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『愛についてのキンゼイ・レポート』

先週土曜日心療内科。
症状は薬によって抑えられている状態。
まだしばらく現状の維持療法を続けつつ、今後は次のステップに移行するとのこと。
薬物療法+精神的な治療を行うとの事。
オイラの意識的なレベルではこの窒息感の心理的な原因が思いつかないわけなので、それが解るのかと思うとなかなかワクワクするものである(笑)。


先週土曜日歯のメンテナンスに。
先生に借りてたレンスの返却。
SONYのNEXを触らせてもらう。
驚いた事に非情に持ち易い(笑)。
OLYMPUS PEN E-P3よりもいい感じ。
APSだし、アダプターでレンズを色々と使えるのもいいしでいい事ずくめ(笑)。
一瞬SONYのコレも買おうかと思うが、すぐ冷静になってそのキケンな思いつきを払拭する(笑)。


本日日曜日、ジムに。
ストレッチ、筋トレ、ランニングマシン、プール。
先週からフクラハギのハリが気になり始め、脚のストレッチをかなり念入りにする。
フクラハギからアキレス腱にかけてのストレッチは毎日短時間でもやろうと思う。
ランニングマシン、33分で3.06km。
プールは今回人が多そうだったのでプログラムの参加をみあわせる。
そのかわり1時間、身体に負荷をかけながら歩き続ける。
プールで唇が乾いて喉もカラカラになるほど(笑)。
それでもやはりプログラムに参加した方が良いなとも思う。
体重93.40kg。


『八日目の蝉』をDVDレンタル。
『Se7en』を高解像度でもう一度データ化しなおす。
ついでにメイキングも一部データ化。


今週は結構本を買ったな。


『機動戦士ガンダム THE ORIGIN (23) めぐりあい宇宙編』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 公式ガイドブック(3)』
語弊はあるだろうが『 THE ORIGIN』は月刊ガンダムエース誌を10年に渡って支え続けた。
言ってみればUWFインターナショナルを一人で支え続けて髙田延彦のようなもんだ(笑)。
23巻の巻末インタビューで編集者が
「もっと描いていただいても云々」
と言っていたのは正直なところであろう。
月刊誌とは言いつつも息子のアシストはあったにしても、ほぼ一人で描き続けた安彦良和の天才性には本当に脱帽である。
漫画を描き、イラストを描き、大学の先生をし、その他社会生活をしながらこれだけの量をこなせるのが信じられない(笑)。
本当に天才っているんだわ(笑)。
公式ガイドブックの安彦へのインタビューで、明言はしてなかったけどキシリアを討った後シャアが生き残って、という展開を否定しているようだ。
だから安彦のなかでは『Z』も『ZZ』も『逆襲のシャア』すらも存在してないんだなと思い、それがオイラにはなんとなくホっとした。
安彦は『 THE ORIGIN』で何を描きたかったのかと言えば、多分革命家としてのシャアとその敗北についてなのではないだろうか。
シャアについてかなり突き詰めたものを作品に入れ込んでいる。
アムロについては主人公としての立ち位置程度での尊重しかしておらず、思い入れもそんなにないだろう。
シャアが何かを語る部分では饒舌であり、読み手も納得されてしまうのだが、最後の最後で実は単なるマザコンでしたというオチをつけた。
思い入れをしてもシャアが勝利するという事に危うさを感じての事だろう。
なにをどう言ったって革命家の息子なんだから(笑)。
自分のためなら世話になった家の息子まで見殺しにするようなヤツだからね。
革命家というのは破壊者であり、そしてその後の創造を見る事無く死んで逝く存在の方がいい。
革命家が革命を成し遂げた後もダラダラ行きてるとロクな事になってないのは古今の歴史が証明してる。
取りあえず安彦自身の『ガンダム』に対する総括は終わった。
今後この作品をベースに映像化されるとのことであるが、『 THE ORIGIN』自体が結構話の辻褄がムチャクチャになってるところもあるのでどうなんだろうか(笑)。
わざわざ映像化する事もないと思うけどね。
月刊ガンダムエース誌はまたしばらく安彦に番外編を描かせて延命をはかるようだ。


『12モンキーズ』DVDコメンタリーの44分55秒ぐらい。テリー・ギリアムのコメント。
「プラスチックのカバーが昔から気になる 両親が新しいソファにあのカバーをかけてたんだ 人は新しさを保つためものを保護したがるがものを使う楽しみを台無しにしている」


『よつばと! 11』
年に一度の刊行になってるのだろうか。
ほっぺが緩みっぱなしである(笑)。
この何とも言えない緩やかな世界と魅力的な描線がすばらしいね。
風香ちゃんがかわいいな(笑)。
精神を多少病んだオイラの心が、多少落ち着くね(笑)。


『辰奈1905 -トミコローツ戦記』
またも鬼頭莫宏である(笑)。
この本はもう絶版になっている。
ので、Amazonで格安のものを注文(笑)。
格安だけあって本の角に折れ曲がりがあるが、あまり気にしない(笑)。
安いものを選んだから、という事もあるが実のところ作品自体がイマイチだったためそんなに悔しい思いをしていないのだ(笑)。
この作品、フルカラーでそれなりにリッチな作りをしているのだが、出てくる戦闘メカがCGでしかもチャチイ(笑)。
1999年の作品なのでCGのレベルはしょうがないとは思いつつも...。
カラーでなくてもいいからメカも鬼頭の描線で描いていたなら、刊行から10年以上たっていたとしても作品として時を越えられたと思うのに。
技術の日進月歩というのは聞こえはいいけど、その時点で最高のものでも10年たてば眼も当てられないものになる。
技術として安定している鉛筆やペンでなら、描いた者のセンスがあれば古びない。
オイラが今仕事でやっているものも、5年前のものを見た時に「タハハ」となってしまうのはCGの技術革新が本当に日進月歩だからだ。
鬼頭の絵やデザインがいいだけに残念な作品である。
ちなみにこの作品のカラーリングをサイバラのアシストである麓愛氏がやっていた。


ヤングアニマル誌立ち読み。
『3月のライオン』のいじめの問題。
いじめの渦中にある人に想いが届くのかは解らぬが、作者の羽海野チカが必死で描いているのが解る。
いじめに勝ち負けがあるとしたら、それは虐められている者が生き残って学校から出て行く事しかない。
もっとも虐めている方はそれが勝ち負けになっていることすら自覚はないだろう。
せめてこの作品がその渦中にいる人の生き残る為の糧になってくれることを、この作品に気がついてくれる事を願うばかりである。


コンビニで『PIXARぴあ』なるものを見つけて、速攻で購入(笑)。
スティーブ・ジョブスから宮崎駿まで盛りだくさん。
見どころ読みどころにみちたムックである。


デヴィッド・クローネンバーグ の来年の作品。
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『Cosmopolis』というらしい。
画像がカッコいい。
クローネンバーグのまだ日本公開してない『ア・デンジャラス・メソッド』も興味あるんだけどなあ。


だいたい9割がたつまらないんだけど、たまに1割以下の割合でおもしろかったりするので聴取を止められないPodcastが『鈴木敏夫のジブリ 汗まみれ』。
先週の配信分がまたイラつく。
ここんところずっと出てるプロデューサー見習いとかいうドワンゴの川上量生の発言がイラつく。
更に先週は宮崎吾朗の父親宮崎駿についての発言もイラつくw。
駿に何か言えるのは身内の吾朗だけだけど、それはあくまでも身内だからというダケの話。
同じ映画監督としての土俵での発言と勘違いしていたら困ったもんだ。
色々文句はあっても同じジブリにいて、駿の恩恵のおかげで映画監督を名乗っていられるということももうちょっと謙虚に考えるべきであろう。
鈴木敏夫なんていい加減なもんだから、彼の口車にのっちゃまずいよな。


『愛についてのキンゼイ・レポート』
ネタバレあります。
iPod touchで視聴。
フィクションとしてのドキュメンタリー映画が好きだったりする。
『チャーリー』とか『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』とか。
上記二つとも始まりに独特の緊張感があって、すぐに「あ、良い映画だ」と確信したもんだ。
ちなみにドキュメンタリーが好きな訳ではない。
あくまでもオイラが好きなのはフィクションの方なんだけどね。
上記二つにしたって完全に真実を描いているわけではない。
製作者の意図や思い入れによって真実は良きにつけ悪きにつけねじ曲げられるものだ。
しかしそのねじ曲げられた部分が真実の一側面の解釈として面白かったり興味深かったりする。
ドキュメンタリーに面白さがあるとしたら編集の上手さだけでしかないだろう。
どんな対象でもただフィルムを回していただけのものを見せられたら10分以下で飽きるだろう。
友人知人の子供のお遊戯や運動会の未編集の映像を見せら時の事を考えればいい(笑)。
ドキュメンタリーにしたって膨大な量のフィルムを短く適切にカットするから映像作品として成り立つわけで、その編集にドキュメントとは別に製作者の意図が介在しないという保証は無い筈なのだ。
ところで本作の『愛についてのキンゼイ・レポート』。
キンゼイとそのレポートに関しては学生の時に知識として得ていた。
岸田秀の精神分析がらみの本からだったと思う。
ただキンゼイ報告そのものを読んだ事は無かった。
この手の性についての話はなかなか興味があるところなので本作も劇場公開時に観たいと思っていたのだが、やはりというか近場での上映がなかったので観すごしたのだ。
作品そのものは非情に面白かった。
オイラがこの手の伝記モノがすきだから、ということもあるだろうが、映画として良くできていると思う。
憂いをたたえたリーアム・ニーソンの演技は重厚であり、役柄としての滑稽さもかもしだしていた。
最近中年おばさんが好きな所為か(笑)、奥さん役のローラ・リニーがいいな(笑)。
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ためしに"ローラ・リニー"で画像検索してみたが、本作のような感じの画像がないw。
この感じってこの映画の為の役作りだったのかしらん。
本作は最初から最後まで穏やかないい表情をしていた。
映画としてはまったく非の打ち所のないような作品ではないかと思う。
結構、どころかかなり好きな部類。
終盤、キンゼイが父親の幼少期のトラウマに触れるところで同情的な心情をあらわすところが好きかな。
所謂、自分の父親も世界の一部であったと当たり前を知る瞬間であり、人間として解りあえ和解し得た。
「多くの人は自分の性行動が他人と同じだと思っている しかし いわゆる性的倒錯は生物学的に見れば正常の範疇に入る たとえば自慰 口による外陰部接触 同性愛行動はホ乳類の間ではよく見られる 不道徳だと世間は非難するが異常と呼ぶのはバカげている しかし 聖書や創世記や世論によれば性の方程式は1つしかない 結婚=子供を作る それ以外はすべて悪 しかし 男子学生の回答を見ると社会的制約よりも生物学的欲求に従っている 頻繁に性交する牛もいればしない牛もいる 性欲の強い男性もいれば淡白な男性もいる 皆 違うからだ なのに 同じになりたがる 人間のこの基本的な側面を無視する方が楽だからだ 仲間になりたい一心で自らの本質を裏切っている 欲望や願望を抑えすぎると それは強迫観念になる」
以下、この映画に関して、というよりもキンゼイ博士についての感想。
この理屈は世間から性倒錯者あつかいされるような考えを持つ人達に希望を与える事になる。
上記台詞は本作のテーマでもある。
皆、違う事に対し恐れすぎている、ということだ。
ただこの映画で描かれているキンゼイ関して言えば、この理屈を引き出す為に感情を抑制して機械論的に振る舞ったところがある種の滑稽さを出している。
キンゼイは、自分が男と寝た事をバカ正直に妻に告白したのだ(笑)。
そりゃ奥さん、泣くわな。
みんな違うわけだから夫が同性愛の要素があることだってある。で、男と浮気する事もある。
皆が違う事が前提なのでキンゼイにとってはそんな事で夫婦間の愛が無くなる事なんてない、といいはる。
オイラとしてはこのあたり、シリアスな感じなだけに逆にブラックユーモア的に笑ってしまう部分でもあるのだが(笑)。
夫婦交換、いわゆるスワッピングや老女とのセックスもあったりと、学術調査と趣味を至極まじめに両立させていたよう(笑)。
が、性に対して畏敬の念を払わないような人間に対しては(少年とのセックスを得意げに吹聴する者)不愉快さを出したりしているところをみると、本質的には非情にまじめだったんだなと思う。
この手の事はある意味自分を厳しく律しないとどこまでも堕落するような部分をはらんでいるからね。
性について声高に語る事は現在だってある意味タブーになっているんだから。
面白い事にジョークを交えて性の話はしやすいけど、真面目に学術的に話す事になんとなく照れがでるのは、やはり性の話自体は重要でもセックスを含めた行為自体が滑稽であるからかもしれない。
映画としては非情に良くできていた。


今週はヘアカット。


今日は23時からの情熱大陸で立川談志。観るつもり。
by 16mm | 2011-11-27 20:50 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback(1) | Comments(2)

鬼頭莫宏諸々

休みになると薬を飲んで思い存分寝てしまうので土曜日など半日は寝て過ごす。
観たい映画が無い事をいい事に、寝たおす(笑)。
先週、いきなり寒くなって朝起きて鼻がつまった。
が、例の息苦しさの発作起こらず。
ヤクが効いているとはいえ、鼻づまりでは窒息はしないという世間並みな全うな気持ちを持つ事ができている。
今週の土曜日はまた心療内科の通院である。


本日日曜日ジムに。
ここのところプールだけでストレッチをやっていなかった所為か妙に腕周りが硬く感じた。
ので本日から以前からのメニューにプールを加える事にした。
念入りにストレッチ。
筋トレ。
ランニングマシンで傾斜をランダムで35分48秒で2.94km。
その後プールに。
先週からはじめたウォーク&ジョグのプログラム20分に参加。
結構な有酸素運動で身体があったまる。
先週はこの後ウォーターラッシュを30分やったのだが、今回は腰がつかれてしまいパス。
そのかわり30分プールの中でウォーキング。
ただのウォーキングをするよりプログラムに参加した方がいいので、無理しないていどに今後参加することにする。
体重93.33kg。
先週晩飯をずっと抜いていたが、あまり減ってない(笑)。
眠気覚ましの間食がイカンかなあ(笑)。


プールでペチャクチャ喋りながらチンタラ歩ってるオジジとオババ。
最近とみに所謂オトコのオバさん化が進行しているのではないか。
妙に徒党を組みたがってニヤけてる。
身体鍛えにきてんのかオバさんとお話にきてるのか。
どうせ告れもしないくせにうっとうしいぞオトコのオバさん。
逆にオンナのオバさんが割とサバサバしてる感じである。
とにかく、真面目にやって遅いのは全然オッケーだけど、ペラペラ喋ってダラダラしてるのは一緒のレーンにいるオイラに迷惑である。
ヤメレ(笑)。


『塔の上のラプンツェル』『ファーゴ』『愛についてのキンゼイ・レポート』をレンタルする。
今週の通勤はこの3つを観る事になるだろう。


BRUTUS誌で映画監督の特集。
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ソッコーで買うが特集しているラインナップが悪くはないんだけど、スピルバーグもリュック・ベッソンもギレルモ・デル・トロもジム・キャメロンもラインナップから外れているのはいかがなものか(笑)。
まあオイラが好きだからってことだけなんですけど(笑)。
一人の監督につき見開き2頁分の特集ではあるが割と面白い内容ではあった。


中島みゆきの新譜『荒野より』を購入。
最近はiTunesでの購入が多くなってしまったなか、中島みゆきの新譜は頑にCDでの購入である。
今後もそうであろう。
今回ジャケットの写真も良かったけど、歌詞カードについてる写真も綺麗でグッドでした。
長年ほぼ専属で撮影している田村仁氏と、もう一人田村姓の写真家がたっているのでこの人は仁氏の息子さんだろうか?


OLYMPUS PEN E-P3用のアダプター2種(ニコン用とコンタックスG用)を購入。
これでレンズの幅が広がった。
取りあえずマイクロフォーサーズ用のレンズはもう買わなくていいかな(笑)。
35mmカメラのレンズを中古で揃えて、その都度アダプターでカメラにつける。
やっぱり35mmカメラのレンズの方がいいや。
広角系は薄くなっちゃうけど、それは諦めよう。


『ヴァンデミエールの翼』
相変わらず鬼頭莫宏についてである。
こんなに一人の作家にトコトンのめり込んだのは大友克洋以来であろうか。
大友はもうほぼ漫画を描いていないが、鬼頭は現役で描き続けているオイラと同世代である。
この『ヴァンデミエールの翼』全二巻は単行本の装丁が結構雑な感じがしてちょっと敬遠していたのだが、内容はやはり期待を裏切らない。
"自律胴人形"<まあロボットみたいなものだと思うが>の少女との交流を描いた、ほぼ一話完結の連作である。
話は横道にそれるが、『イノセンス』における押井守のジレンマはアニメーションで人間と人形の描き分けをする事が表現上不可能であったという事だと思う。
辛うじて無機質な人形に見える、というだけで、実際線で描かれた絵では人間も人形も単にキャラクターになってしまう。
実写でなら人間と人形は一目瞭然で区別することもでき、尚かつ見かけは人間のロボットとして表現することだって可能なのだ。
押井の目論みは人形にしか見えないモノにゴーストがあり、人間同士としての交流が生まれる様を表現したかったのだと思う。
人間と人形が対等な関係いるというシュールさと緊張感はアニメーションや漫画では表現するのは困難だ。
本作『ヴァンデミエールの翼』に出てくるヴァンデミエールは"自律胴人形"であるのだが、見た目他の少年少女のキャラクターと同じにしか見えない。
そこでヴァンデミエールの裸体を晒す事によって彼女が人ならざるモノであることを表現している。
それは表現的にはエロティックなものであるとも言える。
機械人形の乳房に、ヒトは欲情するのであろうか?
小説の登場人物や二次元のキャラクターにも恋愛感情や劣情をもよおす本能の壊れた存在たる人間。
身体の大部分を損傷しても頭さえ残っていれば苦痛も無く生きていられる。
暖をとるのに、その身体組成が木であればそれを燃すことに躊躇無くいられる便利な道具としての人形。
取りあえず本作において、人間にあって人形にないものとは何かと考えてみた。
それは禁忌(タブー)ではないだろうか。
人間が人形を犯す事がタブーだとしても、人形は人間を犯す事に禁忌を感じない。
それが人間のまがい物たる"自律胴人形"が人間として生きて行く最大の武器になるのではないだろうか。
ところでこの頃の鬼頭莫宏はやはり藤原カムイの影響下だなあw。
端正な細い描線が実に魅力的である。


『なるたる』
ネタバレあります。
鬼頭莫宏作。全12巻。
この長編作がどんなものかと言えば、解り易いところで言えば『デビルマン』であり、『エヴァンゲリオン まごころを、君に』でありというところではあるが、実はそのどちらとも似ていないとも言える。
やはり『なるたる』は『なるたる』でしかないのだと思う。
この作品には当然ながら明確な主人公は存在するのだが、常にその主人公を物語の軸にはせず、ある時は主人公の友人、友人の母親、主人公の父親、主人公の男友達の友達、etc...。
様々なキャラクターがその人となりや行動原理などをまさに掘り下げて作品にしている。
しかもエンターティメント作品としてまったく飽きさせずにだ。
主人公以外をこれほどまでに魅力的に構築しえる熱量と才能にただただ呆然としてしまう。
人間とはなんなのか?という考察をオイラが読んだ限り一片の妥協も無く描き切っている。
有り体に言えば性と暴力というまさに人間の根源の物語である。
性と暴力は鬼頭の重要なモチーフである。
人間が自分以外の人間と共存して生きて行く事は、否応無く性と暴力の渦中に留まらざるを得ない。
それは本来表面上その二つを感じる筈も無い家族関係の中にでさえある。
鬼頭の上手さは作品として自分の思想を入れ込む事に妥協はないが、絵的な表現として巧みなバランス感覚と節度をもってあたっているということだ。
つまり読み手が容易に想像しうる事はわざわざ絵にしない。
特に残酷描写に関しては顕著で、『ぼくらの』のなかでも少女の脚が溶解液を浴びた状態の描写は一切描いていない。
台詞で「脚が...」とかいう表現で十分に伝わる。
描けるものを全て無自覚に描くという大友克洋のようではない。
『なるたる』では登場人物の青年がヤクザの男に犯されながら、生きながらにして身体を解体されるという凄惨なシーンがあるが、そこでも直接的な描写はしていない。
それでも表情などでどんな状況であるのか解るものだ。
宮崎駿的なキャラクターに対して真剣な態度というのが本当に好感がもてる。
が、それでいて作劇上必須であると思える描写はきっちりと描写する。
本作の主人公であるシイナが米軍の砲撃で身体をズタズタにされるところはキッチリと描写している。
この描写がある事でその後の展開が生きてくるのは言うまでもない。
『ぼくらの』でもそうであったが『なるたる』を読んで更にこの鬼頭莫宏という作家を信頼できるようになったね。
現状、絶版になっている作品以外の単行本は全て手に入れて読んだ事になる。
来年には『のりりん』の4巻と『なにかもちがってますか』の2巻が出るとの事。
同時にサイン会も開催だという。
東京近辺だったら絶対行きたいなあ。

ところで、この『なるたる』もアニメになったとのことで、ちょっとユーなんとかチューブで検索してみた。
ビックリである。
いまだに信じられないオープニングアニメーション(笑)。
歌も絵柄もまったく原作に則してない。
本当にあれがオープニングで使われたのだろうか?
だとしたらこのアニメ作ったヤツらはとんでもなクソである。
本編の抜粋もチラリと観たが、作画のレベルの低さに愕然とする。
アニメーションの労働環境を考えるとあまり酷い事は言いたくないのだが、自分の好きな作品が完全に貶められていると感じたら本当にハラがたってきたねw。
鬼頭の原作はアニメーションと相性が悪いのか、スタッフに恵まれないのか。
唯一最近知った鬼頭のデザインのアニメーションがコレ。
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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の冒頭に出てきた第3の使徒が鬼頭のデザイン。
これはカッコよかったですけどね。
で、鬼頭氏のご尊顔。
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こんなハゲちらかした男なのに(笑)
なのに(笑)
それなのに(笑)。
なんともカッコいい漢(おとこ)に見えてしまったよ(笑)。
by 16mm | 2011-11-20 21:42 | | Trackback | Comments(2)

『恋の罪』

くそ〜w。
またやってもーた。
書いてたブログが消えたw。
つーかエキサイトの投稿ウィンドウってタイムアウトするのかw?
入力していた画面がいきなり変って、書いてた文章が全部なくなるんだよね(笑)。
他のテキストエディタで書かないオイラが悪いのかもしれんが、学習しないからw。
つーわけで長々と書いていた鬼頭莫宏の『ヴァンデミエールの翼』と『なるたる』の感想は後日。
後どうでもいい事はおざなりで(笑)。


体重94.20kg(笑)。


裸執事の歌に笑ったw。


以上が消えた文章をおざなりに記録したものw。


映画は宇多丸の評論を聞いてないので『ステキな金縛り』には今のところ食指が伸びず。
『第7鉱区』も同様。
『マネーボール』と『アントキノイノチ』(タイトルふざけてないかw)にはちょっと興味があるが観に行くかどうか(笑)。


『恋の罪』
ネタバレあります。
先週土曜日MOVIXさいたまで。
『機動戦士ガンダムUC episode4「重力の井戸の底で」』と二本立てで観るつもりだったが『UC』がほぼ一日満席状態だったので諦め(笑)。
『恋の罪』は監督が主演女優の一人と婚約したとの芸能ニュースがありつつも、まだまだカルトでマイナーな監督作品だからそんなに人はいないだろうと思っていたら、比較的小さなシアターではあったが8割は埋まっていたのではないか。
結構年配の人も多く、なんでそんなところで笑いが?というところで笑いが起こったりと、中年のオイラには分からない人間の機微というものが表現されていたのだろう。
冒頭いきなり水野美紀のファック・シーン。
アンダー・ヘアを出しての完全全裸。
全裸になればいいってもんじゃないけど、本作のテイストであれば全裸は必至であろう。
それに応えた水野の根性に敬意を表したい。
『血と骨』でおっぱいすら出さなかった鈴木京香のヘタレっぷりとは雲泥の差だね(笑)。
まああの映画で本当におっぱいを出す価値があるかどうかは別にしてね(笑)。
水野は俳優としてのキャリアがその実力とは別のところで停滞、もしくは落ちてしまっているので(俳優としての実力と別のところ、というのは芸能ニュースの情報程度しか知らないので本当にそうなのかは分からんがw)、本作がいい感じで起爆剤になるのではないだろうか。
『恋の罪』であるが、今まで『愛のむきだし』『自殺サークル』『冷たい熱帯魚』と観てきたが、その中でも一番好きになったかな。
本年度ベストと言ってもいいかもしれん。
観終えて非情に清々しいというか、なぜか気分が楽になった気がした。
ものすごくドロドロな話であるのに。
本作はカフカ『城』をモチーフにして女性がたどり着きたいのにたどり着けない、欲しいのに手に入らないものの象徴として出てくる。
女性視点の映画だとは言いつつも、これは男性視点で女性を理解しようとしつつも結局は理解出来ないものだという監督の思想を反映したものではないだろうか。
映画の物語の中でゴミ収集車を追いかけて隣町まで行ってしまい、それでこれまでの人生の不毛さを認識してしまった主婦の話というのが出てきて、それをエンディングのタイトルバックで水野美紀がそれを実際にやる。
これを観ても思ったけど、ゴミを持ったまま収集車を追いかけ続けるなんてことはあり得ない。
走って大声で収集車に声をかければ止まってくれるのだから。
つまりこれは、収集車を追いかけているのではなく、無意識的に自分のいる日常、良き夫からの逃亡をしているのだ。
水野美紀が最終的に来た場所が本作の映画のそれこそ象徴的な場所であるのがその証拠。
女は平和な家庭や経済的に恵まれた状態だけでは満足できず、常に愛欲で汚されるのを欲している、という結論は分かり易すぎる。
映画の結末としてはきれいに終わってはいるが、最後の最後で観客に突きつける。
女性は何をもとめ、男は何に気がつかないのか。
オイラは男なのでこの映画で表現されている男のダメさ加減が多いに溜飲がさがり共感もする。
だが、結局女性がこの映画のとおりのものなのかを確信が持てない。
だから女性のもとめているものを理解する事ができないのだと思う。
本作では出てくる女性が皆魅力的に映るのに反して、出てくる男のダメさかげんは徹底してる(笑)。
この映画は主演女優が3人いて、特に冨樫真と神楽坂恵の演技はすばらしいものだった。
反面水野美紀はちょっと狂気が足りなかったかな。
ただこのバランスが結構絶妙に見えたのもたしかで、オーバーアクト気味の富樫と神楽坂の演技があるから、水野の演技の足りなさが逆に抑えた演技に見えて効果的だったと思う。
これはDVD買いでもう一度観るのが楽しみである。
by 16mm | 2011-11-13 21:51 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)

『魔法少女まどかマギカ』

先週土曜日、母親の通院の送迎。
夕方から一ヶ月振りで歯のメンテナンスに。
やはり一ヶ月空くと結構エライ事になっていたようでw。
歯の定期的なメンテナンスというのは大事だなと思う。
たまたまオイラは良い歯科医師にめぐりあっただけであるが、この手の縁というのは貴重だな。
母親なんざ行く歯科行く歯科全部スカだったりするらしい。
歯の先生にオイラのLEICA DG SUMMILUX 25mmを押し付ける(笑)。
暫く使ってもらって感想を聞きたいと思ったからだw。
オイラはすでにこのレンズへの興味は失っているのでね(笑)。
自分が興味のないレンズを他人に押し付けるのもどうかと思うが(笑)。


本日日曜日、ジムに。
今日はランニングマシンをやらずにずっとプールに。
一時間延々と25mプールを往復していた。
ちょっと気合いを入れて50mを歩くのに約1分程。
一時間ずっとこのペースは無理なのでだいたい50メートルを90秒だとすると一時間で2kmチョイぐらいは歩いている事になる。
いつもやっているストレッチもすっ飛ばしたのだが、プールで歩きながら首を回したり胸や肩甲骨のストレッチなどもしてみた。
意外と出来るもんだ。
一時間この調子で歩いていると喉がカラッカラになる。
来週はプールでやるボクササイズ系のレッスンを受けてみようかと思う。
体重94.20kg。
薬で治まっているものの、以前の暴食を改めねばならん(笑)。
ビールも飲んでないし、夜寝る前に食べたりもしてないつもりだが、やはりアレだwシリアル一袋イッキ食いが原因だと思うな(笑)。


ダライ・ラマ14世が日本に来ていたとわ。
国賓として扱ってないのか、日本政府は?
サイバラに言わせるとダライ・ラマ14世は、下町の気のいいオッチャンしか見えない、もっとも見た目威厳のない最高権力者となるのだが(笑)
日本政府の中国政府に対する弱腰さが伺える。
マスコミも大々的には報じていない。
日本の場合、この反動が極端な形で中国憎しの論調になることもあるので冷静に対処するべきだ。
外国の宗教の最高権力者がわざわざ祈りにきてくれているのに。
日本はオイラを含めてホトホト恥ずかしい国だ。


キヤノンが映像制作機材のシステムを大々的に発表。
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「CINEMA EOS SYSTEM」というらしいが、カッコいいねレンズが。
このメタルなレッドは賛否があるのかもしれんが、オイラはカッコ良いと思ったよ。
もうキヤノンはニコンを問題にしてないような(笑)。
ニコンが今後どんなものを出してくるかで勝負は決まる。
なので出してこなければ勝負はつかないので、ニコンは何も出さん方がイイのではないか(笑)。
どう考えてもキヤノンに水をあけられた感じだよな。
映像と言えばソニーだと思っていたのに、そっちの方に食い込んじゃってる。
後はキヤノンのシステムが映像の製作者達にどれだけ受け入れられるか、というところか。
映画、特にアメリカの映画ではアリフレックスやパナビジョンが幅を利かせている。
それは一重にツァイスのレンズを使えるからという理由であるのだろうが。
果たしてツァイスのレンズよりキヤノンのシステムが魅力的にみえる事になるのだろうか。
取りあえずはCMや低予算の映画製作の方からキヤノンが使われて行くのかもしれんが、
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アメリカ映画界の良心、マーティン・スコセッシまで会見に引っ張りだしたんだから(ビデオだけど)、これは影響力があるよな〜。
フィルム好きなスピルバーグはデジタルの宣伝はやらんだろうしね(笑)。


ビッグコミックオリジナル誌。
『岳』。
ヒマラヤ・ローツェの壁に一人挑む三歩。
落石を避け、雪崩に耐える三歩の姿の力強い事よ。
しかしそんな力強さも、山の大きさからすれば山肌に辛うじて引っかかっている実にささやかな存在でしかない。
阿久津のリハビリと彼の子供の成長が三歩の挑戦とリンクしている。
お百度参り。
三歩のこの挑戦は自分の為というよりも、願掛けの側面がある。
自分が厳しい挑戦をしてそれに打ち勝てば、阿久津も良くなる筈だという願い。
登山を成功させたからって阿久津の怪我が治るなんていうムシのいい話があるわけはない。
日本で気心のしれた仲間のいる日常にいることの無力さが三歩をローツェに駆り立てた。
生と死。命がけの彼岸からの帰還を達する事ができれば...。
阿久津が治る根拠になる訳も無い事をすることは自己満足でしかない。
だが、阿久津や彼に関わった仲間達に三歩の挑戦が生きる勇気に繋がって行くのだと思う。


吉田戦車の『まんが親』第1集が11月30日発売。


このところハマリまくっている鬼頭莫宏の作品を片っ端から購入して読んでいる。
すげえ作家だよ、この人は。
こういう真剣な作家の作品なら絶対長い眼で見れば世間や世界への広がりも、そしてその真剣さに見あうかは別にして経済的な成功も作者にもたらすものなのだ。
いしかわじゅんのように自分の漫画が受け入れられないのは読者の所為だと責任転嫁してる場合ではない。
現にオイラは鬼頭莫宏のだいぶ遅れてきたファンなのだから。
良いモノはいつか認められる。
作者が存命中に認められる事が無いということもあるだろうが、それでも作品は残るものなのだ。
いつか分かってもらえる。
そんな祈りや願い、そして希望をいだけるからこそ作家は作品に心血を注いで紡いで行くものなのだ。

『のりりん』
既刊3巻読了。
鬼頭莫宏の作品の中では死を意識させない珍しい作品ではないだろうか。
面倒くさい自転車の作画もさることながら、蘊蓄が詰め込まれたネームの情報量の多さが魅力。
自転車自体への興味がなかったオイラであるが、一般の人がなぜ自転車に興味を払わないかの理由までかいてある。
作品的にはまだ出だしの部分であり(三巻も出ててw)、ヒロインがなぜ博多弁なのか、とか、主人公がなぜ自転車が嫌いだったのか、等々の理由は今後の展開なのだろう。
それからなんと言っても、ヒロインのお母さんがいいw。
細眼の女性がすごく魅力的に描かれている(笑)。

『残暑 -鬼頭莫宏短編集』
鬼頭莫宏の初期短編集。
最初の絵柄は藤原カムイに似てるかな。
物語としては最初から死を念頭に作ってたんだな。

『殻都市の夢』
SF作品であり、作者の心象を反映したような物語。
エロスと死。
といっても、そんなに多くエロい描写があるわけではない。
鬼頭はどんな絵でも描ける作家であろうが、描写に対する節度というものを己に厳しく設定していると思われる。
例えば『ぼくらの』で往住愛子の脚に溶解液が落ちてどういう状態になったか、という描写はしていない。
台詞で「脚が」とされていたら想像はつく。
つかんというヤツは読まんでいい(笑)。
『殻都市の夢』でも肉体が腐乱した状態を描く事は無い。
逆に必要であれば栄養失調でガリガリになった少女の全裸は描いている。
どんなものでも描写するという事ではなく、所謂"必然性"というものを節度として身につけているのだろう。
描く必要のある絵は絶対描くだろうなというところに好感がもてる。
栄養失調の少女とのファックなんて、それだけ取り出したら石原や猪瀬なんかが眼を三角にしそうだけど(笑)。
そういうヤツらも読まんでいいぞ(笑)。

『終わりと始まりのマイルス』
amazonで購入。
これはまだ連載中の作品。
『殻都市の夢』と同じ掲載誌の所為か、申し訳程度にエロが混入(笑)。
たぶんこれは黄泉の世界での話なんだろうな。
死んだ事に気がつかない人達がいる世界が果たして死後の世界と言えるのだろうか(笑)。
笑いも含めて大変な良作である。

『なるたる』
タイトルをなかなか覚えられずに『たおなる』とか『たるなる』とか言ってしまう(笑)。
全12巻をAmazonで一括購入(笑)。
なんでAmazonかというと本屋で全部揃いで売っているところがないからだ。
なんでも最終巻がでてすぐに絶版になったとか。
信じられん(笑)。
まあオイラも存在を知らなかったし買わなかったから他人の事は言えんが(笑)。
再販されて一般書店で購入できるということになっても、大きな本屋でさえ全巻揃ってなかったりしたので、とにかく早急に購入をと考えたのだ。
取りあえず2巻の途中まで読んだ。
wikiで内容を知っているのだが、非情に楽しんでいる。
こんな作品が世間から無くなるのは罪悪だよなあ。


『魔法少女まどかマギカ』
iPod touchで二周目の視聴。
二度観ると気がつかなかった伏線を発見したりできる。
やはり7話からの展開がすごいね。
魔法少女の運命とその絶望が明るみになったところから完全に眼が離せない。
そのなかでも10話の暁美ほむらの回は秀逸だったね。
繰り返されるバッドエンド。
その度に時間をさかのぼり、まどかとの出会いをやり直す暁美ほむら。
それはたった一人の友達であるまどかの死に何度も立ち会う事になるのだ。
そんな絶望してもおかしくない状態に置かれながら暁美ほむらは希望を失わず、繰り返す度に精神的にも強くなっていく。
まどかを失わない為に。
まどかを絶望から解き放つ為に。
で、10話の終わりにそれまでオープニングでかかっていた"コネクト"が始まる。
♪交わした約束忘れないよ......
ああ、この主題歌は暁美ほむらの心情を歌っていたんだと気がついた時は号泣ですよ(笑)。
涙でないですけど(笑)。
たまらんですな。
こんな作品に出会えて良かったと思える瞬間だね。
この時間を遡行して繰り返すというのは『時をかける少女(アニメ)』や『涼宮ハルヒの消失』やその他多くの映画で使われているプロットである。
それでもこのプロットに観る者が文字通り何度も惹かれるのは、人生が日常の繰り返しであって、失敗や悔いを繰り返して行くという終わりないバッドエンドなものだという事に共感するからだろう。
だからこそ、ささやかな一つの成功が幾百の失敗や悔いを帳消しにする力をもっている。
それが希望というものなのだろう。
ところでこの『魔法少女まどかマギカ』、CDなどでサントラは売られていない。
純粋なサントラとしては音盤化されずに限定生産版のDVD 等の 特典CDに分割収録されているらしい。
なのでもう限定版など売ってないだろうということでユーなんとかチューブwで物色したところ、アレンジ版があった。

コメントにもあったが、まさに"ネ申アレンジ"w。
こればかり延々と聴いてます。

気のせいかこの音楽の心地よさ、割と今のオイラの状態を平常に保ってくれるような気がする。
by 16mm | 2011-11-06 18:29 | | Trackback | Comments(4)