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『さや侍』『ゆれる』『SUPER 8 スーパーエイト』

本日日曜日、ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニング・マシン。
ランニング・マシンは傾斜を3度から9.5度をランダムに変化させ、スピードは時速5km〜13.5kmぐらいを自分で調節して65分で6.5kmぐらいになるようにした。
結果は65分で6.55km。
このぐらいでも結構汗だく。
久しぶりにそこそこに走れた感じ。
体重91.11kg。


普段はとにかく安静に過ごす事を心がける。
意識的に食事を控えるようにしている。
とは言っても、間食を前よりしなくなったり、寝る前に食わないw呑まないw、という程度のものである。
痰自体はおそらく耳鼻科でもらって抗生物質が効いているようで前よりは楽になっている。
朝、一日一回の抗生物質の服用であるが、その朝がやや痰がつらい事になっている。
息苦しさは最近は出ていない。
思うに具体的に痰がを減らす効果は耳鼻科の薬で、息苦しさの解消は心療内科の薬の効能かと。
実際、先週の朝方鼻がつまったりしたのだが、それが直接息苦しさには繋がらなかったからだ。
このあたり、全部オイラの素人考えであるが、問題はかかる医者かかる医者、決定的な診断をくだしてくれないのが問題だ。
異常なしと診断されても苦しんでる状況を、医者は患者の単なる我慢の足りない甘えと捉えているのかもしれん。
しかしね、オイラが息苦しくなってた時は本気で死にたいと思ったよ(笑)。
だって原因分かんないんだもんな。
治りようが無いと絶望的な気分に。
取りあえず現状、自律神経が原因ではないかとアタリをつけているので、心療内科には続けて通院するつもりである。
今週末は耳鼻科と歯のメンテナンスである。


吾妻ひでお公式HPの今月のひでお日記に漫画賞の審査をする安彦良和と吾妻ひでおの会話が載っている。
安彦曰く
「よく原稿を裏がえしてデッサンの狂いチェックする人がいるけど あんなことする必要ありません 表から見て合ってればそれでいいんですよ」
眼から鱗、かつ、合理的な意見であるが、それはネ申ならぬ安彦良和だから言えるこった(笑)。


CUT誌 7月号。
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興味深い内容が山盛りである(笑)。
『タクシードライバー』のラストの殺戮シーン。
DVDのメイキングのスタッフのコメンタリでは、オリジナルは彩度の高い色合いだったが表現規制の為にやむなく再度を落とした、ということになっていた。
しかし、CUT誌のマーティン・スコセッシの言によると、表現規制の為というところは同じだが、結果的に音楽も無くただただ殺伐としてあのシーンの視覚的な刺激を抑えたあの彩度の落ちた色調を気に入っていると。
タブロイド紙っぽい汚れた感じがお気に入りとのこと。
なるほどなと思う。


月刊ガンダムエース8月号。
安彦良和の『THE ORIGIN』完結なので、なんとなく買ってしまう。
安彦の手のみで描かれた『ガンダム』を見れた事の幸せ。
完結してよかったな、というのが率直な感想。
ただ、『THE ORIGIN』をベースにしたアニメ化の話もあるようだが、止めた方がいいんじゃないか。
安彦が作ったものだから、ということで眼もつぶっていた部分もあるが、新エピソードやなにかを入れ込む事で別の辻褄が合わなくなってる事もあるんだから。
キャスバル・レム・ダイクンとシャア・アズナブルの入れ替わりなんて、あまりにも杜撰な展開だと思ったしね。
そうするとアルテイシアがシャアという名前を敵の名前という以上に知らない訳ないわけだし。
その他細かくあげればいくらでも出てきそうなんだけど、『1st』はここらで納めて終わりにした方が晩節を汚さないと思うのだけど。
出来れば安彦には『逆襲のシャア』のコミカライズをやってもらいたいところだ。
今月号から北爪宏幸の手による『機動戦士Zガンダム Define』が始まったが、雑誌を買うほどの魅力があるとも思えん。
庵野秀明監修の安彦の原画集が楽しみである。

更に月刊ガンダムエース8月号で安彦良和とかわぐちかいじの対談。
興味深いのは眼の良さと描き込みの関係。
眼が良いと細かいところまで見えてしまいディティールを必要以上に描いてしまうとのこと。
大友克洋も相当に眼が良いとの事らしい。
なんとなく納得してしまう話である。


『涼宮ハルヒの憂鬱』のデータ化完了。
後はレンタル店からスピンオフ作である『にょろーん☆ちゅるやさん』をレンタルできればパーフェクト。
『涼宮ハルヒの憂鬱』の並び順は最初の放映順にするのは色々複雑になるのでやめて、本来のあるべき順番にならべることにした。
それを最初から見直しているのだが、やはり最初の放映時の順番をシャッフルした訳の分からない(笑)衝撃が無くなってしまったのが残念だ(笑)。
仕方ないが。


宇多丸の映画評で『X-MEN:ファーストジェネレーション』。
やはり複数回観ないと分からないディティールがあるものだという事を思い知らされる。
それにしても宇多丸の評論は聴きごたえがある。
次回は『SUPER 8 スーパーエイト』の評論とのころで非情に楽しみである。


『さや侍』
先週の感想の続き。
蛇足である。
松本人志は役者に演技を含めた演出をしてるのであろうか?
子役であるとか素人のおっさん相手には通常の監督らしく演出もできるだろうが、これが伊武雅刀であるとか國村隼にもちゃんと監督としての演出をしたのか?
これまで、というかオイラは『大日本人』しか観てなかったが、あの映画も本人が主役でその本人が主軸で映画が進んでいた。
つまり、他人を演出するということを回避していたように思える。
監督である本人の演出のとおり、その本人が演技するというのも技能ではあると思うが。
役者もスタッフも松本のイエスマンで固めて、それで結果がついてくればそんな事はどうでもいいのだが。
自分を演出する一人芝居というものもあるが、映画の、それも松本がやろうとしている形態の映画はそのような体裁で成立するとは思えない。
ベテランの役者の演技に対し時には「ノー」と言わなくてはいけないのが監督である。
それが例え自分より演技経験のある役者であってもだ。
俳優のする演技を経験であるとか大御所であるとかのフィルターを通さずに判断する事は、演技経験があるないに関わらずできること。
通常の映画監督ならみんなやっている。
そして松本人志はポッとでの新人監督と違い芸能人としてのキャリアも実績もある。
いうなればどんな新人監督よりも監督として俳優に対し意見が出来る立場である筈だ。
今回の『さや侍』は自分を出さずに他人に対し演出しようという目論みはあったのかもしれないが、多分に不徹底に終わったように思える。


『ゆれる』
iPod touchで視聴。
良いという評判をずっと聞いていたが評判通り良かった。
映画を作る時、キャスティングし、そして演出するということがどれだけ重要な事かという事を思い知らされた。
これはキャスティングが良かったのか、それとも監督の演出力だろうか。
オダギリジョーも良かったけど、なんと言っても香川照之。
香川はある特定の役柄にハマると途端にリアリティーが増す。
ある特定というのは、うだつのあがらない、なさけない、生真面目で、気の弱い、優しげなetc...という役柄である。
決して権謀術数でやり手でセクシーな総理候補の国会議員(『SP THE MOTION PICTURE』)の役は無理なんだと思う。
有り体に言ってしまえば顔つきがそういう顔ではないから。
顔がどんなでもどんな役だってできるというのであれば、例えば『SP THE MOTION PICTURE』でも香川の演技力と役作りが不足してたようにオイラは感じた。
しかし、この『ゆれる』の香川はすばらしかった。
周りを考えずに出て行き、仕事も順調、女にも不自由しない弟に対し、兄を演じる香川の屈折した感じが実に良く出ていた。
香川の雰囲気と演技力。そして監督の演出力が合わさっている。
香川の演技はこの映画の物語に重々しいリアリティを与えている。
今まで観た香川出演の作品で一番いいんじゃないだろうか。
オダギリジョーもよかったけど、香川にくらべるとちょっと「もうけ役」だなと思えてしまうが。
演出力とキャスティングの重要性が認識出来た傑作であると思う。


『SUPER 8 スーパーエイト』
ネタバレあります。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
スティーヴン・スピルバーグとJ・J・エイブラムス。
あの暴力的で謎めいた予告編。
てっきりアクション・ホラー的な、『ジュラシック・パーク』のようなパニックムービーを予想していたら、ハズレ(笑)。
どちらかというと主軸はボーイ・ミーツ・ガール。
心に傷を負った少年がいて、同じような境遇の少女がいて。
彼等の父親同士はある事故によって関係が非情によくない。
それでも少年と少女は惹かれ合っていく。
最終的には彼等の父親同士が和解。
少年は災厄から少女を連れ戻す。
古典的な枠組みを現代的に語り直しているのは好感がもてる。
ただ、しかし(笑)。
前記したとおり<スティーヴン・スピルバーグとJ・J・エイブラムス。あの暴力的で謎めいた予告編>という徹底したエンターテイメント映画であるというバイアスがオイラにかかってしまったせいか、なんとなくあまりの地味な展開にギョっとなってしまったのも事実である。
スピルバーグの『未知との遭遇』に感じが似ていると思った。
とはいっても、列車が脱線し、戦車が町を蹂躙し砲撃するなどという展開もあり、決して地味な映画な訳ではないのだ。
この映画、劇中で出てくる宇宙生物に対する科学者たちのレポートや映像資料などを出して、最低限の理屈めいたものは提示しているが、完全に説明は仕切れていない。
むしろ理屈というものを徹底的に排除した映画であると思う。
映画の年代を過去、1979年という事にしたことにより、この物語がちょっとした昔話のていにする事により細かい理屈を排除することに成功している。
昔話に理屈はあまり必要ではないからね。
必要なのは昔話の曖昧な記憶補填しリアルに感じさせるものである。
それが感情である。
感情表現である。
物語の終盤、関係の悪かった父親同士が言い訳めいた台詞をしゃべるでなく、表情の演技と間の演出で和解を表現するのも感情的なものとして観客に理解される。
圧巻は宇宙生物と少年の対峙である。
英語で宇宙生物に同情と慈悲と謝罪の言葉を投げかける少年。
宇宙生物に英語が通じるかよ、という理屈を越えた瞬間がこの映画にはある。
真摯な気持ちというものは言語を越え、生物間の種をも越えて感情は共有されるのかもしれないという希望だ。
少年のが思いの言葉を発した時、それまで攻撃的な白目をしていた宇宙生物の瞳に、黒目が現れた。
だからなんだ?というのは理屈の部分。
これを観た観客の多くは、この表現で少年の感情が宇宙生物に伝わったと感じる事ができる。
ちなみにこの部分台詞としても「この宇宙生物、ぼくの言葉がわかったんだ」的なものは一切ない。
宇宙生物の表情の変化のみで表現しているのだ。
E.T.のようにエリオットが英語を教えてお互いのコミュニケーションをはかるという理屈を越えている。
音楽で宇宙人と対話をした『未知との遭遇』にやはり似ている。
言葉を否定しているわけではない。
手っ取り早くコミュニケーションをする手段としては最適なのが言語なのだから。
しかし、必ずしも言語を介さなくても分かり合えるものなのだ。
たとえば、手をしっかりと握るだけでも感情は伝わる。
そういう意味では非情にエモーショナルな映画であると思う。
観た直後よりも観た後にジワジワとくるタイプなのかもしれん。
あの男の子同士のなかに女の子が一人入っただけで、男共がシュンとなっちゃう雰囲気が微笑ましいね。
スピルバーグの映画って夜とか闇がよく似合うね。
それは作っているもののノー天気さ以上に、作家としてのスピルバーグの心の闇の部分かなとも思う。
本作でも明らかに市街戦のような描写をしてる。
そして戦火の中でのラブロマンスをぬけぬけとやった本作。
DVDは買うつもりである。
by 16mm | 2011-06-26 19:32 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(3)

『さや侍』

またも相変わらず病気の話(笑)。
やはり先週の頭は一睡も出来ないという事はなかったが、24時前までは家を抜け出して車でドロドロと走り回っていた。
先週水曜日、以前行った耳鼻科に行く。
ファイバースコープで自分ののどの辺りを見ると、弁の周りにうっすらとした痰がへばりついていた。
ネバネバする感覚はこの所為なのだが、器官自体は炎症など起こしておらず。
したがって窒息する事はないとのこと。
会社の診療所で飲み過ぎは危険だと言われて中止させられた抗生物質を処方してもらう。
飲んで2日目あたりで、それまで出せなかった痰が外に出せるようになった。
抗生物質も少量をコントロールして長期で服用する事も可能だとのこと。
こちらは医者が言う事はなんでも「ハイハイ」聞かなきゃいけないので、それこそ医者が黒と言えば黒と納得する意外ないのである。
一日一回の構成物質により痰での息苦しさはかなり解消された。

更年期障害に効く漢方薬を買う。約5000円。

先週土曜日、以前行った心療内科に。
自律神経系の症状のような気もして、今度はちゃんと通院することにする。
曜日が違うので以前の医師とは違う先生。
患者が後ろで詰まっているのは分かるが、症状を最初から説明しようとして話し始めたら
「カルテにかいてありますから、その後どうなったのかだけ教えて下さい」
とオイラの話を遮る。
確かにその通りなんだけど、気に入らない(笑)。
この医者とは合わないような気がする(笑)。
以前の薬と同じものを3週間分もらう。

心療内科に再度通院する気になったのは、会社の友人が行った方が良いと強行に言われたからということと、たまにであるが、皮膚の内が痒くなる感じがしてイライラしていたことがあったのだ。
皮膚の内なので掻ける筈がない。だけど痒い。で、イライラする。
いきなり色んなところにボロが出てくるお年頃ということだ。
どうせ死ぬならボロになったことに気がつかずに死んでしまいたいと切に思う(笑)。

行きつけの病院の歯科医師に呼吸器系の病院や病状についてのアドバイスをもらう。
受診する医者すべてが敵に見えていた時に、無茶苦茶うれしかった。
それによると、肥満の場合、寝ている時だけ鼻がつまったり、息苦しくなって寝られなくなることがあるという。
脂肪や筋肉の緊張感の衰えが呼吸に影響。
筋肉を動かすのは神経なので、神経の疲れなどでも影響は出てくる...とのことらしい。

なので最近自分にしてはかなり具体的に食事制限をし始めた。
まず間食をしない。ビールも炭酸水も飲まない。
寝る前に食べない。
夕飯のゴハンの量を今までの半分にする。
本日シリアルを買ってきたので、しばらく夜飯はシリアルのミルクかけと野菜で行ってみようかと思う。

数値的には標準体重から20kgオーバーなのでちょっと気合いを入れたい。


息苦しさの発作で耐えている時は車の中でボーっとしているのだが、その時にiPhoneのYouTubeで『5時に夢中』を観ている。
TOKYO MXで放映中。
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司会の逸見太郎がいいね。面白い。
コメンテーターが岩井志麻子と中瀬ゆかりが出てくるのがお気に入り。
TV放映でこんなにあけすけに下ネタを連発する番組としてのタフさがすばらしい。
平日休む時はだいたいこの番組を観てる。
今一番面白い番組だと思う。


現在使用してるiMacに付いていたBluetoothのキーボードをiPhoneでのメール専用にする為に押し入れから引っ張りだす。
なぜ同梱されていたBluetoothのキーボードを使わないかと言えば、
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長年使っている上記のキーボードに愛着があるというのと、Bluetoothのはテンキーがないからだ(笑)。


先週土曜日にジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニング・マシン。
ランニングは44分19秒で3.66km。
その後、久しぶりにサウナに入る。
意識的に腹式呼吸をするようにした。
体重、92.60kg。


先週土曜日にレンタルDVD店を見つけた(笑)。
車で行くような場所ではあるのだが、スポーツジムの比較的近くなので立地がいい。
早速親に頼まれていた『ディア・ドクター』と、後はずっと気になっていた『ゆれる』。
それからあるだけの『ハルヒ』を(笑)。
すべて一週間100円なので1300円ほどか。
すべてデータ化。
ただ『ハルヒ』はいったいどうやって並べるか悩んでるところ(笑)。
物語順にするか、放映順にするか。
さらに新シリーズが挿入されているのでわけがわかりません(笑)。
レンタル店を近場に見つけた事によって、映画のデータ化に拍車がかかりそうである。


しっかし医療費に結構カネを使ってしまったなあ。
使うのはいいんだけど、治らないというのが辛いね(笑)。


『さや侍』
ネタバレあります。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
宇多丸のシネマハスラーでも本作を扱っていた。
宇多丸自身は一定の松本人志へのシンパシーを前提に評論をしていたが、現状芸能界で表立ってダウンタウンの批判は出来ないだろう事を考えれば、その前提を額面通りには受け取れない。
オイラも好きですよ。TVの松本人志は。お笑いに無知な自分ではあるが楽しんでおりますよ。
ただね...。
このただね...から先を言わなければいけない苦しさというものがある。
多くのフォロワーを産んだ誰もが認める一流の芸人に対しもの申すというのは相当な勇気がいるものだ。
一つは同じ芸能人なら、松本を批判した瞬間に仕事のいくつかの可能性を失う事があるということ。
もう一つは、誰もが認める一流の男のやった事に異を唱えることで、後々批評者が実は理解力がなかったという事を露呈してしまうかもしれないという恐れ。
明らかに自分が尊敬し才能を崇めるような人物の作ったものである。
もしかしたら理解出来ないのは自分の無知の所為かもしれないと思うだろう。
で、この『さや侍』であるが、松本人志が劇場映画3作目でやっと一般的な映画監督と同じ土俵に立てた作品であると思う。
つまり、やっと劇映画の体裁をとった駄作を作る事ができた、ということである。
前作の『しんぼる』は観ていないので本作以前に観たのは『大日本人』のみということになるが、松本人志が出演していない所為か、本作は映画を物語としてきちんと作ろうという意思は感じられた。
望遠レンズを多用した描写は『大日本人』のようにキャメラが松本に寄り添うような動きをせず、いわば観客と映画との間に適切な距離を置いている。
『大日本人』の致命的なところはキャメラが常に松本によりそいすぎなのである。
初監督作品で、映画を推進する力は松本しかおらず、松本を写し続けてさえいればドキュメンタリー形式の映画として成立すると勘違いしたところが監督としての力量の不足点。
『さや侍』望遠レンズでも画面の切り取りや、カメラの動き(牢屋で娘が上を向くと、カメラがクレーンアップして二階の父親を写す)等は、あまりにもあんまりな『大日本人』に比べれば格段に良くなっている。
しかし、やっと映画としての基本表現ができただけにすぎない。
ことあるごとに松本は「映画を壊す」と語っているが、映画を知った上で壊すのと、知りもしないで壊しているつもりになっているのとでは大違い。
後者は単に壊れた映画ができるだけである。
松本人志だけでなく、少なくとも多くのタレント、有名人監督は非情に勘違いしている。
北野武や伊丹十三や竹中直人みたいな人間はポっとでて映画を作れてしまっているように見えるけど、そうじゃないからね。
彼等はすくなくとも一作目から少なくとも作品的には評価された。
彼等ができたからって誰でも出来ると勘違いする奴らが多すぎる。
オイラからすればそういう人間は北野や伊丹や竹中の仕事を軽く見てる。
映画を壊すという意味では北野武の監督第一作『その男、凶暴につき』なんて、当時あらゆる意味で映画を壊していたよ。
それでいて映画としてはものすごくまっとうな娯楽作品として成立していた。
松本人志は映画をどうにかするっていうキャッチフレーズが先行しすぎてる。
映画を会社のカネで3本も作っておきながら、映画で評価されたり興行収入で会社に還元したりもできてなかろう。
確かに映画を自由に撮れる立場になったのは芸人としての松本の努力と才能の賜物だろう。
しかし、それはそれとして自分が今映画を撮れているという事に対しもっと謙虚であるべきだ。
映画を壊す、なんてフレーズは松本が言うべきではない。
壊す前に一般的な映画の体裁をとったものを作ってみろ。
映画を壊すとかなんとか言っときながら<宇多丸の指摘でもあったが>冒頭の殺し屋の描写は鈴木清順っぽいなと思ったりした。
今回『大日本人』と違い、きちんとして台詞と段取りで物語を進行させようという気持ちは受け止められるが、その台詞がものすごい説明的。
松本人志はこの作品を自分の棺桶に一緒に入れたい、とか、日本では松本の事ヘタウマではなくヘタヘタでしか評価されないとボヤいていたが、この作品を本当に客観的に観てそう思っているのなら、もうオイラは松本のセンスは分からない、という事にしてもいい。
今回の鑑賞もハナっから"討ち"に行くつもりだったから、映画としては完全に当たり屋的(笑)、まったく期待しないで行ったのだ。
それがまあ、他の松本作品との比較で言えば、ずいぶんまともになったな、と。
下の上。中の下。"努力しましょう"から上がって"がんばりました"ぐらい。5段階評価で1.9ぐらいw。
映画としての土俵にすら載せて語る気にもならなかった『大日本人』に比べれば良くなっている。
ここまで来るのに3本かかっている事を考えれば、松本が北野武の差などを考ることすら図々しい。
映画を演出する才能もないのに映画を作らせてもらっている境遇に感謝するべきであろう。
宇多丸は本作が前二作と違い、少々まともになってしまったのが残念みたいな事を言っていたが、オイラはもっと謙虚に、松本が今後映画を作るならもっと謙虚に対峙してもらいたいと思う。
例えば少なくとも脚本は自分のブレーンにかかせるのではなく、職業的な映画のシナリオライターと組むとか。
そんな感じであと二本ほど作れれば中の中くらいの映画にはなるのではないか。
最期にちょっとイラッとした事。
エンドクレジット「うどん鼻すすり指導 ほっしゃん」とされていた件。
これどういうつもりのクレジットなのか分からん。
笑わそうとしてるのか?
それとも真面目に考えたクレジットなのか?
映画の最期がある種の重さを残して終わったのに、「うどん鼻すすり指導」なんてクレジットはものすごくノイズに感じた。
単に「ほっしゃん」だけでいいじゃん。
by 16mm | 2011-06-19 19:32 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(4)

『ジャッカス3D』『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』

毎週毎週なんですが(笑)、先週の日曜日の夜にまたも息苦しさの発作。
痰がらみで(実際痰がいっぱいでるわけではないが)息苦しくて寝てられず。
結局一睡もせずに会社に。
なんとなく気が張っていた所為か会社で眠くなるという事は無く一日を終えたが、月曜日のその日の夜もなかなか寝付かれずに車で近辺を徘徊。
車で徘徊するのはじっと横になっているより、なにかしら動いていた方が楽だからという事もある。
衝動的に急患で病院にいこうかとも思ったが思いとどまる。
耳鼻科で器官が息が出来なくなるほど狭くなっているという事はないという診断を受けているので、病院にいったり診療所に行ってもそれ以上話がすすまないだろう。
会社の診療所の医者なんて、「こんな事できやがって」バリにせせら笑ってたからね。
取りあえず痰を緩和する薬を飲み続ける事に。
それから痰と鼻づまりのツボを押しまくり、民間療法で痰の緩和に里芋がいいとかいてあったので、朝と夜は必ず献立に出してもらうようにしている。
いや〜、本当にヤレヤレである。


聞いた話であるが(笑)、某会社で社長が抜き打ちで職場の視察をした時に、その職場の社員が社長である自分に挨拶が無いと苦言を呈したらしい。
そこの会社、社長に限らずエラそうな人間は必ず社員が自分に挨拶しないとかなり強行にボヤくという。
しかしね。その会社そこそこ規模の大きな会社なのでそれこそエラそうな人間はいっぱいいて、末端の社員なんて自分の職場と直接関係ないエラそうな人の顔なんて知らないんだよね(笑)。
そんな会う機会なんてないんだから。
そもそもエラそうになったらヒラの社員が全員自分を知ってて挨拶をする筈だというあり得ない幻想を抱いている図々しい人間が多すぎる。
師弟関係でもあるまいし、ビジネスライクな上下関係で挨拶を促進するならエラそうな人間が率先して周りに挨拶してまわったっていいわけじゃないかえ。
まあハッキリ言えば恥知らずですな。


更に聞いた話であるが(笑)、某社のエラそうな人が営業社員に対しビジネスで行った事に対する全ての対価を得意先に請求せよと言ったらしい。
つまり、例えば営業職が自分の職分以外のデザインやなにかのアイデアをだしてそれが採用された場合、そのアイデア料みたいなものを請求するべきだ、ということである。
一見ごもっともな事に聞こえるが、実際の営業でそんな請求を出したらまず間違いなく仕事を切られるだろうね。
営業は得意先との継続的な良好な関係を維持するために意に添わなくても職分以外の働きをしなければいけないことだってあるのだ。
勤務時間外に受ける得意先からの電話対応なんかもそう。
そんなものまでひっくるめてカネを請求しろというのかね(笑)。
要するにそのエラそうな人はもっと得意先からカネをひっぱりだせと。
会社の売り上げ増は間違いなくエラそうな人の評価や収入に直結してる。
現状会社員は得意先から給料をもらう訳ではなく、あくまでも自分の勤めている会社から給料をもらっているわけだ。
得意先からのカネを引き出した事が即その人の給料に跳ね返る訳ではない事は明白である。
そのエラそうな人が率先して自分の会社の方針として得意先に対価を求めることの説明をし道筋をつけるならまだしも、そんな事もせずに難しいところや肝心な部分はヒラ社員に丸投げ。
さぞ自分はすばらしい事を部下に言ったと悦にいっているんだろうな。
今の50代の管理職って本当に質が悪いな(笑)。
地獄へ落ちろ(笑)。


先週土曜日、歯のメンテナンスに。
ひと月ぶりぐらい。
歯茎がスースーして気持ちいいものである。


本日日曜日ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニングマシン。
ランニングマシンは65分で6.58km。
体重91.50kg。


なんか面白そうだと思いiPhoneのアプリで"WordFoto"を買ってみる。
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つまり画像の濃淡や色を文字の大きさや文字の色で表現するアプリ。
たしかに面白いんだけど、気持ち悪い(笑)。
オイラのセルフ・ポートレートだからという部分はおいておいても、すでにあまり使わないかもしれない予感(笑)。
230円、もったいなかったかなあ(笑)。


Macintosh用なのだが、動画共有サイトから動画をダウンロードして変換してくれる"ClipGrab"。
You Tube以外の動画サイトの動画もダウンロードできるのがいい。


宇多丸がAKB48のイベントに感動した旨をラジオで言っていた。
まったく興味のなかったイベントだが、宇多丸が良いというのであれば何かあるんだろうなと思うことにした。


『数寄です! 壱』
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『天才柳沢教授の生活』の作者である山下和美の作品。
まったく予備知識無しで店頭で見つけて購入。
山下和美のエッセイ漫画ということで作者の人となりも分かって面白かった。
かいつまんで言えば山下が家を建てる物語である。
家を建てる話というと思い浮かぶのは伊藤理佐の『やっちまったよ一戸建て!!』という名作。
男の漫画家がこの手の家を建てるまでの詳細を漫画にしているのをオイラは寡聞にして知らない。
逆に女性は家を建てるという行為に男が及びもつかない幻想と妄想を巡らすのではないだろうか。
男が家を建てるという時に考えるのはこの先何十年にもわたるローン返済という現実であり、家を建てるという高揚感は実はあまりないので、そこから漫画等の作品にできるような妄想が立ち上がりにくい。
そうは言いつつも伊藤理佐にしても本作の山下和美にしてもローンや資金のような生臭い話もちゃんと描いている。
それでも女性は自分の家をデザインするということに並々ならぬ思い入れと高揚を感じるんだろうな。
本作は山下の端正な描線が相変わらず美しい。
子供時代の山下の描写の生き生きとした感じも素敵だ。


日曜日の日刊スポーツで松本人志のインタビュー。
『さや侍』関連の事で、いまだにこれまでの映画を壊すなどと言っている。
そう言う事は一度でもちゃんとした映画を作ってから言ってもらいたいもんだ。
映画に関する教養がありませんと自分で白状しちゃってるようなもんだと思う。
『さや侍』は観るかどうか微妙だが、観るとしたらモチベーションは「討ちにいく」という部分でしかなかろう。
予告編のルックですでに行く事に腰砕けになっているが(笑)。
一応映画館のポイントもたまっているのでタダで観れるなら行ってみようか。


『ジャッカス3D』
iTunesでレンタルしiPod touchで視聴。
この『ジャッカス』という映画の名を初めて知ったのは町山智浩のPodcastから。
この作品は『ジャッカス3D』で3本目。
ということは、前二作があるわけだ。
ちなみに二作目は『ジャッカス Number Two』というタイトルで、この「ナンバー2」とはアメリカの俗語で「うんち」の事らしい(笑)。
ちなみに「ナンバー1」は「おしっこ」の事。
「オレこれからトイレでナンバー2」
とか言って使うという(笑)。
で、ここまででお分かりかと思いますが、つまりそんな映画です(笑)。
冒頭と最期に
「危ないことをしてるのはスタントマンかバカです。良い子やクソガキ、幼稚な大人の方は絶対にマネしないように」
という警告文が出る事で推して知るべしだ(笑)。
この映画、ジャンル分けをするとしたらコメディーに入ると思う。
コメディーと言えばこの拙ブログでもとりあげた『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習(字幕版) 』がある。
『ボラット(以下略)』の方は無茶苦茶やってるようでも一方で現代アメリカの問題をあぶり出すような知的な側面もあった。
しかし、『ジャッカス3D』は違う(笑)。
知性や教養や思想性、まったくなし(笑)。
ただ面白いかもしれないからやってみようというだけで無茶苦茶な事をするのだ。
短いスケッチ風のセンテンスで分かれていて物語などない。
ので、オイラも好きなセンテンスを以下箇条書きしていくことにする。

●まず一番笑ってしまったのが蜂の巣でのバレーボール。
半裸でプレイヤーの二人と審判とカメラマンが5万匹の蜂の飛び交う中で蜂の巣をボールにしてバレーボールをする(笑)。
全員蜂に刺されまくる。その様が面白い(笑)。
「100匹にさされたらヤバイ」
「じゃあ99匹までなら大丈夫だ」

●ジェット機の噴射口の後ろで様々な事をする。
傘をもって噴射を受けて空を飛ぼうとして、ゴロゴロと数メートル飛ばされていく(笑)。
ムササビの格好をして空を飛ぼうとして、ゴロゴロと数メートル飛ばされていく(笑)。
噴射で飛ばされたボールを身体にうけて、ゴロゴロと数メートル飛ばされていく(笑)。
噴射に向かってオシッコをするも当然自分にかかり、ゴロゴロと数メートル飛ばされていく(笑)。

●鉄道ジオラマの中に山がある。その山が突然噴火。
その山はジャッカスのメンバーの尻であり、あらかじめ浣腸をしていて、それが噴火(笑)。
当然そこら中ウンコまみれ(笑)。
カメラマンのオッサンも撮影できずにゲロを吐く(笑)。

●強力接着剤をつけた手で胸毛をむしる。

●ランボルギーニで抜歯。
ランボルギーニに糸をつけ、それをジャッカスメンバーの歯に結びつける。
ランボルギーニを走らせる。
ランボルギーニのパワーでコキッと歯が取れる(笑)。
この時ランボルギーニの助手席に乗っていたジョニー・ノックスビルがなぜかヤクルト・スワローズのユニフォームを着ていた(笑)。

●などなど...etc...。

ハッキリ言ってゲロ吐きそう(笑)。
阿鼻叫喚とはこのことだ(笑)。
どちらかというとたけし軍団の芸に近いかもしれん。
やることなすことバカとしか言いようが無い(笑)。
このジャッカスの中心人物がジョニー・ノックスビル。
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パッと見はボラットよりも知的に見えるハンサムな奴なのだが、やってる事は最低である(笑)。
このジョニー・ノックスビルが登場するたびに
「マイ ネーム イズ ジョニー・ノックスビル。これから●●をやるよ」
とバカっぽく宣言するのがおかしい(笑)。
このジャッカスのメンバーが気持ちいいくらい良く笑う(笑)。
このアホらしいいたずらをした方もされた方もゲラゲラ笑っている。
それを観てオイラもケタケタ笑ってしまった。
今日のジムでのランニングマシンで走りながら蜂の巣のバレーボールを観て笑ってしまったよ(笑)。
この映画前二作が好評だったとのことで
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予算が結構ついたようだ。
壁に火薬を仕込んで爆破したり、ジェットスキーでジャンプしたり、精工ゴリラスーツを作ったりと。
で、予算がとれたことで更にこのバカバカしい映画を3Dで上映するということもやっている(笑)。
iTunesでは当然2Dでの視聴だが、十分である(笑)。
この高額な制作費で3D撮影のうえに高画質。ハイスピード撮影の多用でまあ映像は無茶苦茶綺麗なのだが映っているモノはどれも最低のものばかり(笑)。
圧巻はクレーンにゴムをつけて地上から上空に向かって簡易トイレを飛ばす逆バンジー(笑)。
簡易トイレの内にシートベルト付きの椅子をつけてジャッカスのメンバーを固定する。
簡易トイレと地上を繋いでいるワイヤーを切るとクレーンについたゴムの力で簡易トイレは100メートルぐらい飛ばされる(笑)。
その内部を撮ったハイスピードかつ高画質の映像がすばらしい。
飛ばされて下に落ちてくる間が無重力状態になり、大小さまざまな飛沫や物体が宙を舞う(笑)。
簡易トイレの中はウンコまみれ。
ジャッカスのメンバー、カメラマン、みんなゲロを吐く(笑)。
ある意味やっている事に意味付けをしない潔さがすげえロック。
内田裕也なんぞと覚悟が違うね(笑)。
この映画、ゲロ吐きそうになりながらも楽しめたが、やはり誰でもにはオススメできん(笑)。
チンコとウンコとゲロ。
それらを文字通り命をかけてやる愛すべきバカ野郎ども(笑)。
ただ突き抜けたバカな行為というものには価値があるかもしれないとは思わされた(笑)。
下品に負けずに笑いたい人にオススメです(笑)。


『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
『X-MEN』について劇場版第一作の『X-メン』しか観ていない。
劇場版第一作の『X-メン』は監督がブライアン・シンガーだし、それなりに面白かったが、どうも続編に興味がつなげなかった。
今回観に行こうと思ったのは監督が『キック・アス』のマシュー・ヴォーンだからということが大きい。
それと『X-メン』の前日譚としての位置づけなのでシリーズを観続けてなくても楽しめるかなと思ったのだ。
映画は自分が考えていた以上に良くできていて面白かった。
今のところ『ブラック・スワン』『エンジェル ウォーズ』とベスト3に入れても良いかなと思っている。
知ってるとニヤリとするシーンが幾つもあって、敵の人脈をイラストにして壁に貼っていたりするのは『キック・アス』でもあったし、アメリカの作戦指令本部の会議室はキューブリックの『博士の異常な愛情』のそれだし(笑)。最近では『博士の異常な愛情』というよりも『ウォッチメン』で出てきたと言った方いいか(笑)。
この作戦室のデザインは今見ても秀逸だよなあ。
映画自体はこのシリーズを通じて描かれている「マイノリティー達の葛藤」を基調にしている。
色々な置き換えが可能だと思うが、オイラからすると" オタク"と"それ以外"の人々という感じに置き換えて観ていた。
映画の内容、演出などは観るべきところが多数あり、この監督に大友克洋の『AKIRA』とか『童夢』のような作品をつくってもらえたらなとも思った。
これはどうせDVDを買うのでその辺りの感想はその時にしようと思う。
しかし少々備忘録としてかいておく。
それは、米ソの冷戦の時代というものが昔話としてファンタジーの受け皿になるような時代になったのだなということだ。
ミュータントなどが出てくる話をなかなか現代で表現するのは難しい。
理由は簡単。
現代にミュータントは存在しないから。
しかし、未来やありえたかもしれない過去という時代設定を用いる事でミュータントの存在にリアリティを持たせる事ができる。
映像技術、CGでの映像表現の高度化がそれを後押しする。
『インディー・ジョーンズ』がそうであるように過ぎ去った過去は歴史の知識として共通認識をもたせやすい。
『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』の冷戦におけるキューバ危機などは多くの人間が知っている事だ。
ミュータントを、その本当にあった世界情勢と世界観のなかに置くことで荒唐無稽な設定にリアリティ与える事ができる。
その世界観は多くの人が知っていることであればあるほど強固なものになる。
米ソ冷戦がそれだ。
米ソ冷戦も時代劇として扱われるようになってきたということか。
SFアクション映画の世界観に冷戦時代を設定できるほどに、世界は冷戦から遠のいた。
しかし、世界は平和になったわけではない。


明日はやや忙しそうなので今晩眠れますように(笑)。
by 16mm | 2011-06-12 21:57 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『涼宮ハルヒの消失』

本日日曜日、ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニング・マシン。
ランニング・マシンはかなりゆるく65分で5.27km。
そのかわり傾斜を0度から7度をランダムにする。
体重91.65kg。


先週の土曜日は心療内科にいく日ではあったが、一応眠れなくなるほどの窒息感の発作も治まったようなので行かなかった。
薬も先週の半ばぐらいでのむのを止めていて、また発作が出たらのむ事にしようと思っている。
痰がたくさんでるわけではないのに、喉に痰が滞留してるような感じはまだ治まらない。


薬を飲むのを止めた所為なのか。
止めた時からどうも夢見が悪い(笑)。
夜中に目が覚めて、暗闇が怖くて電気付けてしばらくウトウトする。
まあ、そののち電気消してまた寝ちゃうんだが(笑)。


先週土曜日はヘアカット。
頭皮のマッサージがむちゃくちゃ気持ちいい。


ビッグコミックオリジナル誌の『岳 みんなの山』。
新章ともいうべき展開。
非情に期待できる。
今まで以上に山で「生きる」という事に対する真剣さと、その真剣さが足りない時の代償をシリアスに描くだろうと思われる。
尊敬する二人の巨匠の邂逅(笑)。


谷口ジローがフランスの芸術文化勲章「シュバリエ」が授与された。
「シュバリエ」は大友克洋ももらっている。
この手の評価は日本では期待出来ないので目出たい事だと思う。
フランスでの評価によって日本でも国として谷口に対する評価もあがると思う。
そういう図式と流れで日本での文化的芸術的評価というものを定着させるしかない。
どう考えたって日本の賞を出す人間が谷口に賞をやろうとは思わんだろうから。
漫画に賞を与えるとしたら、せいぜい新聞の政治ヒトコマ漫画の作者ぐらいにだろう。
とにかく、谷口ジローの授与は喜ばしい。


日本全国民を敵に回した感がある管総理(笑)。
マスコミのドイツもコイツも管おろしに躍起になっておる。
管総理を降ろすのはいいが、では次に仕切る人間が確実に管総理よりまともなのか?ということは誰も言及せん。
言っちゃ悪いが、管総理を降ろした後の後任総理がこの震災と原発でデンパってる状況を打開できるとはまったく思えない。
やる気ならそれこそ管総理を支える形でやればいいのだ。
権力に執着する管総理、などと言っているが、今誰が総理になっても無茶苦茶大変だし責任がキツイよ。
管総理なんて被災地や被害にあった人を見舞って罵倒されたりしてるんだから。
そんな事態の時に、進んで火中の栗を最小限の火傷で拾える人間なんていない。
管総理にやらせ続けるがいいじゃないか。
マズかった時にの方向修正的な批判はそれこそマスコミがやればいい。
誰が総理になるとかで揉めてる場合じゃない。
管総理だって自分から辞めますなんて言ったら一斉に「責任逃れの無責任」で責められるからツライところだろう。
マスコミも国民も、そしてオイラも民主党に期待して政権を渡したんだから。


宇多丸の映画評で『アジャストメント』。
観なくて良かったと思った(笑)。
体調的になんとなく映画を敬遠していたが、体調万全だったら観に行ってたかもしれん(笑)。
魅力はフィリップ・K・ディックが原作という意外ないんだよなあ(笑)。


痴話喧嘩、というか愚にもつかないみっともない事をした上に、人物的にもまったく興味がないので本来話題にするべきではないなと思いつつ内田裕也の件(笑)。
内田の音楽的なところの立ち位置などはまったく分からない。
が、どうして彼になんとなく注目してしまうかと言えば、北野武や竹中直人なんていうオイラが尊敬してやまない人達が内田に一目置いているようだからだ。
なぜ一目置くのかがまったく分からないのだが、それはオイラが分からない内田の才能を北野や竹中が認識してるのだと(真面目に)謙虚に思い、なんとな〜く納得いかない感じでは注目していたのだ。
しかしである。これ以降どんなに内田裕也を奉ってる人がオイラの尊敬する人間であったとしても、もうコイツはダメだなと思う事にした。
女好きで浮気性でヒモ体質であるのはいい。それがロックだというなら素直に納得もしよう。
それはつき合う女性も納得した上でと思うからだ。
だが報道されているような行為(無断で女性の家の鍵を変える。脅迫するetc...)はまったくいただけない。
明らかに嫌がる女性を下らない行為で自分の方に向かせようとしている。
去る者は追わず。
やせ我慢。
その上で我が道を行く。
それが崇高なロックの精神ではないのか。
ロック歌手としてのヒット曲もないような人物からロックのスピリットを取ったら自己顕示欲のみのカッパハゲのジジイでしかない、ということを実は本人が一番分かってない。
犯罪とも言えないようなくだらない事をしておいて、6月3日開いた会見は内田の自己顕示欲と自己弁護の自己憐憫に溢れた無様さであった。
片膝をついての会見というのも、意味的には"丁重なお辞儀"であろうが、内田がやると単に見苦しく格好だけつけているようにしか見えない。
もっとも腹立たしいのは伊集院静やクリント・イーストウッドの名前を出したところ。
男女間の問題というか、自分のくだらなさの免罪符として伊集院静やシェークスピアの名前を出して文学的な永遠に解決出来ない問題だ、などと言っている。
内田という男は自分の言葉をやたらと権威づけて話すのが本当に鼻につく。
女癖のわるさや愚劣さを自分で引き受けようとしない卑怯者だ。
更に
「クリント・イーストウッド監督は次々に素晴らしい作品を作っている。ジョン・レノン亡きあと、尊敬している。(自分も)素晴らしい作品を作りたいと固く決心している。見届けてください」
だと。
内田は自分がイーストウッドやジョン・レノンのような存在になれる要素がまだあると思っているようだ。
ここまでいくと誇大妄想も甚だしい。
本当に関係ない人間の名前を出して自分の愚劣さに巻き込まないで欲しいもんだ。
ロックンローラーとしての生き様を変えたくないなどと言っていたが、もう内田には微かに残っていたであろうロックの精神自体も自らの手で消してしまった訳だから。


無重力感
スカイダイビングをやってみたいとは思わないが(笑)。
こういう映像を撮ってみたいなとは思う。


一昨年、パソコンを壊して集めていた画像も無くなってしまっていた。
iPod touchの壁紙に使っていた気に入っていた画像もなくなった。
辛うじて壁紙としてiPod touchには残っていたのだがオリジナルの画像をネットでずっと探していた。
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この画像、すごく気に入っていたので、色々検索をかけても引っかからなかった。
で、このiPod touch上で壁紙になっている状態をデジカメで撮って画像にし、TinEyeという画像検索のサイトにかけてみたらあっさりと見つかった(笑)。
この手の画像検索サイトは幾つもあって、今までも別のサイトで試した事があったのだが。
取りあえず見つかってよかったw。


『涼宮ハルヒの消失』
iPod touch上で視聴。
このシリーズは以前TV版の『涼宮ハルヒの憂鬱』2006年版を観て好きにはなっていたが、その後にやった2009年版は観ておらず。
で、その2009年版をすっとばした上で2010年公開の『涼宮ハルヒの消失』を観た事になった。
2006年版だけした観てないとしても映画として楽しめるが、2009年版を観ていた方がよかったなとも後悔した。
ただ、なんの予備知識もない状態ではこの『涼宮ハルヒの消失』は楽しめないという事は言うまでもない。
この映画、というかシリーズを通しての話であるが、作り手はいったいどんな意識でこのアニメーションを作り上げたのだろうか?
これは否定的な意味ではない。
この作品はアニメーションの作画的にも内容的にもかなり高水準に属すると思われるからだ。
このシリーズの内容を語る事に実はあまり意味がない。
言ってしまえば全てがパロディーで出来ているようなものだからだ。
原作小説もそうなのかは分からない。
それは押井守のであったり、『エヴァ』のであったり、『もののけ姫』であったり、その他諸々であったり。
それらをパクっていると言っているのではない。
パロディーの本来の意味である、似ていても違った見せ方をする、という部分に相当な力をそそいでいる。
特にオイラはこの作品から押井の『うる星やつら』のテイストを感じ取る。
理屈に"へ"がつくぐらいのw理屈。
そしてそれを台詞としてでなく登場人物のヴォイスオーヴァー(モノローグとかナレーションと言われているもの)で語る。
台詞にしてしまうとどうしても所謂説明的な台詞というものになってしまうが、これがヴォイスオーヴァーであれば設定や状況を自然が形で観客に提示できる。
押井も『うる星やつら』でこの手法を多用してたっけ。
スタンリー・キューブリックも『バリー・リンドン』や『フルメタル・ジャケット』でやっていたな。
更に映像的に言えば広角レンズの多用ということもあげられる。
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このようなロングショットがこの作品のキー・ヴィジュアルにもなっている。
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で、この作品のヒロイン、ではない(この『涼宮ハルヒの消失』においては主役のヒロインといってもいいかもしれんが)が印象的なキャラクターである長門有希。
このキャラクター、誰がどう見ても綾波レイでしかないキャラクターなのだ(笑)。
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その他、個性的な女性キャラに対して割と無個性な男キャラ(笑)。
つまりアレだw一事が万事こんな感じ(笑)。
オマエらこんな感じの綾波キャラ、すきだろ。
オマエら押井の理屈、すきだろ。
作ってるオレたちも大好きだ(笑)。
そんな感じが伝わってくるのだ。
徹底的なパロディーを逆にオリジナルにしてしまう強さというものがこの作品から感じられるのだ。
この明らかに面倒くさいキャラクターデザインを破綻無く手抜き無く全カットすばらしく美しい作画をしている。
劇場版はともかくTV版からして高水準の作画だったのだ。
制作した京都アニメーションの底力であろう。
画を観てるだけでも恍惚としてくるアニメーションがどれくらいあるだろうか。
ちょっとした日常芝居など神作画というか神演出だね。
日常芝居の動きなんていうのはもしかしたら押井の『スカイクロラ』を追い抜いているかもしれん。
もっとも押井のはかなり微細な動きも演出しているともいえるが。
これだけの水準の作品をつくっていながら、いまいち押井や庵野ほどの作家性というものがこの作品から感じられないのは、やはりパロディーテイストという二番煎じ的な感じで見られているからだろうか。
オイラの知らないところで製作者たちは有名になっているのかもしれんが、オイラにしても今に至って製作者の名前があまり思い浮かばない。
TV版を含めるとそこそこの長いものになってしまうので観るのはキツイが、観ただけの価値は絶対あるなと思い近いうちに未見の2009年版を観ようと思っている。
この映画にしても相当にアカデミックに映画を作っている感じがして、オイラとしては好感がもてた。
この『涼宮ハルヒの消失』にしてもある意味フィリップ・K・ディックの世界のようなゆらぐ現実感に翻弄されているような物語であり、まあそれが夢と現実の押井的とも言えるのかもしれない。
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の堂々としてリメイク、と思いたいね。
いったいこの作品でのビューティフル・ドリーマーは誰だったのか?
長門なのか?キョンなのか?
小泉がラストに延々とリンゴの皮をむきつつ最期にリンゴでウサギをつくる。
果たしてこの意味は。
情報量の多さも作品の魅力。
すばらしかった。


今日の『情熱大陸』は伊集院静。


今週は母親の通院と歯のメンテナンス。
母親の通院の病院でオイラも診てもらおうかな。
映画は『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』を観れたらと思っている。
by 16mm | 2011-06-05 21:54 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(4)