<   2008年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

今回の土日。

土曜日の今日、なぜか日曜日のような気分。

今週は祝日もあったが、ほぼずっと会社に出ずっぱりである。
本日、土曜日は金曜日からの完全徹夜明け。しかも明日の日曜日も仕事に行って、もしかしたら火曜日迄帰宅出来ないような感じ。
当然自慢でもなんでもない。
非常にトホホな状態にはちがいないのである。

なので、予約していたヘアカットは当然キャンセル。『アイアンマン』も観れない。ジムも二週続けて休み。明日の『ギアス』の最終回は当然ライブでは見れない(いかん、予約録画のチェックをしておかなければ)。

のような状態でのブログの更新。頭が朦朧としているのを通り越して、いわば「女房酔わせてどうするつもり」な状態である(笑)

『情熱大陸』
映画カメラマンの大御所、木村大作。
オイラは怒鳴ったりするのもきくのも嫌いなのだが、映画関係者はみんな怒鳴り散らしてますね。
一般参加のエキストラに怒鳴るなんてことも平気なんですねえ。この手の繊細さを欠いた人間でも良い映画は出来てしまうから不思議。
深作欣二と組んだ映画が印象的。『復活の日』の夕日をバックにした超望遠のショットは感動的だった。

YouTubeでタイマーズのFM東京罵倒の歌を聴く。
歌自体は好きなのだが、放送禁止用語を連呼するのがどうにもいただけない。
内田裕也のように「ファッキュ」などと言わず、「おまんこヤロー」と言った所はすごく立派だと思う。が、たかだか特定の言葉を言った事で過激さを演出するのが非常につまらない。

同じくYouTubeでタモリの赤塚不二夫への弔辞を観る。
やはり白紙だ。
タモリが弔辞で「ギャグ」という言葉を使ったら、したり顔で「(タモリの弔辞を)いいギャグだった」と書いた浅薄な輩がいしかわじゅん。
ギャグとして笑いをとっている所では当然なく、想いのこもった立派な弔辞、あるいは立派な芸というべきだと思う。
いしかわじゅんごときが、ギャグについての定義を知ってるかのごとくの振る舞いは頭にくるね。
いしかわとしては、上から目線でタモリを評価している風なのが伝わってきて不愉快極まりない。

『赤めだか』
発売当時から興味はあったのだが、あまりの評判の良さに今更ながら購入。
面白い。というか文章が非常に上手い。読ませる文章の心地良さ。
凡人のオイラには談志がなぜ立川談春を怒ったのか理解できず。

『女たち』
たけしが語る女性についての本。自分の映画でキャスティングする女性の条件など。フェミニストが読んだら目が三角になるんだろうな(笑)照れ隠しは当然あるのだろうが非常に率直に語っている。

祝日の会社帰り、駅前駐車場に置いてある車が動かない。ライトでもつけっぱなしにしていたせいか?バッテリーだど思われる。
現在、弟の車で駅迄いき、一日500円のコイン・パーキングに停めている。
ああ、金が...。

上記の理由で、車の買い替えを検討。こちらの条件はMTで100万ぐらい。当然現金はないのでローンである(笑)
ああ、金が...。

木曜日夜、深夜残業。AM3:00。当然電車で行きつけの池袋のカプセルには行けない。五反田のカプセルには泊まりたくないので、野球選手と女性タレントが入ったラブホ...の隣のホテルに泊まる。
今週は池袋泊を含めて2度目。
ああ、金(笑)

木曜日朝。通勤に使っている東北自動車道の側道。対向車がパッシング。頭が「ニョーボ酔わせてどーするつもり」状態なのですぐに反応できない。
3秒後にあわてて時速60キロメートル強のスピードを時速50キロメートル弱に減速。案の定、側道茂みの中にみじめな格好の公僕を発見。前の3台の車が住宅街の細い横道にしょっぴかれ、そしてオイラにも旗がふられた。
ほぞをかんだ。
ちくしょう、あのパッシッグに即座に反応していたら。
中をのぞきにきた公僕にオイラ自身が一番嫌いなポーズした。
中指を立て、「このブタやろう」「朝のラッシュ時に一網打尽か」「クソッタレ」。
実際に朝の通勤ラッシュにやるこたないよな。
ねずみ捕りの速度計は法廷速度をオーバーしているものの、違反としてしょっぴくほどではないとの事で放免。
「ザマーみやがれ」
朝から血が沸騰だ(笑)
by 16mm | 2008-09-27 20:11 | 閑話 | Trackback | Comments(4)

『アキレスと亀』追記

『アキレスと亀』についての追記。
この映画でたけしは、第三者に見せる(或は認めてもらえる)為の芸術は偶然性からは生まれないものだと結論づけている。
ペンキを背負ってキャンバスに体当たりしたり、ペンキの入った風船をラケットで打っタリという事も、作品を作るという事で自覚的にコントロールしなければ、単なる仲間ウケにしかならない。
作品として長く残る事は、皆無とは言わない迄も、かなり少ないということだ。
だから中年になった真知寿は、女房と一緒に、偶然性をコントロールしようとしていた。
同様にドラッグでハイになることが芸術の糧になるという戯言も否定している。
キューブリックも言っていたが、芸術家にとって大切なのは作品をまとめあげる論理性なのであって、形のない妄想等は論外なのである。
ドラッグは、やはり創作からの逃げでしかないやね。
by 16mm | 2008-09-21 22:27 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(0)

『アキレスと亀』

金曜日夜は池袋のカプセル。翌日そのまま会社。まだ時間的に余裕がありそうなのだが結構シビアな仕事なので気が気ではない。なので土曜日の歯のメンテナンスはキャンセルさせてもらった。土曜日帰宅時に映画を観る。

日曜日、ジムに行くつもりだったがサボる。行けるかどうか分からないが火曜日に行く事にしようと思う。でも火曜日も多分会社だ(笑)
明日は結構診断なのですこし安静にしようという気もあったわけである。

『岳』
生還できた人数より、生還できなかった人数をちゃんと覚えている描写がいい。

『クロサギ』
現在出ている単行本を全て購入。長台詞は後でじっくり読むとしてとにかく一気に通読する。己の知力を総動員しての戦い。バイオレンスなシーンはなくとも十分暴力的な印象がある。

『ギアス』
いよいよ来週最終回。だれがこんな展開を予想したか(笑)。ルルとスザクの幼少の頃のカットで彼らを見ている着物姿は誰なのかはわかるのだろうか?たぶんCCだと思うが。


『アキレスと亀』
土曜日。MOVIXさいたまにて。
オイラとしては『BROTHER』以降久しぶりに面白く観れた映画であった。
画面の設計が計算されている。
"芸術"という言葉。実態としての"芸術"ではなく、あくまでも"言葉"としての芸術に関する映画の見せ方としてスクリーンを分かり易い形でフレームとして使っていた。
それは窓枠はもとより、門柱やをフスマを使う事に意図的にスクリーンにキャンバスを意識させることだ。
この映画を観てると、女や酒やバクチで家族を不幸にするのと同じくらい芸術というものがロクでもないものだということがわかる。
逆に芸術の為と言った瞬間に酒やバクチに溺れるのとは違うと勘違いしやすいから始末が悪い。
俳優としてなかなかチャンスに恵まれない。売れない小説を書き続ける。美大受験の為に何浪もする...etc。
男も女も目に見えない才能を信じ、それを理解できるのは自分だけだという優越感のみで自我を保っているにすぎない。
そんな主人公とその妻を淡々と描写している。
描写の滑稽さは北野監督の映画に対する自虐さを含んでいるようにも思えた。
主人公の真知寿に関しては、少年時代と青年時代が寡黙なだけに中年になり、たけしが演じるようになるといきなり饒舌な真知寿になっちゃったことに一貫性が感じられないが、たけしが演じることでかなり暴力的なスピード感と重みがでたのはたしかである。
女の母性というのは男を勘違いさせる事があるもんだね。勘違いに気がついた時にはかなり手遅れで、引っ込みがつかなくなってたりね。
で、樋口可南子がよかった。
タイトルのゼノンのパラドックスは、中学の頃に数学の教師に教えてもらった事があるが今に至もまったく理解できない部分である。
ただラストを観るとタイトルとなんとなく合ってるんだなとは思えたのだが。
DVDを買ってもう一度観てみようかな。
そんな気にさせる久しぶりの北野映画であった。

それにしても、たけしの画は、まったく分からない(笑)
『たけしくん、ハイ!』の挿絵だけでやめときゃよかったのにと思う。

さて今週の土曜日は散髪と『アイアンマン』だが、果たして仕事は大丈夫か(笑)
by 16mm | 2008-09-21 21:51 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)

『パコと魔法の絵本』

世間は三連休の中日であるが、オイラは明日ちょっぴり出社の予定。仕事がトロイので仕方あるまい。

本日ジムに。ランニングマシン30分で挫折。筋トレ少々。ジムの体脂肪等を計るマシンで測定したところ、体脂肪率は2年前とまったく変わらず26パーセント。その代わり筋肉のバランスは全体によくなっていた。
体重はいつものように全裸で計って91.23キログラム。

とにかくかったるい。

通勤用に駅で借りていた駐車場から立ち退きに。
どうしよう。他を探さなくては、と途方にくれていたら不動産やが新しいところを紹介してくれた。おまけに1000円安い4000円。ちょっぴり駅から遠くなったけどね(笑)

『ビバ・イル・チクリッシモ! 完全限定版』
MONO マガジン誌に掲載されていた『おしゃれハンドル』等をまとめたもの。
大友克洋で限定といったら買いでしょう(笑)でも6000円という値段でおぢさんちょっぴり躊躇したけどね(笑)
でも買って良かった。大友、寺田克也という尊敬しまくっている絵師のイラストレーションとコラム。見応え読み応え十分で本当に腹一杯(笑)
大友はやはりというか、もう本当に漫画やイラストに専念してもらいたい。これだけの人が中途半端な映画をつくるのはもったいない。はっきりいえば大友に映画監督の才能ないからさ(笑)
本当に素晴らしい画の数々。
でも6000円は高いよね(笑)4000円ぐらいならまったく躊躇しなかったんだけどね(笑)

『ギアス』
シュナイゼルが最終的な悪役か?まだひっくりかえるのだろうか?あと3話くらいでクライマックスだと思うが今度は本当にエンディングになりそうでうれしいやら悲しいやら(笑)

『クロサギ』
一巻から十三巻までと二十巻を購入。二十巻の購入は十四巻以降が見つからなかったからだが、特に先に読んでも問題なかろうと思ったからだ。
この本を読むと経済学というのは面白いものかもしれんと思うようになった。一応経済学部出身なんだけど(笑)まったく身に付かなかった学問なんですよね(笑)
経済といえども人間の営みが根幹にあるわけなので、数字や理論ではなく、オイラが精神分析の本を読みまくっていたのと同じように、人間への探求として経済学という風に思えたなら非常に興味深い知識を得られたかなと思う。
『クロサギ』という作品に経済の小難しいことがかいてあるわけではないが、無味乾燥と思っていた経済行為が、裏で人間臭い動機で動いているということを詐欺師の視線で読み解く事ができる。
台詞が多いので読むのは大変だが読み応えは十分。
それから男女のベタついた部分がないのが非常に好感。二十巻を先に読んでしまったので途中の経緯は置いて、ラストで男と女のセックスを抜きにした情感溢れるカットを作っていた。詐欺師としての男を完全に理解する事ができなくても、感情の行き場を無くした男を受け入れ抱きとめる女という、非常にハードボイルドでストイックな描写は素晴らしかった。
スピリッツ誌で『新クロサギ』として再生されるようだが、未読の単行本とともに読むのが楽しみである。

『パコと魔法の絵本』
土曜日。MOVIXさいたまにて。
いや〜泣けた。涙でなかったけど(笑)
まずパコ役のアヤカ・ウィルソンがかわいい。演技もすばらしい。
映画の雰囲気と相俟って、テリー・ギリアムの『ローズ・イン・タイドランド』を思い出したけどね。
「ほっぺにさわらせてくれ」
大貫のこの言葉が本当に涙腺を直撃だよ(笑)
演じている俳優が誰なのか分からないほどのメイク。そしてオーバーアクト。作り物としてのリアリティを出したセット。
この映画、有り体に言えばお涙頂戴的な作品である。人の感情に訴え、他人に優しくしたい、他人の為に涙をながしたい...etc。
これらは別段めずらしいものでもなく、不真面目なテーマでもない。
しかし、この映画のスタッフとキャスト、特にこの映画の監督はそれらのテーマを真面目な見た目で語るという事に羞恥がある人なのだと思う。
映画で感情に訴える演技は演出は、やればやるほどクサくなるし、その真面目なテーマがギャグにとられる事だってあるのだ。
しかし、演技や演出を過剰にしなければ観客には絶対伝わらないのだ。
だからこの映画ではメイクが重要な要素になりえた。
演じてる本人が分からないほどのメイクだからこそ、役者は今迄の自分の殻をやぶりやすい。
妻夫木が素の顔でザリガニ魔人などできないだろう。いや出来たとしても本作のようなはじけ方は出来なかったのではないだろうか。
役者のもっている仮面の上に更に意図的な仮面を構築する。
大声で普段ならクサいといわれる演技も台詞ものせられる。
それによって本作の情感溢れる台詞ができたのではないだろうか。
役者は皆、生き生きとオーバーアクトを楽しめたのではないだろうか。
見ているこちらも同様に楽しめた。結構笑ってる観客もいたしね。
それから、監督は含羞の人だと思う。人一倍優しい言葉をかけてあげたいと思っても、それが嘘くさく取られたら、と人一倍気にする人なのだと思う。
パコは記憶が一日しか持てない。
今日の楽しい事や悲しい出来事も明日になれば忘れてしまうのだ。
しかしパコは大貫の手の温もりを(実際は殴られた感触なのかもしれないが)覚えていた。
大貫はパコに忘れられない思い出を焼き付けたいがために自分を変え、他人に頭をさげ積極的に交わろうとした。
その結果が劇中で展開される「ガマ王子vsザリガニ魔人」という劇なのだ。
それでもパコの記憶には大貫の手のぬくもり以上の印象を残すにはいたらなかっただろう。
考え見れば、映画や漫画や小説や音楽等も作者が身を削る想いで作っても覚えているのはせいぜい一日ぐらいかもしれない。
これを作った映画監督もそれは十分承知しているのだと思う。
しかし、せめて片方のほっぺに印象を残す程度であっても記憶に留まるような作品を作って行きたい。
あの監督、顔に似合わずこういう事を考えてる人なのかな〜っと(笑)
謙虚で羞恥な人だと思う。
スタッフやキャストには怒鳴り散らすらしいけどね。
次作をまた楽しみにしたい。
by 16mm | 2008-09-14 21:18 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(1) | Comments(2)

『グーグーだって猫である』

土曜日。歯のメンテナンス。日頃の歯の磨き方でキツ〜〜〜くお灸をすえられる(笑)

日曜日。ジムに行くもランニングマシン20分足らずで撤退。
92.76キログラム。

そんなに神経は使ってない筈だが疲れが取れぬ。

一応mixiをやっていたのだが、ずっと放置状態であった。あちらではヌード画像のみをUPしようと目論んでいたのだが、そんな都合良く更新出来る筈も無く(笑)すぐに頓挫(笑)
なのでmixiからこちらのブログにリンクをはりました。

ヴェネチア国際映画祭。日本の三本受賞逃す。受賞はミッキー・<ネコパンチ>・ロークの主演作。巨大化したミッキーのキャリア復活か。
本当に『ぐるりのこと。』が出品されていればなと思う。はやくDVDでないものか。

『ギアス』
毎週のごとくラストカットが次週の期待を盛り上げる。
ぢつは皇帝陛下も生きていたということはないだろうな(笑)。

『鳥山明 満漢全席 壹』
オイラが知らなかっただけで『ドラゴンボール』以降も漫画を描いていたんだね。
画のすばらしさ、というかメカの独創性はいつ見ても官能的である。

『クロサギ』
ヤングサンデー誌の休刊によりビッグコミックスピリッツ誌に移籍してきた作品。原作漫画の名前は知っていたし、TV化されたことも知っていたがまったく読んでいなかった。で、移籍してきたビッグコミックスピリッツ誌で読んでみたら無茶苦茶ツボであった(笑)単行本も20巻出ている人気作でこれほどの良質な作品を知らなかった不明を恥じるばかりである。今更であるが面白い。
本日単行本を4巻まで一気に購入。近日中に全ての巻を揃える事であろう。
しかし、買った単行本、部屋のどこに置くべきだろうか(笑)置き場所がないぞ(笑)

YouTubeで27時間TV明石家さんまと大竹しのぶの掛け合いを観る。面白い。
さんま「いっぺんなぁ〜夢中にいきてみぃ」
名言だね。


『グーグーだって猫である』
土曜日。MOVIXさいたまにて。
『20世紀少年』と『DMC』とで悩みまくって本作を観る事に。
原作の大島弓子の漫画は2巻迄読んでいて、最近3巻4巻が出ているのを知った。
元来少女漫画を読めないオイラであるが、漫画界の巨匠の誉れ高い作者の作品の一つぐらいには触れてみたいという気持ちはあった。
同様に萩尾望都、竹宮惠子などもすばらしい作品を絶対残しているのだなと思いつつもオイラは生涯触れる事はなかろうという予感もある。
漫画読みとしては損しているとは思うのだがどんな人でも名作を全て読むなんて事は不可能だろう。それよりも限定された出会いのなかでどんなものに触れたかというのが重要なんだと最近思うようになった。
<閑話休題>
原作漫画はエッセイ風の内容と多分かなりリラックスした画であったのでオイラでも入っていけた。
同居するネコとの生活を実に淡々と描いている。それでいて読んでいて飽きないのは有名作家の日常を覗き見ているという面白さもあるだろうが、それよりも現実から10センチほど浮いたような気分にさせるところではないかと思う。
日々の喜びと死の香り。目に見えぬものへの謙虚な気持ち。そして、まったく性的な要素が感じられない物語は綿毛を透かして見たような印象を与える。
ある種のイノセンスを自分のまわりに求める作者の気持ちであろうか...。
...書いていて意味不明になりましたが(笑)
で、映画についてである。
これが近来まれに見るダサク!!!
途中で何度も抜け出そうかと思ったが、そのたびにちょっと引っかかる描写があったりするので席を立つタイミングを逃していたのだ。
でも、すげえダサク。
原因は明快。脚本と監督を担当した同一人物がクソだからである。
大島弓子の作品を読み込んでいないオイラが言うにもなんだが、原作漫画を下敷きにしたとは思えぬほどに俗でいいかげんな描写ばかり。
●スポンサーの商品の描写があからさま過ぎる。
●角川書店の社長や編集者が実際にそのものの役で出ている。
●楳図かずおが出てくる。
●まことちゃん。
楳図かずおになんの恨みもないが、この作品に出てくる事事態に違和感がある。唐突にに「グワシ!」とやるのだが、楳図だしたらそうやらざるを得ないだろう。
楳図かずおに関してはこの映画で2シーンもあるのだ。
こんな実在の人物にそのまま出してるのに、主役は大島弓子ではなく小島麻子という名前だ。
英会話教室のガイジン講師に死神の役を与えたりと見るべき瞬間はあるのだが、それは瞬間であって物語の要素としては不徹底極まりないものだった。
その他イライラするほど演出はブレまくる。
主演格の小泉今日子と上野樹里。小泉が大島弓子の役であるにもかかわらず、上野が小泉を喰いまくりである。
これは役者の問題ではなく(むしろどの役者も好演していた)演出のコントロールがいいかげんなのだ。
小泉は原作の主人公に近い振る舞いの演技をしていたのにも関わらず、やたら無意味に元気なアシスタント役が映画全体を支配してしまったのだ。
そして原作にはない下品なセックスの匂いがプンプンだ。
原作を読めば分かるが、あれを商業映画にするのがいかに困難か。日常に個人的な幸福感をささやかな形で読者に提示して共感を誘う物語。
彼氏が浮気してそれを追いかけるなんていう下らない俗っぽさは原作にはないのだ。
それをやらなければならないのなら映画にしない方がよかったろう。
もっと地味な展開。たとえばネコの視点から物語を進行させたり、主役の漫画家のみの視点で世界をつくるとか。
どちらにしても地味なので、原作を尊重するならそういう映画にしかならないと思い、それなら観客として興行に一助になればという気になったのだ。
それがこんな映画に。
実にくだらない映画。
ネコが可愛いといったって、その魅力を描写し切ってはいない。
監督がヘボで演出がブレまくっているクソ映画。
by 16mm | 2008-09-07 21:42 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)