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『ミリオンダラー・ベイビー』『春の雪』

ブログにはトラックバックという機能がある。他のブログと相互参照することであるが、オイラは滅多に使わない。使わないので当ブログにトラックバックしてくれる人もそう多くはいない。
しかし、以前書いた『ミリオンダラー・ベイビー』のオイラの感想にはトラックバックが現在31もついてる。
このトラックバックの数字はオイラにしてみれば非常に多い。未だこれ以上の数のトラックバックはないのだから。
つまり、この映画に関してはたくさんの人達が誰とでも何か語りたいと思っていたのだろう。
『ミリオンダラー・ベイビー』のDVDを購入。
やっぱり面白い。良い映画だ。
拍手と喝采を獲得した者が恐れる事は、自分が生きてる間に自分が皆から忘れられていく事に立ち会わざるを得ない事だ。
それは死ぬことよりも堪え難いものなのである。
ただどんなに小さな事(女子のボクシングはメジャーとは言えないから)でも、人生で打込めるものを獲得できる人間は少ない。
だから普通は死よりも堪え難いものがあるなどという事は思い浮かべられる筈がないのだ。
死の恐怖に勝るものはある。
ただそんな言葉を逆手にとって一部の愚か者が詐欺のように国民を騙して死に追いやった歴史が約60年前にあったのだ。

フランキーとマギーの関係は親子のようなものではなく、かといって恋人同士のようなものとも違うとは思うが、やはり恋人のような関係というのがしっくりいく気がする。
眼で語りかけ会話する二人。
フランキーが"救済"する直前のマギーの顔のすばらしい事。
神はマギーを救う事が出来ない。
マギーを"救済"できるのは"ヒト"としてのフランキー以外にいない。
そんな関係が二人の中にあったからこその結末であり、その関係が成立しない状態では"救済"は成り立たないのである。
どーも"救済"などともって回った言い方をしてしまったが、はっきり書いとこう。
"救済"とは死を与えることである。

映画の陰影を生かした照明が効果的であった。顔の起伏で表情を影でつぶすと観る側はその人物の表情を様々に想像する。表情が見えなくなった分、観客に見えてくる表情というものがあるという事を監督のイーストウッドは知っていたのだ。
おそるべきジジイ(笑)
この照明の効果は非常に良かったと思う。好みである。

ちょっと不思議なのは、マギーの家族が見舞いに来た時のTシャツがユニバーサルスタジオなのに、台詞がディズニーランドとはこれ如何に?





『春の雪』を初日初回劇場鑑賞。
学生時代、その作品がというよりも、作者への興味から三島由紀夫の小説を結構読んでいた。
内容はほぼ忘却の彼方になってしまったが、この映画の原作『春の雪』は『豊穣の海』という長編小説の中の一節であり、その最後の一節『天人五衰』が三島の死の直前に書かれたものである。

映画で印象的であったのはリー・ピンビンによる撮影だ。
画面を襖、壁、格子、硝子窓の縁etc...を使って横切らせてワイプさせる。
この映画にあってるかどうかは別にして撮影効果としては新鮮であった。
印象として恐ろしく平行を保った構図で、全てが直角に見えた。
印象深い撮影でありながら美術がイマイチなのは仕方ない部分であろうか。
たとえば『シンドラーのリスト』やなどはちゃんと列車を調達して撮影していたが、この映画で出て来たホームの列車は明らかに建て込みのセットだ。
それと屋外をセットにすると必ず路地裏の情景となりそれがまた安っぽく見えてしまう。
そんな映像を観る度に現実に引き戻されるわけである。制作者はその辺りがんばってもらいたいものだ。
DVDでいつでも何度でも映像を見直せる今、一様に観客の眼は肥えてるのだから。

映画自体は面白かった。
所謂上流どころの話であり、若造がシルクのパジャマかよ!などというのは貧乏人のオイラの僻み以外のなにものでもないが(笑)この妻夫木クン演じる清顕の聡子への甘ったれた願望は痛い程良くわかったりした(笑)

出演俳優全てが好演していた。 妻夫木 聡はコメディーからシリアスまでこなせる希有な存在ですな。
竹内 結子は令嬢を演じていた部分は役柄的にも血が通ってない感じで(演技としては成功している)イマイチ萠なかったが(笑)終盤で剃髪してからのあの顔がオイラのツボでした。
別にショートカットの丸顔に欲情しやすいオイラ(笑)ということは抜きにしても。
剃髪して出家するというのは人間でなくなるという事なのかもしれないが、この聡子に関しては剃髪した時が一番人間的な顔であるべきなのかもしれん。
現世で交わる事を期待せずに生き続けるという事がある意味聡子の人間的な平安なのかもしれないと思うのだ。

脚本に佐藤信介。『修羅雪姫』の監督。映画とって下さいよ〜。

宇多田ヒカルのエンドテーマはどーも合ってない気がするが。
by 16mm | 2005-10-30 20:28 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(1) | Comments(4)

許せん

●本屋で平積みの本の上にカバンを置く不心得な老若男女共。
→オイラは置かれてる本をワザワザ取ってカバンを床に落とすという草の根な嫌がらせ、もとい、制裁を加えてます。

●上映が始まった映画にガタガタ音を立てながら席に向かう老若男女共。
→制裁を加えようにも映画に集中したいのでイライラしてる。この愚か者共のせいで、『SW EP III』でアナキンがデューク卿の首をちょん切るシーンを見逃した。今日観た『春の雪』の冒頭の伏線もちゃんと観れなかった。

●銭湯で尻やチンチンを洗わずに湯船に入る老若男女共(女の人はどーか知らんが)。
→サイバラの『ぼくんち』で銭湯をこよなく愛するコーイチくんというキャラクターが、湯船でチンチンを洗ってるヤツを血祭りにあげてるのがあったが、オイラもそうしたいものだ。スポーツ・ジムの風呂に入っててつくづくそう思う。

今週は色々と散在した。
サイバラの『営業ものがたり』。井浦秀夫の『AV烈伝』。現代洋子の『社長DEジャンケン隊』。
『ミリオンダラー・ベイビー』のDVD。
井浦秀夫の『AV烈伝』はAV、というか、人間の性、もっと深く語れば業を肯定的に描いてる所が非常に好感がもてる。こういうのを読むと情熱を注げるすきな事をもってる人間は自分以外の他人(親兄弟恋人)に迷惑をかけようと、それを突き詰めるべきだと思う。
そもそも世の中には何がすきなのか分からない人の方が多いのだから。一つでもすきなものを持ってる人はある種の特権を持ってると思って、我がままに生きてもらいたいものである。

来週も散在は続く。
『インファナル・アフェア DVD BOX』。
映画は『ブラザーズ・グリム』『TAKESHIS'』『Always 三丁目の夕日』。
by 16mm | 2005-10-29 20:40 | 閑話 | Trackback | Comments(2)

『劇場版 エースをねらえ!』『アニマトリックス』『CODE46』

『劇場版 エースをねらえ!』。DVD購入。
♪青春 それはまぶしい季節
オイラは子供の頃にTVCMでやっていた『劇場版 エースをねらえ!』の歌を覚えていた。
観たいなとは思っていたのだが買うまでもなくレンタルだなと思っていた。
んが、しかし。
レンタルで置いていなかったのと、最近SACの神山健治が絶賛していたので(以前押井守も絶賛していた)購入に踏み切った次第。
面白かった。
まずあの原作コミックの最初から宗方仁の死までを90分で作るという驚異的な構成力に脱帽だ。
破綻無く、そして展開を急いでいる筈なのにその駆け足を観てる間気が付かせない演出力。
これはやはり観てよかった。
出崎統監督という人は宮崎駿や押井守並に語られてしかるべき人だとずっと思っていたのだが、どーも彼らのような劇場作品を作っていないところが、評価的にマイナー傾向なのかもしれない。
しかし作って来た決して作品はマイナーなんてものではなく、『ガンバの冒険』、『家なき子』、『宝島』、『ベルサイユのばら』、『ブラック・ジャック』と、作画の杉野昭夫と共にオイラが子供の頃に観て印象に残ってる作品をたくさん作っているのだから。
TV版の『新 エースをねらえ!』と大きく違う所で言えば、ラスト飛行機に乗る岡ひろみに宗方仁の最後の思い(虫の知らせというやつですな)が伝わらなかった所であろう。
これは監督のコメンタリーを聞くと確信犯であり、その演出法には非常に納得のいくものであった。
劇場版だけで考えれば、TV版と同じにしてしまうと時間が短い分ウェットすぎる印象になっていたかもしれない。
ただTV版については、"思いが伝わる"という表現が長丁場のTVシリーズを観続けた者への思い入れの着地点として提示してくれた感じで良かったとは思う。
ところで、宗方仁が岡ひろみに入れ込んだのを「母親に似ていたから」ってな事を言っていたが、観ていた頃がガキながらオイラは非常に違和感を覚えていたのだ。
絶対「好きな女だから」っていう理由に違いないと思っていたのだ。
そしたら件の神山健治監督もそのように思っていたらしく、「ああ、やっぱりそうだよなあ」と自分のだけがそう考えていたのではないとホっとした(笑)


『アニマトリックス』。wowowでのDVD録画で視聴。
日本のアニメーションの制作者も参加している。
ある意味日本の現状ではできないような作品に仕上げているわけだが、このオムニバス作品のどれも自分の琴線に引っかからない。
本当につまらないのはあるが、抜きん出て面白いのはない。
強いて言えば最初の作品ぐらいだろうか、ちょっと面白かったのは。
作風も前衛的と言えば聞こえは良いかもしれないが、逆にいえば一般的ではないと言える。
なのでオイラのようにまるでノれないヤツもいれば、面白いという人もいるだろう。
オイラにはつまらなかったデス。


『CODE46』。wowowでのDVD録画で視聴。
視聴を始めて、いきなりムムム...と引き込まれた。
現在の上海あたり(違う地域も混じってると思うが)の実景をつかって未来のように見せてるところがスゴイ。
実際の風景がなぜ未来風に見えるのかと考えると、別のシーンでTV電話のようなモバイルのガジェットや指紋で認識させるデータ機器のような今現在存在しない小物を出す事によってそう見えるのだと思った。
ちっともSF的ではない車や家屋を映していても、小物で上手く道具立てすれば作品の中の近未来を観客は信じ込めるのかもしれない。
というわけで冒頭思わずDVD買おうかと思うぐらい思い入れたのだが、物語が進むにつれオイラは置いてきぼりをくいはじめた。
ある程度SFの基礎教養がないとついていけないという事だろうか?
"ウィルス"という設定が出てくるのだが、これがわからない。
その他、近親婚の禁止(インセストタブー)についての設定も絡んでくる<これが多分重要な設定なのだと思うが>のだが、オイラの頭のなかでそれらが今ひとつ結びつかない。
何度か見直せば分かるのかもしれないので、多分また観ると思う。
ドンパチがあるわけでなく地味だが妙な吸引力がある映画だと思う。

ところでどうして多くの東洋人の中に少数の西洋人が混じただけでSFっぽく見えるのだろう(笑)
西洋から観た東洋というのはSFの要素として成立しやすいのかもしれない。
ヤツラには異世界に見えるんだろうな、きっと(笑)
by 16mm | 2005-10-23 22:14 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(2) | Comments(4)

『スーパーサイズ・ミー』

今年のアカデミー賞の司会者クリス・ロックが「『スーパーサイズ・ミー』はマイケル・ムーアがやれば良かった。ドキュメンタリーというジャンルという事も、そして体型的にも」ってな感じで言っていた(笑)

『スーパーサイズ・ミー』をレンタルDVDで視聴。
面白かった。

が、やはりマイケル・ムーアの『ボーリング・フォー・コロンバイン』と比べてしまうと対象への無神経かつ迷惑なツッコミが弱い分物足りなくは感じた。
マイケル・ムーアならマクドナルドの本社に乗り込んでただろう(笑)
あくまでも『ボーリング・フォー・コロンバイン』と比べての話であるが。

この映画の面白い所は監督のモーガン・スパーロック自身が検体となって"ファーストフードを一日三食一ヶ月食べ続けると、どうなるか?"という事を生真面目に検証してる点だ。事前に医師に掛かり、実験(まさに実験w)前と後で何がどう変わるかと。
最高にバカげた事を生真面目にやっている所がまず笑える。
三食を全てマクドナルドの製品で済ますとどうなるか。
結果は想像どうり、一ヶ月で内蔵は悲鳴を上げて医師に実験の中止を勧告される程酷い事になり、体重は実験前の84.3kgから95.3kgに増量。
特大<スーパーサイズ>になったのだ。

これを観て思う所は様々であるが、ファーストフードの害悪は非常に良く分かった。
驚いた事に、結構好きで行けば必ず食べていたマックナゲットが実は鶏のどこの部位を使っているのか分からないということだ。
非常に薄気味悪くなり二度と食べる気がおきなくなったよ、マジに(笑)

監督の体重が一月で約11kg増量したといっても、見た目にどうも大きく変わった印象がない。
というのも、この映画で散々人間鏡餅のようなデブを映し続けていたので、どうも監督の体型の変化にインパクトが足りない。
とすれば、人間鏡餅は一月どころではなく、ずっとファーストフードを食べ続けてるという事か。
人間鏡餅は一月で成らずなのであろう。
実際この映画はファーストフードの害悪を検証してるだけで、無自覚に食べ過ぎてるデブを糾弾してはいない。
この映画ではデブはあくまでも被害者なのだ。
しかし、一方でモーガン・スパーロック自身は肥満した人間を冷ややかに見ているのも分かる。
むしろ自分の肥満を企業の所為にして裁判を起こす自国民を嘲笑っているようにも思える。

話はそれるが、暴力映画を観て暴力に走ったというカドで一時的であれ、その手のビデオの販売やレンタルや上映が延期になる事がある。
その度に制作者は
「もっと観客を信用して欲しい。彼らは必ず有害かどうかを判断する」だとか「映画を観た人間が必ず犯罪を犯すわけではない」とか言ってる。
彼のアメリカで自己責任の規範や常識や教養が崩れてくれば、観客が信用できるなどと言えるであろうか。
民主主義というのも同様で、このシステム自体が人間の良識というものに基づいているわけだが、果たして大多数が肥満は自分の所為ではないという意見が通った社会が民主主義としてまともに機能していると言えるだろうか。

モーガン・スパーロックの恋人がベジタリアンなのであるが、どうもあのベジタリアン特有の理屈というのが鼻持ちならない。
「肉がキライ」。理由はそれだけで良い筈なのに、やれ「肉食を支えるシステムは腐敗してる」だの「道徳的に間違っている」だの。
植物だって生き物だという視点がスポンと抜け落ちてる。
その彼女に実験を終えたモーガン・スパーロックは解毒メニューを作ってもらい復調していったようだ。それでも9kgの減量に5ヶ月かかり、残り2kgに9ヶ月かかったらしい。
しかし、モーガン・スパーロックは言い放つ。
「ボクはベジタリアンにはならないよ」

肥満の飽和脂肪というものがおチンチンの勃ちを悪くするという事を初めて知った。
なるほど。
ちょっと背筋が寒くなる(笑)

ちなみにオイラ、先月から週一回のジム通いをしている。週一回ではなんも変わらんと言うが、まあ飽きずに続けられそうなら回数を段階的に増やしていくつもりである。

現在180cmの90kg。
りっぱな肥満(スーパーサイズ)である(笑)
by 16mm | 2005-10-16 23:26 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(1) | Comments(6)

丸顔

"のはらににじがみえました
もっとちかくにいってみました
とうとううみえ(ママ)つきました
もっとちかくえ(ママ)いきました
だけどにじはむこうにみえました"
   『にじ』-角田光代

NHKで、作家の角田光代さんが学校の先生となってガキ共に個性的な課題を出すという番組があり録画で視聴。
角田さんがガキ共に出した課題とは「教室の隣の席の子になって小説を書きましょう」というものだった。
なかなか面白いなと思いつつも、小学校高学年のガキ共に隣の異性になり切って書きましょうってのはちょっと酷だよなあ(笑)
大人の感覚ならオモシロイと思うけど、一番異性を気にする歳だもんね。
案の定ガキ共の大ブーイングであった(笑)
それでも角田さんメゲずにガキ共を若干ケムに巻くような感じで方向修正をしつつ課題をださせた。
ガキ共の答えがどうということではなく、角田さんが授業の幕間のインタビューで子供達のナマの反応に自分の昔を思い出していた所が印象的だった。
角田さんと言えども、自分の子供の頃の感覚ってのは記憶の底に埋没してるものなのですな。
特に思春期の想い出なんてのは、胸を掻きむしるような記憶ばかりで、真っ先に記憶の底に沈めて普段見つからないような所に隠しちゃうもんだからね(笑)

ガキ共と同じ頃に書いたという『にじ』という作文(詩だよな、コレ)を角田さんが朗読していたが、子供の頃に輝いていても、大人になったらタダのヒトってのは多いわけだが、彼女は最初のスゴさを持続してきたわけですな。
輝いてるヤツってのは最初から光ってるもんなんだな。
これをガキの頃に書いていたとはね。

スゲェや。ヤツはホンモノだったんだ(笑)
恐るべし丸顔(笑)

オイラは丸顔の女の子が好きなもので(笑)
by 16mm | 2005-10-13 23:25 | 閑話 | Trackback(1) | Comments(0)

『ザ・エージェント』『いま、会いにゆきます』

連休最終日。『FMO』をやろうとしたら朝からずっと障害発生によるメンテナンス。
延長に継ぐ延長で、今日は無理みたいだな。
現時点(18時)で20時まで延長である。


『ザ・エージェント』。DVDレンタルで視聴。
世間の評判も、観た友人の評判も良いこの作品。
トム・クルーズの映画で感動できるのか(『アイズ・ワイド・シャット』はキューブリックの映画)?と期待していたのだ。
キューバ・グッディング・Jrがオスカーの助演男優賞受賞をし、そして下馬評では良かったトム・クルーズがオスカーにノミネートされたにも関わらず受賞を逃したという作品でもある。
しかし、オイラはキューバ・グッディング・Jrもトム・クルーズもどの辺りが演技としてすばらしいのかまったく分からない。
トム・クルーズにしても『バニラ・スカイ』や『ラスト・サムライ』や『アイズ・ワイド・シャット』等の演技との違いがわからない。
『ザ・エージェント』の演技でオスカーが取れるなら『アイズ・ワイド・シャット』で取れてもいいんでないの?あるいは『レインマン』でも。
あのニヤニヤという表現がピッタリなトム笑いに作品毎の差があるとは思えないのだが。
それともこの辺りの演技の機微が分からないなら、オイラに演技云々を言う資格はないのかもしれん。
というわけで、映画自体の内容もオイラにはのめり込めるものではなかったので感想はナシ。
スピルバーグがトムの事を「彼はスターではなく、性格俳優だ」と言っていたが、本当にそうならわざわざ「性格俳優だよ」などとは言わないやな。
デ=ニーロやダスティン・ホフマンやジャック・ニコルソンにわざわざ言わないように。
レニー・ゼルウィガーも出ていたが別にどいうという感じでもなく、シングルマザーを無難に演じていたという印象しかなかった。


『いま、会いにゆきます』。wowowの録画で視聴。
なかなかに気になる映画ではあったのだが、普通に新作としてレンタルするのもアレだなと思い(笑)一週間レンタルで安くなってから借りようと思っていた矢先にwowowで放映されたので録画したのだ。
結構面白かった。
ただちょっと音楽が仕事をし過ぎのような気がするのはオイラの好みの問題であろう。
この映画では俗に言う幽霊をドラマに盛り込んでいる。
幽霊と言えばホラーになるだろうが、そうではない。
似たような映画では『ゴースト』があるが、その映画ともドラマの構造が違う。
『ゴースト』の方は、生きてる方と死んでしまった方とで直接的な対話を描いていない。死者同士、生者同士のコミュニケーションのみなのだ(それだとドラマ上死者と生者が繋がらないので霊媒師がでてくるのだが)
直接的な対話を描かなければ、幽霊がいるかいないか、とか、科学的にどうか、などという理屈を映画で説明する必要はない。その世界ではそういうものだから、で済むのだから。
『いま、会いにゆきます』では、そんな死者と生者の境目をなくして、双方向のコミュニケーションを描いている。料理もすれば洗濯もする。セックスだってできる。
これらの要素を盛り込むには当然"お伽噺"であるという体裁が必要になるわけであるが、それでも映画の中で現実的な折り合いをつけなくてはならないのだ。
つまり、俗な幽霊の話ではなく、現実的かつ納得のいくタネあかしを最終的しなくてはならないのである。
その代表的な方法がいわゆる"夢オチ"であるが、すでに夢オチ自体が"良くある方法"として手垢にまみれており、ストレートにやれば安直な方法として失笑を買う事は必至なのである。
この映画ははギリギリの所でそれを回避していた。
それでも当初中村獅童の視点で進んでいたこの話が、実は竹内結子の視点であったという筋立ては上手く機能していると思うし感動もした。
タネの明かし方が上手いと思う。
竹内結子も中村獅童も役柄の雰囲気を上手く出していたと思うが、オイラには廃墟や向日葵畑等の舞台装置がツボであった。
廃墟も後少しだけ汚しを入れてくれてれば、リアリティーが増したであろう。ライティングの問題なのかもしれないが。
時期が来て、中村獅童の前から竹内結子がどんな消え方をするかも関心事であったが、あの消え方なら文句は無い。
実に上手い消え方を考えたなと思った。
まあ、それでも自前でDVDを買おうとは思わないが、非常に良い映画であった。

ちなみに"幽霊"と書いたが、決して"幽霊"を巡る話ではありません。
愛の物語であります。
by 16mm | 2005-10-10 19:43 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(2) | Comments(4)

『ユリイカ』『シン・シティ』『ファイト』『ウォーターボーイズ』

久々に『ユリイカ』を買った。批評評論等の本である。
今回は『攻殻機動隊 SAC』についてのもので、神山監督と押井監督の対談やらその他諸々あるのだが、私にとってはかなりピンポイントでツボを突かれた内容であった。

●『2nd GIG』の"個別の11人"に関する架空の作家パトリック・シルベストルは、当初三島由紀夫をベースにしようとしていたという。諸々の事情で三島を出す事を断念したようだが、三島をモチーフにした"個別の11人"なら理解もしやすかったかもしれん。
●今更だが『STAND ALONE COMPLEX』を、「孤人の複合体」と日本語で意味をアテてみてやっと理解できた(笑)
●神山監督の"自衛隊民営化"という言葉に非常に反応してしまった。自衛隊が民営化されたら、軍隊として国を背負うという意識が薄れるのではないだろうか。海外派兵も海外出張と同義で納得しやすくなるだろうし。
この話を突き詰める色んな事が見えてきそうなので、しばらく頭の中でシミュレーションしてみるとしよう。非常に含意のあるキーワードだと思う。

読み応えのある内容であった。


『シン・シティ』。劇場で鑑賞。
冒頭のジョシュ・ハートネットの雨のシーンが良かった。CGを使った漫画風のビジュアルには観るべき所はあったと思う。
ただこの映画の全編を貫くバイオレンス描写がオイラの生理に合わなかった。
生身の人間への暴力というよりも感情を出さない人形への破壊のような印象を受けた。
感じとしてもタランティーノのバイオレンスとも違うと思う。
私には面白いものではなかった。
ジェシカ・アルバはスタイル良いなあというのは唯一私にとってはプラスの感想(笑)


『ファイト』。DVDの録画で視聴。
NHKの朝の連続ドラマの最終回。西原画伯の絵がオープニングで使われていたのだが今まで視聴した事はなかった。
が、最終回は西原理恵子が出演とのことで録画したのだ。
ワンシーン。路上で割烹着を着て絵を描く人の役で出演のサイバラ。
いやすごくいい。はっきりいって最終回に出演していた他のプロの役者よりも断然良い。
あの笑顔は反則だろう。
もう泣けてくるぐらいのすばらしい表情だった。
なのでこのブログを書いてる間中30秒にもみたないこのシーンだけをリピートして見続けてるのである(笑)


『ウォーターボーイズ』のDVDを購入。
THXのスタンダード版でなく、メイキング付きのDVDをやっと探し当てて購入。
一時はスタンダード版でもしょうがないかな、と諦めかけた所で見つけた。
メイキングはオモシロかった。
矢口監督の新作が早く観たいものだ。

今後は11月に『ブラザーズ・グリム』と『Always 三丁目の夕日』の公開と、DVDで『インファナル・アフェア』のボックスの購入が楽しみになっている。

つまらない会社生活も先の楽しみを思い浮かべて乗り切るつもりである(笑)
by 16mm | 2005-10-02 20:35 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(6)