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『ダークナイト』『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(字幕版) 』

土日の空き時間でなんとなくな仕事の下調べをする。
家で仕事をする義務はまったく感じておらぬが、まあ出来る範囲でチョコチョコと。


『龍馬伝』最終回。
よりにもよって暗殺シーンで当選確実テロップ。
選挙とたかがTVドラマどっちが大事だと秤にかけて「TVドラマ」というのは恥ずかしいかもしれんよ。
しかしね、逆に言えば当選したヤツはドラマの最も盛り上がる部分を台無しにするにたるような人間なんだな。
当選確実なんて速報でやるほどももんかね。
後のニュースでやればすむだろうに。
まったく。
『龍馬伝』でNHKをすこしは見直したのに、無粋なものである。


『アバター』のエクステンデット・エディションを買ってないw。
買うなら特典の豊富なブルーレイだ。
ああ、もう買うかなポータブルのブルーレイ。
年末には『セブン』も出るし。
ポータブルがもう少し安くなればなあ。
取りあえずソフトだけは買っておくことにしょうかな。


本日日曜日ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニングマシン。
ランニングマシンは65分で9.52km。一応60分以内で9kmは達成。10kmというのが次の目標だがそれは来年に持ち越しである。
ランニングマシンのお供は前の日放送した宇多丸の映画評のPodcast。
宇多丸は論理的に話してはいても結構感情的な言葉を使うので、まあ青臭いというかたまに聴いていて気恥ずかしくなるが、その辺りは好感を持っている部分ではある。
その点町山智浩は自分のテンションが高くなるとわざとバカ話的なオチをつけて巧妙に照れ隠しをする。
この二人の評論は聴いていて勉強になるね。
オイラはまだまだ何も知らんのだなと思う。
で、本日の体重は91kg。


市川カニ蔵、ではなくw、市川海老蔵がエライことになってますな。
記者会見をスッポかして飲み歩き血まみれの大怪我で舞台に穴を空けると。
いいじゃないっすか。
今の役者は型破りなカブキ者がいなくなって小さくまとまって、などと言っている人はこういった市川海老蔵を見たかったわけでしょう。
そう言ってた人はちゃんと市川海老蔵を評価してやれよw。
ただでさえ被害者なのに彼に同情する奴が少ないんだから(笑)。
雑誌で宮崎駿と市川海老蔵が対談していた事があった。
その時は(文字おこしだから実際の口調はわからんけど)宮崎に対する口調は目上のクリエイターに対する敬意に満ちたような態度だったと思う。
オイラは別に市川海老蔵を肯定も否定もしませんよ。
歌舞伎観ないし、役者としての市川海老蔵というのにも興味無いし。
NHKの大河で『武蔵』の第一話を観ただけだから。
これは市川海老蔵というよりもシナリオが噴飯モノだったのでそれ以上観る気がなかっただけだが。
彼が出てるという理由で映画やTVを観る気はないしね。
まあ、そんなとこです。


iPhoneにiPod touch。外部HDにペンタブレットとこれらすべてをパソコンのUSBに繋いでいたのだが、当然口が足りなくなって不便になった。
ので、AC電源付きのUSBアダプター購入。
電圧が足りなくて充電が不足するという事態もなく良い感じである。


先週は思いのほか本を買ってしまった。
購入を予定していたもの、そうでないものと色々。


『3月のライオン』第5巻
待望の新刊。
最近雰囲気がエロスよりになってきてよ(笑)。
あかりおねいさんのカラー画が納まっているが、ティクビ見えてます(笑)。
いつもながらカラーの淡彩がすばらしく素敵である。
巻末に付いている漫画は今回作者の近況モノではなく『3月のライオン』のキャラクターを使ったショートストーリ。
これもね、なんかエロスなんだなあ(笑)。
と、オイラだけか、こんな感想を思うのは(笑)。
『ハチミツとクローバー』の後半のエピソード、はぐちゃんの怪我でそれまでの物語のトーンがかわった様に、『3月のライオン』第5巻のラストもまた新しい展開をみせた。
この出口の見えない問題に対しどお切り込んで行くのかが非情に楽しみではある。
零のナイトのごとき強い意志と使命感。
ひなちゃんの一途な負けない気持ちに泣けてきたよ。
この漫画がどうか一人でも多くの支えになりますように。


『よつばと』10
端正な描線で描かれる魅力的なキャラクター。
風香ちゃんがやっぱりかわいいなあw。
よつばという意味不明な存在が日常にいるだけで、世界がファンタジーの様に見えてくる。
内容はがないわけではないが、画の魅力で世界観を支配している。


『フェリーニ (ガリマール新評伝シリーズ―世界の傑物) 』
フェデリコ・フェリーニの評伝。
この手の本は興味があるのでついつい買ってしまう(笑)。
これを読んでフェリーニの映画のガイドになるかしら?と姑息に思っていたりする。
考えてみればフェリーニの映画はそこそこ観ている筈なのに、彼の人となりはほとんど知らなかった。
ザッピングで読み始める。


『【日本語版アメコミ】キックアス』
アメコミの購入は『ウォッチメン』以来である。
『【日本語版アメコミ】キックアス』に関して言えばキャラクターの描線やコマの運びなどは日本の漫画に近いと感じたので比較的読みやすかった。
映画はまだ日本公開していないのでネタバレになるのかもしれないが、まあ読んで後悔はしていない。
こういう絵柄なら日本の漫画と区別なく読めそうだなと思った。
本の帯に町山智浩の推薦文があった。
「<前略>スーパーマンのような超能力もなく、バットマンのような金持ちでもない男が、マンガじゃない現実でヒーローになるには、誰よりも血を流すしかないんだ!」
まさにこの惹句のごとき作品である。
自らの暴力性を、街の治安と平和を保ちたいという大偽名分のもとで発露しようという自警団志望の登場人物達。
しかし現実の暴力は容赦なく彼等を痛めつけもする。
それでも彼等は暴力に対し暴力で向き合って行く。
そこには
「話せばわかる」
などという論理はない。
人生の退屈は暴力で解消する。
ゲイの振りをしなければガールフレンドとも話せないような男であっても、マスクを被ったもう一人の自分の存在を手に入れていれば、現実の弱さは埋め合わせができる。
なぜなら、マスクを被った自分は周りが認めるスーパーヒーローだから。
映画はどんな感じなのだろうか。
非情に楽しみである。


金城一紀のブログに本年度新作映画のベスト3が載っていた。
『トイ・ストーリー3』
『キック・アス』
『ザ・タウン』
『ザ・タウン』はアメリカでも評判がいいらしいし、金城も褒めているので楽しみである。


『ダークナイト』
iTunesストアで字幕版を1000円で購入。
iTunesでの映画の初購入である。
1000円で『ダークナイト』が買えるんだもんなあ。
次は『グラン・トリノ』が欲しいなあ。
『ダークナイト』は劇場で一度観て今回iPod touchで2度視聴。
面白いんだけど、観れば観るほどアラも見えてきちゃって(笑)。
町山智浩も宇多丸も言っていた事だが、あの冒頭の香港のシーンいらなくないか(笑)。
まああのシーンがあるから例のエディソン・チャンが登場できるのであるが。
エディソン・チャンの登場シーン、劇場では確認できなかったが今回の視聴で観る事が出来たよ(笑)。
ビルの屋上のヘリーポートのロングショットで約5秒。
その後、モーガン・フリーマンをエスコートして背後からのショットで5秒。
カメラが正面にまわってアウト・フォーカスなエディソン・チャンの顔が1秒。
計10秒程度である(笑)。
エディソン・チャンが如何にアジア圏で売れていたとしてもハリウッドでの扱いはこんなものだろう。
考えてみればエディソン・チャンのハメ撮り画像の事件って本人の迂闊さはあるにしても彼自身も被害者だからね。
迷惑を被った女優達には同情するが撮影に関しても合意だったんだろうし。
どちらにしてもそんなデータ満載のPCを修理に出すというのは非難されてもしょうがない迂闊さだとは思うが、集めたデータをなんとかしたいという気持ちは分からんではない(笑)。
それに引き換え、例えば日本の長門裕之だとか石原真理子だとか、ゴーストライターが勝手にかいだだのいってても、ペラペラと相手の実名をあげてセックスの本を出す奴の方が罪は深いと思うが。
この手の話を吹聴する奴は本当に下品極まりないね。
唾棄すべき存在だと思うぞ。


『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(字幕版) 』
iTunesストアで初レンタルがコレw。
iTunesストアのレンタルって200円から300円。
ダウンロードしてから30日間そのデータを保持できる。
が、そのデータを再生始めたら48時間で自動的に削除される。
文字通り48時間後にiTunes上から消えたよ(笑)。
これレンタル期間、せめて一週間にしてくれないかなぁ。
そりゃ普通48時間あればどんな映画でも観れるけど、オイラみたく通勤時間のみの視聴者もいるわけだし。
『ゴッドファーザー』なんかもレンタルしたいけど、まとまった長い時間でないと全部観きれなさそうだしね。
でなかったら、セル版も出して欲しいよな。
1000円なら買うよ、『ゴッドファーザー』。

ところで『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(字幕版) 』であるw。
以前もチラとかいたが、カザフスタンってアジア圏よ、どちらかというとw
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上の画像のように、『ウォンテッド』のティムール・ベクマンベトフみたいな顔つきなのよカザフスタンの人は(笑)。 
それからも分かる様にボラットは当然カザフスタンの人ではない。
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ボラットを演じるサシャ・バロン・コーエンはユダヤ系のイギリス人のコメディアンなのである。
映画の冒頭に出てくるカザフスタンと見立てられた村も実はルーマニアだという。
そこでボラットは英語で無茶苦茶な事を言うのである。
人の良さそうな男を「彼は村一番のレイプ魔です」と言ってみたり、自分の妹(実際は妹ではないw)を村一番のヤリマン女ですと言ってみたりと、まあ言いたい放題なのである(笑)。
彼等の目的は国営TVの記者としてアメリカの文化を取材するというものだ。
たどたどしい英語と人の良さそうな顔とよく分からないカザフスタン人という先入観からアメリカ人はボラットの言葉にのせられる。
「ユダヤ人を殺すのにぴったりな銃はありませんか」
とか
「お股の毛がツルツルな女がひっかかる車をください」
とか(笑)。
とくにカウボーイであるとか銃砲店の主人など右翼的な人間は調子に乗って普段は口に出さないユダヤ人に対する差別的な言葉を嬉々として口にするのである。
実はボラットと相棒の番組プロデューサーはカザフスタン語と称して実はヘブライ語をしゃべっているのだ。
完全に出会ったアメリカ人にユダヤ人差別をさせる罠。
無茶苦茶悪質である(笑)。
で、この悪質さは徹底していて、例えばお金持ちの家に夕食に行ったボラット。
水洗トイレが分からず、自分がしたウンコをビニール袋に入れて食卓に持ってくるw。
それでも金持ちの奥さんは、ボラットが水洗トイレを知らないと思い親切に教えてくれるのだ。
見ず知らずのではあってもそこまで親切にしてくれる人を騙し続けてるのにボラットは良心の呵責なしにさらに続ける。
ディナーで自分だけパートナーがいないので恋人を呼んだのだ。
それがデブっちょのあからさまなコールガールw。
ここにきてお金持ち達も頭にきて警察を呼んでボラット達をたたきだした(笑)。
かようにとんでもなく徹底した悪質さだが関係なく観ている分には笑えるのである。
アメリカで奥底に隠されているユダヤ人差別というものを浮かび上がらせる事で笑いを作る。
差別というものに対する反撃の仕方の一つであるともいえる。
これは実に痛快であった。
この悪辣なボラットが唯一真摯に心を通わせた感があったのが、件のコールガール。
アメリカの行く先々であった人々は誰も正確にボラットの名前を発音できなかったのに、コールガールの彼女だけは正確に名前を呼んだのだ。
彼女との別れのシーンは唯一しんみりとしたやり取りであった。
しかしこの映画の映像。設定がTVの取材ということなので隠し撮りのような映像ではなくどうどうとしてるんだよね(笑)。
ただどうどうとしすぎてるような気もする。
カメラの切り返しなんかのカットがあるということはその都度カメラのポジションをかえていた訳だから、実はやってることに結構な作為があるのではないかとw。
全部がとは言わないが、ヤラセな部分もあるのではないかな。
それはそれとして、ブラックなコメディに浸りたいならオススメだと思います。
町山智浩も言っていたが、冗談が嫌いな人、真面目な人は観ない事をオススメします(笑)。


『ダークナイト』と『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(字幕版) 』(以下『ボラット』)を続けて観たわけである。
ところで『ダークナイト』のジョーカーは何の為にあのような行動をしているのだろうか?
町山智浩はPodcastでミルトンの『失楽園』をベースに解説を試みていた。
それはそれで納得できない訳ではないが、ピンとこないw。
純粋悪としてのジョーカーという規定なのである。
つまり金や殺人に快楽を感じる人間ではないということだという。
たしかにジョーカーは金に執着はなさそうだ。
世の中のすべてのルールを破り、如何なるものからも自由である、暴走した悪意の固まりというのがジョーカーの存在。
しかしである。超能力者でもなく宇宙人でもないジョーカーは単なるおかしな人間である。
彼の犯罪に使ったバスなりトラックなり武器各種を調達するのにも金はかかるわけだ。
あのジョーカーが金を調達して武器の受け渡しというようなドロ臭い事をやってるとは思えない。
ジョーカーにそれらのドロ仕事をさせない為には彼の後ろ盾、もっというならば黒幕が必要だろう。
ただそうすると、ジョーカーといえども如何なるものからも自由であるという部分がなくなる。
『ダークナイト』の舞台はゴッサムシティといいながらベースはシカゴである。
この現実の都市を舞台にすることで『バットマン』の物語にリアリティが生まれるわけである。
が、ジョーカーという現実的ではないキャラクターがどうにも浮き上がってしまい行き当たりばったりの思いつきでできてしまったキャラクターに見えてしまったのは残念だ。
存在そのものがリアリティのないキャラクターをリアルな舞台に落とすのはかなり難しい。
この映画とこの監督に多大な影響を与えているであろうスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』。
冒頭の銀行襲撃でショットガンを撃っていた男がつぶやく台詞は、同じようなニュアンスで『時計じかけのオレンジ』でも冒頭の浮浪者の親父が言っていたっけ。
『時計じかけのオレンジ』の主人公アレックスも悪意の塊と言っても過言ではないだろう。
しかし、彼は一応両親に扶養されている身であり行動を起こすための金にはそこそこに執着している。
だから彼の悪意と存在にはリアリティが感じられるのだ。
アレックス以上の悪意を作ろうとしたのは分からぬではないが、オイラからするとツメが甘いかなと言わざるを得ない。
『ボラット』に関して言えば商業映画であるのでお金を儲けるという目的はあるであろう。
しかしである。いくら儲かったかは知らぬが、普通の人は金の為とはいえ文字通り身体を張って命をかけてこんなバカなことはしないと思う。
あまり言いたくはないが『ボラット』のサシャ・バロン・コーエンはケンブリッジ大学出のインテリである。
単純に金を稼ぐというだけなら他にいくらでもできようものだ。
......
なんか話が面倒くさくなってきた(笑)。
以下覚えていたら続きを綴る事にしよう。
たぶんこの辺りはめんどくさいので読む人はおらんだろうが、ちょっと笑いと悪意について考えていたらこの二つの映画をベースにすることを思いついたのだ。
まあ今日はそんなとこで。

最後にひとつ。
『ダークナイト』の留置場でのジョーカーとバットマンのシーンは圧巻であった。
ペイントが剥げかけてヒース・レジャーの輪郭が明確になりその演技の凄みが伝わってきた。
アレはすごい。
バットマンにあれほどのタコ殴りをうけて笑っているジョーカー。
まさに暴力では何も解決しないということをモロに体現していた。
by 16mm | 2010-11-28 22:35 | 映画・DVDの感想など。 | Comments(2)

HDR  Pro HDR

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by 16mm | 2010-11-23 20:26 | iPhone

HDR  Pro HDR

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by 16mm | 2010-11-21 22:41 | iPhone

浅草の夜  Pro HDR

iTunesで『ダークナイト』を購入。
まだレンタル方式でのものを使ってはいないが今後使う事も増えるであろう。
レンタルだけのものもあるが、出来ればセルもやってもらいたい。


当分、『SPACE BATTLESHIP ヤマト』が公開されるまで観たい映画がないので手持ちの旧作にあたることになる。
先週は飽きもせずに『ユニコーン2』を観ていた。


本日日曜日ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニング・マシン。
1kmの自己記録更新。
ランニング・マシンは65分で9.44km。
なんとなくまだ無理が出来そうな予感である。
体重、計り忘れた(笑)。
たぶん増えてるような気がする(笑)。


土曜日、学生時代にバイトしてた先の元先輩社員に多分5年ぶりぐらいで会う。
穏やかな物腰はまったく変わらず、オイラはここぞとばかりに映画の話をまくしたてた。
正直彼のおかげで観る映画の幅が出来たと言っても過言ではない。
今でも若い時分に触れていて良かったと思っている。
たぶん言われなければ小津安二郎も『太陽を盗んだ男』も松田優作も観てなかったからね。
自分に合う合わないは別にして触れておいて良かったと思うものをたくさん教えてくれた、オイラにしてみれば数少ない恩人みたいな人なのである。
......
まあ、このブログを読んでいるようなので悪口はかけない(笑)。
それにお互いに若い時の恥部を握り合っておるので(笑)、というか、握られている量はオイラが一方的に多いのだが(笑)。
それでもお互いのタマキンを握り合っているのには変わりはない(笑)。
オイラにとってはそんな人なのである。
浅草で晩ご飯。
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浅草のロック座の近くなのであろうか。
そこにある洋食店である。
たまにビートたけしも周辺の店にお忍びで来るとのことで狂喜したよ。
なんか場所が場所なだけに嬉しくなった。
ドリアと赤ワインとサラダと牡蠣フライ。
件の先輩社員がここの店長と懇意らしくメニューに載っていないドリアを出してもらった。
このドリアが旨かった。肉は柔らかいし、初めて本格的なドリアを食べた気がした。
すんごく旨い。
店自体に活気があってカウンターから作っている所が見渡せて
「ほほ〜」
とかいいながら眺めていたよ。
......
で、オイラとしては文句無しなのでブログで名前を出そうかなと思ったのだが止めとく事にする。
このお店、実は外見も内装も所謂大衆食堂みたいな佇まいなのに値段が結構お高い(笑)。
店自体の佇まいを見て値段が高いと判断されても仕方ない感じなのである。
したがって値段が高い割にはゆったりとご飯を食べるという雰囲気ではない。
しかしである。店は満員。メニューによっては夜には無くなっているものもあるぐらいな所なのである。
食べたら誰もが納得する。
が、高いお金をだしてゆったりと出来ない事が不満になることもあるのも事実であろう。
取りあえず、ゆったりとかではなく、とにかく旨いのが食べたいと思ったら、オススメです。

その後浅草をヨロヨロ歩いて池袋に移動。
楽しい日であった。
いまだに彼からはいろんな事を教わるなあ。
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恥ずかしながらスカイツリーを初めて間近で見たのかもしれん(笑)。
いいロケーションですな。
また食べついで写真でも撮りにこようかしら。


今週は映画ネタがなしである(笑)。
文章短いと結構不安なのだが、読んでくれる人にとっては楽ちんだから良しとしよう(笑)。
by 16mm | 2010-11-21 19:19 | iPhone | Comments(2)

『フライ,ダディ,フライ』『機動戦士ガンダムUC episode 2』

土曜日、歯のメンテナンスに。
新しい、良い写真が撮れる予感がするカメラが欲しいという話を先生とする(笑)。


AppleのiTunes Storeで映画のレンタルと販売が始まった。
最近すっかりiPodTouchで映画を観る事が多くなってしまったオイラは狂喜(笑)。
まだレンタルも購入もしてないがiTunes Storeを開いてはアレもコレもという感じで見てしまう。
いまレンタルがどういうシステムなのかよく分からないが、近くにDVDのレンタル店がない以上今後iTunes Store利用して行く事になるだろう。


宇多丸がおもしろおかしく大林宣彦版の『時をかける少女』の評論をしていた。
iTunes Storeにそれがあったので予告編を観てみた。
が、その予告編を観ただけで挫折(笑)。
オイラには楽しめなさそう(笑)。
宇多丸もその辺りは苦笑失笑しながら観ていたらしいが、この映画全体が性を暗喩したものに溢れている怪作らしいとのことで興味をもったのだ。
が、オイラには最後までたどりつけなさそう(笑)。
オイラどちらかというと原田知世よりも薬師丸ひろ子派だったし(笑)。
今でもその辺りは変わらないんだよな(笑)。


宇多丸と町山智浩が『ハートロッカー』を巡り論争したのをPodcastで限定配信していたのでそれを聴いてみた。
放課後DA★話特別編【Part 1】
放課後DA★話特別編【Part 2】
放課後DA★話特別編【Part 3】
約1時間30分近いものであるが、まあ聴いている間なんとも居心地の悪い気分に(笑)。
二人とも好きなので聴いているのが若干苦痛に感じたりした(笑)。
この二人の論争というか対談の致命的な所は、二人が顔を会わせずに電話でやったということだ。
お互いの顔色を見て話せとは言わないが、顔を会わせて対話できないことで一方が一方の話を一方的に聞き役に回る様にしかならないのだと思う。
相手の意見を一方的に拝聴するのであれば問題ないのだが、今回は宇多丸の『ハートロッカー』評に対する町山の反論、というか宇多丸の映画評論に対し町山から見てツッコミが足りないのでは?という指摘をしているのだ。
それに対しては対等な立場で宇多丸にも反論する部分もあった筈なのだ。
それが電話での対話によって、相手の顔を見て自分の反論を差し挟むというタイミングはかる事ができなかった。
更に映画評論としては宇多丸の先輩でもありリスペクトもしているであろう町山に対して話を遮って反論を挟む事はなかなか難しい。
町山は一方的にしゃべり、宇多丸はそのすべてに反論できずにほぼ聞き役に回る。
話自体は主に映画のラストのについての解釈についてなのだが、結論がでないまま何度も堂々巡りになっていた。
お互い二人が顔を見合わせてやっていたらもうちょっと建設的で穏やかなものになっていたと思うと...。
二人の関係がその後どうなったか分からぬが、町山も宇多丸もこんな事態になるとは思っていなかった筈だ。


本日日曜日、ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニング・マシン。
右の脚がイマイチ不調だったので無理せず66分で6.46kmで終了。
体重91.60kg。
やばい。また増え気味か(笑)。


GILD design制作の iPhone4 Red GI-200Rというアルミ削り出しのiPhoneケースがきた。
ちゃんとカッコよく写真を撮ろうとしたのだがモロモロ面倒なのでこんな感じに(笑)。
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実物はカッコいいです。
値段もいいですけど(笑)
赤枠が綺麗。
カメラの穴が深いので今までよりもレンズに指紋がつきにくいと思われる。
iPhone4ってカバー付けた方が持ちやすい気がする。
ドックもちゃんと差し込めるし、電波の入りも側面が露出しているせいかむしろ前のプラスチックのカバーより良いような。
このカバーで落下の衝撃にある程度耐えるであろう。
突起物にスクリーンの方から落ちたらアウトだけどw。


『フライ,ダディ,フライ』
ネタバレあります。
iPodtouch。
先週から引き続き視聴。二度目。
金城一紀と岡田准一のコメンタリーも聴く。
岡田の身体能力の高さはこの頃からあったんだと確信。
彼の能力を発揮させることが出来る脚本家がいて、逆に金城にしてみれば自分が思い描くアクションを表現できる俳優を手に入れることができたという幸運なめぐりあいだったのだろうと思う。
この映画の監督でまた映画が撮れたらいいのだろうが、監督がバカなことをしたおかげでそれも不可能になった。
と思ったらこの監督『孤高のメス』を監督してた(笑)。
能力のある監督だから周りがほっとかなかったのかもしれん。
切り取るべき映像の中に現実を構築するということに自覚的な監督なのだと思う。
冒頭、娘が入院している病院に走る堤真一のシーン。
走っている堤を横移動で撮影しているのだが、その周りにいる人たちが動いていないのだ。
色々と解釈は出来るであろうが、堤真一が演じる父親の周りが止まって見える(或は、周囲がまったく見えない)ほど急いで娘の元に行きたいという"あせり"の強調表現にはなっているだろう。
台詞で説明しなくても映像の工夫で表現できるものがあるのだ。
それがTVや映画の利点であり、他のメディアにないユニークな点なのである。
現実にある場所をただ撮影しても映画にならない。
字が書けるから小説がかけるか?
字や言葉を知っている事が小説を書くという事の最低限スキルであるというだけで、小説によって表現するということとは別の問題なのである。
睡眠時に見る夢が奇妙であるにも拘らず現実感を持つように、映画を撮るということは現実にある要素を足したり引いたりして映画としての現実を構築していく。
たとえば『フライ,ダディ,フライ』では"風"の表現が映画の内容に結び付く様に演出されている。
鈴木の妻が娘の部屋で寝てしまっているカットでの揺れるカーテンは寂しさや空虚さや喪失感を表しているだろう。
観客はそれが登場人物の台詞や仕草によらなくても、そのカットの雰囲気でその状況をなんとなく理解するのである。
クライマックスのイシハラとの対決シーンも砂埃が舞うほどの風が吹いていた。
クロサワ映画みたい、と思ったが当然このシーン巨大扇風機で風を起こしている。
コメンタリーでも言っていたが、この表現は西部劇のイメージなのである。
現実に風が吹いていないのであればわざわざそんな事をする事はない。実際多くの映画が実際の風景や雰囲気を撮っただけで満足して終わっている。
映画の現実は写すものではない。
現実を作るものなのである。
だからというべきか、美術がすばらしい。
ロケーションの選定も見事なのだが、その場所にはないが映画としては必要な美術(木やからくり時計など)を実に上手くはめ込んでいる。
映画で表現するということはこういう事なのだ。
そしてこの映画は"強さ"とは何かという事に対する一つの解釈を提示している。
コミックの『はじめの一歩』ではすでに忘れ去られてしまっているであろう命題である。
解釈と言っても当然台詞等では明確に語られている訳ではない。
観終わった後に「強さというのはこういう事かもしれない」という事がなんとなく感じられればいいのだ。
鈴木の頼れる大人としての強さの復権。
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子供を守る為の強さすら失われつつあるなかで、クライマックスで鈴木の顔は強い大人の顔となり、鈴木を鍛えていた朴舜臣は強い大人を見つける事ができた嬉しさに満ちていた。
劇中ずっと目上の鈴木に対し生意気な口調をしていた朴舜臣。彼がラストで「ごくろうさまでした」とはじめて鈴木に対し敬語をつかうことでやっと自分の弱さを解放することができたのだ。
ちなみに母親と娘が抱き合うカット尻から鈴木と朴舜臣が抱き合うカットへのつなぎが見事である。
TV版『SP』を観て金城一紀に興味を持って、彼が関わってる作品を探して味わってみてそれが良くて。
こう考えると作家はひとつひとつ少なくとも誠実に手を抜かずに作った方が得だな、と思う。
オイラみたいに『SP』が好きで、じゃあ『フライ,ダディ,フライ』を観たらつまらなかった、となったらもう二度と金城の作品には関わらなかったかもしれんしね。
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ラストの鈴木が手を広げて走って行くシーン。
雲が翼に見える様にとの意図だという。
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しっかし"男祭り"な映画だな(笑)。
宇多丸が言う所のホモソーシャルな映画であった。


『機動戦士ガンダムUC episode 2』
ネタバレあります。
DVDを購入。
『機動戦士ガンダムUC』の続きである二作目。
ユニコーンガンダムがフルサイコフレーム機であることが明かされる。
この設定がプチ・モビしか動かした事がなかったバナージが高い練度を持つMSパイロットなみの動きを出せる理由になっている。
現在、素人同然のパイロットが巧みにMSを動かせる理由に、パソコン少年だった、とか、マニュアルをチラ見したから、とか、ニュータイプだから、などでは説得力がない。
操縦するパイロットであるソフトウェアのスキルでMSを巧みに動かす事への理屈的な限界があったためであろう。
MSというハードウェアを人間の内側に入り込ませることによりパイロットの思い描く動きをトレースできるとした。
今まで他の作品では無かった設定ではないが、世界観込みの理屈としてある程度分かる様に説明したのは初めてかもしれん。
しかし生体データの登録が『episode 1』の時の掌をモニターに押し付けただけでできるのか?という部分をツッコむのは無慈悲だな(笑)。
60分の内で良いバランスで物語の起伏が配置されており、体感的には長くもなく短くもない感じで観る事ができた。
『episode 1』でそうだったのだが本作『episode 2』でも後半近くで対話による世界観の説明がなされる。
『episode 1』ではカーディアスとジンネマンの対話による『1stガンダム』以降のニュータイプに対する総括がなされていた。
もしかしたら原作の福井晴敏による『1stガンダム』以降のガンダム・シリーズへの批評なのかもしれんが。
本作『episode 2』ではバナージとマリーダによるスペースノイド達がなぜジオンに傾倒していったかが語られる。
この説明が実に上手いしちょっと感動的ですらあった。
台詞による説明も適切な演出の上でなら自然にするものだなと感じた。
特に本作の太陽すら他の恒星に紛れてしまう小惑星帯で生きる人類であっても、自分達を照らす光、神が必要であるというくだりはいい。
想像力がかきたてられる。
原作にもある台詞や設定だろうが、映像に置き換えるというのはまた別の難しさがあったに違いない。
今回からフル・フロンタルが出てきた。
原作を読んでいないオイラは今後彼がどう物語に関わってくるのか分からぬが、『1st』のシャアをイメージしたのは明らかだろう。
本作、『episode 1』でのコロニー内での戦闘のように『1st』を意図的にトレースしている。
『episode 2』ではフル・フロンタルの乗る赤いMSがユニコーンガンダムの腹を蹴るシーンがあるのだが、コレ『1st』と同じアングルで同じ様に撮ってるんだよね(笑)。
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スタッフは『1stガンダム』の現代版のリメイクをしているつもりなのかもしれない。
つまり原典に戻って作っているという意思表示なのだろう。
『episode 1』ではスルーしてしまったが、バナージが右目を掌で覆う癖の由来が示される。
その他"La+"の表示が出たりとかなり今後の伏線としての情報が詰め込まれている予感。
アンジェロ大尉のノーマル・スーツやMSの色が紫というのも意味深かな。
紫ってたしか嫉妬を意味する色ではなかったっけ?
ちょっと自信ないが(笑)。
紫は男女に対して中性的な色とも言われているし、まあ深読みかもしれんが。
時間をかけて丁寧に作られているようなのでこのまま最後まで走りきってもらいたい。
作画もかなり凝っている。
今回もマリーダがらみの動きがいい。
『episode 1』ではバナージに蹴られて落ちてきた仲間の眼鏡を取ってつけてやるという手の込んだ作画があって「スゲエ」と思った。
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『episode 2』でもマリーダさんがらみ(笑)。
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こういうの見ちゃうと、マリーダって人はクールに見えて本来やさしくて気を配れる女だったのかもしれんと思える。
アニメーター達ももしかしたら思い入れが強いのかもしれない。
わざわざこんな面倒な作画をするんだから。
それからバナージとマリーダが教会に行くシーン。
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画面を通り過ぎた後、奥で中をうかがう人影が(笑)。
これが『episode 2』のこのシーンの後に出てくる所に繋がる伏線なのだが、これ劇場じゃないと気がつかないよね(笑)。
オイラは3度目をパソコンの画面をフルスクリーンにして気がついた(笑)。
今後も楽しみである。
ところで、この作品に出てくる女の子ってみんな賢くて大人な感じで良いっすね(笑)。
出てくる男がドイツもコイツもバカに見えますな。
やはり女性の方が賢いんだろうね。
ミコットも可愛いし、ミネバもいい。マリーダも良い奴だと思うし、レイアム副長なんて実務に長けた士官の雰囲気もあるしね。
だけど今回のお気に入りは、
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ミヒロ少尉(はーと)w。
やはり原作は映像すべて観た後の方がいい。
今から読んで内容知っちゃうのもね。
とはいってもウィキペディアで結構内容知っちゃってるんだが(笑)。
by 16mm | 2010-11-14 20:51 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『トイ・ストーリー3』『フライ,ダディ,フライ』

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先週の週刊スピリッツ誌。
不許可転載である。
褒められた事ではないので開き直るつもりは無い。
オイラが言う事ではないが、酷い表紙だ、というか、ヒドイな真木よう子、というか、最大の原因はリリー・フランキーだ(笑)。
オイラも写真を趣味にしてるのでこういう事を言うのは天ツバものなのは分かっているのだが、リリー・フランキーが真木よう子を撮って週刊誌のトップを飾るのは知ってる限り二回目。
前回見た時もウンザリするほど酷かった。
ひとえに「あの真木よう子がブサイクに写ってる」ということにオイラは憤っているのだ(笑)。
雑誌の巻頭で数頁あるにも関わらず、写っている真木よう子が「普通」か「普通以下」の顔で写ってる。
別にニッコリしてる顔を撮れなんて愚の骨頂なことをいってるわけではない。
真木よう子というあれだけの魅力のある女性がまったく魅力的に見えないのが問題なのだ。
いやいや。
真木よう子を撮ってこんだけブサイクに撮れるというのはもしかしたら特殊な才能かもしれない。
突き放して写真を撮っていると言えば聞こえは言い訳だが...もう、見てるとイラっとするような写真。
これじゃただ真木よう子を撮りました、という偶然携帯電話のカメラで撮ったのと変わらない。
むしろ撮る人によってはリリー・フランキーより上手く撮れる事だってある筈だ。
リリー・フランキー自身はついては言動やイラストは好きなんだけどね。
写真はやめれ(笑)。
ウィキペディアによると真木よう子の旦那がリリー・フランキーに弟子入りして小説家を目指している、という微妙な事をしているようでその関係での撮影だったのかもしれん。
だとしたらクダラナイですな。


『龍馬伝』
本日の龍馬伝は龍馬とお龍の今生の別れを描いていた。
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真木よう子、カツラがうまくハマって可愛く見える。
そう、こうでなくてはいけない(笑)。


本日日曜日ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニングマシン。
ランニングマシンは65分で9.15km。
60分で9kmには届かなかったが、もうちょい無理すればなんとかなりそうな感じ。
来年は60分で10kmだな。今年は無理だけど。
体重91.25kg。
ちょっと増えたな(笑)。


『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』のHPに行ったらアラびっくりw。
これまでの2008年からの映画評、シネマハスラーが公開されているではないか。
さっそく気になるところをダウンロードして聴いている。
シネマハスラー以外にもサタデーナイト・ラボという企画モノのデータもアップされていたのでコレもダウンロード。
町山智浩が結構頻繁に出ているようでうれしい。
後は細田守監督も出ていた。
ちょっとした宝の山である(笑)。


その宇多丸のサタデーナイト・ラボで原作の『ウォッチメン』についての考察があった。
で、もう一度最初から原作を読んでいる次第。
なるほど。
一度目よりも結構共感して読めるな。
苦労して原作を読み解くのもいいけど、やはりその魅力を解説してくれるものに接するのもいいかもしれない。


宇多丸のサタデーナイト・ラボで「世界が自慢されたい日本映画」をやっていた。
日本映画で全米ボックスオフィスのベストテンの中に入った唯一の映画は『ポケモン』であるという事実。
ミヤザキでもクロサワでもキタノでもない。
それはなぜか?
非情にシンプルな考察なのであるが、つまり多くの日本人はなぜアメコミを読まないか?ということと理由の根っこは同じだという事だ。
日本人にとって読みにくいアメコミを読まなくても日本にはたくさんの日本の漫画がある。
それと同じ様にアメリカ人はわざわざ外国の映画を字幕や吹き替えで観なくても自国で溢れるほどの映画がある。
善し悪しではなく、自国のものだけで不満を感じなければわざわざ外国のものに触れないというのは映画も漫画も同じであると。
少数のマニアだけが外国のものを受け入れるだけだ。
なるほどなと思う。


『トイ・ストーリー3』
『トイ・ストーリー3 スーパーセット』を購入。
これはブルーレイ2枚にDVDとiPod touch等に入れられる様にというデジタルコピーディスクが付いていた。
ピクサー作品はデータ化がしづらかったのでデジタルコピーディスクというのはよかった。
今後この手のディスクが増えて行くのかもしれない。
増えてくれたらなとも思うが。
取りあえず最初はDVDで観て、その後通勤でiPod touchで視聴。
いやはや。おそろしやピクサー(笑)。
まったく隙が無い。
この可愛気のなさに逆に反感をもつこともあるのだが(笑)。
観て間もない方の印象にひっぱられるわけだがw、『ヒックとドラゴン』もよかったけど、やはり本年度は『トイ・ストーリー3』だな。
ストーリーとしては最後の最後までツイスト(ひねり)を効かせるような作りがすばらしい。
ストーリーとしてはウッディとバズが握手をして別れるシーンがあるのでその流れで物語を閉じてもいいわけである。
つまりウッディはアンディと一緒に大学へ、バズ達は屋根裏かボニーの家へという展開だってよかった訳である。
しかしピクサーはここからツイストを加える。
ウッディとアンディの別れを描いたのだ。
他の力で引き離されたのではない。
切っ掛けを作ったのはウッディであるが(自分からサニー・サイドの箱に入ったのだから)、アンディも自分の意思でおもちゃ達と別れる決心をしたのだ。
それはボニーという女の子がアンディのおもちゃ達を引き継いでくれるという見込みがあったからだろう。
人生における別れというものを前向きに描き出し、そしてそれはアンディの成長をも意味している。
ウッディ達がさかんに「アンディのおもちゃ」であるということを言っていたのは、子供であるアンディの精神を守る守護者としての自覚もあったからに違いない。
アンディがウッディどころか母親とも別れて暮らして行ける強さを身につけたと知ったウッディは自分の役目の終わりを自覚したのだ。
分かれというものをこんなにも清々しく前向きに描いた映画はそうはないだろう。
生身の人間がやっているわけではない漫画映画だから出来たんだというのであれば漫画映画の最大の利点になるのではないか。
実際はそんなものではないという事は言わずもがななわけであるが。
この完璧ともいえる結末のおかげでこの『トイ・ストーリー』という物語は大団円で終える事ができたのだ。
その他この映画でやはり涙が出る思いだったのが溶鉱炉の手繋ぎシーン。
それからアンディがボニーにウッディについて語る所も泣けた。
もちろんそう思っただけで、実際に泣いたわけではない(笑)。
おもちゃを題材にしている所為か、実はダークな部分もやりたい放題詰め込んでいる。
真夜中の自販機の中でギャンブルに興じるおもちゃ達の図であるとか。
いくら漫画映画でも人間をモチーフにした中でやることはできなかったであろうことをやっていた。
バズのフラメンコやケンのファッションショーのくだらなさ(褒め言葉である)は自然にほっぺが緩むな(笑)。
それにしてもピクサーの描くキャラクターの絵柄はどこからきたのであろうか。
他の3Dアニメや日本の漫画の原作である筈の『ATOM』にいたるまでどことなくアメコミ・テイストで典型的な日本人のオイラは躊躇してしまうのに、ピクサーのキャラクターは割と素直に観れてしまう不思議。
このおもちゃをテーマにした映画というのも、現在の子供達って人形で遊んだりするのかな?最初からゲームで育ってましたというとこの映画への共感って薄くなるのかもしれん。
おもちゃで遊ぶということがどんなに子供の想像力を鍛え、子供自身の心を守っているのかという一面の真理を描いているとも言える。
それはピクサーの製作者達が自分たちの子供時代を大人の分析力で理解した結果なのかもしれない。
ところで最後に一つだけ気に入らない所を。
エンドクレジットのスペシャル・サンクスでSteven Jobsの後に、多分トトロがらみであろう"hayao miyzaki"の文字を観た時には感無量だったよ。
だけどその後に"toshio suzuki"と出てムカっとした(笑)。
出すなよ、そんな名前(笑)。



『フライ,ダディ,フライ』
AmazonでDVD購入。
DVDや本は基本的にお店に行って買う事にしているのだが、注文しなければならない場合はAmazonで購入することにしている。
金城一紀×岡田准一×堤真一が組んだ『SP』以前の作品。
正確には岡田が金城の原作を気に入ったことから始まり、『SP』も岡田と金城のコラボレーションという側面が強いと思われる。
『SP』の効果であろうか、先週本作のDVDが一瞬在庫切れになっていた。
ほとんど予備知識も無く、ネットのレビューで購入に踏み切った。
先々週に観た同じく金城一紀×岡田准一×堤真一の布陣である『SP 野望篇』が面白く観れはしたが"映画"にはなっていなかったのに比べると、この『フライ,ダディ,フライ』はまさしく"映画"の風格を備えていた良作であった。
冒頭からモノクロで湾岸?の夜景から始まる。
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花火は合成だろうが、花火が散ってる中を飛んでいるような気分にさせられるすばらしいオープニングだ。
この冒頭から15分ほど続くモノクロの描写の必要性云々の判断は難しい所であるが、モノクロからカラーに変わるシーンはすばらしいと思う。
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岡田が最初に出てくる(顔はちゃんと見えないのだが)シーンなおであるが、学校の屋上、鳩の羽毛が足下にある描写から、鳩の前で立ち止まる岡田。
股の間から鳩が見えている。それが飛んで行くのだがそのタイミングが絶妙。
CGなどではなく助監督が鳩を調教(できるのか?w)して、音を鳴らすと飛ぶ様にしつけたらしい(笑)。
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岡田が扮する朴舜臣(パク・スンシン)が羽毛が舞う中"鷹の舞"というのを踊っているカットでモノクロから次第に色づいてくる。
この一連のシーンにゾクゾクしたよ。
『SP 野望篇』がついに獲得することができなかった空間の広がりと奥行き。
あたかもスクリーンの向うにそのままの青空が広がっているような気持ちにさせられる。
これが撮影でのレンズの選択であるとか光源の所為なのか、かかる音楽の所為なのかはまだ分からない。
そのすべてが要因なのかもしれないが。
そしてこのシーンで観る者に植え付けられた決定的な印象。
岡田准一は美しい(笑)。
いや笑いごとではなく美しい。
この頃の岡田の持つ雰囲気は『SP』の井上ではあり得ず。また『SP』の現在の岡田では朴舜臣は表現が難しいだろう。
当時の岡田にあった、それしかなかったと言える"飢え"が役柄に隙間なくはまり込んでいるような。
本当に近寄り難い孤高さが美しさとなって備わっているのだ。
多分、岡田だけではなく金城も堤もみんな飢えていた。
映画という媒体を通して自己実現を模索する焦燥や不安感が映像を通して訴えかけてくる。
それが明らかに映像に美しさと力強さを与えている。
物語自体は言ってみれば非情にベタな話である。
まったく無意味で不条理な理由で殴られた娘と、その娘を一瞬でも疑ってしまった自分におとしまえを付ける為に相手の男を殺そうと決意する平均的なダメ親父の話である。
堤真一扮する鈴木一をサポートする高校生達は、鈴木と相手の決闘を賭けの対象にしてはしゃぎ過ぎじゃないかなともおもったのだが、そこは金城はうまく理由付けを台詞にしておる。
「夏休みを見ず知らずの親父のために使ってるんだから、そのくらい」
というね。
まあなんとなく納得できる理由ではある。
ダメ親父の鈴木が朴舜臣とのマンツーマンのトレーニングによって戦い方を学んで行く。
その過程で鈴木は大人としての、子供を守る大人としての自信を取り戻して行き、朴舜臣の孤独をも癒そうとするようになる。
最後に鈴木が相手を倒した時に、やっと朴舜臣は鈴木が強い頼れる大人であると認めたのであろう。
無邪気に飛びついて抱き合う二人の開放感は実にすがすがしいものであった。
守護者としての大人をやっと自分も手に入れる事ができた安堵感や嬉しさ。
朴舜臣がはじめて笑った瞬間でもある。
ところで娘を殴った学生の役で須藤元気がでてるんだけど、彼はすごいね。
凶悪な演技を巧みにこなしている。
岡田もコメンタリーで絶賛していた。
で、この須藤元気の役名が石原勇輔。
父親が衆議院議員のイシハラリュウタロウ。
ウハハハハ。
金城、確信犯だろう(笑)。
結末はハッピーエンドで終わるベタな物語と言えばそうだし、中盤話が停滞する部分がかったるく感じる事もあるにはあるが、圧倒的な映画的な官能性は確実に感じられた。
大満足である。
この監督の次作というのを期待していたのだが、まあ話題をほじくりかえすのもなんなのでアレだが、当分映画の監督は無理な感じ。
バカなことしたな。
もったいない。
しかしコメンタリーでも言っていたが、この『フライ,ダディ,フライ』ってタイトル言いづらいね(笑)。
オイラもそうだけどだいたいみんな『ダディ,フライ,ダディ』って言っちゃうみたいだから(笑)。
by 16mm | 2010-11-07 22:54 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

HDR  Pro HDR

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iPhoneのPro HDRをオートで使って撮影。
多分写真見慣れていない人はこの画像のなにが特別なのか分からぬだろう。
通常太陽に向けて撮影しているので所謂逆光になるわけである。
太陽に露出を合わせれば
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このように下半分は潰れ気味になる。
反対に下半分に露出を合わせると
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このようになり太陽のある上半分は飛び気味になる。
これはデジカメでもフィルムでもそうなのだが(特にポジフィルム)表現する階調は肉眼よりも狭いので、明るい方を基準に階調を設定してしまうと暗いところが、暗い方を基準に階調を設定してしまうと明るい方の階調が表現できなくなる。
上記二枚の画像を見ても分かる様に暗く見えるところにも実はちゃんとディティールや階調があって、それは明るく見えるところも同じなのである。
フィルムの時は(デジカメでもつかってるかもしれないけど、だいたいPhotoshopで後処理をしてるだろう)ハーフNDとかのフィルターで露出差をある程度解消したり、近くにあるものならストロボでのデイライト・シンクロでそれを行っていたわけである。
で、最近手軽にできる様になっためか、結構流行ってるデジカメによるHDRでの撮影。
iPhoneのPro HDRは明るい暗いの二つの画像を自動的に合成して階調に幅があるような画像を手軽につくれるソフトである。
最初見たときは結構不思議な写真だなと思って感心していた。
が、実は個人的にはあまり好きではない。
画像がどーものっぺりした、というか、絵みたいに見えちゃうんだよねw。
一番上の画像で言うと、夕焼けと駐車場が同じくらいに主張して見えて印象が散漫になる。
駐車場を見せたい、という強い動機がないかぎり駐車場を暗くつぶして夕焼けを見せた方が良いと思われる。
今迄見てきた写真というものの印象が強いせいか、画面の中に強く暗いところとか強く明るい所が僅かでもないと(僅かでいいんだけど)"写真"って感じがしない。
オイラも自分で撮った写真をいじり倒すのでハタから見たら「こんなの写真にみえないよ」と思われているかもしれない。
いや、実際に似たような事は言われた事があるんだけど(笑)。
まあオイラの芸風だからしょうがない(笑)。
それはともかくiPhoneのPro HDRって結構おもしろいし手軽なので露出のちょっとした補正という部分に関してのみで使って行こうかなと思ってます。
by 16mm | 2010-11-03 20:03 | iPhone | Comments(2)