の被害を全く描いていないということである。
なので、本作だけで沖縄戦を分かった気になるのは危険だな。
それを踏まえれば観る価値のある映画だと思う。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2017-06-25 21:34 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)