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2010年第2回更新のお知らせ

本日メインHPにて"Untitled"をUPいたしました。
お暇な方、ご覧いただければ幸いです。

ずっと試行錯誤していたことがあった。
英語ではbleach bypass と言われ、日本語では"銀残し"と言われているものである。
どんなものかと言えば、すごく分かりやすい例で言えば『プライベート・ライアン』を思い出していただきたい。
彩度が落ちて、黒がしまったあの画像である。
他には『セヴン』なんかもそうだし、結構ポピュラーな映像処理なのだが、それを自分の撮った画像に応用したいとずっと思っていたのだ。
自力ではなかなか上手く行かなかったのだが、このほどネットでそのチュートリアルを見つけた。ここである。
やってみると結構良い感じになったので、これにちょっと自分のアレンジを加えたりしたのが今回の画像。
今後も試行錯誤は続くが、一つの到達点についた感じ。
彩度が落ちて派手さが無いので女の子受けは悪い気がするが(笑)。
これを使う時は衣装やメイクに対するアプローチも考えなきゃあかんな。

......

見て下さってる方々にはどうでもいい話ですが(笑)、こんな事を考えていたということで(笑)。
by 16mm | 2010-05-30 22:28 | メインHPと更新のお知らせ | Comments(2)

『パーマネント野ばら』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』『座頭市 THE LAST』

本日日曜日。ジムに。
ストレッチと筋トレとランニングマシン。
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ランニングマシンはクールダウンの5分を含めた65分でやっとこ8キロを越えたぐらい。
現在歩くのもかったるいぐらいに脚パンパン(笑)。
なんとか平均で8キロ越えが1時間で出来るようになりたいものである。
90.65キログラム。
体重もあまり減らんなあ。
筋肉がついてるからかもしれんが。


先週のスピリッツ誌で真木よう子のグラビア。
気のせいか物腰と表情が柔らかいような。
いやいや、こんな表情ではまるで良い人みたいじゃねーか(笑)。
見た目をもっとワルそうなところを出さないと喜ばねーぞ、おぢちゃんは(笑)。
やはりよう子様は攻撃的でドSな感じでオイラ達をぶんぶん踏んづけてくれる感じでいてくれないと(笑)(『SP』で消火器でぶん殴るシーンがありましたが、あれはおぢさん、やり過ぎだと思います(笑))。


で、おぢさんは先週で43歳である。
来年のゾロ目の時は落ち込むかもしれんが(笑)、今年はそうでもない(笑)。


デニス・ホッパー死去。
合掌。


ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロが好きな監督に『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロ。


『パーマネント野ばら』
月曜日の会社から帰宅時にMOVIXさいたま。
サイバラ・フリークとしては彼女原作の映画はなるべく観たいと思っているが、地元の映画館でやらなかったりすると観逃す事が多い。
『パーマネント野ばら』も会社からの帰宅時を使ってなんとか観る事ができた。
本作の映画としての<すわり>は非常に良いと思う。
なによりも菅野美穂の仕草がかわいい。
所謂、恋に恋する、という言葉が適切な映画であったと思う。
なので観てしまえば、おそらく一般受けは良いのではないだろうか。
ただ、その一般とは誰の事かと言えば、多くの男に対してのものだろうと思われる。
オイラが単純に菅野美穂がかわいい、などと呑気な感想をもらしたなかで、例えば女性は「こんな女の仕草に男は騙されるんだよね」などと思っているかもしれない。
男に対する一派受けを優先した為に原作の持っていた奥深い狂気にはたどり着いてはいなかった。
いや、少なくとも男の監督ではたどり着ける筈がない。
なぜなら通常男が見て見ぬ振りをしている女の生と性が原作には描かれているからだ。
原作では年齢は不詳であるが主人公の<なおこ>に、50歳近いと思われる恋人がでてくる。
若い女と歳を取った男のカップリングで、その当事者以外にその恋愛の内実を魅力的に想像できる男はそうはいないだろう。
思うに歳を取って性的に不能になり、女を満足させられないのではないかという男の恐れがそうさせるのではないかと思われる。
本映画は菅野美穂の演じる<なおこ>の恋人である<カシマ>をイケメンの江口洋介の演じさせている。
女より歳上であっても、男が若く見えれば恋愛映画としての体裁と美しさは保てる。
男が監督するならそうするしかないであろうというのは納得である。
原作では愛情の対象である者たちを失った喪失感についてのも物語だ。
そこに出てくる男は、歳の離れた恋人にも見えるし、父親にも祖父にも見える。
原作を最後まで読めば分かるが、<なおこ>の歳の離れた恋人は彼女が作り出した幻想であるという事が明かされる。
それは自分が愛した恋人であり父親であり祖父であろう人たちを忘れない為に、彼らを幻想の恋人に投影しているにすぎない。
人は2度死ぬとサイバラは言っている。
一度目は物理的というか肉体的な死。
二度目というのは、その死者が人々から忘れ去られた時に来る死。
そう、忘れられた瞬間にその者はもう生き返る事はないのだ。
このロジックはすごい。たしかにその通りだと思う。
映画の、既に死んでしまった恋人<カシマ>を想って<なおこ>が狂気に走るのは想像もつくし映画として綺麗にまとめられるだろう。
恋人を無くした喪失感という分かりやすいプロットでの映画と、恋人という関係にこだわらずに愛していた父親や祖父等のように「大事な人」を失った時に伴う狂気を描いた原作とでは、どちらが人間の深淵に踏み込んでいるかは明白である。
自分の大事な人に二度目の死を与えない為に必死で忘れてしまう事を忌避<なおこ>の狂気は、それは本当に狂ってしまっている人の行動なのか?ということをサイバラは問いかけているのだ。
原作を読んでいない人が見たら、なんとなく『シックス・センス』に似た、悲恋の映画なんだな思われて、評価もそんなに悪いものではないかもしれない。
とにかく綺麗にまとめた映画である事には変わりない。
サイバラのように若い女を下品に描きつつも魅力的にみせる力と、歳老いた女の恋を説得力をもって作品にできる男はいないだろう。
つまりは男は現実の女をまるで否定してるということだな。
オイラもそうだろう。
自分の狭い想像力の範囲での女しか許容できず、なおかつその勝手な想像を女に押し付ける。
女にとっては迷惑な話である。
だから少なくとも小池栄子の役はもっと下品であるべきだった。
<なおこ>以外の女の下品さを強調しておかないと、最終的手に狂気にいたのは<なおこ>だったというオチが弱くなる。
思えば『ぼくんち』の映画の時でも観月ありさが「まんこ」って言った時も下品には思えなかったんだよね。
カッコいいとは思っても、女の下品さを出すというのは真面目な男からすると抵触してはいけない不可侵領域なんだろうな。
女の下品さってのは攻撃性と同義であることが多いから、多分男を性的に不能にするのかもしれん。
とことん男は弱いな(笑)。
映画としての良さが十分にあるので、やはり原作とは別物であると考えるべきである。
原作と違うから駄作、とは言い切れないものを本映画は持っているから。
オイラはこの映画を観て原作の奥深さを更に意識できた。


『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 EVANGELION:2.22 YOU CAN (NOT) ADVANCE.』
DVD購入。
つくづくブルーレイが欲しい(笑)。
Ver.2.22などと持って回ったサブタイトルの付け方や、劇中の挿入歌『今日の日はさようなら』や『翼をください』の使い方が小賢しいな、などと思ってしまうが、それを差し引いても傑作と言わざるを得ない作品である。
iPodTouchですでに3回観てしまっておる(笑)。
庵野秀明のマニアックさと一般性が実にバランスよく出た作品。
庵野のお遊び以上にそれ以外の所は徹底的にロジカルに構成されている。
この作品が1時間52分で出来てるというのがすごい。
2時間以内でも高密度の映画は作れるということだ。
登場人物が増え、登場人物達の性格が違ってくればそれはもう別の作品であろう。
『破』はTV版の『男の戰い』までを描いているが、TV版のそれはシンジとエヴァの融合だったが、本作ではストレートにレイとの融合になっている。
"知恵の木の実"と"生命の樹"に触れた初号機がトリガーとなり、新たな生命を生み出すサード・インパクトを引き起こす寸前までを描いている。
本作でのシンジの感情の爆発のさせ方が印象的。
それはひとえに声優である緒方恵美の功績だろう。
所謂「ポカポカ」との対比が見事なクライマックスに昇華されいたといえよう。
毎度『『ヱヴァ』は情報量が多くて、理解する為にはこちらも教養を補強して行かねばならず(笑)ちゃんとした感想が現時点でも言えないのがもどかしい。
ネブカドネザルの鍵って、なに?(笑)。
今回の新しい登場人物のマリ。
この謎の女の今後の関わりは見えてこないが、彼女のサディステックさは今までの『エヴァ』には明らかにないものだ。
「今度こそ君だけは幸せにしてみせるよ」
というカヲルの台詞も謎を残した。
もしかしたら前の劇場版から繋がっているということか?
TV版の「おめでとう」のような卓袱台ひっくり返しがあるかもしれないので過度な期待はしないことしたいが、次作が非常に楽しみである。
公開は来年かなあ。


『座頭市 THE LAST』
土曜日、109シネマズ菖蒲。
ハッキリ言ってカッタるい作品であった。
映像の作り、構図、効果(雪なんかはすごく印象的だった)なんかは非常に良かったのだが、話がつまらない。
香取慎吾はよく演じていたと思うが、演じるには若すぎると思う。
岩城滉一、反町隆史、とオイラの中で同じ箱に入っている気に入らない役者がいるのも気に入らない(笑)。
子役の加藤清史郎。こども店長、映画に適した演技の域に達しておらん。なぜ出した。
役者で良かったのは、またもARATA(笑)。
今回のヤツはすごい。ふんどし姿でケツを工藤"お湯をかける少女(古いなw)"夕貴に向けるシックス・ナイン体勢で太ももに舌を這わせるからね(笑)。
ARATAすげぇ。まじスゲぇ。
岩城や反町なんぞとは覚悟が違うな。
とにかく与えられた役を躊躇無くやる姿勢にすごく好感が持てる。
監督の阪本順治は良い監督なのだが、ちょっと真面目すぎたか。
勝新太郎の座頭市も最後の一作しか観てないのでもちろん総論ではいえない。
しかしその最後の一作が非常にオイラの印象に残っているのだ。
不幸な事故があって作りは非常に粗雑なものであるが、それが気にならないほどのパワーがあった事はたしかだ。
パワーとは何か?と問われれば、それは勝新に他ならない。
北野武や曽利文彦や、本作の阪本順治が果敢にも挑戦した題材であるが、勝新の映画に勝事は出来なかった。
まさに勝新が市であり、市が勝新に他ならないのだろう。
名だたる監督が挑戦し敗北した(オイラ的な見方であるが)原因は、座頭市というイコンに対して真面目に取り組みすぎた所為ではないだろうかと思う。
生前、勝新太郎がビートたけしとの対談で言っていた事がある。
村人がたき火をしている。
どうやら大麻を燃やしている。
そこに座頭市と、市を狙う刺客がやってきてそのたき火の中で切り合う。
煙が晴れると、そこには大麻の煙を吸って幸せそうな顔をして死んでいる刺客と、同じく煙を吸ってラリった状態で踊りながら旅を続ける市の姿が。
勝新太郎がこれをそのまま映画にしたいと思っていたかは分からぬが、このような不謹慎な不真面目さが座頭市のパワーになっていた事には間違いない。
つまり、これは勝新太郎にしか扱えないイコンだったのだ。
本作はTHE LASと銘打ち、早い話が市が死ぬわけであるが、『座頭市』自体はまた新作として映画を作る事が出来る構造だと思うので、何年かしたらまた映画が作られるかもしれない。
しかし、市の死に方ってのもね、単なるチンピラに刺されてとどめをさされるんだけど。
これがリアルであるとも言えるが、なんとも官能性にとぼしいラストであったなあ。
海を"三途"に見立てていたラストの描写。
もうちょっと上手くやれば印象深いものになったのに、演出の粘りが足りなかったなあ。
海の手前で力つきている市を、死んだ女房が助け起こす。手を引いて海に市を誘う。
これが現実っぽい描写にしておいて最後に、市はの亡がらを映せばよかったんではないだろうか。
......
言ってみてもしょうがないが。


明日は会社に早出するつもりである。


今週はヘア・カット。
『告白』と『孤高のメス』が観たいかな。
by 16mm | 2010-05-30 21:42 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『チェイス〜国税査察官〜』

『パーマネント野ばら』やはり地元でやらない。
さいたま新都心に観に行かなくてはならんか。


土曜日、歯の先生に名残惜しくもカメラを返却(笑)。
むうう。
ライカより5D Mark IIの方が欲しくなったなあ(笑)。
欲を言えばハッセルのデジパックが30万円ぐらいにならないかしらん。


日曜日、ジムに。
ストレッチとランニングマシンのみで筋トレはこのところサボっている(笑)。
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今日は辛うじて60分で8.5キロメートルを走れた。
クール・ダウンを入れて8.77キロメートル。
情けない事に現在フクラハギがパンパン(笑)。
30分で5キロメートル近い所まで走っていたのだが、その後がもう続かない(笑)。
目標の一時間8.5キロメートルというのは単純にいって時速8.5km/hで走り続けなければならない。
しかし、走りはじめの元気な時は時速12km/hを最高に、消耗すると時速4.5km/hにまで落とすような走りをしている。
時速8.5km/h巡航で走り続ける自信がないかならのだが。
グラフの谷間の落ち込んでいる所がだいたい時速4.5km/hの所だと思われる。
結構自分としては高負荷な事をやっているようで、その後の筋トレを行う事がキツイ。
あまり効果はないかもしれんが、ランニング・マシンの前に筋トレをやるべきか?
インストラクターに相談しようそうしよう(笑)。
体重89.75キログラム。


Podcastの『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』。
宮崎駿の人でなしっぷりが語られる(笑)。
今現在のオイラがアニメーターだったとしたら、多分宮崎にはついて行けないような気がする。
これは会社員になって固定給が保証されるヌルい立場でいるオイラだからそう思ってしまうのかもしれないが、アニメーターの中ではどんなに罵倒され個を圧殺されようが宮崎駿と仕事をしたいという人が多いに違いない。
当然宮崎もであるが、漫画映画(バカにした言葉ではない)を作るという事の奴隷にならなければ傑作は生まれないということなのか。
宮崎が以前インタビューで盛んに言っていた様々な事が自嘲であるとか謙遜であるとかではなく、ものの見事に現実を表していた言葉だったのだと今にして思う。


吾妻ひでお公式HPのトップ画が驚くほどの緻密さで描かれている。
この人は本当に画を描くのが好きなんだろうな。止められないんだろうな。
どんどん画が上手くなっていってる人だな。
早く新しい漫画が読みたいものである。


『無限の住人 26』
卍が凛をおぶって旅を続けようとしている時の会話で、この長い物語も終盤なのだなといやでも意識させられる。
たしかな画力とコマ運びは今も健在。


Cut誌。
北野武と『ヱヴァ』と『告白』と『座頭市』とサイバラと(笑)。
オイラの関心事を全ててんこ盛りである(笑)。
『パーマネント野ばら』がらみで菅野美穂とツーショットのサイバラ(笑)。
以前、蒼井優とのツーショットは正直サイバラ先生キツかったが(笑)、今回の菅野美穂とのそれはオイラ的にはバラっち先生の勝ちではないかと(笑)。
サイバラの言葉からは女性として生まれた事の魅力がキラキラと語られる。
だからといって男であるオイラは女性に生まれかわりたいとは思わん(笑)。
やはり女性の方が生きて行くのがキツそうだ。
あ、だから人生の引き出しが増えて生きる意義を見つけやすいのか?
サイバラの
「なくしたのはウエストだけ」
という言葉にまたも笑ってしまった(笑)。


笑っていいとも!増刊号。
目端の利きまくるchataさんはちゃんと生で観たらしいが、さすがにオイラは観れなんだよ。
『いいとも』にサイバラ出演w。
仕方ないので増刊号での視聴だったが、生の方を観たかったな。
博打の話が主だったようだが、アルコール中毒に話が及ぶとタモリ氏の話を遮るほどの饒舌に。
やはりというか、アルコール中毒が気合いや根性や家族の愛などでは直らない「病気」であるという認識をせずに、自分の無理解から夫を失ってしまったという事への悔恨が彼女をまだ苛んでいるような気がする。


『ウォンテッド』
iPodTouchで再見。
何度観ても面白い。
クライマックスでの紡績工場での銃撃戦は、まるで殴り合うようなアクションの激しい演出。
そもそもあんな撃ち方では当たる筈もないと思うのだが、弾道の軌道を曲げて撃てる世界観ならそれもアリだ(笑)。
なんでも続編の情報があるらしい。
アンジェリーナ・ジョリーの役は死んでしまったが、また再出演とのこと(笑)。
どうもあの回復風呂で甦るとか(笑)。
監督は飲み屋の大将、ベクマンベトフにしてもらいたいな(笑)。


『チェイス〜国税査察官〜』
最終回であった。
『龍馬伝』や本作のようなドラマが作れるNHKなら受信料積極的に払いたいね(笑)。
1万円でもいいや(笑)。いや実際はそんなに払わんかもしれないが(笑)。
『チェイス〜国税査察官〜』の最終回で、このドラマのテーマ、というか、制作者が本当にやりたかった事が浮き彫りになった。
当初オイラは査察や脱税についてのテクニカルな部分を出したスリラーだと思っていたのだ。
だが実際は違った。
査察や脱税はこのドラマの登場人物たちが動く為の道具立てにすぎなかったのだ。
ではこのドラマが持っていたテーマはなんだったか。
矛盾した言葉ではあるが、重いテーマ性をもったメロドラマがこの作品の正体なのではないかと思っている。
絶望、裏切り、親子の確執。そして希望。
言葉にすれば陳腐極まりない。
それこそ綿々と制作されていたメロドラマのテーマの常道である。
親子、もっと狭めれば母と子の愛情というものを疑うというのは一種のタブーである。
しかし、現実には生活保護の金欲しさに我が子を不具にする親だっている。
それでも、そんな目にあわされた子供でも母親の愛を疑うということはなかなかしない。
なぜなら、母親の愛情を疑い、自分は愛されてないということが絶望でしかないという事が分かっているからだ。
母親にかわり愛情をそそがれる対象を運良く見つけられれば絶望の度合いは低いかもしれない。
しかし自分をこの世に生んだ者をどうして疑えるだろうか。
村雲修次は母親の愛というものを疑う事が出来なかった。それが悲劇だった。
母親に絶望しない為には、自分の酷い境遇を別に転嫁しなくてはならなかった。
母親と愛人関係にあり。自分が誘拐された時の身代金を払わなかった檜山正道なら恨みの対象としてはうってつけだったろう。
冷徹で周到なスキームにより檜山家の財産を我がものにした村雲であったが、それで自分が癒されるわけではない。
自分と母親との関係をまったく解決していないからだ。
唯一、村雲が母親との決別を果たせる瞬間があったとしたら、それは自分の子供に愛情を注げた時である。
村雲の中にある<絶望>を<希望>にかえる光(息子はヒカルという名である)は、実は手にしていたのだ。
それを手にする事ができないほどに村雲は母親の愛情を信じたい気持ちがあったのだろう。
あれほどのリアリストである村雲であっても母親の愛情を疑う事ができなかった。
なにより母親から愛されてないという事実をあれほどのクレバーな男でも受け止める事が出来ないのだ。
キャッチコピーの「あなたには、この世界を憎む権利がある」というのは、世界を母親に読み替えるのが正しいだろう。
子供にとって母親は創造主であり世界そのものなのだから。
村雲はありえたかもしれない<希望>を胸に死んで逝った。
最後は母親の愛情と、自分を最後に理解しようとしてくれた春馬を天秤にかけた。
現実にどちらの天秤が下がったのかは村雲にとってはすでに問題ではなかったのだろう。
そして村雲は自分が母親に愛されていない事も分かっていただろう。
ただそれを母親から直接聞くような絶望を回避したかったのだと思う。
現実で絶望するより、あり得たかもしれない希望を選んで死んだ。
いやはや、実に良い作品であった。
村雲を刺した腹違いの弟が座っていた席は、村雲が座っていた所と同じであるとか。
ベンチに座って絶命している村雲を見ている春馬のカットなんてすばらしすぎる。
このドラマ、最後の最後にお涙ちょうだいなメロドラマになりそうだったが、携帯で春馬が
「被疑者、死亡」
と言った所で、すぐに暗転。
終わりの文字。
通常の安っちいメロドラマなら余韻を残そうといつものエンディング・テーマを流すよ(笑)。
そんな甘い余韻を断つかのごとくのエンディング。
だからスタッフ・ロールがオープニングにあったのね。
すげえすげえ。
最高にクールでハードボイルドなラストだったよ。
女々しい所がなくてすばらしすぎる。
女々しいで思い出した。
結局、このドラマ、男にとって女は敵だ、と言いたいのかな(笑)。
オイラからすると村雲は母親にしても女房にしても、女に裏切られてるなと(笑)。


今週は『NEW座頭市 THE LAST』かな。
by 16mm | 2010-05-23 21:45 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『ソラニン』『グリーン・ゾーン』

ちょっと時間が空くとiPodTouchで『N.O.V.A.』をやってる(笑)。
全部やるわけではなく、途中のステージの抜粋版。
ハード・モードで"堕ちた楽園"と"堕ちた楽園PART2"。
結構気晴らしになるんだな(笑)。


本日ジムに。
NIKE+の新しいのを買う。
ランニング・マシンはどうがんばっても1時間で8.5キロの壁が厚い(笑)。
今回はそれでもがんばってクール・ダウンの5分を使ってなんとか8.5キロ(笑)
多分明日以降筋肉痛になりそうだ(笑)。
その他はストレッチのみ。
筋トレは今回パスである。
89.90キログラム。


その昔、週刊朝日を後ろのページから見てたのは山藤章二の画があったから。
現在、週刊文春は伊藤理佐のヒトコマ漫画を後ろの方のページに載せている。
そして週刊新潮の最後のページではサイバラがの作品が載っている。
サイバラのこの作品、早くまとまって本にならんかなあ。
先週は児童虐待をアル中と同じで病気であるとし、それは周囲の善意やら悪意ある陰口はなんの役にも立たない事を言っていた。
この病気はサイエンスで治すしかないものであると。


しかし、サイバラを見てると、男ってなんとだらしなく怠け者なのかと思う。
彼女は子供を育て、家事をし、仕事をバリバリとこなしている。
女に出来て男に出来ない筈がないと思うが、どうなのだろうか。


西原理恵子『パーマネント野ばら』の本をなんとか部屋の中で発見(笑)。
再読するも、まあよく分からん(笑)。
これは致命的な男の女性への無理解と同義なのかもしれん。
この手の作品は明らかにサイバラが渾身の力を出して描いたものであるので、信者であるところのオイラとしてはあまり迂闊な事は言えん。
映画が今週始めるが、やはり地元ではやらない。
これは観ときたいなあ。
映画の『ぼくんち』を観ているので、それでいいか、という気分もあるにはあるのだが。


『ボックス!』
予告編で観て面白そうだと思っているのだが、主演俳優が大嫌いなのでどうしようかと思ってる(笑)。


『チェイス〜国税査察官〜』
いよいよ次回最終回。
なんかとんでもない展開がでてきましたが(笑)。
眼が離せねえ(笑)。
つーか、あの時間に野球中継は、やめれ(笑)。
観そびれた場合の録画も極端に延長されると出来ないんだから(笑)。
野球に興味ないのでオイラ的にはどうでもいいんだから(笑)。


『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』
iPodTouchで視聴。
再見になるのだが、最初の30分がどうしてもタルくて(笑)、ちょっと観ては放置、ということを繰り返していた(笑)。
iPodTouchでの視聴というのはこういう事が可能なわけで、通勤時に好きな時に観れて、好きな時に止められる。
本来の映画を観るという事からすると、「これは本当に映画をみているのか?」という気分になるが、多分映画を観ているというのとは違うのだろう。
この映画、やはり見応えのある良い映画だと思う。
世間で言われるほどに、この映画が連合赤軍寄りに作られているとは思えない。
連合赤軍寄りと言うには、あまりにもおぞましいシーンで彼ら彼女らの行いを綴っているから。
"自己批判"という言葉が散々出てくる。
これよく分かんなかったのだが、"反省"しろってことなのかな。
小学校の時に結構教師が「反省しなさい」と言っていた気がする。
反省しろですむ事を、わざわざよく分からない言葉で言い換えているのではないだろうかね。
で、この"自己批判"というシステムの致命的な欠陥は、その組織の中の"指導層"<要するに先生とかエライ人ね>は絶対自己批判をしないし、その他の者達は指導層にそれを求めてはいけないということだ。
指導層だって人間だ。間違える事はある。
しかしエライ人も間違えるという前提は組織全体の規律を甘くし、統率がとれなくなる。
反省のない指導者が統率する組織ほど盤石なのだ。
偏見であるが、と一言書いておくと(笑)日教組系の教師で多分あまり物事を考えない奴らにこ多かったな。
学校の先生は間違いを犯さない、という前提がどれだけ教師と子供を苦しめているか。
しかし、それがなければ学校というシステムは成り立たないという事実もある。
今では差し障りがないと思われるから実名を出すが、オウムなんてのはまさにそれが極端に具現化したものだ。
麻原彰晃の教えに異を唱える信者はいる筈もなく、そもそも異を唱えるような人は入信しない。
麻原の言葉を絶対化して疑わずにいるから殺戮だってできる。
唯一絶対神を作り出すことは、それを信じている人間の心の安定になる。
つまり、「間違った事はしていない」という意識を得る事ができるからだ。
人間はその時々で判断を下す場合、捨てられた選択肢が正しいかったのかもしれないという思いを必ず抱くものだ。
しかし判断を唯一絶対神に委ねれば、そのジレンマによる苦痛は取り除かれる。
だからこそ自分の信じる唯一絶対神を守る為に信者は命をかける。
大きな宗教団体はこのようなシステムで成り立っている。
だからオイラからすると、あんな醜悪な顔したジジイに「そうですか、そうかそうか」(笑)と言って崇めている者を冷ややかに見れるのだが、そこにいる人たちにしてみればオイラのような人間は万死に値する不敬な輩になるのだろう(笑)。
連合赤軍の自己批判というものは映画でも描かれていたが、最後は本当に下らない些細なことで自己批判を求め、それに対する言い訳もどんどん下らなくなっていった。
そのどうしようもない人間の作ったシステムに翻弄された人間をこの映画は描いていた。
私見であるが、この映画の監督である若松監督は結局の所思想的な部分で連合赤軍にシンパシーを感じていた訳ではなく、警察と戦うという部分での共感でこの映画を作ったんだと思う。
クライマックスの山荘での銃撃シーンは非常に迫力のあるものだ。
警察を含めた山荘の外の風景を一切出さない(それは制作的な問題、外に警官隊を配置する予算がなかったという事かもしれんが)というのも非常によかった。
彼らの置かれている閉塞感が上手く表現されていた。
そういう意味では山岳ベースのシーン以降は非常に面白い映画になっていたと思う。
で、この映画にARATAが出てるのだが(笑)、カッコいいんだな。
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『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル 完全版』
iPodTouchで視聴。
これも半年ぐらい放置していたのを最後まで観た。
面白いね。
上手く作られている。
結構がんばったなと思ったのがSATがヘリで移動するところ。
撮影でヘリをヘリで撮影しているのだが、右に旋回して降下しつつ、眼下の街並みが左へ流れて行き、ヘリは機体を傾けながら小さくなっていく。
いや〜カッコいい。
もう、抱いてぇ〜、っていうぐらいゾクゾクするね(笑)。
本広監督すげえ。
激昂する稲垣吾郎という珍しい(笑)ものも見せてもらって(笑)。
いや、稲垣くん、オイラはすごくよかったと思ってるが。
劇場版パートIIIが増々楽しみである。
漏れ聞こえる所での、織田と柳葉の確執とか、水野 美紀の出演しない理由なんて生臭い部分も楽しもう(笑)。


『ソラニン』
土曜日、109シネマズ菖蒲にて。
映像が凝っていてきれいなのと、俳優が上手いのが揃っていた。
まだ若いのに宮崎あおいはすごいね。
彼女もすごいが、伊藤歩がまた良い感じになっていて、この人は良い感じに歳を重ねているなと思った。
オイラは音楽についてはまったくの門外漢であるが、映画や漫画や小説でミュージシャンが出てくると、なぜか"ダメ人間"と同義にくくられるのが解せなく感じていた。
世間のイメージなんだろうけど、本来ミュージシャンというのは楽器や声に関する技術者であり、当然勤勉である。
なのでほとんど楽器を使った事のない芽衣子が、亡くなった種田と同じに演奏できる筈もなく、当然バンドのバランスを悪くするのは眼に見えている。
それを作劇上どう処理するか。
芽衣子が種田がいたバンドで音を出す時のチューニングが、種田と同じだと台詞で言わせ、なおかつ、種田を芽衣子にオーバーラップさせる演出をしていた。
非常に上手い演出だなと思った。
原作漫画もそうなのかもしれんが。
映像や演出、演技はよかったと思うが、もう四十を越えたオッサンであるオイラが見ると、気恥ずかしかったり、青いねえ、とか、こいつらバカだ、と思ってしまい、登場人物にまったく感情移入が出来なかった。
多分、オイラも若ければ共感できたんだろうけどね。
唯一共感できたのが、またもARATAが出ていたのだ(笑)。
『チェイス〜国税査察官〜』の鳥肌実的な髪型で刈り上げているところを刈り上げてない髪型で(笑)レコード会社の新人発掘担当。
彼は昔バンドをしていたという設定で、トイレで種田と話すシーン。
話す場所がトイレというのもすごいな(笑)。
種田「あんなアイドルの歌なんて誰が聴くんですか」
冴木(ARATA)「じゃあ、君たちの音楽は誰が聴くんだ」
これだよ(笑)。この台詞がオッサンと若造の差なんだよね(笑)。
ARATAってヴィジュアルだけの雰囲気だけの役者だと思ったけど、もしかしたら結構、というか、かなりすごい役者になるかもしれん。
宮﨑あおいの歌った"ソラニン"、売り出されんかな。


『グリーン・ゾーン』
土曜日、109シネマズ菖蒲にて映画をハシゴ。
この音楽と銃撃戦の音に溢れた映画で、気絶(笑)。
この手のテーマでは『キングダム/見えざる敵』が良質すぎて。
反米っぽいスタンスをとればいいってもんじゃないよな。
アメリカの悪意を告発したところで映画としてつまらなければ罪悪でしかない。
主演俳優と監督が『ボーン...』シリーズのコンビなのだが、そもそもオイラは第一作ので挫折していたし(笑)。
あ、主演俳優と監督のコンビは第二作目からか(笑)。
どちらにしても肌に合わんというか、大味すぎてオイラにはつまらんかった。


今日の『情熱大陸』は二週続けて爆笑問題をやるようだ。
観なければな。
by 16mm | 2010-05-16 20:48 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(4)

『9(ナイン) 9番目の奇妙な人形』

報道はされてないようだがガソリンの値段がちょっとづつ上がってきている。
今ハイオクで140円。
会社には内緒で通勤で使っている訳だが困ったもんである。


5月4日に京浜工業地帯に写真を撮りに。
ゴールデン・ウィークのUターンラッシュにつかまるか、と思いきやすんなりと15時ぐらいに現着。
目的は歯の先生から借りたカメラを使う事。
Canon 5D Mark II。
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これは気に入っているのだが、何枚か撮ったうちの一つでこれがベストでございました。
まだ中途半端なレタッチなのであるがピントは切れるようにバッチリ。
超ローアングルでノーファインダー。
彼の表情もなかなかで良かった良かった。
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夜景を撮るのが目的だったので19時ぐらいまであちこちフラフラして時間を潰しておった。
F10の感度100で30秒露出。
2110万画素というスペックへの気負いというのはまったくない。
rawで撮影したが、今のマシンなら現像も楽にできるという事が分かった。
しかし、もうちょっと丁寧に撮れば良かったという反省点はある。
長時間露出と高画素化でちょっとしたブレも拾ってしまう。
セルフタイマーでシャッターを切れば良かった。
ちなみにこの工場の下を『ピンポン』でARATAがランニングしてたっけ。
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またも『紅い眼鏡』の話である。
最後のシメにタクシーの運転手の顔が明らかになるのだが、これがアニメーターの大御所である大塚康生。
実に柔和で物語のシメくくりにはもってこいの笑顔だったのだが、考えてみれば大塚康生を知らない人が見たら「誰だ?このオっさんは?」ってなるやな(笑)。
オイラは大塚康生の人となりを本やなんかで知っていたから非常に感慨深く思ったのだけど。
そう考えるとこの映画超マニア向けと言えなくもないやな。
観る人を相当選ぶね。千葉繁や玄田哲章を知らなくても、彼らは物語に常に関わってきたから問題ないだろうけど、最後のオチは大塚康生を知らなくては成立しない。
これから何十年も後、大塚康生を知らない世代が出てきた時、この映画はどう観られるんだろうか。
そう言えばベルナルド・ベルトルッチの『シェルタリング・スカイ』のラストに原作者が出てきたが、ポール・ボウルスを知らないオイラの頭は「???」であったっけ(笑)。
知ってないと分からないというのは知らない観客をスポイルするものだね。
反対に知ってれば味わい深いものになるんだろうけど。


本日、日曜日ジムに。
nike+の電池が切れたようで反応無し。
また買わなくては。
これ電池の入れ替えが出来るようにならないかな。
ストレッチと少々の筋トレ。
ランニング・マシンで65分で8.03キロメートル。
当面の目標である1時間で8.5キロは結構ハードル高いな(笑)。
8キロでも結構キツかったりするからね。
90.65キログラム。



チャタログ☆SPICY!で紹介されていたものである。
吹き替えを作った人がやってるようだが、上手い。
字幕だけでも面白さは分かるけど、やはり吹き替えたものを聴いた方がい面白いね。


『チェイス~国税査察官』
物語はクライマックスになりどんどん重くなっていってる。
鬱陶しかった父と娘の葛藤も伏線と思えばなるほどなと思える。
鳥肌実...もといw...ARATAの過去(役の)が徐々にあかされていく。
ARATAのポジションがこの物語における司祭のようなところを担っているのだろう。
ある意味現実での隠されいる本音を次々と吐露していく。
悪役というのはそうしたものだ。


『知られざる“龍馬伝”世紀の英雄・坂本龍馬最大の謎と秘密の暗号』
フジTVの番組。
なんとなく観てしまった。
大仰の"龍馬コード"などと言って盛り上げていたのがかえって鼻につく(笑)。


『龍馬伝』
イエローのフィルターの使用。
リアルな屋内照明。
土佐藩邸での桜散るなかでの龍馬と武市の別れの予感のする構図。
寺田屋のオカミが草刈民代。
龍馬の母親役からの再登板。
なかなか面白いキャスティングだが、果たして草刈の演技的には大丈夫なのだろうか。


週刊現代誌で草刈民代のカッコいいヌードを見る。
写真集は買わないが(笑)。


『9(ナイン) 9番目の奇妙な人形』
土曜日、MOVIXさいたま。
地元の映画館ではやらない。
オイラは未見なのだが『ボラット』という映画ある。
自称カザフスタンからやってきたTVクルー、とかいうフレコミでアメリカで取材をした映画だった。
それがムチャクチャで、取材対象にわざと人種差別的な誘導をしかけて
「ユダヤ人をぶっころせ」
などと不穏当な事を言わせるのだ(笑)。
その時にボラットの
「わたチ、カザフスタンからやてきました、ボラトいいます」
などと言って相手を油断させているのだ。
そもそもアメリカ人、カザフスタンが分からない(笑)。
だからボラットのたどたどしい英語(演技であるがw)にまんまと騙されるのだ(笑)。
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↑これがボラット。
ちなみにボラットのサシャ・バロン・コーエンはイギリスのユダヤ人らしいが(笑)。
で、前置きが長いが、『9(ナイン) 9番目の奇妙な人形』である。
この映画のプロデューサーのひとり、ティムール・ベクマンベトフ。
言い慣れない頃のアーノルド・シュワルツェネッガーと同じくらい言いづらい名前である(笑)。
傑作である『ウォンテッド』撮った監督である。
すごい。
このティムール・ベクマンベトフがカザフスタンの人なのだ。
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↑これがティムール・ベクマンベトフ。
つまりアレだ、カザフスタンの人がボラットみたいな顔つきであるというのは間違いであるということだ(笑)。
どちらかというと、オイラが昔よく行った飲み屋の大将にそっくりだよ(笑)。
すっごく親近感が湧くね(笑)。
......
またも脱線である(笑)。
『9(ナイン) 9番目の奇妙な人形』についてである。
この映画のパンクな雰囲気であるとか、ガラクタで作られたようなギミックなど好みの部分は結構あった。
だから観に行きたいから観に行ったと言える。
しかし、もうこの手の映画の世界標準、というか、その世界標準が世界最高峰であるピクサーの映画にはまったく及ばない。
最初はピクサーが手を出していないダークさをテーマにしてるんだなと思っていた。
確かにそうなのだが、ピクサーと比較してしまうと圧倒的にリッチさが足りないのだ。
具体的に言えば映像そのもの、背景美術が平板に見えてしまう。
これが技術的な問題や制作費的な問題ならしょうがないだろうが、作ってる方が「アニメならこんなもんだ」という感じで作っていたのなら残念である。
映像も物語も、比較対象をピクサーにしてしまうのが間違いなのかもしれないが、どうもスキだらけなのだ。
ピクサーの映画の比較対象はピクサーの映画群の中でしかできないほどに突出しているのだと思う。
思うにピクサーの制作者達はアニメーションに対する真剣さが他のプロダクションよりもあるのだろうということだ。
なんとなくテーマ的な部分でピクサーと別の面白さがあると思って期待していたのだが......。
アクションのアイデアであるとか部分的には観るべき所はあるんだけどね。
あくまでも部分的に。


今週は『グリーン・ゾーン』かな。


『パーマネント野ばら』も観たいが、こっちはまた地元じゃやらんだろうな。
原作を買って読んでいたが細かい事は忘れている。
たしか結構重ためなラストであったのは間違いない。
もう一度読みたいが部屋の中で本が行方不明である(笑)。


今週末は歯のメンテナンス。
by 16mm | 2010-05-09 21:44 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(8)

『シックス・センス』『紅い眼鏡』

ちょうどまた観たい映画がない。
『告白』と『9<ナイン>~9番目の奇妙な人形~』は絶対観たいな。


土曜日。歯のメンテナンスに。
メンテ後に先生とカメラその他をアドレナリン全開で話す。


日曜日。ジムに。
nike+を忘れていってしまったせいかランニング・マシンで65分で6.65キロメートルしか走れなんだ(笑)。
マスクをして走れば有酸素運動としての負荷が高いかなと思い実行してみた。
たしかになんとなく負荷が高い。
目標の1時間で8.5キロというのは今のオイラには結構なハードルである。
その他ストレッチのみで筋トレはパスしてしまった。
体重89.95キログラム。


健康診断の結果が出た。
昨年より体重も胴回りも減ったのだが、要注意項目が一つから四つに増えました(笑)。
さて、オイラは健康になったのでしょうか。不健康になったのでしょうか(笑)。


ヤングアニマル誌の『デトロイト・メタル・シティ』が最終回。
これでこの雑誌は『3月のライオン』しか読むものが無くなってしまった(笑)。


ビッグコミックオリジナル誌で『岳』映画化で作者の石塚氏と小栗旬の対談。
久美ちゃん役の長澤まさみ、結構見た目でハマリかもしれんと思う。


青少年健全育成条例の「都の見解」。
「ドラえもん しずかちゃんの入浴」「サザエさん ワカメちゃんのパンチラ」「新世紀エヴァンゲリオン レイやアスカのヌード」といった具体例を列挙し、それらは問題無しとのことらしい。
あえて差別的表現で言うが、たかだが役人風情にどんな見識があってエラそうに問題ありだのナシだのを言うか。
「非実在青少年」規制問題の時、東京都副知事の猪瀬直樹は自身のブログで
"日本にはエロ規制はあったが、ロリ規制はなかった"
などと言って法案規制の立場を取っている。
猪瀬はエロの表現において
「文学はいい」
と、この規制を漫画に限定しようとしているようだ。
猪瀬はどうやら、こと表現に関して文学より漫画の方が世に与える影響力があると自ら認めてしまったようだ。
これはもはや文学に力はないと言ってるようなもんだな。
『ミカドの』なんちゃら、なんて本をバブルの時出して一世を風靡してた奴もこの体たらくである。
いや、猪瀬ごときが文学を体現してるかのごとき振る舞いは不愉快極まりない。
何度も言うが私にはロリータ的な幼児趣味は主観的にはないと思っている。
しかし、だからといってロリータをエロスとして持っている人や、表現の手段にしている人を規制するような法案には断固反対である。
ロリータ趣味の人間がすべて実際の幼児を襲うなんて事はない。
それはある時期から現実との折り合いをつけてその趣味を意識の奥にしまうか、それを芸術などの表現手段に昇華する方向にいくかするものなのだ。
そもそもこの法案は現実の幼児云々ですらなく、虚構の二次元でのファンタジーを規制しようという動きである。
電車の中でエロ本を見てる男が不愉快だという話は当然で、そんなのは冷たい視線なりを送ればいいことで、それ自体を法で規制するのは行き過ぎだと思う。
恥の文化でも罪の文化でも良いが、自分が自分以外の尺度でどう見られているかに無頓着で鈍い人間が多くなったとは言っても、それはやはり法で規制するべきではない。
役人風情が文化に対して絶対的なジャッジができると思い込んでる事自体が危険なのだ。
同じく力が弱った作家に判断されるのも不愉快だ。
私がやってる女性の写真撮影。
滅多にヌードも撮らないが、そんな撮影をしていても、<冗談めかしにしても>「エロカメラマン」などと言われるぐらいである。
別段「エロ」と言われてもなんとも思わない。
その「エロ」と言ったときの相手の言葉がそれを肯定的に言ってるのか、否定的に言っているのかはバカなオイラでも分かるつもりである。
モデルになってくれた女性達には申し訳ないが、私が撮った写真での見た人の感想の一つで、Hな気分になったり「これはヌケる」などと思われたら最高の賞賛だなと思っている。
自分の撮ったものがそれほどに影響力があるなんて誇らしい話ではないか。
そんな感じなのでこんな下らない法案が通ったら、いずれオイラの写真にも規制がかかったりするのが恐怖だ。
写真に興味がない奴に限って、
「だったら風景を撮れば。花とか」
と、無責任な事を言う。
大仰に言えば、女性を撮る事が私の唯一表現手段であるので、女性がだめなら風景に、なんて簡単に出来るものではない。
ってな事を言っても伝わらんだろうな(笑)。
そもそも花をモチーフにしたエロ写真というのも存在するが、そういうのは規制の対象にならんのかね。
兎に角、この法案が消滅してくれる事を切に願う。
一万歩譲って、『太陽の季節』なんかをかいてたころの都知事ならその判断を委ねても良いと思うが。
今の都知事じゃ駄目だけどね(笑)。


『シックス・センス』
iPodTouchで視聴。
久しぶりの視聴である。
この映画があったから、これからしばらく監督のM・ナイト・シャマランを過大評価してしまい、彼の後続の作品を観続けてしまったのだ(笑)。
この映画は本当に良い映画だと思う。
だからこそ勘違いしちゃったんだろうけど(笑)。
俳優の演技、カメラワーク、照明、そして演出とすべてが上手く噛み合っていた。
今回気がついた事では、母親に殺された女の子の妹の顔を出さないというのが良い。
映画としての情報量のコントロールが意識的になされているなと感じた。
もうシャマランはこれ以上の作品はできないと思うので<当分は本作の信用で映画を撮り続ける事はできるかもしれんが>これを良い思いでとして生きていくのがいいでないだろうかね(笑)。
『シックス・センス』は成功した作品だから文句はないが、いまだに自作で結構重要な役でシャマランが演じているが、それも今となっては、ヤメレ(笑)。
金持ちのボンだからしょうがないが、『シックス・センス』の特典映像に自分が子供の頃に作った映画を付けるなんて言う自意識は、ある意味自分の客観的評価を気にしないということかね(笑)。


『紅い眼鏡』
DVD購入。
以前、押井守の作品として実写映画のボックス販売されていて分売されていなかった。
やっとの分売である。
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『シックス・センス』のM・ナイト・シャマランと同じで、オイラにとっての押井の実写映画は本作『紅い眼鏡』のみが傑作である。
これがあったがために、以後押井の実写映画をずっと観続け、裏切られているのである(笑)。
そう言う意味では、映画というのは最初の映画が好印象だとずっとその監督を追い続けるものだね(笑)。
オイラに関しては(笑)。
なのでボックスでの販売も観たいもの、欲しいのは『紅い眼鏡』だけなので、他の『トーキングヘッド』や『地獄の番犬』なんてのはまったく観たくも欲しくもなく。
オイラにしてみれば悪質な抱き合わせ商法みたいなもんだ(笑)。
それでも誘惑に負けて、買っちまおうか、と思った事もあったんだけど(笑)。
このほどやっと分売されて、安心して買う事ができた。
押井と脚本の伊藤和典のコメンタリーもうれしい。
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オイラは結構盛り上がっているが、この映画、世間的な評価は結構最悪で(笑)、途中で寝ちゃった人もいるらしいぐらい。
世間的にはそれが正しい評価だと思うので、この映画をあまり人には薦められない。
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これを劇場で観た人間はそうはおるまい。
そう多くない人間の中にオイラは入っている。
高校卒業してモラトリアムな浪人生活が終わり、大学が決まった時にキネカ大森で観たのだ。
情報は一年前からアニメ誌で告知されていて、押井で実写でという所に非常に興味を持っていた。
『正義を行えば、世界の半分を怒らせる』
ゆうきまさみが『パトレイバー』の為に作ったとされるこのコピーが本作で使われていたが、そのコピーも魅力だったな。
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↑は月見の銀二の<死神博士>天本英世。
コメンタリーでは、この大御所を6時間待たせてしまい機嫌が悪かったとのことであった(笑)。
基本ノーギャラの本作ではあるが、天本にはギャラが(多分そうとう安いだろうが)支払われたという。
この映画にオイラが惹かれるのは、二十歳前のあの時期に関心があった事すべてが詰め込まれているからかもしれない。
闘争と逃走。左翼と右翼。裏切りと信頼。武力と話力。そして虚構と現実。
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本作は主役が千葉繁であるように、声優がアクターとして多く出演している。
上記画像の左は名優永井一郎である。
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左が千葉繁。若いなあ。
右が玄田哲章。
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当時でもう大御所のアニメーターともいうべき大塚康生。
この映画を予告編で観た事も覚えている。
新宿のまんがの森でビデオで観た。
川井憲次の音楽が良いなと思った事と、大塚康生が予告編で出てきて思わず「おおっ」と声がでちゃったよ(笑)。
この映画のサントラの押井のライナーノートも若かったオイラにとってはドキっとするものであった。
一言で言えば闘争の匂いがしたのだ。それがなんとも魅力的だった。
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繰り返される日常。繰り返される死の予感。
順序は逆なのだが本作を観て、すでに公開されて何年にもなっていた『うる星やつら ビューティフルドリーマー』にも関心がいったのだ。
それまで押井の作品にシンパシーがあったというよりも、宮崎駿が褒めていた男、ということで関心があったんだと思い出した。
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で、本作のしめくくりはやはり兵藤まこ。
このカットはコメンタリーでも言っていたが、唯一のCMクオリティーらしい(笑)。
すっげえ奇麗だなと思ったよ。
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冒頭とラストだけがカラーで、本編の大部分がモノクロというのも当時は新鮮であった。
なんか本当にシャマランと同じで、押井は『紅い眼鏡』以上の実写は撮れないんでないかね(笑)。
この一作を良い思い出にお墓に持っていった方がいいのではないかと(笑)。
アニメーションでは押井の代表作って絞れないけど、実写なら間違いなく『紅い眼鏡』、
だけど万人向けではないので、本当にカルトな作品であるのには間違いない。
とにかく、ソフトを手に入れられてよかった良かった(笑)。
by 16mm | 2010-05-03 00:48 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(4)