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『風立ちぬ』

冒頭にて謝辞。
コニャニャシさん、ありがとう。
ものすごく便利だ。


心療内科の薬の減薬の所為か、痩せてきた、様な気がする(笑)。
実際には体重を計ってないのでわからんのだが(笑)、特に最近食生活を変えたわけでもないのに腹回りがなんとなく、スリムになった、様な気がするのだ(笑)。
なので今まで我慢していたチョコレートを食べ始めてしまった(笑)。


先週金曜日。
有給で会社休んで銀行に小銭の入金をしにいく。


先週金曜日、岩盤浴90分とストレッチ。
普段だと岩盤浴終わった後にサウナでストレッチとなるのだが、めんどっちくなりw岩盤浴でストレッチ。
ストレッチがめんどっちいんだけど、大事なメンテだと思ってもいるので欠かさずやる。


土曜日、久々の撮影。
ストロボ所為か?
画面に反射光が写っている。
50mmで結構深めで大きなフードをしていたのだが。
レンズガード用のフィルターの影響であろうか?
そういえば撮影中にファインダーの中にその反射が確認できたような。
だいたい撮影中は頭に血が昇っているので、いろんな不具合を冷静に見れてないのだ。


『少女ファイト(11) 』
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AmazonでKindle版購入。
練(ねり)が技術的な成長を遂げる為の試練。
矢を遠くに飛ばす為には弦を後ろにひかなければならん。
美しさというものは強いということだ。
この逆はないと思うけど。
美しくある為に強くなろうとする姿を肯定的に描いているのが魅力だね。
才能だけではなく、悩みと努力がその糧になる。


『サイレーン(4)』
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Kindle版をAmazonで購入。
相変わらずのユニークかつカッチョいい装丁デザイン。
里見くん、なんとなく死亡フラグがたってるような気がするんだが(笑)。


『げんしけん 二代目の七(16) 』
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AmazonでKindle版購入。
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巻末の漫画で永田八郎(笑)こと永井一郎の追悼をしていた。
全部宮崎駿ネタだ(笑)。
やっぱり印象に残る演技をしていたんだよ。
改めて合掌。


『BLUE GIANT(2)』
やっとKindle版発売の告知。
来月の14日だって。
はよせいよ(笑)。


『いつか大人になるのかな 『ママはぽよぽよザウルスがお好き』リュウ&アン人生道草編』
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AmazonでKindle版を購入。
Kindle版の告知が出てから二ヶ月ぐらいか。
他にもKindle化されてない単行本があるわけなので残らず電書化してもらいたいものである。


sonicare
歯医者の先生やら美形で剽軽な歯科衛生士女史もオススメだったsonicareの電動歯ブラシ。
先生んトコで買わなかったのはアレだが(笑)。
とにかく楽。
ラクちん。
美形で剽軽な歯科衛生士女史に散々ブラシのアタリが強い、と注意されて直らなかったがこれなら大丈夫なのではないか。
なんせ自分の腕は動かさずにブラシが動いてくれる。
腕はブラシの位置のみを注力していればいいので余計な力が入らずにブラッシッグできる。
ブラッシングの為に手を動かしながらブラシを親知らずあたりまで届かせるのは結構大変だと思う。
電動歯ブラシなら磨きたい位置にブラシを持っていきさえすれば適切に磨いてくれている。
歯茎のマッサージにもなってなかなか気持ちがいい。
この磨き方については今週の歯のメンテでアドバイスを頂こうと思っている。
ただまだ慣れてない所為か、ブラシ以外のところが歯にコツコツ当ったり、たまにあけはなたれた口からwしぶきが飛ぶのは気をつけねばならん(笑)。


『風立ちぬ』
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Blu-ray購入。
購入してから2度ほど観かえす。
この作品の事を考えるにあたり
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『岡田斗司夫の「風立ちぬ」を語る1~人でなしの恋を描いた「風立ちぬ」』この本から影響を受けてしまったので(笑)、以下完全に自分独自の感想ではないということを始めに宣言していおく。
岡田のこの評論、さすがに鋭い。
この『風立ちぬ』という作品がどういう類いのものかということを的確に指摘している。
タイトルにもある「人でなし」という言葉もそうなんだけどね。
興味がある人はオイラの感想など読まずに岡田の本を読んだ方がいい。
で、オイラの『風立ちぬ』に対する感想であるが、一言で言えば
"いかなる妄想も常に現実の前に敗北する"
劇中の登場人物である堀越二郎は本来パイロットになって空を飛びたかった人間だった。
冒頭の二郎の夢のシーンは彼の願いや望みが詰まったものだ。
自分の家に飛行機を持ち、それを清々しい朝のなかに飛翔する。
他の人間が届く事のない空の上から下界を見て、男はどうでもいいがw、すべての女性には飛んでる自分の姿を見てもらって関心をもってもらいたい。
まあ誰もが見るであろう他愛無い夢のバリエーション。
そんな夢を持っていた少年二郎だが、現実には自分が近眼である為にパイロットの道を断念せざるをえなかった。
空への夢を諦めることが出来ない二郎。
飛行機を作る人になろう。
設計師になろうという切っ掛けが、同様に二郎の夢の中に出てきた
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ジョヴァンニ・バッチスタ・カプローニ。
二郎の夢がカプローニの夢にリンクした。
この夢の中で二郎は飛行機の設計師への道を固める事になる。
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美しい飛行機を作りたいということを自分が生きる夢としていく。
と、ここで劇場公開時の初見では気がつかなかった事をかいておく。
このカプローニと二郎の交流って夢の中での話なんだよね。
宮崎駿の企画書なんかにも
「ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空をこえた友情」
とかかいてある。
劇中の中でも再三
「これは夢だ」
という台詞が出てくる。
観客であるオイラからすると二郎とカプローニが実際に通じ合ってる様に見えた。
いや、見える様に演出されていた。
が、これは夢だ。
二郎とカプローニの間に現実的な、実際に会ったとかの接点があるわけでなし。
つまりは、二郎の一方的な妄想なんだよね。
二郎が言って貰いたい言葉をカプローニに言わせ、見たいと思ってるものだけを見て、それがあたかも自分の努力次第で実現可能であると思い込む。
世の貧困というもは現実にあり、そこから上手い具合に眼をそらして自分がしたい事だけをするための言い訳を自分の妄想から紡ぎ出す。
劇中で語られる
「ピラミッドのある世界」
というものだ。
「ピラミッドのある世界」というのは自分以外の多勢人間を働かせて、自分は衣食住に係うことなく、自分の妄想に没頭できる世界のことだ。
カプローニはこの「ピラミッドのある世界」を完全に肯定している。
しかし、二郎がカプローニにピラミッドのある世界のない世界のどちらを選ぶと問われた時、彼は直接それには答えずに
「僕は美しい飛行機をつくりたい」
という。
まあ二郎にしてみれば、貧富の差をあからさまに肯定する度胸はないが、「美しい飛行機を云々」という言葉で消極的にではあるが「ピラミッドのある世界」を肯定しているのだ。
「美しい飛行機」というのは「美しい妄想」という言葉に置き換えてもいいだろう。
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カプローニは本作のクライマックスにまで出てくる。
結局二郎は最後まで現実を自分のものとして見ることをしなかった。
カプローニにしても二郎にしても、その現実を他人事のように対処する様を見るとオイラなどは若干イラっとするのだが(笑)。
オイラなどはカプローニや二郎の側にいるわけではないからねえ(笑)。
カプローニは二郎の妄想の象徴であり、現実との折り合いをつける免罪符を与える守護者。
まあどちらにしても全てが二郎が作り出した自分の都合がいい様に作り出したにすぎないが。
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当時の日本は中国でかなりキナ臭い事になっていても二郎は気にしない。
そんな醜い俗世に関心はない。
結局二郎は現実を極力回避しながら生きていたのだ。
美しい夢と醜い現実。
真っ白で逆ガルのスマートで美しい飛行機を妄想のなかで作り出す二郎。
現実の全てを二郎は妄想によって否定しようとしていた。
二郎の現実は設計して作った飛行機は墜落し、そして多くの若者達を載せて死地に飛んでいく。
二郎の初恋である筈のお絹さんと恋に落ちる事はなく、忘れていた少女であった里見菜穂子が求愛したから成り行きで好きになる。
しかし妄想を生きる二郎に現実的な人間関係を築ける筈もなく、病気の恋人をほっぽって自分の妄想を現実にすることのみに執着する。
妄想の強度というのはあっても、結局強く思えば願いが叶うということはあり得ない。
どんなに強く、精緻に構築した妄想でも結局は妄想した者の都合のいい思い込みでしかなく、現実とのシビアな折り合いがついているわけではない。
当然のごとく妄想は現実の前に敗北する。
二郎もカプローニも"現実"に勝つ事はできなかった。
本作はところどころで二郎の見た現実というものも表現している。
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敬愛する山口晃のエッセイの画を無断借用してしまっているが、↑のような事である。
飛行機のエンジンの音だとか地震の地鳴りなんかを肉声でやってるんだけど、それってよく子供が(大人もやるけどw)プラモデルの飛行機やらロボットやらフィギュアを手に持って
「グォオオオオオオオオ」
とか
「ガシャンガシャン」
「ズダダダダ」
とか
「バシッ!ライダーキッ!!」
だとかの擬音を自分の口でやってるような様だと思われる。
現実の中にあって、現実を己の妄想に取りこんで少しでも妄想を強固にして現実としての足場をつくろうという目論みではある。
どちらにしてもだ。
モノ作りであるとか、夢であるとかが肯定的にもてはやされているわけだけど、そういうものに宮崎駿が冷や水をあびせかけた、と感じられる人間がどのくらいいるだろうか?

この感想、多少来週に続く。
続かないかもしれないが(笑)。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2014-06-29 23:29 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(4)

『情熱大陸 園子温』『SWITCHインタビュー 達人達(たち) 上原ひろみ×石塚真一』

先週土曜日、心療内科。
減薬。
身体にはともかく、お財布にはやさしくなってよかった(笑)。


先週土曜日、ヘアカット。
いつも髪を染めてくれてるおねえさんがいつものように張り切って色を調合して染めてくれる。
天才肌なので張り切りすぎて調合の具合が毎回ちがうのだが(笑)。


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非常に汚いモノの写真で申し訳ない(笑)。
ボチボチ擦り切れてきたし、外皮はハゲチョロだし、なんだか匂うしwで捨てる事にした記念に一枚。
オイラとしてはこのブーツになんの思い入れもなくはいてきた。
断続的に4年ぐらいは履いてたろうか。
合皮だし、履き難いし、最初は踵が高すぎて足首を捻ってたし、若干サイズが合わないのを中敷で補正かけてたし......。
他の革ブーツを履きたくない雨だとかの時に履いていたから、とにかく履き潰す事だけを考えていた。
ひとつ思い出があるとしてら、"3.11"の時に履いてたのがこのブーツだった。
交通機関が動いてないなか大勢の人間と榎町から池袋に向かって歩いた。
足首をグキグキさせながら。


観たい映画がないわけではないが、どうにも近場でやってなかったりするのでソフト化されるのを待っているのが結構あるなあ。


世の中、サッカー・ワールドカップのようだが、気のせいか以前より盛り上がりがないような気がする。
オイラはハナから盛り上がってなどいないが、以前のようニワカ・サッカーファンが減ったからかなと思われる。
サッカー好きな人間にとってみれば良い事じゃないか、と、ヘアカットの担当の兄ちゃんに言ったところ、ニワカがいた方がサッカーを長く盛り上げていくにはいいのだとクレバーな答えが返ったきた。


近所の蔦屋で『風立ちぬ』のBlu-rayを購入。
途中まで観たところ。
なんか思いのほか庵野秀明の声に違和感を感じなくなってきたが(笑)。
下手は下手なんだけどねえ(笑)。


数年前に出た菅野美穂のヌード写真集の画像を検索。
すごく好みの良い写真。
これだったら写真集買っときゃよかったと思うけど、多分おそらく再販はしないだろうな。
電書で出してくれんもんかしらん。


『情熱大陸 園子温』
先週日曜日放送の番組の録画を視聴。
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多作であり続けるとはどういうことか。
どんなに小さな映画を作るとしても現状最低でも億はかかるだろう。
更に、どんなに小さい作品であってもそこには必ず製作者の"顔"が絶対に入っている。
すきな言葉ではないが、自分をさらけ出す、ということだ。
制作費に対するプレッシャーもさることながら、それ以上にさらけ出した自分が不特定多数に否定されることになったら...という恐怖はいつもつきまとう。
普通の凡人は、だから一歩が踏み出せない。
踏み出せないならまだいい。
踏み出した時の怖さを知っているから、踏み出した者達への畏怖を謙虚に感じることができる。
園子温という人はその恐怖を多作によって回避しているのか?
それとも表現したいものが制作のスピードに追いつかないぐらいに沸き上がってきているのか?
園子温は後者だろうなと思う。
24時間、映画に付随することのみを考えて生きるということの狂気。
こういう人を見るとオイラなんぞは相当にぐうたらだと感じざるを得ない。
勤勉でもなく勇気もない。
番組中で500人アンケートをして、<アニメ>を除き今一番注目する日本人の映画監督は?という問いがあり、
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↑のような結果になった。
多分アニメを入れれば宮崎駿が圧倒的にトップとなったであろうことは予想がつく。
1位の<いない・知らない>という人が全体の約半数で、その中にも宮崎駿を知ってる人は多いだろう。
宮崎は不本意であろうが、宮崎駿という名前は作家としてというよりも流行や現象の名前になっているのだと考えられる。
社会現象というヤツね。
更に言えば、<アニメ以外>というくくりがなければ、具体的に映画監督の名前をあげた残りの半数の人の中にも宮崎駿の名前を出した人は多いかもしれん。
これが何を意味するか。
<いない・知らない>と答えた人達のなかの宮崎駿と、具体的な映画監督の名前を出した人の中にいるであろう宮崎駿という名前の意味は違う。
前者は社会現象としての宮崎駿の映画を知っていて、後者は作家としての宮崎駿に対する認識だ。
映画を観るということを趣味にしているか?という問いかけのアンケートであると思う。
そういう意味では約半分ちょいが映画を趣味としているという結果だが、少々多いような気もするが(笑)。
今注目している監督はいないけど、昔の監督は好きでBlu-rayなんかで観ています、という人の事を考えれば、逆にもうちょっと映画を趣味にしている人も多いかな。
この番組、大島新(大島渚の子息)が作ったのね。
すんごく面白かった。


『SWITCHインタビュー 達人達(たち) 上原ひろみ×石塚真一』
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NHK Eテレの録画を視聴。
石塚の漫画の掲載誌に番宣が載ってたのだけど再放送だったよ(笑)。
この番組を本放送で見逃していたとは(笑)。
不覚。
いい番組だよ。
石塚さんがまたインタビュー上手いんだよね。
NHKの番組というと
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オイラにとっては『プロフェッショナル 仕事の流儀』での茂木健一郎のインタビュー。
もうオイラが語りぐさにしてるぐらいクズなインタビューでさ、やはり流行ものとしての宮崎駿という認識で、作家に対してインタビューしてるって感じではないんだよね。
こいつら宮崎のことなんも知らんのだろう(笑)。
NHKだからこんな悪夢が再び、と思ったらまったくの杞憂。
ジャズ漫画を描いている石塚がジャズ・ピアニストである上原ひろみに対し、非常に興味深い質問を投げかけていた。
言って見れば創作上の演奏上の気持ちであるとか心の在処であるとか。
聞き方、答え方によっては形而上的でわけのわからんインタビューになることもあるんだけど、作家という凡人とは違う、一種の病や呪いがかかっている人達が凡人とはどう違うか、というのが分かりやすく語られていたと思う。
「やりつづける強さ」
これだよなあ。
オイラみたいに常にブレまくって努力を怠るようではダメなのだね(笑)。
園子温の番組といい、この番組といい、ちょっと仕事で行き詰まっていじけている現在のオイラが再び発奮するには十分の起爆剤であった。
やりつづけなければ、努力しなければ神様だって手を貸してはくれない。
石塚や上原みたいな人でさえそういっているのだから、オイラなどはもっと心せねばな。
観て良かった。
いい番組であった。


今週はこんなところで。
by 16mm | 2014-06-22 21:19 | 閑話 | Comments(2)

『機動戦士ガンダムUC 7』

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ライティングの練習。
ライティングのお勉強。


先週土曜日、岩盤浴、赤外線サウナ、ジェットバス。
少々ダルかったがストレッチも少々やる。


本日日曜日。
連日の梅雨時のジメジメが比較的少なくちょっと涼しかったので、時計のバンドの清掃と、今更ながら冬物の革コートのメンテナンスをした。


Leica 50 mm f0.95 Noctilux-M Asph Leica 50mm f1.4 Summilux-M Asph 6-bit
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"弘法筆を択ばず"
なんて言葉は弘法大師だから筆を選ばなかったので、オイラなどは筆も良いものを選んで使わなければ人並みにならない。
持った瞬間絶対当たる予感がする拳銃が名銃と呼ばれるものらしい。
それと同じで見た瞬間に良い写真が撮れそう、というか、そのレンズを使うときっとセンスだとか才能なんかもついてきそうな(笑)予感のするレンズというものがあるもんだ(笑)。
オイラにとっては上の画像のLeica 50 mm f0.95 Noctilux-M Asph Leica 50mm f1.4 Summilux-M Asph 6-bitがそれ。
ちぢめて"コンマ キューゴー(.95)"と呼ばれている。
無茶苦茶お高い。
約130万円ほどする(笑)。
良識ある者なら単なる嗜好品に130万円出すなら車の頭金にした方が、とかいうだろう。
ファ〜ック!w
オイラはそういう者を否定はしない("そういう者"はだいたいオイラを否定したり、藁ワラみたいな半笑いを浮かべるけど)。
が、オイラに言わせれば"そういう者"はある種の<神>に触れることもなく
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この世の凡庸なる者でいられるヒトだと思う。
商品価格の高いものに必ずしも<神>が宿るとは言わない。
開発期間の長さ、最高質の材質、選ばれた一流の設計師、etc...、その製品の価格の高さには高いだけの理由があることが多い。
それらの要素を得て尋常ではない値段がつけられた製品には通常では味わえない「<神>という名の可能性(笑)」が手に入れられる。
身の丈にあったモノだけで満足している者の想像力の範疇にない<神>が宿っているのだ、と。
と、まあ、ここまで自分の買い物を正当化しつつ、それをバカにした奴らを全力で見下して(笑)disってみたが、オイラ、結局この"コンマ キューゴー"を購入していない。
というか、できなかった(笑)。
そもそも計画的なお金の使い方などしてないできないありえないオイラw。
しかし、分割なら、ローンなら買えるかもしれないと思って、某量販店に行ったですよ。
したら奥さんw。
60回払いで130万の製品が手数料込みで170万になり、月々の支払いが3万円とか(笑)。
170万円もびっくりだが、月々せいぜいがんばって2万円を想定していたオイラにはもうどうあっても手も足もでない(笑)。
<神>を見つつ地獄に落ちそうなきがしたのでこの計画はこうして頓挫したのである(笑)。


『シドニアの騎士』

本編は観てないのだがw、この短い予告編のカッティングと音楽がツボで何度も聴いていた(笑)。


『監督不行届』

TVでやってるのは知っていたが観た事はなかった。
はじめてYouTubeで観てみたらこれがオモロイ(笑)。
キャストの二人のスゴ腕声優もさることながら、『ルバン三世』のEdのパロディと、毎回変る歌が楽しかった。
ところで、彼等の仲人をしたのがパヤオであるという事実は知れ渡っているのであろうか(笑)。


『APPLESEED ALPHA PLAY ARTS改 デュナン』
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Amazonで購入。
写真を撮る為にそれなりに楽しみにしていたのだが、商品が先週土曜日についたものの当初のモチベーションが低下(笑)。
まだ封も切ってない状態である(笑)。


『攻殻機動隊(1)』
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iTunesStoreでiBooks用の電書を購入。
電書と言えばだいたいKindle版を購入するようにしている。
が、この『攻殻機動隊(1)』は初の電書化でiTunesStoreでしか発売していない。
理由は色々あるのだろうけど、このiTunes版
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上の赤枠のように、士郎正宗名物"ウザイほどの欄外の注w"がその部分に触れる事でポップアップで拡大してくれるのだ。
この機能はイイわ。
たぶんiBooks独自の機能になってるのかもしれん。
現状AmazonKindle版の一人勝ち状態で、オイラを含めた購入者も同じ本が出てるならAmazonで購入、みたいな流れを崩せるのではないかね。
電子書籍の作品自体を一つの端末で独占という事はなかなか難しいだろう。
が、特定の端末でしかできない工夫をすることで独自な読みやすさを提供できる様になれば、Amazonの独占を崩せる可能性があるかもね。
実際このポップアップはみやすい。
注でも写植で打ったものだけでなく、作者手書きの注までもがポップアップされる。
結構手間かかってるね。
出せばある程度売れるからこそ手間をかけてやってるんだろうけど。
続巻を期待する。 


『Caos: 1』
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AmazonでKindle版購入。
メビウスのKindle版は他に5冊ぐらいでてるので折りをみて購入していくつもりである。
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メビウスが亡くなった時の大友克洋の追悼のTwitter。
素敵な文章であり、誰もが納得する言葉。
メビウスの線を見る度に本当にほんとうに遠くに見える。


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ボブ・ホスキンス、亡くなっていたとは。
合掌。


『機動戦士ガンダムUC』
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Kindle版を購入。
取りあえず読み始める。


『機動戦士ガンダムUC 7』
AmazonでBlu-ray購入。
2010年3月から四年かけての完結。
本巻を一度観た後に一巻目から通して再見してみた。
したらかなり面白く観る事ができた。
初見では一巻目のエンディング曲の栗山千明の歌でヘナヘナとなったが(笑)、今回の通しでの鑑賞だとすばらしくマッチしたものに聴こえたよ。
この印象の変り方はオイラ自身も驚いたぐらい。
このように初見では全体が見えていない分、個々の演出の意図を計りかねる部分も多々あった。
例えば4巻目あたりぐらいから物語についていけなくなり若干の混乱があったのだ。
これも通してでみたら4巻目は内容的にもアクションとしてもすごく好きになったわけだが。
そんなわけで、前巻の顛末を復習しなければなにがどうなったかすら怪しくなり(笑)。
まあ実際は復習などせずに観て、混乱を混乱として受けとめていたわけだが。
当たり前だが作ってる方は全体の構成を把握してるからブレなくやってきたのだろうけど、原作も読まず次巻までのタイムスパンで物語を忘却しているオイラのようなおバカさんは取り残された感じも否めなかった。
制作費の問題もあろうが、福井晴敏のこの作品を一巻あたり50分でまとめるというのはやはり無理があるのではなかったか。
最終巻のみ90分だったけど、他の巻もそれくらいの時間は最低限必要だったと思う。
そもそもさ一巻目のアヴァンタイトルにでてきたコイツが
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バナージではなく
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このジジイであるサイアム・ビストの若かりし頃であったなんて、わかるか〜(笑)。
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まあ血の繋がりがあるわけなので顔が似てるのは当たり前なんだけどさ(笑)。
で、今回明かされる<ラプラスの箱>の顛末なんだが、どうにもあのオチがそんなに力を持っていたとは思えないんだよね。
あのオチは謂わば言葉の力を信じている人<この場合で言うと福井晴敏になるんだけど>の妄信にしか思えなかった。
あの条文が例えばモビルスーツよりも、ソーラーレイよりも、コロニー落としよりも破壊力のあるものだとは思えないというのはオイラの理解不足であろうか?
本巻でもこのあたりの説明を割とくどい程やって、聴いているうちはなんとなく納得もするし、物語的なハマりも悪くないとは思いつつも、どうもオイラのなかではバランスがよくないんだよね。
そんなことよりもwオイラが思うにこの『機動戦士ガンダムUC』という物語は(小説は読み始めたばかりなので全体把握はできないので映像作品で描かれた物語に限定して)バナージとオードリーの恋物語だ。
だから最初の方で
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ミコットのバナージへのほのかな恋心なんてのも最後にタクヤとくっつくという顛末がわかっているならバッサリと切ってもよかったんでないかね。
彼女の存在が妙なノイズになっていたのも事実である。
一目惚れの少年少女。
運命に引き裂かれつつ、行きつ戻りつ。
この古典的な枠組みって原作の福井晴敏の得意技でねえ(笑)。
最終巻なんて『Twelve Y. O.』を思い出したかな。
オイラ『Twelve Y. O.』大好きだし。
で、原作には書いてあるかもしれんがこの映像作品では理解もできなかったし感情移入もできなかったのが
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フル・フロンタル。
彼は一体なんだったのであろうか?
原作には描かれているのかな?
勝手な想像をすると、並外れた反射神経と冷徹で鋭利な頭脳を持ちつつもブサイクに生まれついてまったくのカリスマ性のない男が、整形してシャアのコスプレをしていただけなんではないか、と半分マジにおもっているのだが、どうなんだろう。
自分を"器"と規定してるわけだけど、なんの器かと言えば自分が忌み嫌う大衆の総意なんだよね。
だから人間そのものに絶望していてなんの期待も可能性も信じていない。
信じているとすれば衆愚の大衆ではなく、バナージが到達しえたようなある種の超越した存在ではないのかね。
愚かではない少数の人間が存在するかもしれないという希望は持っていたのかもしれんが。
結局それもオイラの想像でしかないわけだが。
連邦どころかネオ・ジオンに対してもなんの感慨もなく、ただただ、自分に煽動される衆愚をあざ笑うのが生き甲斐だったとか。
内実は虚無的な人間だったのかなと。
色々とごちゃごちゃの文句は言ったが全体的には非常に満足なシリーズであったことには違いない。
面白かった。
最後に
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偶然ではあるが、永井一郎が最後まで本作に魂を吹き込んでくれたおかげで本当に首尾一貫したものになったと思う。
本当に良かった。
改めてご冥福をお祈りしたい。


今週は心療内科とヘアカット。

by 16mm | 2014-06-15 23:29 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『げんしけん 二代目』『Spotted Flower』『はじしらず』

先週土曜日、母親の通院の送迎。


先週の土曜日、歯のメンテナンス。
いつものように美形で剽軽な歯科衛生士女史に歯石をとってもらう。
ちょっと興味があったので女史に電動歯ブラシの相談をする。
なかなか良いお値段で高性能なものを勧められる。
量販店や薬局で5〜6000円で売ってるものとは違うらしい。
やはりここでも良いモノは値がはるもんだ。
ちなみに女史は電動歯ブラシは持ってはいるものの現在は自分で磨いているとのこと。
電動歯ブラシを自分で動かしてしまうというからプロ意識の問題かもしれん。
治療後、先生と雑談。
コンパクトデジカメの相談をする。
コンデジは後悔しかしていないのにまたも欲しくなるからオイラも始末が悪いw。


本日日曜日、岩盤浴、赤外線サウナ、ストレッチ。
ストレッチをめんどくさく感じるのだが、やらなくなってエラいことになるのは眼に見えているので余計に念入りにやった(笑)。


土曜日の明日、部屋の明かりをつけっぱなしの状態で目が覚める。
前の晩、iPadでHな画像を見てるうちにw寝てしまったようだw。
で、眼鏡がオイラの腹の下敷きになって若干ひしゃげていた(笑)。
βチタン製。
硬そうな素材であるにも関わらず、オイラのや〜らかい腹と質量による圧力には耐えられなかったらしい(笑)。
土曜日、母親の通院の合間に眼鏡屋さんに駆け込んで治してもらう。
購入した店ではないのでなんとなく遠慮してしまった所為か、それでも微妙に歪んでいた。
ので、以前レンズを購入した地元の店に行って完璧に治してもらう。
どちらもお代はいらないと言われたが、それぞれで眼鏡フキのシリコン・クロスを購入。
新品のクロスがいきなり2枚手元にw。
まあこれは幾つあっても困るもんでないので。


週末に届くと期待していた
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機動戦士ガンダムUC [MOBILE SUIT GUNDAM UC] 7 [Blu-ray]』がどうやら明日の月曜日到着のようだ。


『BORDER 警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係』
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毎週楽しみにしていたドラマが終わった。
全9話というのはTVドラマとしては変則的なものかもしれん。
オイラはいまだに第七話は観ていないのだが、シリーズを通しての印象は変わらないだろう。
第七話、再放送やってくれないかなあ。
それはともかく、普段TVドラマを観ないめんどくさがりなオイラが楽しみで観ていられた。
同時期の裏番組の『MOZU』が第一話を観て、以後観なくなったのとは好対照。
脚本が金城一紀ということもあるが、キャストも手練を集めてなかなか興味深い。
主演クラスはもとより、青木崇高、波瑠、滝藤賢一、野間口徹、浜野謙太と、なんというか、ビミョーに面が割れてない感じの新鮮で良い感じの役者が上手い感じでハマってましたな。
金城の前作である『SP 警視庁警備部警護課第四係』(あ、これも"四係"だったか)のTV版のようなヒリヒリした終わり方ではなかったが<まあヒリヒリしすぎて続編の映画に期待したあげく、ものすっごい肩すかしを食ってがっかりしたがw>物語の終わり方、TVスケールのドラマということで言えば順当なところだと思う。
それを踏まえて言えば、正義と悪のコインの裏表というロジックはまあ使い古されたものではあるなとも思う。
主人公の石川が死者と話せるという設定を最後にツイストをかけてもらいたかったな。
つまり、石川が死者と話が出来る、死者を見る事ができるというのは真実ではなく、弾丸が頭に与えた影響によっておきた妄想であった、とか。
たまたまその妄想が偶然にも真犯人に結びついていただけで、実は石川の思い込みと妄想にすぎなかったとしたら。
正義というものが一面の妄想でしかないという事実に行き着いたんではないかなと思うんだけどね。
まあ言っても詮無いことである。
金城のプロジェクトには今後も期待する。


『げんしけん 二代目』
AmazonでKindle版を6巻まで購入。
『げんしけん 二代目』としては既刊は6巻という数え方だが、『げんしけん』としての通巻だと15巻目ということになる。
この巻数の変則的とも言える扱いは唐沢なをきもやっているが、本作『げんしけん』はどちらかというとマニアックな設定込みのものかもしれない。
『二代目』からの新キャラも活躍しているのだが、どうにも引き込まれない。
引き込まれないどころか、なんとなく鬱陶しい(笑)。
『げんしけん』からのキャラ、たとえば、スー、荻上、藪崎なんかはどんなに無茶をしても安心できるのだが...。
所謂群像劇としては群を抜いて面白い本作であるのだが、おそらくオイラを含めた多くの読者は多分おそらく確実に
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斑目萌えがMaybeなのではないか(笑)。
『げんしけん』のキャラでオイラに近いと思われた
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田中だが、後々
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大野さんという爆乳で性格が良くてwなんもかんもオイラの好みにピンポイントなキャラと恋仲となり、
「こんなんオイラとちがうw。リア充爆発しろ」
という見解となった(笑)。
かといってオイラが斑目と完璧にイコールかといえばそんな事はない。
そんな事はないのだが、コイツをみてるとなんつーか、アレ、なんでしょう。
世間からイタイと思われている要素。
明らかに自分の中に確実にあるその要素だけで出来たようなキャラクターだから。
だからオイラは班目を普通にみてられないのだ。
このキャラクターがどう生きるか。
それが今後のオイラの生きる指針になるといっても過言ではないようなね。
班目が幸せになれたら。
そんな方法があったら、オイラを含めた班目萌えの大きなお友達たちのどんなに励みになるか。
いや、もうまじにそういう眼で本作を読んじゃってます(笑)。


『Spotted Flower』
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Kindle版を待てずに書店で書籍購入(笑)。
前述した班目萌えのオイラ。
『げんしけん』では春日部さんにはコーサカという恋人がいて、
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班目は入り込む余地がないのだけど、春日部さんはこうも言っている。
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そう。
班目にはそんな未来があったかもしれないのだ(笑)。
それが本作『Spotted Flower』で描かれている。
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あとがきで作者がビミョーなニュアンスで本作のふたりが『げんしけん』の彼等であるという明言は避けているがw、まずこのふたり、鉄板だろう(笑)。
なんか微笑ましくもすごく心がホクホクしたね(笑)。
女性にとってみればオタな旦那をもつことの不条理に日々困惑してるんだけど。
「そんな未来」という希望が形になったのがうれしいね。
ちなみに本書、カバーをあけるとおまけが見える(笑)。
このギミックが電子書籍でつくかどうかわからんが、こういうおまけが書籍にしかつかないということであれば、ごく稀に書籍を買う事もあるだろうなと思った。


『はじしらず』
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AmazonでKindle版購入。
女性ウケがいいのか悪いのか知らんが、オイラはケッコウ壇蜜好き。
Kindle版で密かにすでに2冊の写真集を持ってるぐらい(笑)。
本作写真集と本当にささやかな文章のみで構成されている。
乳首もアンダーヘアも写ってないので、物足りないという人もいるかもしれんが、オイラはすごく好きだ。
すごく上品で綺麗に撮られてる。
全裸でありながら即物的にエロスを喚起する部分(具体的には乳首やアンダーヘア)を極力排除しつつ、表情とポージングだけで匂い立つようなエロスを表現している。
即物的で俗な部分が減ると上品さが浮き上がってくるものなのかしらん?
撮影もすごく好み。
ずっとKindle版がでるのを待っていたので待った甲斐があったというものである。

by 16mm | 2014-06-08 21:24 | | Comments(2)

『愛のコリーダ』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』

先週土曜日、岩盤浴、ストレッチ。
岩盤浴は40分ほどで我慢出来ずに退散。


髪の毛が鬱陶しい。
ヘアカットは三週間ぐらい先だ(笑)。


『げんしけん』
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今更というむきもあろうがw『げんしけん』を読んでみた。
切っ掛けはと言えば同じ作者の
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『Spotted Flower 1』のAmazonに載っているプロットに興味がひかれたのだ。
しかし『Spotted Flower 1』はまだKindle版がない。
早急なKindle化を求む(笑)。
wikiを読んだら『Spotted Flower 1』の二人って『げんしけん』の班目と春日部らしいというようなことが書いてあって、なんか余計に複雑な気分になるなあ(笑)。
まあそれはおいといて『げんしけん』。
上の安彦良和の漫画のように『げんしけん』で出てくる女性がことごとくオイラのツボで、みんな素敵なんだよな(笑)。
女性キャラ全員に萌えましたな。
ただオイラが本作を読んでの痛烈な一撃は荻上の話なんだよね。
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世間のモノ作りやクリエイティブな事象に対する根源的とも言える"好意的な無理解"に対する一撃。
オイラからすると"モノ作り"なんてのを会社のキャッチフレーズにしてるのを見る度に「イタタタタw」なのである(笑)。
モノ作りを連呼するような輩ほどそこから一番遠い存在であり、そいう奴らが非常時にまっ先に人の創造性なんかを否定するんだよね。
社会一般の創造性というモノ作りに対する幻想は"主体性"とか"唯一無二"であるとかの部分であり、それを会社はカネに代えようとして会社のキャッチにしてるわけなんだ。
明らかにモノ作りというものを一面的にしか見ていないが為の好意的な無理解。
言うまでもないがモノ作りや創造性というものは個人個人の根源に根ざしたものだ。
程度の差はあっても自分のアイデンティティが如実に反映される。
例えば、痩せたモデルの女性をスケッチしていたとして、自分の女性の好みがポッチャリだったりすると痩せた女性が若干ふっくら描かれるというような事はよくある事だ。
まあ自分がデブ専である、なんていう妄想は毒にも薬にもならんもんだろうけど、そんな妄想が個人の枠を越えて他人に影響を及ぼす事は多々ある。
女性をふっくらと愛らしく描く事は微笑ましいだろうが、ピチピチのラバースーツを身につけ、鞭を持ったSMデブ女を描いたら、それを微笑ましく好意的に受け止める人は何人いるだろうか?
世間的な判断で言えば、大多数の人間が好意的に感じられるもののみが"モノ作り"であり"創造性"であり"クリエイティブ"なものになり、会社が欲しいと思っている創造性もそういうものなのだ。
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口では"モノ作り""創造性""クリエイティブ"などと口当たりの良い事は言っても、社会通念で許されていない妄想は徹底的にスポイルされる。
どんな優秀なクリエイターでも自分の妄想を直接的に表現する事はないだろうけど、ニュアンスは様々な方法で表現の中に隠している。
なぜ直接的な表現をしないかと言えば、社会的な外圧が怖い、というよりも、自分の妄想をストレートに描く事で自分とい個がすべてさらけ出されてしまう恥ずかしさに堪えられないからだと思う。
だから本作で荻上が
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こんな妄想をストレートに描いてしまうというのは、オイラからすると「若いなあw」という事になるのである。
荻上は過去に自分の妄想によって同級生の男の子を不登校にさせてしまった過去があった。
その同級生は自分も少なからず好意を抱いていた男の子だったからトラウマは深刻である。
自己否定と自己嫌悪が荻上を苛む。
しかし、ね。
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妄想は他人を傷つける危険性というものが常に孕んでいる。
それでも止められないというものが"モノ作り"の根源ではないのか。
よく言われる様にホラービデオを観すぎていたから殺人をおかした。
ロリコンのエロゲーをしすぎていたから幼女を誘拐した。
etc.......。
その度にホラービデオやエロゲーが事件真相としてまことしやかに責任を負わされる。
ハッキリ言おう。
ホラービデオやエロゲーなどをやって、その人の人格に影響を与えない筈はないのである。
その人の人生の一部をつかって熱狂させるような文化に影響力がないわけないではないか。
そんな事は良心的で自覚的な製作者なら分かっている。
上の荻上だって分かっている。
分かっている上で数少ない"モノ作り"の僕達は制作を止める事が出来ない。
それはモノ作りというものがもつ呪いみたいなものだ。
モノ作りをする者の性(さが)だ。
無自覚にモノ作りを賞賛して会社のキャッチにまでしちまうヤツ。
こいつらの無知さ加減の方が凶悪であり罪だと思うぞ。
その部分を本作は無茶苦茶端的に描いている。
この辺りものすごく溜飲がさがったし、自分自身に対する覚悟というものも考えさせられた。
いや〜、本当に名作だは。
今更本作を読んで感動するってのもイタイのかもしれんが。
本作は全九巻であるがその続編が既に単行本化されKindleでも出ているのでいずれ手に入れるであろう。
掲載誌である月刊アフタヌーン誌。
本当に侮れねえ。


『愛のコリーダ』
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Blu-rayで視聴。
公開は1976年との事である。
オイラが9歳ぐらいだな。
たしかNHKのニュースセンター9時かなんかでこの映画の写真集についての裁判をやっているというのを知った。
TV画面にそのスチールもいくつか写ったのでチンコの皮もむけてない美少年だった(笑)オイラもこの映画がHなものなのだな、という事はなんとなく分かっていた。
それから38年たった現在。
やっとこ本編全てを観る事が出来た。
海外版なのでボカシなし(笑)。
チンコマンコがモロ見えである(笑)。
ちなみに日本では当然無修正版は販売されていない。
で、率直な感想であるが、制作当時は色々と物議を醸し出したのだろうけど、今後この作品が時代を越えていく事は難しいだろうなと思う。
つまり、観てない人がわざわざ観なくてもいいかなあということ。
照明はもう如何にもライトを当ててますよと言わんばかりのもので物語のリアリティがまったく感じられない。
それに主演二人の演技もなんともペラく感じた。
物語的な新鮮さもなし。
映像的な美しさや興味深さもない。
ライティングがわざとらしいのは前述したが、ピントも結構外してて、それが観る上での微妙なノイズになってる。
1976年といえばヘアヌードなんて影も形もない頃なわけなので、言うなればチンコマンコを映像に写して"繋がってる"のをカメラで撮るということのみが目的意識化された映画だと言えるのではないか。
その当時でいえば、それが事件であり、センセーショナルなものであったのはわかる。
しかし時代がすすんで、日本は相変わらずチンコマンコ禁止なわけだけど、ネットはもとより、コンビニで売っている雑誌でもたまにチンコマンコを見る事ができるようななった。
チンコもマンコも特に見るのが難しいものではなくなってしまったのだ。
そんな時代に本作を観る動機ってのは、せいぜいオイラのような映画好きが"知識"として観ておこうか、ぐらいのものでしかない。
なによりもエロスを感じないんだよね。
クライマックスで定が吉蔵のチンコとタマを切るシーンがあるわけだけど、それは自分の愛した男のモノを誰にも触られず自分だけの所有物にしておきたいという愛情溢れるものである筈なんだけど、映像的にあきらかにニセモノなチンコとタマを切ってるというのが分かってしまって、映像的に没入できず製作者の意図した様に観る事ができなかった。
これなら『戦場のメリークリスマス』の
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生き埋めにされ、死の淵にあるセリアズの髪の毛を切り取るヨノイの描写の方にエロスを感じるし、この映画は時代を越える普遍性を獲得していると思える。
『愛のコリーダ』はいまや観るべきものがない作品であるというのがオイラの感想である。


『ウルフ・オブ・ウォールストリート』
AmazonでBlu-ray購入。
劇場公開時に鑑賞以来の再見。
オレたちが一番観たかったスコセッシ(笑)。
もう最初の
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マシュー・マコノヒーの演じる投資会社の上司のクソキレまくったクソ下品さ(笑)。
冒頭からクソ面白さにおぢさん狂喜したよ(笑)。
で、このマシュー・マコノヒーの(アドリブでやったらしい)チェスト・ソングが本作における熱狂であるとか、攻撃性であるとか、個人を鼓舞する力を見事に表現していた。
まさに全編を通しての柱の一本ではないかね。
聴いたら忘れられないもんw。
レオナルド・ディカプリオ演じるジョーダン・ベルフォートが上司役のマシュー・マコノヒーとのランチ。
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このシーンでベルフォートは上司から株の世界でのリアルな生き方を教わる。
株屋というものは徹頭徹尾客に夢を売りつける商売だ。
8ドルの株が16ドルになってそれを客が現金にしてしまったらそこで夢は終わってしまう。
夢を終わらさない為には、その16ドルで他の株を買わせる。
またも客は夢を見続けるその隙に、株屋は手数料という現実のカネを懐に入れる。
客は手には入れられないが夢のような大金を常にもっていると勘違いし続ける。
回り続ける観覧車に客を乗せ続けることで株屋は儲かるという仕組み。
このシーンの株に関する話は無茶苦茶面白かった。
例えが愉快で面白いのと、なんと言ってもマシュー・マコノヒーの悪徳上司が実に魅力的なんだよね。
なんか本当に騙すより騙される方が悪いと思えてきちゃう(笑)。
貧すれば鈍する。
貧乏人が悪いのだ、と(笑)。
若いベルフォートの客が幸せになれば株屋の自分も幸せになる、という図式はこのように早々にして打ち砕かれる。
このウォールストリートでの僅かな経験が後のベルフォートのその後の生き方を決定づけたといってもいいだろうね。
マネーゲームというものがいかに愚劣であるのか。
ただ愚劣であるんだけど、この上司を含めた株の世界というものがものすごく魅力的に描写されるんだよね。
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甘言を弄して客を籠絡し、電話の向うでは中指を立てて客のバカさかげんを笑ってる。
ファック!ファック!!ファック!!!
株屋という人間を本作では徹底的に下衆で下品な奴らとして描いている。
なんでそんな下衆な人間にオイラは感情移入できてしまうんだろう。
男がヤクザ(暴力団ではなく)に憧れるようなものかもね。
守らなければならない社会規範やモラルから逸脱することができるのがヤクザ。
ドラッグでハイになり、女をとっかえひっかえでき、気に入らないヤツは話すより先に顔面の真ん中にパンチを打ち込む。
ヤクザには彼等独自の規範はあるんだけど、カタギから見れば自分たちがしたくても出来ない事を自由にやってるように見える。
ヤクザがヤクザたらしめてる自由を獲得している力が圧倒的な暴力だとすれば、株屋の力というものはカネである。
劇中の株屋はカタギが買うかどうか迷うか、買う事自体を諦めてるようなものをいとも容易く手に入れて、しかもそれをゾンザイに扱う(笑)。
理屈で説明するにはアホらしすぎる、力への渇望や憧れと富を蕩尽するその様がたまらなく魅力的なんだろうね。
ヒリヒリする日常と巨額の富をリスクを犯して勝ち取る世界へは、やはりカタギが踏み出すには高すぎるハードルだ。
本作は株屋のベルフォートに観客が感情移入できるように作っているが、普通の観客はオイラを含めてあきらかにベルフォートの電話の向うにいる人間だというアイロニー。
ベルフォートをムショに送ったFBIの捜査官は正義を成した誰よりも立派な人間である筈なのに、地下鉄で家路につく時の描写の何とも言えないせつなさ(笑)。
ムショのベルフォートはカネにものを言わせてテニスなんてやってたりする。
悪の力は正義の力よりも強い。
もうこの不穏さはやはりスコセッシだなと思う。
オイラとしては『タクシードライバー』以来の、そしてスコセッシ一番の傑作だと思う。


今週は母親の通院の送迎と歯のメンテナンス。

by 16mm | 2014-06-01 23:18 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)