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映画など色々(・ิε・ิ|||)

先週金曜日、会社を早退して耳鼻科に。


先週土曜日、心療内科に。
症状は落ち着いている。
薬を飲む事で症状を抑える維持療法を当分続けるとのこと。
薬を飲んでいるから大丈夫だ、という事を頭に覚えさせる。
ただこの症状の一端であるであろうセロトニンの不足は本人の気持ちでどうなるという事ではないので薬の服用は続けることになる。


本日日曜日、ジムに。
ストレッチ、ランニングマシン、プール。
筋トレはマシンが空いていなかったのでパス。
ランニングマシンは40分で3.36km。
プールは30分間の歩き。
体重94.05kg。
(・ิε・ิ|||)
もう言い逃れができないリバウンドか(笑)。


iTunesとiOSをアップグレードして、便利になったり使い易くなったところもあるが、まったく使えなくなってしまったものもあるw。
まずゲームの『N.O.V.A.』がまったくできなくなってしまった。
OSに対応できないからなのか?
『Cat Physics』も今までの結果が全部チャラにw。
『モアイまわし』もだw。


unityのオマケのゲームを延々とやっていたが、ちょっと別のゲームがやってみたくなりApp Storeで『Call of Duty 4:Modern Warfare』を購入。
キーボードとマウスでの操作に閉口してコントローラーを購入しようとしたら、Macintoshで使えるコントローラーがないことが今更ながら発覚(笑)。
それでも諦めきれずにPS2のコントローラー用のUSBのアダプターを購入。
当然Windows仕様なのだが値段が490円なのでダメもとで購入。
フリーウェアのドライバーをマックにいれたら使えた(笑)。
ただ今度はマウスがうまく作動しなくなった。
中ボタンでのグリグリスクロールができなくなったのだ。
コントローラーもゲームのコマンドがあまりにも多く、ジョイスティックは反応しないので諦めることに。
ドライバーを削除。
ゲームは延々とチュートリアルをやって指をキーに慣れさせることにした(笑)。


アフタヌーン誌を購入してしまう(笑)。
『ヴィンランド・サガ』が休載しているのが残念であるが『無限の住人』が載っているのでヨシとする(笑)。
が、買ったのは『APPLESEED』が掲載されていたからだ。
士郎正宗のオリジナルではない。
『APPLESEED 13』として宮川輝が描いている。
宮川輝といえば『018(ラブエイティーン)』を読んでその圧倒的な画力とデザインセンスに打ちのめされて、次作を楽しみにしていたのだが、そうかこうきたか(笑)。
なんかオリジナルの士郎正宗版より好きになりそう(笑)。
どうせヤツは続きを描きそうもないし(笑)。
宮川輝の描線を見たら士郎正宗のそれがひどくヤボったく思えてしまった。
細くて繊細でありながらオリジナルの良さである飽和した情報量は手抜きなく踏まえているのがいい。
もう宮川で『アップル』も『攻殻』も作ればいいんでないの(笑)。
関西弁?でしゃべるデュナンとブリアレオスと(笑)。
世界観が関西ワールドな感じ(笑)。
今後が楽しみである。


先々週から今週にかけて本の購入が多い(笑)。
置き場所がなくてもう完全な床置状態。
現状ある本を減らさずにw整理する方法をマジで考えねば(笑)。


『絵になる子育てなんかない』
予備知識なく書店で見つけて購入。
養老孟司と小島慶子というオイラにとっては魅力的なカップリングの対談。
例によってザッピングで読む。
「電気がたりないんだよ」
などと不安を煽って原発を推進するのは「オレオレ詐欺」みたいなものだw、という論旨に溜飲が下がる。
親子関係の話というのは学生時代に岸田秀の著作を読んでからずっとオイラの気になるテーマとしてあったので、この手の本でオイラの気になる人達のものだと割と買ってしまうのである。


『無限の住人 28』
槇絵の登場がひたすらカッコいい。
彼女の肩掛けが死神の翼のように翻る様のなんともいえないカッコよさ。


今更であるが鬼頭莫宏におおハマリ。
『ぼくらの』を全巻読破し、いま『のりりん』と『なにかもちがってますか』も購入して読んでるところ。
面白いし巧い。
この作者、オイラとほぼ同い歳。
むちゃくちゃ悔しい才能の差。
デザイン、テーマ、台詞、物語の展開etc...グゥの音もでないほどにオイラにとってパーフェクトな作品。
しかも作家としての暦は長いようなのにオイラのアンテナにはまったく引っかからなかった。
不覚である。
本が増えるのはキツイがこんな作家がいるのでは本を買わねばならん(笑)。


で、アニメーションの主題歌であった"アンインストール"と"Little Bird"にハマって興味を持った『ぼくらの』の原作コミックを全巻通読した。
ネタバレあります。
ちょっとテーマ的にも物語的にも言葉に出来ないぐらいの傑作。
命と引き換えにするとか、平行世界(パラレルワールド)という部分はこの作品のオリジナルではないにしろ『魔法少女まどかマギカ』にも部分的に抜き出されたように踏襲されている感じ。
どちらも命を担保にして強大な力を得る部分と、異形のナビゲーター的なキャラクター(『ぼくらの』におけるコエムシと、『魔法少女まどかマギカ』におけるキュゥべえ)がでてきて登場人物ばかりか我々をも翻弄するような一筋縄ではいかない設定など。
『魔法少女まどかマギカ』の製作者が『ぼくらの』を自覚的に踏襲したかは分からぬが、オイラとしては共通項を感じたプロット。
『ぼくらの』は15人の子供達が自分たちの地球を守る為に死んで逝く話である。
守った上に死んで逝くというところがポイント。
この作品での驚きは、従来の話であれば最後まで生き残りそうなキャラクターを一番最初に殺したところである。
で、一番許せそうも無く共感をよべないキャラクターが最後まで生き残り、それが最後の最後で共感出来る人物として造形される点。
そのキャラクターが徐々に成長していくのではない。
一つの切っ掛けでガラっと変るのである。
それがある種のカタルシスになっているのは間違いない。
15人の子供が一人づつ身長500メートルの巨大ロボットを操縦し、敵のロボットを倒して行く。
負けたら地球が消滅する事になるという。
世界を守って死ぬか、全人類と共に死ぬかという2つの選択肢しかないのだ。
物語が進むにつれ、彼等15人が戦う相手は彼等の地球とパラレルの存在としてある別の地球だということが判明する。
次元は違うが同じ人類、同じような地球そのものを相手に戦う。
その子供が背負うにはあまりにも重い理不尽さ。
彼等は敵と戦う前にその理不尽さと内面で戦わなくてはならない。
すなわち、何の為に命と引き換えに戦うのか、ということだ。
本作は子供達の内面の戦いを非情に丁寧に描写していく。
多くの少年達は死を受け入れていくが、たまに見苦しくジタバタする者もいたりした。
が、そんなジタバタと見苦しい少年をオイラを含め、少なくともこの日本に住んでいて批判出来る人間がいるであろうか。
一般論として、命、生命は大事であると金科玉条のごとく語られる。
が、本作や『魔法少女まどかマギカ』は個々の命はどんなものと秤にかければ釣り合うのかというのを問いかける。
他人の命ではなく自分の命の価値、つまり自分は何の為なら死んで逝けるのかという問いかけなのである。
自分の命が例えば母国の為、自分が存在する地球の為、存在する銀河系の為、存在する宇宙の為、と等価値であるというのは自尊心を満足させることはできるだろう。
釣り合うものが大きければ大きいほど命の価値は高くなると思えるから。
しかし、そんな通常思い描いている筈も無いような形而上的なものを具体的な自分の命と引き換えにするという事に納得できるのであろうか。
『ぼくらの』の登場人物達は結果的に自分の所属する地球を守る事になっているが、彼等はもっと身近な、まだ見ぬ弟の為、家族の為、友人の為に戦い彼等が生き残るという事を至上の動機としている。
その為には他次元の地球を消し去る事もできるのだ。
親は世界の為に身を投げ出す事はせずとも、子供の為ならすすんで命を差し出す。
そんな描写も『ぼくらの』のなかである。
個々の命は国家に帰属し、その礎となるというのは自尊心のみを刺激して進んで命を差し出させようとするペテン師の言葉だ。
自分の命というのはせいぜい半径10メートル以内にある自分にとってかけがえの無い者達の為だと思っていた方がいい。
本作でオイラはそう納得した。
自分の眼の届く範囲の命を守る為なら鬼にだってなれる。
ただ、他を滅ぼす事は自分の命と引き換える覚悟が必要だ。
滅ぼされる地球にしてみれば、その全ての生物が相手側のたった一人の命と等価であるという理不尽さを受け入れねばならないのだから。
かように重苦しい感想を綴ったが、本作は適度なユーモアを加味して本当にパーフェクトな作品だと思う。
ロボットのアクションシーンなど実は全体からいったら本当にささやかな描写しかない。
それ以外を個々のキャラクターの掘り下げに徹している訳だが、それがまったく飽きさせない。
物語の構成や展開、スピード感が実に巧みなのである。
ここまで原作がすばらしいとアニメ版は観なくてもいいな(笑)。
実際4話分観た訳だが、なんかまどろっこしくていけない。
それに、原作コミックが終了しないうちにアニメ化されたということもあるのであろうが、アニメのオープニングの最後に出てくるココペリの絵はこの物語の邪悪な黒幕っぽく見えてしまいミスリードを誘うんではないかな(笑)。
こんな漫画があった事を今まで知らなかった己の不明を恥じるばかりである。


『アンチ クライスト』
iPod touchで視聴。
この作品を理解する為にはどんな教養が必要なのだろうか。
音楽、役者の演技、映像に圧倒されるも。
この映画の深淵を理解するにはいたらなかった。
超がつくほどのハイスピード撮影やそれにのった音楽なんかはゾクゾクするような官能性があるのは感じられたんだけどね。
あと日本では仕方ないんだけど、性器のボカしはヤメてくれないかな。
マジで。
『ぼくのエリ 200歳の少女』でのボカシのように、映画自体をミスリードさせる危険性もある。
本作はチンコとマンコのモロだしという部分ももちろんあるが、たぶん(ボカシが入っててわからんがw)接合しちゃってる描写もあるんだよね。
それがボカしなしで観なくちゃならないかというと、実際はわからんけど、こういう映画を理解するのにはどんな要素でも見逃したくないという事もあるわけだ。
実際観てみたらチンコがマンコの中に入ってる以上の意味がないとしても、だ。
これをボカしなしで公開したら裏ビデオとどう違うんだというメンドクサイ話にもなるんだろうけど。


劇場でスピルバーグの『タンタンの冒険/ ユニコーン号の秘密』の予告編を観る。
主人公の子供が銃を持ってるというのがちょっと気にかかるのはオイラが歳をとったせいだろうかw。
オイラが子供の頃はマンガの主人公の子供が銃を持つなんてのはいくらでもあったし、普通に読んでられたんだけど(笑)。
冒険と子供が銃を持つということが等価であるようなことに抵抗があるなあ。


『GO』のDVD特典映像を観る。
舞台挨拶で原作の金城一紀が、自分は映画が好きで映画の見方に厳しく、もしこの映画がつまらなかったらこの舞台挨拶には出ていない、という事を言っていた。
と、すれば、『SP』の映画についてなにも語らない金城の心情がわかるとと思うのは穿ち過ぎだろうか。


『ルパン三世 カリオストロの城』
iPod touchで視聴。
久しぶりに観たが、やっぱり面白い。
宮崎駿の物語の骨格にある種のパターンがある事を再認識。
それが悪いというわけではない。
これを半年かからずに作り上げたということは驚異的なことである。
当時の宮崎は現在のようにいくつも映画を作れると思っていなかっただろう。
なので全ての自分の要素を吐き出した映画になったのだと思われる。


『GANTZ PERFECT ANSWER』
ネタバレあります。
DVD購入。iPod touchで視聴。
DVDやBDには劇場公開より4分ほど長いバージョンが納められており、そっちはまだ未見である。
で、本作であるがアクションや演技、演出などが非情に優れていて面白い。
が、物語的には腑に落ちない。
結局GANTZとはなんなのか?星人と一般の警察官が交流してる理由?最後にGANTZにかけた壺の水らしきものはなんなのか?
SFとして観る側が物語を脳内補完して、内容を斟酌したうえでの面白さではないだろうか。
オイラは好きですけどね(笑)。
面白かったと思うけど。
だけどこの映画に完全な答えってのはあったのであろうか。
原作コミックがまだ続いているからなかなか結論は出し難いのかもしれんけど。
"PERFECT ANSWER" というタイトルに偽りあり、と思われても文句言えないんでないかw。
オイラが好きなのはラスト近くでの多恵ちゃんのシーン。
スケッチブックに絵を描かせる事であるものを見させようという演出が良かったと思う。


『カウボーイ&エイリアン』
先々週の土曜日、109シネマズ菖蒲。
カウボーイって、日本人が発音するとカーボーイってなるんだけど(笑)。
『Midnight Cowboy』の邦訳は『真夜中のカーボーイ』。
これじゃ"Carboy"だね(笑)。
やっぱりカウボーイが正しい。
ちなみに『Midnight Cowboy』を『真夜中のカーボーイ』と訳したのは水野晴郎さんである。
誤訳、というか多分意図的に訳したんだと思うけどね(笑)。
で、『カウボーイ&エイリアン』であるが、後年有名俳優と比較的有名監督が作った、贅沢に特撮を使ったトンデモ映画として語られるんじゃないかね(笑)。
この映画に出ていた俳優やスタッフの黒歴史として(笑)。
カウボーイとエイリアン。
宇宙人がずっと昔から来ていたと仮定すればあり得ないシチュエーションではないんだけど、映画のルックとして両者の食い合わせが非情に悪い(笑)。
それからハリソン・フォードに端役をやらせちゃだめ(笑)。
この映画を観て端役の演技と主役の演技というものが別にあるんだと言う事がわかったよ(笑)。
端役が必要以上に目立とうとする演技は鬱陶しいね(笑)。
この映画の主演はダニエル・クレイグなんだけど、これがまたゴツイ顔であまり主演俳優に見えないw。
これ、ハリソン・フォードとダニエル・クレイグの役を逆にした方が良かったと思う。
主役の演技しか出来ない、つまり抑えた演技が出来ないハリソン・フォードの大根さが際立ったw。
アメリカ映画で西部劇をやる事がかなり難しい状態。
SFを隠れ蓑にして西部劇をやりたかったのだろうか?
インディアンも出てきたんだけど、宇宙人に殺されるのは白人のならず者だけ(笑)。
画面に映ってないところでインディアンも死んでるのかもしれないけど、当時の拳銃や弓矢でハイテクな宇宙人と対抗するのには説得力ないと思うw。
目くじら立ててつまらない映画とはいわないけど、年に1〜2回しか観ないような人にはオススメしない映画ではある(笑)。


『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』
先週の土曜日、109シネマズ菖蒲。
あの盾がポイントですね。
アメリカのマークの盾。
この盾は身を守る道具である上に、攻撃用の武器としてもある。
キャプテン・アメリカをキャプテン・アメリカたらしめているのが、あの盾という事になるんだと思った。
この作品、ジョークなのか?それとも右寄りな要素のある寓話なのか?
スターク社長が出てる時点でジョークなんだろうけどね。
最後の全翼機での戦いをもっと見たかったなあ。
by 16mm | 2011-10-30 21:47 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

ぐはw

書いてたブログを手違いで消しちゃいました(笑)。
(・ิε・ิ|||)
復活の呪文はありまぜん。
(・ิε・ิ|||)
オイラの書く気も復活しません。
(・ิε・ิ|||)
『ぼくらの』や『ガンツ』や『カウボーイ&エイリアン』については気を取り直した頃、明日以降にかけたら書きます(笑)。
by 16mm | 2011-10-23 20:51 | 閑話 | Comments(4)

『魔法少女まどかマギカ』

先週土曜日から喉が痛い。
耳鼻科に行く日だったので医者にその旨伝えると、
「特に腫れてるわけでもないし、大丈夫」
とのころ。
なら腫れてもいないのに喉が痛いのはどういうわけか?と聞こうとしたが、また「ちょっと神経質になってるね」で話が終わると思うので言うのを止める。

オイラの例を一般化する訳にはいかないが、オイラのように鼻が詰まって息苦しくてどうにもならないのに耳鼻科では異常なし、と言われたら耳鼻科をハシゴするのではなく心療内科に行く事をオススメしたい。
今回の事で心療内科系の病状を他の内科などの医者はまったく知らないか考慮もしないということを思い知った。
特に夜中に急患で電話しても「我慢してください」としか言われない。
我慢なんていままで散々してきて電話してる訳なのだがね。
鬱の患者に「がんばってください」と言うのと同じぐらい罪深い言葉だ。
それもこれも心療内科の知識がなかったり、専門の医師が夜間にいないからだが。


最近、夢をよく見るようになった。
内容はほぼ覚えていないのだが、ここ数年は夢を見たという自覚すらなかったからね。


そんなわけで、先週の土曜日に『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』を観るつもりだったが、見あわせることに。
明日月曜日に休む訳にはいかない講習があったりするので無理は出来ぬ。
でもまだ喉が痛い(笑)。


本日日曜日ジムに。
ストレッチ、ランニング・マシン、プール。
筋トレは時間の所為かこのところマシンが空いておらずパスしている。
まあ調子も良くないので無理はいかんなw。
体重93.65kg。
......
もうここに体重かくのヤだなあ(笑)。


iTunesとiOSのアップデートをいまこのブログを書いてる時にやっている。
どんな機能なのかまったくわからず(笑)。
リマインダーってなんだ?w。


『ぼくらの』の全11巻のうち、1〜8と10巻を購入。
9と11巻はAmazonに注文。
これは原作読めばアニメ版は観なくていいかな。
原作コミックの所謂群像劇としての完成度がむちゃくちゃ高い。
多くのキャラクターの描き分けと、その描き分けに応じた性格付け。
大変な労力だったろうね。
アニメ版は4話分しか観てないのだが、会話やモノローグがまどろっこしく感じたんだな。
原作もネームは多いのだが割とすんなり読めて頭に入ってくる。
全巻読んでから改めて感想をかこうかな。


先週の宇多丸のPodcastは映画監督の三池崇史 のインタビュー。
聴きごたえあり。
いまだに思う。
なぜ宇多丸は井筒和幸なんかを呼んだんだろうかね。
アレはつまらん内容だった。


『GANTZ PERFECT ANSWER』
DVD購入。
まだ観ていないのだが、劇場公開のオリジナル版の他にEXTENDED版なるものも入っているようで、そちらも楽しみである。
前作同様にコメンタリーからメイキングからすべて堪能するつもりである(笑)。


『魔法少女まどかマギカ』
ネタバレあります。
iPod touchで全話視聴。
吾妻ひでおがブログで
「SFだぁー 傑作だぁ〜」
と書いていたがまさにその通りであった。
本作本年度の結構な話題作だったらしく関心をもっている人は少なからずいるようだ。
"魔法少女"というタイトルで
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こんな感じのオープニングだと、ロリでどじッ娘な魔法使いのほのぼの物語になると観た人間の100%はそう思うんではないだろうか(笑)。
オイラもレンタルしてちょっと後悔したりしたよ。
子供の頃、この手の魔法少女モノは散々観てきて、"大きなオトモダチ"になる過程で卒業していくもんだと思ってたから。
幾数の失敗を重ね、艱難辛苦を乗り越えて、最初よりはちょっとマシは女の子になっていく、というのがこの手のジャンルの定石だとタカをくくっていたのだ。
観ようと思う側は安心しその定石を疑わずに観ようと思い、その定石に飽きている者は観ない。
"魔法少女"というタイトルは所謂観る者を選ぶジャンルものとしての確立していた感がオイラにはあったのだ。
しっかし、世の中にはこの"魔法少女"という冠をつけた上であえてその定石を踏み外した作品を創造できるヤツがいたのだ。
信じられないだろうが、オープニング・アニメーションの印象と本編の内容まったく一致しない。
本編を一言で括れば"ダークファンタジー"。
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このキャラクターで"ダークファンタジー"が可能なのか?
このキャラクターだけでは無理だったのかもしれないが、魔女と呼ばれる者達のデザイン性、世界観として近未来風にデザインされた美術等の総合力によってはじめて可能になった。
もしかしたら"魔法少女"モノの固定客からは見放され、そもそも"魔法少女"モノを観ない客はハナから観ない事だって考えられた筈だ。
事実オイラはこの作品を最近まで知らなかったし、キャラクターだけ見たら絶対観ない作品だったと思う。
この作品を作った製作者はなにがしかの勝算はあったのかもしれんが、非情に勇気のある事だ。
キャラクターの性格付けの構成は特にオリジナルだとは思わない。
無口で控えめなキャラクターを魅力的に魅せるという方法論は、多分庵野秀明の『エヴァンゲリオン』における綾波レイなどを踏襲はしている。
本作にもそのようなキャラクターは出てくるからね。
上の画像はタイトルにもでてくるまどかという女の子なのだが、この女の子が主人公になるのは実は最終回からなのだ。
魔法少女への変身も最終回でやっとだし(その前に別の時間での話として変身したまどかはでてきたが)。
ではそれまでどうやって話が進んでいったかというと、まどか以外の魔法少女達の戦いと絶望、そして死を描く事によってなのだ。
望むものを一つ叶えるのと引き換えに少女は魔法少女になる。
しかしそれは魔女を倒し続けないかぎり魔法少女として生きながらえる事ができないという宿命を背負わされる事になるのだ。
原因不明の自殺などが起こるのは魔女の仕業なのである。
それを防ぐ為にはその魔女になる前の魔女の手下(使い魔)を倒す必要がある。
しかし、魔法少女の魂が具現化したソウルジェムは戦いによって次第に穢れをはらんで行く。
その穢れを浄化するには魔女を倒した時に落とすグリーフシードによって払うしか方法が無い。
つまり、人間をある程度犠牲にしても魔女の手下(使い魔)ではなく、魔女を倒さなければならないのだ。
ではその宿命に見あう願いや望みとはなんなのか?
まどかはそれをずっと煩悶し続けるのである。
ソウルジェムへの穢れが臨界に達すると、魔法少女は魔女になる。
「この国では成長途中の女性の事を少女って呼ぶんだろ。だったら、やがて魔女になるキミたちのことは魔法少女と呼ぶべきだよね」
本作のハイライトのひとつ第八話。
まどかの親友であるさやかが魔女になるところ。
さやかが恋した男の子の腕を治して欲しいという願いと引き換えに彼女は魔法少女になった。
「希望と絶望のバランスは差し引きゼロだって」
さやかは何の為にその男の子の腕を治したいと願ったのか。
ヴァイオリンが引けなくなった男の子の絶望を癒してあげたいと思ったからか?
それとも、その彼との恋の成就を見返りとして欲しかったからか?
しかし、魔女になり普通の人間と明らかに違う仕組みを有する身体になったさやかは普通の人間である男の子とはもはや一緒になることは叶わない。
自分の命と引き換えに払ったものの代償の大きさに絶望するさやか。
そんなさやかの想いも知らず、男の子はさやかの友人と恋仲になってしまう。
「だれかの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない」
そしてさやかの魂は魔女に変異する。
命と引き換えにして足りる願いや望みとは何だったのか?
少女達は苦悩し血を流して、その代償の大きさに絶望していく。
そして最終回。
魔法少女となったまどかが行き着いた願いとは。
魔法少女達の絶望をすべて自分が受け止め、希望だけが残るシステムを作ったことだ。
この場合、魔法少女の死が絶望ではない。
希望に溢れてなった魔法少女達が魔女に変異するという絶望を取り去った事だ。
あのロリな顔のキャラクターがこんなにも重いテーマを支えられた事に驚いた。
本作、男の要素がかなり希薄。
男の概念ではあるが、女性版のホモソーシャルな関係性が実に心地よい。
テーマの主軸に恋愛が絡まないのがおぢさんには結構清々しく感じたかな(笑)。
作画も実に安定して綺麗。
傑作と言って良いだろう。
こんなのをレンタルでは申し訳ないのでBDを観れる環境になったあかつきには、ソフトを買おうかなと思う。
最後にClariSの歌うオープニング『コネクト』が最高にいいね。
You TubeからDLしちゃったけど、iTunesで出ないかな。
by 16mm | 2011-10-16 22:25 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(4)

『ツレがうつになりまして。』『猿の惑星 創世記(ジェネシス)』

先週土曜日、母親の通院の送迎。


寝てる時、鼻が詰まる感じになる。
だが息苦しくならない。
取りあえず薬に頼ってなんとかなっている。


『ぼくらの』をiPod touchで冒頭の4話分観る。
定石であれば、最期まで生き残りそうなキャラクターが最初であっさりと死んだりした。
なるほど。
キャラクターで物語るというよりも、世界観や物語を進めるための手段としてキャラクターをつかっているのだな、と思う。
なかなか面白そうかな、と思ったが、なんとなく進み方がタルく感じて取りあえず4話観て休止。
ちょうど『魔法少女まどかマギカ』がレンタルまとめて借りられたのでこっちから観る事にした。
『ぼくらの』OpとEdの歌、"アンインストール"と"Little Bird"にハマってヘビーローテーション。
石川智晶という女性ボーカル。
いい声だと思う。


今週日曜日、秋に着る上着が無い事に今更ながら気がついて銀座に行く。
服を買う事自体がめずらしいオイラだがwしかも銀座(笑)。
ネットで探しあてたAbercrombie & Fitch。
これのジャケットが良いなと気に入り買いに行ったのだ。
鞄や服なんかは好みは抜きにして必要に迫られて買う事が多いのだが、見て気に入ったものなどそうそうないのである。
んで有楽町で降りて行ってきましたよ、Abercrombie & Fitchのビルに。
いやはや。
薄暗い店内で大音響で洋楽が流れていて、店員のあんちゃんやねえちゃんがリズムにのって身体をうごかしていたりする。
入った瞬間、オイラ自身の場違い感に苛まれたが(笑)、とりあえず目的のブツを探して階段を昇る。
良く知らんが、ディスコとかクラブとかの雰囲気なのであろうか。
階段が下からライトアップされていたりと、なかなかカッコいい。
店内は結構人がいて、音がウルサくてw、薄暗くてブツの色やら状態がてんで分からず(笑)。
とりあえずおぢさんんは退散(笑)。
いったい銀座までなにしに来たのか(笑)。
服であちこち動き回るのがイヤになってAmazonで購入する事にした(笑)。
c0022635_1861054.jpg
↑コレ。
13,900円也。


本日月曜日、ジムに。
ストレッチ、ランニング・マシン、プール。
筋トレはマシンが塞がっていたのでパス。
ランニング・マシンはプールへの準備運動的にして、時速4km設定。傾斜を9度から15度のランダムにする。35分30秒で2.72km。
プールは30分間25mを行ったり来たり。
体重93.75kg。
......
もう驚かん(笑)。
そうさ、食ってるさw毎日間食してるよ(笑)。
だからデブなんだよ(笑)。

ところでランニング・マシンで走ってる最中は宇多丸のPodcastを聴いている。
今回はリスナーから番組で使用する事を目的としたラップジングルを募集していて、その送られてきた作品を紹介していた。
ラップにはまったく見識が無いオイラなので「フンガフンガ」と聴いていた。
オイラが聴いてもすごいなと思う作品がある中で、宇多丸がハイレベルの作品の真逆をいくものとしてとりあげたものがあった。
10/8 ちょこっとラボ「<続>リスナー・ラップジングルへの道!」
これの7分45秒ぐらいから(笑)。
これ聴いて、おぢさん、むせて飲んでたスポーツドリンクをリバースしそうになりました(笑)。


なにかと物議を醸し出しているラース・フォン・トリアーの『アンチクライスト』をレンタルした。
まだ視聴途中であるが、ハイスピード撮影と音楽。映像がすばらしいと思う。
仕方ないけどこの映画でボカしを入れるのは本当にヤボだなあと思う。
セックスもこの映画の大事なモチーフだろうに。


スティーブ・ジョブズが他界。
彼の決断力と判断力の結晶であるiPhoneやiPadが多くの人間の心を鷲掴みした。
オイラを含めてね。
別に褒めてるわけではまったくないが、ウォルト・ディズニーと同じプロデューサー気質の、そして稀代のエンターテナーだったと言って良いだろうね。
合掌。


鈴木みそがCOMICリュウwebにて漫画を公開している。
『僕と日本が震えた日』
この漫画、原稿料をまるまる義援金にするという。
頭が下がる。
画的にも内容的にもリキの入ったこの漫画をタダで読んでしまってるオイラ。
せめて単行本になったら絶対買おう。
その他、押井守&西尾鉄也の『わんわん明治維新』も面白い。
押井の蘊蓄とそれにツッコミを入れる西尾鉄也のコンビは楽しいね。


名言


『ツレがうつになりまして。』
先週日曜日。109シネマズ菖蒲。
ネタバレあります。
オイラも心療内科に通い、パニック障害か鬱のものすご〜く軽い状態でいる身なので、なんとなくこの手のテーマに敏感になっていた。
映画、特に邦画を観るにあたり、宮崎あおいや堺雅人が単体で出ているだけではイマイチ選択肢には入り難い。
ただ、これは役者の魅力云々というよりも映画の内容に興味が持てないという部分も多いにある。
しかし、本作に関しては"うつ"云々は別にして、宮崎&堺のカップリングがものすごく魅力的に見えたのはたしかだ。
宮崎と堺が並んだルック非情にシックリとして、このカップリングなら他の映画やテーマでも見てみたいなと思わせた。
宮崎あおいの演じるハルさんのがさつさとボンヤリさとやさしさ。
堺雅人の演じるツレの神経質さと几帳面さと弱さ。
ハルさんがツレの手を自分の胸に持って行くシーンなんて本当にゾクリとしたね。
裸になるだけがラブシーンではないというのを見せつけられた感じ。
あのシーンは夫婦としての愛情の表現として適切であるばかりか、所謂濡れ場と同じぐらいの衝撃がある。
もっともそれは相手が宮﨑あおいだから成立する描写だともいえるんだろうけど。
この二人を夫婦役で『東京物語』なんてやったらいいかも。
年老いてからではなく、いまの現状で特殊メイクで顔つきを作っちゃうとかして。

本当に世界最強のカワユイ人妻なんではないか(笑)。
「ミサイルほどの〜」
のとこのポーズ。
これは男を殺すね(笑)。
まあ、それはさておき。
映画としては突出した出来であるとは思わないが、うつ病という理解され難く、誰でもなる可能性のある病気について鬱陶しくならない程度に啓蒙を入れ込み、エンターテイメントの枠組み踏み外さずにいる。
オイラ的に言えば、ツレが身体の調子が悪くなって行く病院が最初から心療内科というのはどうなのか?
原因が突き止められずに、最後の最後で心療内科に行くという順番の方がオイラ的にはリアルだなあ。
鬱病をめぐる問題をまじめに、肯定的にテーマにしている。
やたらと「ガンバレ」と言ってはいけないというのは、別の言い方をすれば、病気の人間に対し上から目線で土足で相手を踏みにじるような言動は控えるべきだ、という事だと思う。
なにより鬱というのは病気であるという事を周りが認識するべきだと。
決して心の弱い人がなる怠け病などではない。
オイラも状態が一番ヒドイ時に、もし他人から「ガンバレ」と言われたら無茶苦茶頭にきて無茶苦茶にしてたろうね(笑)。
「テメェ、オレがどんだけ頑張って耐えてるか分からねえだろ。黙ってろボケ」
ってなもんである(笑)。
で、映画に関してであるが、最後にツレを困らせていた顧客が、ツレの講演会場にくるんだけど、あのシーンって余計じゃないかなあ。
顧客が出てきてもツレの病気との関連性にまったく引っかからないと思うんだけど。
映画の幕を引く為のシーンにしては意味不明な感じだと思う。
最後に、この映画はハルさんが売れない漫画家として設定されているのだが、今まで色々漫画家が出てくる映画を観てきたが、本作が一番漫画家としてのリアリティが出てた。
今までの映画に出てくる漫画家って紙に絵を描いている描写だけだったけど、本作ではネームをつくり、編集にダメだしをされ、下書きをし、ペンを入れ、家族の煩わしさにヒステリーをおこし...etc...。
こういう描写を重ねる事により、タイトルと同じ
「ツレがうつになりまして。仕事をください」
という台詞に緊張感が生まれるんだと思う。
漫画家がみんな何億も稼ぐわけではない。
連載打ち切りに怯え、貯金の残高の減り方に青ざめる。
そういう描写がすごくリアルであった。
総合的には良い映画であったと思う。


『猿の惑星 創世記(ジェネシス)』
先週日曜日。109シネマズ菖蒲。
ネタバレあります。
意外や意外な面白さであった。
本作はチャールストン・ヘストンの『猿の惑星』の前日譚的な位置づけである。
猿がどうやって地球を支配するに至ったか、という話である。
ラストの感じで言えば『12モンキーズ』みたいだなとも思うが。
見どころはフルCGによるお猿の造形。
生身の人間の役者が隣にいて、それとまったく遜色の無いリアリティと説得力が出せるか?というのが本作の成功の鍵であったろうが、驚くべき程にその部分は完璧にクリアしていた。
人間から猿の世界へのバトンタッチが画的に成立してるのがすばらしい。
猿の面構えがなんともいいんだよね。
カッコイイ。
主演俳優的な重量感があった。
『アバター』でのCGの造形力が更に進んだ感じ。
そのうち本当にCGで作ったオリジナルな俳優を作り出す事も可能なんじゃないかな。
もっともそれを動かすためにモーションキャプチャーをする俳優は必要だろうけど。
後半猿のアクションで進んで行くのだが、猿の身体能力によるアクションのため動きが樹の上だとか橋の上だとかと立体的なのである。
それから猿なので喋らないから(実は喋らないわけではないのだがw)顔の表情とボディアクションで心情を端的に伝えるからスピード感が違う。
猿の中心であるシーザーの成長を樹に登る過程でジャンプカットで表現したりと。
この映画2時間もないのだが、語り口の手際の良さはすばらしいと思った。
できれば最後もジャンプカットで締めてもらい、最後は遠くに猿の集落が見えるというラストで終わって欲しかったな、と思う。
取りあえず、仕事でCGをやってる身ではあるが、どうやったらこんな事ができるのか分からん映像であった(笑)。
分かってはいるが、オイラのやっているような程度では最先端から何キロも離れてるんだなと改めて認識させられて目眩がする気分である。
チャールストン・ヘストン版の映画や、その原作は、よく言われている黄禍思想をベースにして、完全にあれは日本人を猿に見立てて物語を作っていた訳だが、『猿の惑星 創世記(ジェネシス)』はなんか猿の意地を見せた感じで、なんとなく前の映画よりは気分よくなったかな(笑)。
つまらない理由ではあるが(笑)。
by 16mm | 2011-10-10 21:38 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』

先週土曜日。
前日会社から帰り損ねて池袋泊。
朝イチで耳鼻科に行き、その後心療内科に。
またも心療内科で時間をとられその日に予約していた歯のメンテナンスをキャンセルに。
S先生には申し訳ないことした。
耳鼻科の薬は相変わらず抗生物質と痰を切れ易くする薬を二種。
喉の辺りの痰のへばりつき感は解消されず。
耳鼻科の医師は薬を飲み続けましょうとのこと。
このところ痰のからみや鼻づまりっぽい状態になっているが、以前起こった息苦しさの発作はでない。
おそらく心療内科の薬が効いていると思われる。
感覚的にも「ああ。なんか鼻が詰まって息苦しくなりそうだ」という感覚が起こっても、実際には息苦しくならない。
ただ、朝晩飲む薬が眠気を起こすようで、通勤電車で立ったまま寝ている(笑)。
午前中の仕事もウツラウツラしてしまう。
慣れれば眠気も解消されるとのことだが...。
心療内科の薬は今のところ飲むメリットがあるので飲み続けるつもりだが、いやはや...。


同じく土曜日、ヘアカットに。
担当氏と植毛について教えてもらう。
後頭部の下辺り(ハゲても髪の毛が残ってるところ)の皮膚を切り取って、それについている髪の毛(毛根)を髪の薄い部分に植えて行くという。
切り取った部分は縫い合わせてしまうらしいが、髪の毛に隠れて分からないのと、一年もたてば目立たなくなるとのこと。
植えられた毛はちゃんとそこから自毛として伸びて行くという。
そうなると本職の美容師でも分からないぐらいになるという。
ただ、切り取る部分の髪の毛は比較的太いので、そういう毛が生えていくらしいが、それも適度なボリューム感に見えて誤摩化せるという。
この辺りはもはや美容師の管轄ではなく、美容整形のカテゴリーになるとのこと。
しかも自分の毛なので拒否反応がすくない。
「ほほ〜」
っと聞いていたオイラ。
皮膚移植を他人から受けることもできるぐらいだから、そのうち他人からの毛根の移植もできるんでないかな、と思ったりした。
その部分だけ金髪にしたりしてね。
脇毛やチン毛を植毛したらちぢれるのかしらん、とか(笑)。
全世界の人間がハゲと非ハゲを選択できるようになったら、今度はハゲに価値が出てくるかもしれんな。


『岳 15巻』
購入。
阿久津がひん死の重傷を負い生還する話を軸に、登場人物それぞれがそれぞれの再出発を決意するまでの物語になっている。
ある意味作者自身のこの作品に対する方向性の変更という部分でのチャレンジな意志が伝わる。
今まで同様、一話完結で山と救助と人間模様で作品を描いていればマンネリにはなりつつも安定した人気で続けられる筈である。
しかし、作者は一話完結の形式を止めて、ヒマラヤでの登山の続き物として作品を描いている。
最近のなんて三歩も出てこない(笑)。
それでも作品としてはすごく面白い。
作者の石塚さんの勇気には頭が下がる思いである。
ところでこの15巻であるが、ちょうど3月11日の頃に描かれたものだ。
この15巻で野田が言う、
「危険はオレ達の隣にあるんじゃない。危険はオレ達の一部。いつも一緒だ」
この台詞、雑誌を買って震災直後でガソリンをもとめて、スタンドで行列している時に読んだものだ。
この台詞、本当に良かった。
その時期にこの台詞の回が出たのは偶然だし、この回を描いたのだって震災のずっと前だったろう。
なんかね、能力のある作り手はそんな偶然も呼び込むのかなと思ったりしたよ。
人がモノに対してお金を払うというのは、そのモノの価値とともに「安心」も買っているつもりになっている。
売っている野菜だから身体に悪い農薬は無い筈だ。
車が突然爆発する筈など無い筈だ。
特に日本人はモノに「安心」がついてくる事が当然と思い、当然だからこそ、その安心がどれほどの努力と薄っぺらな氷のようなもので出来ていたかを顧みなくなっていた。
専門家が、電力会社が安全だといっていたから安心していた。
この世に絶対的な安心などというものはない。
安心がカネで買えるというものは幻想にすぎなかった。
「危険はオレ達の一部。いつも一緒だ」
これを改めて肝に命じよう。


『トニーたけざきのエヴァンゲリオン』
購入。
上手くて面白くて最高じゃないですか(笑)。
「球とバットは男の証」
「ならない、全裸」
「下心を、君に」
「乳にありがとう」
タイトルからしてアレであるがw、本の最後には意外な人物が補完されて終わる(笑)。
上手い絵と批評性と面白さと手を抜かない内容。
さすが信頼出来る漢(おとこ)である(笑)。


物欲の塊として今欲しいもの。
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NoteSlate
思いついた時にササっとメモれるものが欲しかった。
キーボードでなく手書きね。
このブツはそれをSDカードに保存できるらしい。
それを元にあとでパソコンで清書すればいいわけだし。
日本では発売まだだけど、是非とも欲しいな。


レンタル店で『魔法少女まどか☆マギカ』を探して見つける。
44歳の中年が魔法少女なるものを探していると店員にバレたら東京都的にマズくねえか(笑)。
一巻目が借りられていたのでそのまま店をでる。
吾妻ひでおが本作をブログで
「SFだぁ〜 傑作だあー」
と書いていたので俄然興味がわく。
でも吾妻とオイラでは微妙に嗜好が異なるので(笑)。


本日日曜日、ジムに。
ストレッチ、ランニング・マシン、プール。
筋トレはマシンが埋まってて使えず。
ランニング・マシンは宇多丸のPodcastを聴きながら30分のつもりが50分で4.46km。
傾斜を変えつつダラダラと汗が出る程度にダラダラとジョグ。
プールは30分ほど25mを行ったり来たり歩く。
たまにクロールで泳ぐ。
体重92.55kg。
トホホw。


『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』
ネタバレあります。
BLU-RAY+DVD+DIGITAL COPYを購入。
iPod touchで視聴。
劇場で観て、二回目の視聴。
でもまだ半分までしか観てないが(笑)。
いやはや、本年度ベストに入れてもいい傑作だね。
特に冒頭のナチ収容所でのシーン。
エリックとセバスチャン・ショウが初めて対峙するシーンの緊張感。
カット割り。
この冒頭のエリックの能力発現シーンを観たら、大友克洋の『童夢』を作ってくれないかな、と思ったりしたよ(笑)。
その他金塊に映る顔とか、映像の細かいところに気が利いている。
役者もすばらしいね。
ジェームズ・マカヴォイもマイケル・ファスベンダー。
マイケル・ファスベンダーのあの微妙な表情。
殺しをした後に苛立たしげに髪の毛を直す感じの冷酷さがすばらしい。
そしてなによりもオレたちのケヴィン・ベーコン(笑)。
サイテーな役を演じたら最高な役者(笑)。
ケヴィン・ベーコン、サイコーだ、サイテーだ。サイコーだ、サイテーだ(笑)。by宇多丸w。
監督のマシュー・ヴォーン、『キックアス』での一発屋ではないということがこれで判明した。
すげえ尊敬に値するハゲである(笑)。


今週は『ヒア アフター』が出るので、これも購入かな。
by 16mm | 2011-10-02 21:46 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)