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『あん』

先週水曜日、会社を半休して再度東京都現代美術館のピクサー展に行く。
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平日の午後なのに入場券購入に10分(笑)。
またも結構な混雑ぶりで最初の方のピクサーの年表部分はスルー。
映像関係を集中的に観る。
で、再度数々のデザイン画を食い入る様に観る。
当たり前の話だがみんなむちゃくちゃ上手い。
CGアニメの会社なのにデザイン画のいくつかはセルアニメの動画用紙に描かれていたりした。
勉強しに行ったつもりが楽しんできた。
勉強したって追いつけるわけでなし(笑)。


先週土曜日、心療内科。
自分の症状が、例えば息ぐるしさであるとか、背中が痒い時にかく事ができないような苛立ちであるとか、瞼を閉じたりする時の小さな音であるとか、その普段なら気にする事がないようなことなのにそれが自分で制御できない恐怖みたいなもの云々、ということを説明した。
とりあえず自分をリラックスさせる方法を訓練しようということになり、自己暗示の訓練をすることになった。
訓練と言ってもまあ担当医が言ったことと同じようなことがネットでかかれているのでそんなに難しくはない。
とりあえず地道にやっていく事にする。


先週土曜日、岩盤浴、ストレッチ、日光浴。
日が出ていたわけではないが、外気に当たってボーっとして居眠りしていた。


毎週"dマガジン"『週刊文春』を読んでいるのだが、普段なら読み飛ばしていた林真理子のエッセイを読んだ。
話題の舛添要一東京都知事について書いてあった。
つまりまあ、舛添要一について
「セコすぎて情けなくて、涙がでてきそうだ。」
と。
まあそれはいいのだが、林がいかにケチくさい男が嫌いかを曰うのだが、IT関係のお金持ちに晩飯ご馳走になった時に5人の招待客に対してグラスのワインしか注文しなかった事に憤慨していた。
安物でもいいから一本たのんで欲しかった、と。
奢ってもらう分際でこう言うか(笑)。
林真理子、オマエもたいがいだな(笑)。

ちなみにオイラは食べ物系のクーポンはまったく集めていないのだけど<財布の中がめんどくさくなるから>、女性ってクーポンで奢られるとそんなに気に入らないか?
身銭を切らないんだったらさ、相手がどんな手段で奢るかなんて関係ないと思うんだがなあ。


Kindle版で『本当にあった笑える話【無料連載版】』の桜木さゆみの4コマで。
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まさしく名言(笑)。
この四コマのタイトルも『名言』であった(笑)。


『白竜-LEGEND- 42』
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AmazonでKindle版購入。
ついにこの巻で黒須親分と邂逅した白竜。
雑誌連載版では更にエピソードが繋げられていて、果たしていつ終わるのか(笑)。
いや、いつまでやっててもいいのですが『白竜』という作品でも屈指の長さのエピーソードになってるんではないか。
更に伏線が色々と出てきたにも関わらず、本来の白竜の目的である幼馴染の女の子を見つけるミッションが棚上げになっているがな(笑)。


『芸術新潮 2016年 06 月号』
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書店で書籍購入。
旧約聖書を広島弁で読み替えるという特集(笑)。
聞いただけでワクワクして購入。
たとえばゴリアテとダビデの戦いに際して
「おどりゃ、イスラエルの腐り外道ども!わしとサシでやれる男はおらんのか!そこでセンズリかいとるだけなんか!?」
「わしにゃ、わしの道具がありますけん!」
「ヤハウェの名の下に!タマ、トったらァァッ!」
とか(笑)
その他、天地創造とかノアだとかロトだとかバベルとかのエピソードが仁義なき広島弁で言い換えられている(笑)。
非常に面白かった。
その他、映画『葛城事件』の三浦友和と赤堀雅秋監督の対談あり。


『なぎさにて(2)』
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AmazonでKindle版購入。
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作者の新井英樹がこんなにもSF作品を描くとは思ってなかった。
もっともSFという意味では『ザ・ワールド・イズ・マイン』がそうだったけど。
新井英樹の作品って本当に多彩なキャラクターが出てくる。
顔形が違うというレベルではない。
好ましい人物からイヤな人物から訳のわからない人物など。
それらを徹底的に描き分けて世界を作り物語を走らせていく。
キャラクターによってはどうにも気に入らない人物造形があったりもしてついていけなくなったこともあるのだが。
読者が離れてしまうという人物造形は新井にとっては不本意であろうが、逆に言えばそれほどに真に迫ったキャラクター造形をしていると言える。
オイラからすると『宮本から君へ』や本作が非常に思い入れして読む事ができた作品である。
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世界の様々な苛立ち。
解決策がない事、解決するには自分が非力すぎること。
それらに対する苛立ちがストレートに叩きつけられている。
オイラはそこに僭越ながら共感し、もしかしたらささやかでも希望が語られるかもしれない思いながら読み続けていくだろうね。


『あん』
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AmazonでBlu-rayスペシャル・エディション購入。
"あん"って小豆のアレ。
あんまん とか あんみつ についている あんこ のことである。
当然本作の監督の河瀨直美は知っているのだが、本作の事はまったく知らなかった。
昨年の2015年5月30日に上映とあるからほぼ一年前だ。
会社の同僚との雑談時に本作の話が出て知った。
ハンセン病の話で河瀬直美に樹木希林に永瀬正敏ということ。
話をした同僚もいい映画だったとのことだったのでとりあえずレンタルで借りて観てみた。
......
冒頭の5分ぐらい
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小綺麗なバアさんwである樹木希林が桜の中に佇む映像までを観てソッコーで視聴中止。
ソッコーでAmazonでBlu-rayスペシャル・エディション版をポチる。
まったくノーマークだった作品の冒頭数分でレンタル時の視聴を止めてDVDなりBlu-rayを買いに行って観直すというのはオイラの場合たまにある。
そうそうあるわけではないが、思い出すと『アメリ』がそうだったな。
で、だいたいオイラのその直感というのはハズレたことがなく。
やはり良いい映画ってのはその冒頭から映像自体に本当の緊張感のある美しさが漲っているもんだと思う。
そういう稀な映画作品にはきちんとカネを払え(笑)。
そうしろと囁くのよ、オイラのゴーストが(笑)。
とにかくね
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この冒頭の永瀬正敏演じる千太郎が朝起きてアパートの階段を登って屋上に行ってタバコを喫うまでの一連のカット。
カットを割らずにスティディ・カム(たぶん)で千太郎を追いかけていく移動撮影。
ゴツゴツを足音を響かせて歩く千太郎。
なぜかこれがゾクゾクくるんだよ
なんだろうね、これ。
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本作、桜が重要なモチーフになってるから、季節的な事を含めて撮影がかなり大変だったろう。
その撮影の苦労が本当に作品の美しさに昇華されている。
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その後店に入った千太郎が頭に手ぬぐいを巻き、前掛けを締める一連のカット。
この身支度をするという行為の官能性というものはアクション映画ではよくある事で、敵のアジトに向かう前に髪の毛を刈り込んでみ綺麗にする行為とかの手順は観ている方も戦いの準備を一つ一つ見ていくような高揚感がある。
こういうところをキチンと描くだけでその作品は1億点増しなのよ、オイラにとっては(笑)。
河瀨監督、わかってるなあ。
この一連は永瀬正敏の佇まいの存在感の良さも十二分に発揮できているし、なんといっても撮影が上手い。
撮影全般に言える事なのだが、このヴィジュアルというかルックの美しさというか暖かさというのはどうやってできているんだろう。
いや、たぶんものすごいテクニックを使っていると思うのだが、パッと見だと自然光で薄暗い中で撮ってるようにしか見えん。
暖かさといっても取り立てて暖色系のフィルターで撮影しているようにも見えない。
それでも本作のヴィジュアルは限りなく暖かく美しい。
言うなれば、限りなくカッチョいい映像なのよ。
同じように食べ物を映像に出した『俳優 亀岡拓次』のヴィジュアルの貧困さと比べたら、もう本当に製作者の志の高さの問題だよな。
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西武線沿線のどこかの町のどら焼き屋。
過去に起こした事件で多大な借金を負った千太郎が雇われ店長としてどら焼きを作っている。
ちなみに千太郎は甘党ではない(笑)。
本当にソコソコな繁盛で日銭を稼いでいる感じ。
そこにハンセン病を患った徳江がやってくる。
千太郎は徳江が作った あん の美味さに絶句し、一緒に働くことにする。
それまで あん 作りの難しさから自分の店でつかう あん は業務用の一斗缶に入ったものを使っていた。
それが徳江が作った あん で作ったどら焼きが評判を呼んで大盛況に。
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大盛況といっても小さなどら焼き屋なので長蛇の列とはいかないが(笑)。
評判が良くなったどら焼きだが、ある晩店のオーナーがやってきて、ハンセン病の徳江を辞めさせろと千太郎に迫る。
それでも徳江の仕事ぶりと嬉しそうな姿に千太郎はなんとか一緒に働き続けようとした。
が、あれだけ盛況だった店がある時を境に客足が途絶えた。
徳江はそれを察して店から姿を消す。
こんなトコロが物語のアウトラインである。
ハンセン病に対する啓蒙映画、というのとはちょっとちがう。
ハンセン病は癩病とも言われていて、鼻が落ちたり指が落ちたり顔面が変形したりといった事から長らく差別的に扱われてきた歴史がある。
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『もののけ姫』のなかで包帯を巻いて鉄砲を作っている人たちがハンセン病として描かれている。
異形な見た目の者を恐れたり忌避する意識は誰にでもある。
偏見や差別というものもまず誰しもが持ち、自分でも持っていると思うことが大事で、自分にあると思うからこそ差別意識にブレーキがかかる。
自分は偏見など微塵もありません、と声高に言う奴が一番信用できない。
ハンセン病がどんなものか分からない頃ならまだしも、今はネットで調べれば昔の差別意識がいかに間違いかわかるようになっている。
その上でハンセン病を差別するというのは無知でしかない。
無知は致命的だ。
その致命的な無知の所為で徳江という老婆のささやかな夢を潰した。
大勢いる無知の前に少数の正論はあまりにも無力だった。
それは本作でも描かれていて、店を去った徳江に会いに行った千太郎。
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その徳江の姿は店にいた頃のような溌剌としたものはなく、言葉には出さずとも生きる希望を失った感じが見て取れる。
同じ頃オーナーが自分の甥というのを連れてきて、そいつにお好み焼き屋をやらせようという話になり、千太郎のどら焼き屋の店舗の中で一緒に仕事をしてもらいたいという依頼を受けるのだが、
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これが絵に描いたようなチャラい奴で(笑)。
絶対仕事真面目にしないよなコイツって感じなヤツ(笑)。
こんなヤツが仕事をする機会を与えられるのに、徳江がささやかな夢をつぶされる理不尽。
オイラはこの理不尽さも本作のテーマだと思ってる。
ささやかな食べ物屋をやろうと思えばたやすく出来る立場の人間と、そのささやかな夢でさえ達成できない人生を強制された人間。
他人の夢を潰すだけの実力が自分にあるのか?という問いかけすら無頓着に考えている。
オイラはそれら全てが悪意だなと思った次第。
本作のテーマ的な重さはあるわけだが、その一方できちんとした演出によるエンターテインメント作品としても超一流だと感じた。
まず登場人物たちの名前が自己紹介風になっていない。
永瀬正敏演じる千太郎も名前は女子高生に
「せんちゃん」
って呼ばれる事で表現していたし。
とにかくね永瀬正敏がすげえや。
口数がすくない役なんだけど表情や言葉のニュアンスの出し方が上手い。
千太郎って不用意に笑わないんだよね。
徳江がアルバイトとして雇ってくれと言ってきた時も失笑しない。
それがすごく好感を持てた。
千太郎の真面目さがうまく表現されていた。
演出的に言えば悲しいシーン、涙が溢れるようなシーンをダラダラと続けずにスパっとカットを切る手際。
非常にウェットな映画でありながら観終わった印象がドライな感じになるのがオイラ好みである。
とにかく本作を観れてよかった。
ハンセン病の啓蒙映画などと敬遠せずに多くの人に観てもらいたい映画である。
もう一度言うがエンターテインメント映画ですから。
気楽に楽しめるように作ってある事は間違いない。
あんこも美味そうだしね。
5億点。
オススメである。


今週末は歯のメンテナンス。


by 16mm | 2016-05-29 22:14 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(4)

『追悼:二木真希子』『才原警部の終わらない明日』『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』

追悼:二木真希子
二木真希子という名前は世間的に言ったら無名に等しい。
宮崎駿の名前は知っていても、『天空の城 ラピュタ』や『魔女の宅急便』は知っていても、それらの作品の原画を描いたスタッフの名前を知っているなんてのは少々気合の入ったオタクなオイラのような人間ぐらいだろう。
前述した作品も宮崎駿が作ったんだろう、と思っている人も多い。
それは間違いではない。
少なくとも『天空の城 ラピュタ』や『魔女の宅急便』の頃の宮崎駿は全ての原画を見て自分の演出に沿ったものであるかをチェックしていた。
宮崎駿は原画の原図であるレイアウトにするための精密な絵コンテも描いていたから、できた作品は宮崎駿のものだ、と言っても間違いではない。
しかしね、全原画のチェックというのは他の演出家なら絶対誰もできない大変な作業ではあるけど、全部の原画を宮崎駿が描いているわけではない。
宮崎駿自身のために身を粉にする優秀なアニメーターをあちこちから引き抜いて描かせていた。
つまり、優秀なアニメーターがいなければ如何に宮崎駿といえでも名作は作れなかった。
その優秀なアニメーターの一人に二木真希子がいた。
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『天空の城 ラピュタ』のこのカットとか
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『魔女の宅急便』のこの冒頭のカットを印象深く記憶している人は多いのではないか。
これらのカットの原画を描いたのが二木真希子だ。
『天空の城 ラピュタ』の鳩がシータの周りにいるカットというのは確かに構図や画は宮崎駿の絵コンテどおり。
しかし、月刊アニメージュ誌のインタビューだったかと思うが、二木真希子がこの鳩のカットについて語っていた。
ウロ覚えなんだけど、このカットを描くために二木は実際に映画のカットと同じように鳩にエサをやったらしい。
大挙してやってきて自分の身体にまとわりつく鳩は結構がさばって重くて、鳩が爪を立てて身体にしがみ付くも自重でズルズル下がっていき、腕など傷だらけになる、みたいなことを言っていた。
あの『天空の城 ラピュタ』の鳩のシーンをリアルにやるとシータの腕は傷だらけになると(笑)。
シータの腕に傷跡はつけなかったけど、映画になったカットからは鳩の重さというのが絶妙なさじ加減で描かれていた。
更に『魔女の宅急便』の冒頭のカット。
主人公のキキが草むらに寝転がってるカット。
観た誰もが戦慄したであろう。
キキの周りの草がそれぞれに受ける風の力の差や弾力の違いまでも表現して、一定の風が吹いているという統一感の上でバラバラな動きを表現している。
このカット自体は自立する決断をする少女の心象を描いたとい意味ではもちろん素晴らしいのだが、このカットの持つ意味とは別に、これを描いたアニメーターの力量と粘りに戦慄した。
『魔女の宅急便』のムック誌かなにか、宮崎駿と武田鉄矢の対談があって、この冒頭のカットを観た武田鉄矢が
「このカットはぞっとしますね」
ってなことを言い、それを受けて宮崎駿が
「このカットはこれを描いているアニメーターを見てる方がゾッとします」
ということを言っていた。
これらのカットは二木真希子の作画の一部でしかない。
この頃のスタジオ・ジブリってアニメーターを社員化してなかったはずなので、おそらくアニメーターは完全に出来高払いだったと思う。
二木のやったこれらの一枚の原画を描く時間で考えたら支払われてお金というのは驚くほど少なかったろう。
「アニメの画なんてちょちょっと描けるもんでしょ」
なんて言う人間は結構いるけど、まあそういう画を描くということ自体にまったく想像力が働かない人間の言うことは殺意をもって黙殺する。
二木真希子は宮崎駿の想定した画以上のものを描けた非常に数の少ないアニメーターの一人だったのだ。
その画の細やかさで小説『精霊の守り人』シリーズの挿絵を描いた。
オイラは二木が描いた
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『世界の真ん中の木』を持ってるぞ。
これを描くのにもかなり時間がかかったそうだが。
あまりカネの事は言いたくないが、二木はその作業の労力に報いるぐらいの収入があったのであろうか?
アニメーターの賃金問題というものは色々根深いものがあるのは分かる。
おそらく宮崎駿などは作画の手間や労力については誰よりも精通していたはずだ。
それでもアニメーターの賃金体系はどうにもならなかったかもしれない。
映画を作る上での責任やプレッシャーは監督やプロデューサーに強くのしかかるものだから、それなりのおカネをもらって間違いないとも思う。
だからと言って二木のようなアニメーターが満足いくような収入がなかったとしたら、"豚屋"と称した立派な木造事務所を構えた宮崎駿や、恵比寿に"レンガ屋"なんていうおしゃれな事務所を構える鈴木敏夫は「カネ、貰いすぎじゃね?」みたいに思う。
いくら映画のクレジットに名前が列記されていると言っても、記憶される名前は宮崎駿だ。
集団作業であり、宮崎駿は"自分の作品"とは言わず"自分たちの作品"と複数形で言っていても、いちアニメーターの名前は多くの場合記憶されない。
更に言えば、宮崎駿の引退でスタジオ・ジブリは解散。
社員だった人たちはフリーでアニメーターをやっていく人もいれば、別の仕事についた人もいる。
宮崎駿はと言えば、噂だとCGの作家と組んでまだアニメーションを作っているっていうじゃない。
自分の僕(庵野秀明はゲタと言っていた)としてコキつかっていたアニメーター達を自分の都合で解雇して、自分は更に自由な立場でアニメーションを作ってる。
理不尽な言い方だということは承知しているが、恵まれた立場でよかったな、宮崎駿。
すくなくとも二木には宮崎よりも長生きするべきだと思っていた。
宮崎も長生きしていくかぎり自分がコキ使ったスタッフの死を見続けていくという苦行は続く。
スタジオ・ジブリのHPに行っても二木の訃報についてはなにも書かれてなく。
もう無関係の人間だからそういう気の使い方はしなくていいってか?
あまりにも対応が冷たくねえか?
先週、二木真希子の突然の訃報に接し、ゲキうまのアニメーターがせめて生前幸せであった事を願わずにはいられなかった。
衷心より哀悼の意を表します。
合掌。


『中居 香取 炊き出し』
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中居正広がと香取慎吾が地震の被災地である熊本県でボランティア。
文句なしに良い話である。
言い過ぎってことはないと思うので言うが立派である。
本当にコイツら良いやつらだと思う。
ちなみに画像真ん中のゴツイおっさんは映画監督の福澤克雄だな。
この人、TBSの社員の筈なのに......。
普通の勤め人でもやろうと思えばできることなのに、オイラは恥ずかしい。


先週土曜日、岩盤浴、ストレッチ、日光浴。
鼻炎の季節もなんとか乗り越えて、少しづつ体調が改善できそうな感じである。


上下に並んだ画像(笑)。
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偶然にも同じ時期に公開された映画。
映画館の上映表記で、同じように銃を構えた画像が上下に並んでてなんとなくおかしかった(笑)。


DVDのレンタルショップにいたら有線放送で
♪思い切り 思い切り泣いたりぃ〜
っちゅ歌が聞こえてきて、良いなと思い自宅に帰って必死でうろ覚えの歌詞を検索ワードで打ち込んで探したら
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亜波根綾乃の『大きな風』と判明。
iTunesで購入しようにも売ってない(笑)。
AmazonでシングルCD買っちまうか、と思いふとCDラックを見てみたら
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すでにシングルCD持ってた(笑)。
そういえば昔亜波根綾乃の『飛行機雲』にハマっていてその頃買ったんだっけ(笑)。
いまから20年近く前ですよ奥さん(笑)。
ボケてますなあ(笑)。


Star Wars 7 Trailer #2 Reaction mash-up

今更なのだが、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の予告編第二弾を観た人の反応というYouTubeを観た。
オイラ、予告編はおろか本編を観ても泣かなかったんだが、この人たちの反応になんかウルっとしてしまったよ、マジに(笑)。
オイラと同じ微笑ましいバカがいっぱいいる、と(笑)。
その中でも
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上段右から2番目の兄ちゃんと(笑)
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下段真ん中のねえちゃんの反応がよかった。
下段のねえちゃんのウルウルにこっちも涙腺が刺激されたよ(笑)。


『GARMWARS ガルム・ウォーズ』
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『GARMWARS ガルム・ウォーズ』が先週金曜日から公開されたが、メインは日本語吹き替え版だと聞いて劇場に行くのは断念。
英語版は全国で5館しか上映せず。
関東ではTOHOシネマズ六本木ヒルズとのことで。
ヒルズと言ったらオイラが今一番行きたくない場所wなので、押井守の映画ごときでわざわざ出向くつもりはない(笑)。
日本語吹き替えなんて誰が言い出したかね。
洋画の吹き替え版というのはもちろんあるけど、それはバジェットの問題。
日本製作の映画にしては金がかかっているとは思うが、それでも貧乏世帯で製作された『GARMWARS ガルム・ウォーズ』。
日本語版製作の予算があったんなら本編に回せばよかったのだ。
だいたい押井守の、しかも実写映画など押井の首を絞めたいと思っている気合の入った人間しか観に行かん(笑)。
そういう人間がオリジナルではない吹き替えの映画を喜ぶとでもおもっておるのか?
鈴木敏夫が無能なくせにまたまた暗躍して、タイトルロゴをピンクのナヨっとしたデザインに変え、メインヴィジュアルを主人公の女性にし。
本来のタイトルであった『GARM WARS The Last Druid 』の『The Last Druid (ザ ラスト ドルイド)』が消えた。
意味不明の『The Last Druid 』を消し女性向けにしようという魂胆なんだろうけど裏目だと思うぞ。
なにをどうしたって押井の映画に関心のない女性客がこの映画を観るとは思えんからな。
絶対ヒットはしないという確信のもと焼け石に水的なことをやって見苦しいね。
もうオイラはDVDレンタルで観ることに。


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週間少年ジャンプの編集"T"というのがでてきたのだが、これって明らかに鳥山明の編集者で有名な鳥嶋和彦だよな。
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Dr.マシリト(笑)。
この人、いろんな意味で悪党だと思っていたのだが、一色まことの件りを読むとかなり面倒見のいい編集者だったと。
かなり意外(笑)。
一色まことが集英社に持ち込んでつながりができた鳥嶋編集。
一色が小学館で連載している作品で行き詰まった時に、こともあろうに集英社の鳥嶋をよんだという。
小学館と集英社は遠からぬ間柄とはいえ、別の雑誌の編集に相談して、なおかつその相談に乗る編集者というのはかなり稀なことではないのか。
他の雑誌に掲載されているとしても、親身になれるというところになんとも言えず度量の深さを感じて感動したよ。
なんだ、鳥嶋和彦、良い奴じゃん(笑)。


おもわせぶりな演出が鼻につく

『シン・ゴジラ』予告編。
音楽は好きなのだが、予告編のほぼ全部が役者の顔相撲な映像。
ゴジラとそのモブシーンの映像はかなりゲンナリしている。
駄作の期待値があがるなあ(笑)。
観に行くけど(笑)。


アサヒカメラ 2016年6月号
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書店で書籍購入。
久々に購入したのは荒木経惟が撮った表紙、だからではなく(笑)。
"その知識、本当に正しいですか? いまさら聞けない カメラ・撮影のこと"
という特集をちゃんと読んでみたくて購入。
その中の
"デジタル専用レンズの実力と使う理由-河田一規"
が非常に興味深かった。
オイラなどはミラーレス機を使っていて、古今新旧のレンズをメーカー関係なしに使用できるのであるが、昨今でているデジタル撮影用に新しく設計しなおされたレンズとはどのあたりが違うのかというのをかなりわかりやすく解説していた。
自分でもデジタルは受光素子に垂直に光が入らないと画質が悪くなるということはわかっていたが、そこからさらに突っ込んだ事が書かれていた。
その他読者投稿の写真も素敵なものが多かったな。
久々に購入してアタリでした(笑)。


『週刊朝日2016年5月27日号』
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dマガジンで閲覧。
表紙のシャア・アズナブルさん(左)とガルマ・ザビさん (笑)。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN III 暁の蜂起』のプロモーションのためだろう。
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まさか及川光博とネ申のツーショットが拝めるとは(笑)。
本誌内でこの二人の対談が掲載されているのだが、最初は「安彦先生」と呼んでいた及川が後半「安彦さん」となっているぐらいの見事な舞い上がりっぷりが微笑ましい(笑)。


『宮本から君へ [完全版] 1〜12』
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AmazonでKindle版購入。
一時期週刊モーニング誌を読んでいた時があり、連載の途中から読み始めて連載終了まで読み続けた。
最初の方も後で単行本で読んだ。
一言で言えばすっごく面白くて腑に落ちた漫画だった。
その一方で本作の対極にある『島耕作』シリーズも楽しく読んでいたから節操というものがない(笑)。
しかしね、当時から単行本を購入するなら『宮本から君へ』だよなとは思っていた。
本作の主人公の宮本浩が鬱陶しくで気に入らない、という気持ちも分かる。
激しいタッチの絵柄なので、端正でスッキリした描線が好みの人には当然合わないかもしれん。
オイラだってどちらかといういうと描線は端正な方が好きだ。
しかし本作は勢いだけの画で実は下手くそだというわけではない。
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上の画像ってオイラが好きな画の一つなんだけど、構図と画面の構成力と力感。
コントラストをつけた実に上手い画だ。
自分の好みとはうらはらに抗いがたい魅力的な画だと思う。
だからこそずっと読み続けられ、25年も前の作品でありながらオイラは興味を持続し続けていられた。
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更に言えば本作の主人公の宮本のセリフというのが当時の自分に響いた。
不器用で世渡りも上手くいきそうにない自分(実際今のオイラは上手くいっていないわけだが(笑))がどうやったら多少なりとも自分自身に格好つけられるか、という理屈が描かれていた。
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例えば上のようなセリフ、これをちゃんと覚えていて有事の際には(笑)吃らず噛まずにすらすらと今思いついたアドリブのように横柄な奴に言いたいと思っている(笑)。
今考えると不器用なキャラクターの宮本ってこういうセリフがすらすら出てくるってことは無茶苦茶な教養人で勢いだけの無軌道や奴ではないんではないのと今更ながら気がついたりしてね(笑)。
今回改めて全部を読み直してもやっぱり感動した。
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昔振られた女に対する啖呵の切り方、カッチョいいなと思う。
言ってることはカッコ悪いけどw言ってみたいセリフだよ。
セリフが一つとして古びていない。
世界ってさほど進んでないぞと思う。
本作、最後までの構成も見事でさ、フラれた女、会社の先輩、嫁の昔の男、双方の両親、それらをそれまで出てきたエピソードをクライマックスに向けてひとつひとつケリをつけていってる。
ものすごく考えられた展開だ。
丁寧な作りでもある。
今回全巻購入したのは再読したかったということもあるけど
Kindle版が全巻一冊210円という破格な安さだったということ。
そして銘打っている[完全版]って連載時のカラーページをそのまま使っているということかね。
これはすごくうれしいね。
電書は印刷するわけじゃないんだから、カラーで掲載されたものはカラーで全部載せたって手間はかわらんだろう。
更に言えば最終巻の巻末、後書きの後に
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『はんぶんくらい』っていう宮本たちのその後を描いた作品があるんだよね。
これどの段階で描かれたものかわからんが、オイラは初見だったわけ。
まず冒頭の鉛筆画の温かいタッチの上手さ。
すっごく良い画だ。
内容は子沢山の家庭を築いた宮本の家族たちを描いている。
タイトルの『はんぶんくらい』ってのはおそらく100パーセント非の打ち所のない幸せというものへの猜疑とそれを慎もうという自重のことだとオイラは思っている。
なにもかも上手く行っているということはきっと誰かを不幸にしているって事でもある。
幸せを半分にできれば結果はどうあれそれぐらいなら信じられるかもしれないといことだろう。
それに全ての人間が幸せを半分にするという思想が根付けば、自分の周りから幸せが少しづつ広がっていく。
この少しづつの広がりなら、きっと信用できる。
おそらくそういう事かなとオイラは思った。
とにかくまあオイラにとってはお得な作品であった。


『才原警部の終わらない明日』
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wowowを録画視聴。
堤真一のコメディというのは絶対ハマると思っていた。
映画でも『ALWAYS三丁目の夕日』などでのコメディ演技がすごく良かったからね。
今回このwowowで放映した舞台劇を観たのは堤真一への興味もあったが、演出が『変態仮面』の監督の福田雄一だからということもある。
オイラは映画と違って舞台劇というものをほとんど観劇したことがないので良し悪しは正直わからないのだが、非常に楽しめた。
堤真一に勝地涼。
勝地涼も良い役者だよね。
小池栄子も出てる。
昔アニメーションのアフレコの演技を小池栄子が演じて「ひでえな」と思ったんだが、それからずっと地道に努力してたんだな。
ここ最近の実写映画にでている小池栄子もすごく上手かった。
さらに本作『変態仮面』のミューズであるとことの清水富美加も出てる。
清水富美加って21歳。
この歳でどうどうとしたコメディエンヌを体現できてる。
基本的に本当に演技が上手くてなんでもやれそうな女優だなと思った。
ただ、『変態仮面』の時もそうなんだけど、おそらく極端な潔癖症なのかしらん?
下ネタがマジにきらいだとか。
コメディとして白目をむいたり寄り目にしたりとおかしな顔をするのは厭わないが、下ネタ、マジに嫌いなのかもしれんなあ。
嫌いなものをなんとか演技力でカバーしていたんだと思うのだが、実際に下着を脱ぐ場面などでの硬さというのは色っぽい羞恥心というよりも本当に嫌だなというのが出すぎてしまっているように感じる。
類い稀な演技力でもカバーできない嫌悪というものではないかね。
まだ21歳、だから今後それらも徐々に解消されていくと思うけど。
とにかく非常に面白い舞台だったな。
こういう舞台なら実際に観劇してみたいもんだね。


『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』
すいません、ある程度ネタバレあります。
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先週金曜日、109シネマズ菖蒲。
字幕版3DIMAX。
ほぼ一月遅れでやっと鑑賞。
ざっくりとした感想を言えば面白かったですよ。
まあ、この当たりは想定内ですな。
前作の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』からの
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元S.H.I.E.L.Dのエージェントで現CIAのシャロン・カーター役の エミリー・ヴァンキャンプが新たな設定を加味されて登場。
それはともかくオイラ好みのお顔立ちなので嬉しいうれしい(笑)。
オイラは『キャプテン・アメリカ』の一番最初の映画がイマイチのれなかったのだが、2作目の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』から俄然興味が出てきた。
『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』にしても町山智浩の非常に詳細な物語の解説を含んだ映画評でこのシリーズの見方というものを知ったわけで。
町山の解説は

↑コレで聴いてもらいたい。
単なるコスプレの自警団モノと思ったら大間違い。
この『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』から『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』を経て本作の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』という流れは一貫した政治的なモチーフを暗喩として大量に盛り込んで作られた作品である。
ならべて本作を町山智浩が"映画その他ムダ話"というサイトで評論を売っている。
200円。
まあこの手のものにお金を払いたくない人はどんなに安くても払わないだろうけど、オイラ自信をもって言うが、この評論を200円で聴けるなんて安すぎ。
約一時間ほど本作について解説しているんだが、とにかく情報量がすごい。
政府の国民の監視、ウォーターゲートビル、ニクソン、大統領の陰謀、コンドル、ロバート・レッドフォード、ウィンター・ソルジャー集会、オバマ大統領の無人攻撃機による戦争、コラテラル・ダメージ、アメリカの正義を体現するヒーローがいてもしアメリカの正義そのものが間違っていたら、アメリカの右翼は反政府......etc...
これらのキーワードで関心を持ったら本当に町山の解説を聞くといい。
この町山の解説を聞くまで、本作に対する様々な疑問があったわけよ。
一応『キャプテン・アメリカ』というタイトルがありながら、ソーとハルクを除いたアベンジャーズが総出演なんだよね。
これってさ、この本作って『アベンジャーズ』のシリーズでやるテーマでないの?という疑念があったわけ。
で、アイアンマンのトニー・スタークもかなり重めの役で設定されてるしね。
しかしね、本作って最終的には非常に重たい終わりかたをするわけ。
言ってみれば拭いきれない復讐の話でもあるから。
最後にトニー・スタークがキャプテン・アメリカの持ってる盾を置いていけと言う。
「それは私の父親が作ったものだ」
と、トニーがキャプテンに言う。
盾を置いて立ち去るキャプテン。
盾には星条旗が描かれている。
つまりキャプテン・アメリカはアメリカから降りる事になったという顛末。
このラストの重さは『キャプテン・アメリカ』のものだよな。
『アベンジャーズ』でこのラストは難しいだろう。
『アベンジャーズ』ってのは少なくともヒーローが手を取り合って敵に向かって戦う話で、そこでそれぞれの思いがバラバラでは成立しないからね。
だから本作のテーマは『キャプテン・アメリカ』で正解。
本作のタイトルである『シビル・ウォー』ってのは内戦っていう意味で、いうまでもなく内戦状態になったのは『アベンジャーズ』の内。
そもそも『アベンジャーズ』自体が人種や国家を網羅した多国籍軍みたいなもんだからね。
その中での内戦という意味なんだろうね。
すんごく面白いエンターテインメント作であり、周辺の教養があれば更にディティールを楽しめる。
オススメの映画である。


今週末は心療内科。

by 16mm | 2016-05-22 21:20 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)

『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』

先週土曜日、歯のメンテナンス。
いつものように美形で剽軽な歯科衛生士女史に歯の状態を診てもらうが、件の女史が風邪ひきであった。
お大事にしてもらいたいものである。
相変わらずブラッシングが強すぎる旨を指摘される。
手動・電動問わず、無意識のうちに歯に押し付ける圧が強くなる傾向がある。
電動歯ブラシなど本当に力など入れなくていいのに押し付けるもんだから、歯茎が下がってる根元が割と削れてたりね。
ブラシ圧が強すぎるせいなのだが。
本当に意識的にブラシの圧に対して意識的にならねがならん。
治療後先生と雑談。
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Sony QX1 を見せてもらう。
このシステムってスマホだとかiPadだとかについているカメラのレンズ部分に取り付けて撮るものだと思っていたのよ。
スマホだとかiPadのレンズを使いそこに外付けのレンズをつけることで焦点距離のバリエーションを提供するというね。
だからどうやってもスマホやiPadのカメラの性能に依拠していると思っていたので、あまり関心がなかった。
しかし、実は全く違ってて撮像素子はSony QX1 に入っているAPS−Cの2020万画素で写していると。
しかもSony QX1 がうつしているものはWi-FiでスマホやらiPadにリアルタイムで送られるのでそれらの画面がファインダー代わりになる。
写したデータはWi-FiでスマホやiPadに転送出来もするが、Sony QX1 本体にmicroSDを入れてそこに溜め込むこともできる。
ストロボ付き。
これはレンズ交換式であるのでSONYのEマウントレンズのAF仕様のレンズであればオートフォーカスも使えちゃう。
スマホやiPadに映っている映像でピントが欲しい部分をタッチするだけでその部分にピントが合う。
スマホでもいいけどiPadだと持つのは大変だけどファインダーとしては見やすいし操作しやすい。
上の画像だとスマホをプラスチックのマウントで挟み込んで固定しているが、Wi-Fiが届く範囲ならスマホからSony QX1 を話してもいい。
これを見て真っ先に思ったのは、これでフルサイズが出たらディレクターズ・ファインダーとして使えるなあ、ということ。
さらに言えばコンパクト・カメラの代わりになるよな。
これ見て行きつけのカメラ店の店主にオススメしたぐらい(笑)。
値段も手頃だしレンズ交換も出来てすごくいいなと思いつつもフルサイズだったらなあ、という部分の残念さでおそらくこれは買わんだろうなあ(笑)。
しっかしだけど、今更ながらすげえシステムだと思った。
いつも持ち歩いているスマホにちょっとしたアタッチメントをつけるだけでコンデジ以上の画質の画像が得られるんだから。
ちょっとスマホでは物足りなく、コンデジ買おうとしている人には選択肢として考えるのもいいかもね。
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それと同じくSONYのGP-VPT1というビデオカメラ操作用のグリップ。
これの萌えたところは(笑)
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脚が展開して三脚になるというラブリーさ。
このグリップのシステムと前述したSony QX1がドッキングできればオイラとしての使いかっては完璧なのだがなあ(笑)。


本日日曜日、岩盤浴、日光浴、ストレッチ。
先週、踵骨棘が再発したような痛みを感じて慌てて毎日3回ほど足首のストレッチをして事なきを得た。
やはりストレッチは大事だなあ。


『先生ごめんなさい 分冊版 : 3』
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AmazonでKindle版購入。
また分冊版を買うてもうた(笑)。
単行本1冊分になるまでまって買ったほうが割安であるのはわかっているのだが(笑)。
今回のトビラ画がすばらしく綺麗だなと思った。
うん、これだけでも買って良かったと思う。


運転免許更新仕様のメガネが出来上がった。
一応車の運転用なのでつけて運転したら、慣れてない成果イマイチ。
遠くはやっぱり見やすくなった。
かけかえるのを面倒くさがってこのメガネを常用するのは避けたいとは思っている(笑)。


『一度だけの恋なら』
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『マクロスΔ(デルタ)』本編は観ていないのだがこの『一度だけの恋なら』がここ数日頭のなかでリフレインしている。
有線なんかでも結構かかってるみたい。
歌や曲に対する力の入れ方のパない感じは昔からかわらんのお。


基本的に知識や教養がないので政治の話なり経済の話なり宗教の話はなるべく避けてきた。
これでも(笑)。
ちょこちょここの手の話のエントリはあっても
「もの申す」
という大上段なものではなく、オイラとしては単なる悪口だと思っている。
なのでここからの文章も単なる悪口である(笑)。
舛添要一東京都知事。
正直申しまして、この人がこんなにエエ加減な人間だとは思ってませんでした(笑)。
人を見る目がないというご指摘を甘んじて受けましょう(笑)。
今は全然観てないけど、今から30年ぐらい前に始まった『朝まで生テレビ』という討論番組。
そこに西部邁やら栗本慎一郎やら舛添要一なんかがでてたわけ。
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栗本慎一郎なんてそこで初めて名前を知って、学生時代その著作をほぼ全部読むほど傾倒していた時期があった。
経済人類学という学問自体が魅力的に感じたこともあって、それに付随する本も結構読んでいた。
一応経済学部だったからね。
『朝まで生テレビ』の影響で西部邁の本も舛添要一の本もいくつか読んだ。
それでも栗本慎一郎の本の量には及ばない。
というぐらい栗本に傾倒していた。
それがあるとき一気に冷めた。
栗本慎一郎、なんか有名人に対するコメントを求められるとかならず
「自分は〇〇が有名になる前から知ってるんですが」
という一文を必ずつけてることに気がついた。
最初は
「さすが栗本、見る目があるんだなあ」
などと呑気に思っていたんだが、それが有名人が出るたびにそういう一文をつけてるとわかったわけ。
一体大学教授のお前がいつ有名になる前の林真理子と接点があったんだ(笑)?
こういうさ、あざとい感じって栗本の著作の中では「ヒャクショー」と揶揄してたものなんだよね。
なんだ栗本自信が有名人好きなあざといヒャクショー根性な人間だったんじゃん。
お百姓さんに謝れ。
学者の人間性とその学問は別だということはわかるけど、そんな下らない人間のやってる学問の価値というのもつまらないものになってくる。
オイラが学生時代ってのは"ニューアカデミズム"とかなんとか言われた時代で、件の西部、栗本、舛添や浅田彰がもてはやされたりもした。
浅田彰の本なんてむちゃくちゃ売れたらしいけど、オイラ読んでもまったく分かりませんでした(笑)。
売れたということはあの本を理解した人も相当数いたんだろうけど、オイラは分からんかった(笑)。
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まあそんな時代から舛添要一という人物を知った気になっていたわけだが、今回のことでオイラはまったく人間の本質を分かってなかったと痛感したわけです。
先日の舛添要一東京都知事の使途不明すぎる政治資金の使い方についての釈明。
これっさ、子供のときにこういう屁理屈いったら問答無用で母親にど突かれると思うんだが(笑)。
そういう屁理屈というか詭弁の類だよ。
これで都民を煙に巻こうというのがものすごい自分以外を馬鹿にした感じに思える。
「お前らにはこの程度の理屈で丸め込めるだろう」
という。
こういう人間って過去にもいたのを思い出した。
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上祐史浩。
この人も悪辣な詭弁と屁理屈の輩だ。
この上祐と舛添って共通点があって、どちらも偏差値高い高学歴な人間であるということ。
基本自分より無知だとわかると徹底的に上から目線になること。
それとどちらも自分がまったく信じていないものをあたかも信じている風を装っているというところ。
上祐がオウムに入ったのは麻原彰晃の思想に傾倒したわけではまったくなく、集金システムとしての宗教団体に入り麻原彰晃に取り入って教団内で権力とカネが自由になる立場になることがオイシイからだ。
麻原が周りを高学歴な人間で固めたのは自身のコンプレックスからであり、上祐を含めた周りの人間もそれを利用したにすぎない。
舛添にしても同様で都民の為に何かをやるなんてことは"毛"がなく、ではなくw、"毛"ほどもなく、私服を肥やして権力を握っていたいという通俗的な欲望に過ぎない。
嬉々として飛行機のファーストクラスに乗るなんて本当に田舎もんだよな(笑)。
精神構造のセコさが手に取るように分かるわい。
だいたいさ、脚が痛いから脚を伸ばすために別荘に行った、などと誰が信じる。
政治家の健康問題ってのは非常にセンシティブなもののはずで、たとえ病気であっても
「ちょっと貧血気味で」
ぐらい言ってごまかすものなのに、自分からどこそこが悪いだのと言っちゃう政治家ってのは更に奥に致命的な隠し事があるからに他ならない。
多分それが公金の指摘運用になるんだろうけど。
そもそもここずっと都知事って最悪な人間ばっかじゃん。
前任の猪瀬もカネがらみで失脚。
更に前の石原なんてなんか銀行作って大失敗したじゃん。
忘れちゃいかんけど忘れちゃったけど。
そういう意味では舛添はマスコミの格好ガス抜きにはなったね。
猪瀬や石原は作家だからなかなかマスコミは批判できないから。
もしかしたら自分のところの出版社で本を出してくれるかもしれないとかね。
そもそも石原も猪瀬も本なんて売れねえんだから、そんな心配せずに叩けばよかったのだ。
といわけで、悪口終了。
ああすっきりした(笑)。



『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』
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先週土曜日、MOVIXさいたま。
前作は不覚にも観逃し。
DVDを観て作品の志の高さというものに打たれて、続編があったら絶対に観に行こうと思っていた作品を初日に観に行けた。
21時30分の回で8割ぐらい埋まってる盛況ぶり。
それに幸いにも(?)劇場の入場券売り場では若くて綺麗な女子が対応してくれたので
「へんたいかめん いちまい」
このように平仮名で女子に言ったよオイラ(笑)。
女子、なかなか作品タイトルを言ってくれなかったが最後の最後で
「21時30分『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』6番シアターです」
とゆってくれたよ(笑)。
女子に"へんたい"とか"アブノーマル"とか言われる事の至福(笑)。
まあそれはいいのだが(笑)。
本作、スタッフ・キャストは前作とほぼ同じままバジェットが多少大きくなった感じか。
タイトル名で結構なハンデを背負っている本作だが、それを恥ずかしがったり自嘲的にならず、心底カッコイイヒーローを造り出そうという思いには本当に頭がさがるし、そういう態度こそが大事なのだと思う。
真面目さと真剣さ。
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監督の福田雄一が演出したTVドラマである『アオイホノオ』からの流れで柳楽優弥が出演。
『アオイホノオ』のホノオくん同様なエキセントリックさとオドオドした感じのギャップを見事に演じていた。
ただ、どうしても前作との比較になってしまうのだが、本作の前半がどうにもモタついた感じというか。
柳楽優弥が本作にどう絡むかわからない段階だとなんか物語が推進しない。
物語の進み方が遅い気がするのだ。
柳楽優弥に適切な役割を与えるための説明とでもいうか、それが冗長に感じてしまったかな。
そういう意味では前作の時間もない金もないという孤立無援のスピード感というのがある意味作品の出来に寄与していたような気もする。
そのスピードが一気に増すのが物語の中盤にまさかの安田顕が再登場する(笑)。
この常軌を逸した安田顕の変態ぶりから物語のスピード感が増し、クライマックスに流れていく。
という感じで概ね面白かった。
劇場で笑い声もあったしね。
ただね演技の良さとコメディエンヌの才能が抜群にあるにもかかわらず
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ヒロインの清水富美加がエロくないんだよな(笑)。
いや、役柄的に清水富美加はイノセンスな清純さというものをまとうべきヒロインなのはわかる。
なので本作、エロさを体現するキャラクターを増員している。
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前作から引き続きのお母さん役の片瀬那奈や
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水崎綾女を起用して抜群のエロさとその面白さを演じていて観ていて気持ちが良い。
しかしねヒロインの清水富美加ももうちょっと仕草にエロさがあったほうが良かった。
なんかアレかね、清水富美加、事務所的にエロはNGなのかしらん?
前作でも明らかに膝のあたりにあったパンティーを脱いだり、本作も一応パンティーを一度身につけて脱ぐという動作があるんだが、そこに情緒的なエロさが感じられないので作品が必要とする官能性がないんだよね。
ちょっとある意味作品をブチ壊しにしているといっても良いかもしれない。
なんか清水富美加がパンティを脱ぐ演技というのが事務的すぎるんだよね。
恥ずかしいけど頑張ってみよう、という羞恥心を含んだエロスがない。
この辺りは前作同様残念なポイントだよなあ。
後はBlu-rayで再見した時に感想を書こうと思うが、
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言われるまで気が付かなかったが、変態仮面ってスタントマンが成立しないんだよね。
主演俳優の鈴木亮平のつくりあげた肉体と同じスタントマンがいれば問題ないのだろうが、それがかなり難しいらしい。
なのでアクションをモノホンの主演俳優がやらなくてはならないという事態に。
なにが大変かってほぼ全裸にちかい状態なわけだから肘や膝に防御のパットがつけられない。
今回もアスファルトに膝をついたりしてるカットがあったけど痛くないのかな。
痛いと思うけど。
鈴木亮平の献身的な演技を見れるという至福はもちろんあったほうが客としてはうれしいのだが、大変だよなと思う。
いっそのこと
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この人みたいに(笑)フルCGでというのはどうだろうか?
カネもかかるけど役者への負担は軽減するはず。
役者が自分の肉体を酷使してアクションをしているのをみるというのも観客としては価値があるとはおもうんだけどね、主演俳優がそれで身体を壊すのはオイラとしては本意ではないしねえ。
鈴木亮平が
「HEROは"H"と"ERO"でできている」
と言ったようだが(笑)、名言である。
本作、オススメです。

by 16mm | 2016-05-15 21:42 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(4)

『アイアムアヒーロー』『64-ロクヨン- 前編』『ズートピア』

先週土曜日、岩盤浴、ストレッチ、日光浴。
日光浴で日焼け中(笑)。


先週火曜日、メガネのレンズを作りに行く。
使ってなかったフレームがあったのでそれに新しいレンズを入れてもらう事にした。
現状使っているメガネは仕事を含めた普段用として機能させ、新しいレンズを入れたメガネは車の運転と映画用として使い分けることになるだろう。
いよいよオイラもメガネ二丁持ちとなったか(笑)。


休み中、ブーツなどの革製品にオイルを塗りこむ。
一足は本当にぼちぼちスパイクの交換を考えねばならんなあ。


今年の自動車税が来た。
45000円はこの時期痛いのお。


『今宵、妻が。』1〜2巻
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AmazonでKindle版購入。
男の妄想大全開な漫画である。
ブサイクな男が美人の嫁をもらい、さらにSっ気がある美形の上司にも好かれる。
オイラもいいかげんジジイになりつつある男なのでそんな都合のいい話はないと分かっているが、こういう妄想は楽しいものである(笑)。
世の腐った女子の方々が愛でるBLの世界に登場するような男が世の中にいないように(笑)。
そもそもエロスを主題にした通俗文化の作品は現実にはありえないけど、あったらうれしいかも、というね(笑)。
オイラの見た感じ、女性は妄想は妄想として現実とは違うということを認識できてるような気がするが、男は妄想で表現された通俗分を真に受けやすい傾向があると思われる。
よく言われるのが所謂"顔射"と呼ばれる、精液を女性の顔にかけるアレ(笑)。
80年代後期に
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天才 村西とおるが発明した女性を己の手で汚したいという妄想を具現化した表現が顔射なわけだが、現実の女性で顔射されて喜ぶ人はあまりいない、らしい(笑)。
実際オイラの知人で付き合ってた彼女に顔射したところ、泣き叫ぶはグーパンチで殴られるは罵詈雑言で色々罵られて振られた、という話を聞いた事がある。
酒の席で絶対顔射はするなよ、と涙ながらにオイラに説教した知人は今どこでどーしているやら(笑)。
まあ妄想を真に受けた事に対する悲劇なわけだが(笑)。
作り手の妄想の強度が強ければ強いほど、その妄想を実際にやってみたいと思うものなのかもしれんなあ。
話が横道に逸れてしまった
本作は画も上手いので気持ちよく読めた。


『薔薇は美しく散る』

唐突にアニメの『ベルサイユのばら』のOPが観たくなって検索。
主題歌である『薔薇は美しく散る』も良い歌だと思うが、その歌に見事にマッチしたOPのアニメーションも素敵だ。
特に中間の
♩はなやかに はげしく いきろと うまれた
の歌詞でのオスカルへのズームとオーバーラップのタイミングが気持ち良い。


このGW中、全部で6本劇場で映画を観た。
その内の3回分は溜まっていたポイントでタダで鑑賞。
使わずに溜めていたポイントを一気に消費してゼロにした。
一応観るつもりだった『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』はiMax版で観たいと思いつつもそれが3Dなので新しいメガネを付けた状態で観た方がいいかなと保留。
通常版も上映しているのだが吹き替えなんだよね。
正直3Dで観たいとはあまり思わないんだよなあ。
3D抜きのiMaxの字幕スーパー版が希望なんだよね。


『アイアムアヒーロー』
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先週水曜日、109シネマズ菖蒲。
もしかしたら地雷かも、という思いを抱きつつ観に行ったら面白かったよ。
つーか本作、最初に告知観た時は前・後編って謳われてなかったかな?
劇場で観た時もてっきりこれが前編で一月後ぐらいに後編やるんだろうと思ってたんだよ。
実際、映画の終わり方も色んな意味で完結してないしね。
エンド・クレジットを最後まで見てたら後編の予告編があるかなと思っていたら、そんなものなかったし(笑)。
したら後編の予定って今の所たってないんじゃん(笑)。
本作がヒットしたら後編を作るということなのかしらん?。
原作もまだ完結していないしねえ。
本作、バジェットを結構かけた作品としては非常に上手くつくられている。
ヴィジュアル的な仕掛け、VFX、カースタント、アクション、などがリッチな見栄えで作られている。
特に冒頭付近の高速道路でのカーアクション。
エンドクレジットを見たら韓国でのロケの表示がされていたのでそこで撮影したのかな。
日本じゃ高速道路を封鎖してのカースタントなんて望むべくもないだろうし。
本作、人間がゾンビ化する原因という部分の世界観に関する部分はまったくされてない。
空を自衛隊機が大挙して飛んでいく不穏な雰囲気は十分出ているわけだが、なにがどうなっているかという部分はわからないまま。
映画の主要な舞台は原作にもあるアウトレットモールでの攻防。
ただね主人公役の
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大泉 洋の役作りが
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原作漫画の主人公である鈴木英雄への寄せ方がパなくて、多分気合の入った原作ファンにとってもこの映画は受け入れやすいものになっているのではないかね。
本作は本当に徹頭徹尾エクストリームなアクションに徹していて娯楽作としては5億点ではないかね。
グロでゴアな描写もあるにはあるんだが、極端に悪趣味な描写ではないと思うのでさほどの不快感はないと思う。
なので「一体どんな世界観なんだ?」というツッコミは本作についてはヤボ(笑)。
アクションとカッコ良い絵面に陶酔するための映画だ。
カッコ良い絵面で白眉なのは
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この画像。
クライマックスでのZQNをライフルで射殺しまくった後に逆光で佇む鈴木英雄がカッコいいこと。
まさにヒーローという感じ。
この立ち姿のカッコよさに浸れただけれも本作を観た価値はあったね。
このクライマックスのZQN殺戮(死んでる人間を殺戮すると言うのであろうか?w)シーンの血のデザインも良かった。
ヴィジュアルの見応えはパないっす。
これも一種のヴァンパイヤ映画といえるかもしれん。
ちなみに劇中で出てくる漫画作品は浅野いにおの手によるもの。
なんてリッチな(笑)。
オススメである。


『64-ロクヨン- 前編』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
前・後編の前編。
後編公開は一月後。
予告編を観た時からオールスター・キャストの骨太な映画という印象があって期待していた。
一週間しかなかった昭和64年に起きた身代金誘拐殺人事件を発端としているが、物語自体は警察内部の軋轢や警察広報とマスコミとの関係が主軸の映画だ。
警察内部の軋轢モノというテーマは好きなのでまあ面白く観れた。
原作小説を読んでいないのだが、主人公・三上って鬼瓦って言われる感じのイカつい顔で、その娘が父親似のその顔を忌避して家出してるという事になっている。
本作の映画の前にNHKでTV版が作られ、三上役は
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オレたちのピエール瀧だったらしい。
この配役、無茶苦茶ハマってるがな。
ブ男ではないけど、女性としてはなりたくない顔つきという意味ではナイスな配役だと思った。
ただ本作、三上役が
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佐藤浩市なんだよな(笑)。
ダメだよコレ。
いや、佐藤浩市は良い役者だよ。
好きな役者だしいいんだけどイイ男すぎるんだよな。
これはちょっとミスキャストではないかねえ。
ピエール瀧でよかったんじゃないのかなあ。
まあ、いくらブサイク設定でも美形にしないといけないという呪いが映画製作にはあるのかもしれんが。
『容疑者Xの献身』での堤真一の起用と同じで、原作と違ったニ枚目俳優をキャスティングしたことで取りこぼしてしまった感情表現というものは確実にあるので、そういうのはもったいないと思う。
とはいえ、他の俳優陣は皆力演していて観ていて気持ち良い。
警察の広報室の女性役で
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榮倉奈々が演じている。
これがすごく良い感じなんだよね。
榮倉奈々って名前は聞いた事あるけど......と自分の頭をググってみたら(笑)、『図書館戦争』に岡田准一とW主演の女優ではないか(笑)。
ガチに忘れておりました。
いや、すごく雰囲気のある演じ方をしていて上手いなと思いましたですよ。
とりあえず本作の総論は後編を観てからかなあ。
面白い映画ではあったのでオススメではあるよん。


『ズートピア』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
ディズニーのアニメーション作品は基本ジョン・ラセターが監修しているはずなので信頼感はある。
評判もかなり良い。
実際宇多丸のラジオ番組で本作を観たリスナーの9割が好意的な感想。
宇多丸自身も絶賛な評論をしていた。
で、世界の9割を敵に回すのはアレなのだが、オイラはノレなかった〜(笑)。
宇多丸の評論の通り、本作が人種差別や性差別などの問題を含めた寓意に飛んだ作品であるということは納得できる。
多様性を許容するということの豊かさを肯定的に描き、そういう世界があったとしたらユートピアになるはずだという願いのズートピア。
ヴィジュアルや『ゴッドファーザー』のパロディーなども楽しく思えたということはオイラも認める。
好意的に思っていたキャラクターが最後に転換するというのも良かった。
良かったと思う瞬間もあったし、好きになりたかったなあという思いもある。
......
で、この動物達、何食べてんの?
肉食動物と草食動物が一緒に暮らす世界。
ズートピアの動物は全部菜食主義のベジタリアン?
じゃあ植物は言葉でのコミュニケーションが取れないからムシって食べても問題ないってか?
この寓意に飛んだ示唆的な物語に対してものすご〜くピントの外れた感想なのかもしれんが、手塚治虫の『ジャングル大帝』が本来ヒューマニズムなどが成立しない事を解決しようとして破綻したのと同じ轍を踏んでいると思う。
つまり肉食も草食も一緒に仲良く生活するために無茶苦茶歪んだ世界観を作り上げちゃった。
肉食獣が肉を食べないという世界観。
本来肉食獣が他の動物を食べるのは生きるためのものだし、それに彼らはその時食べられる量しか捕食しない。
満腹であったりする時に他の動物を襲う事がないということを手塚治虫は『火の鳥 黎明編』で描いてさえいる。
肉食獣が草食動物を含めた他の動物を捕食するのを単なる殺戮であるとか猟奇的なものと考えるから、肉食は小動物を虐める悪党にされるわけ。
しかし、そんな事はないわけ。
動物を含めた自然界というものを歪んだ形で単純化している世界観というものにどうしても納得がいかないんだよな。
植物には意志がないから食べてもいいという理屈なんだろうけどね。
そういうわけでオイラはやっぱりこの手の映画を楽しむ事ができんなあ。
ディズニーでもピクサー印がついてない作品はどうもあまりオイラと相性が良くない。
しかしまあ、9割の人が絶賛しているんで、オススメということでいいかなあ(笑)。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2016-05-08 19:55 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(4)

『太陽』『レヴェナント:蘇えりし者』『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』『アヴァロン』『G.I.ジェーン』『羊たちの沈黙』

今週月曜日、久々に池袋シネマ・ロサに映画を観に行ったのだが、予告編がどれも面白そうなので公開時期に観に行こうかと思っている。

『君の名は。』

美術というか背景というか、人間以外のヴィジュアルの表現にに独特の美しさと個性があった新海誠の新作。
今作は作画監督に元スタジオ・ジブリの宮崎駿に愛想をつかした(笑)凄腕アニメーターの安藤雅司が参加している。
なのでキャラクターの表現も期待できるかなと思っている。

『任侠野郎』

大嫌いな蛭子能収が主演で「マジかよバカ」とものすごーくバカにした視線で予告編観てたら、意外や意外、蛭子能収がちゃんと雰囲気出して演じてるがな(笑)。
脚本が『変態仮面』『アオイホノオ』の福田雄一とな。
ちょっと観てみたいかもしれん。

『葛城事件』

三浦友和、本当に良い役者だよな。
この人にとってハンサムで爽やかな二枚目俳優なんてレッテルは呪いでしかなかったろう。
歳を重ねて厚みが出ている。
好きな役者の一人である。


『太陽』
ネタバレあります。
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今週月曜日、池袋シネマ・ロサ。
『太陽』というと、
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数年前イッセー尾形が昭和天皇の映画が同じタイトルで存在する。
本作はそれとはまったく別で、元は舞台劇で上演されたものであり、それを映画化したものだ。
本作の存在を知ったのはまたしても宇多丸のラジオ番組の評論から。
監督は入江悠。
入江悠といえば
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2012年の『タマフルTHE MOVIE 〜暗黒街の黒い霧〜』なんだよな、オイラにとっては(笑)。
映画ではなくDVDで発売された映像作品でちゃんとストーリーもある。
が、宇多丸とそのラジオ番組にある程度のリテラシーがないと面白さが十分に伝わらないかもしれんなあ。
普段はpodcastで聴いているので良いリスナーとは言えないのだが、この『タマフルTHE MOVIE 〜暗黒街の黒い霧〜』はものすごく楽しめた。
おそらく短い期間で予算も少ない中、それでも映像的にはちゃんとリッチに作ってあったし、なによりも面白かったんだよね。
で、その後、結構大きな資本を投下した『ジョーカー・ゲーム』があり、意気揚々と劇場に観に行ってコテンパンにされたり(笑)。
もちろん悪い意味で(笑)。
アイドルやスターが出る大きな資本と大きな仕掛けの映画ってのは監督も部品の一つでしかなく、演出を十全にコントロールすることの不可能を痛感した。
一応ヒットはしたようだけど、なんでこんなつまんない映画を入江悠は作ったかなと思ったからね。
なので本作『太陽』も警戒していたのよ。
比較的小さいバジェットであることは公開規模などからわかっていたので、さらにショボかったらどうしよう、という危惧があった。
しかし昨年試写をみた宇多丸がベストに入れたと聴いてとりあえず観ることにした。
......
すまん。
つまらん杞憂をして悪かった(笑)。
つーか本作のおそらく何十倍もの予算と規模で作った『進撃の巨人』『テラフォーマーズ』の製作者たちも本作を観て脱帽しろ(笑)。
傑作だね。
本年度ベスト
オイラ的には生涯ベストに入れてもいい。
そして見事なSF映画だった。
ひなびた農村を映した映画がSFだよ(笑)。
人食いの巨人がでてきたり、火星をものすごい予算をかけて作ってゴキブリとのバイオレンスの映画がSFだと思ったら大間違い。
本作の方が5億倍SFの要素をもっていた。
内容もヴィジュアルも。
21世紀初頭に起こったバイオテロによって人類の大半が死滅。
生き残った人類はウィルスの感染を克服したノクスと、日々ウィルスの感染に怯えて生きるキュリオとに分かれた。
ノクスはウィルスを体内で内在化して心身ともに進化した人類という位置付けではあるが、強い光、つまり太陽の下では生きられない身体になっていた。
そんな進化したノクスに支配される形になったキュリオ(骨董品という意味である差別用語ということが劇中であかされる)は太陽の下で生活ができる旧人類でさらに昭和初期の貧しい農村のような場所で、ウィルス感染に日々怯えて暮らしている。
このノクスとキュリオを分かつのに長い橋と
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このようなゲートがある。
このゲートを隔てて貧しい生活を余儀なくされているキュリオがある一方で、支配階層のノクスは無茶苦茶カッチョいい文明的文化的生活を謳歌している。
さらに言えばノクスの人間はキュリオを完全に見下しているわけ。
で、キュリオからノクスに転換することは年齢制限があるものの可能だったりする。
ここまでが本作の概要と言っていい。
太陽に弱いノクスは明らかに吸血鬼のメタファーだ。
ノクスの血をキュリオが浴びるとウィルスに感染するというのもヴァンパイヤなイメージだろう。
ヴァンパイヤというジャンル・ムービーはイマイチ日本ではウケが悪いのに暗喩とは言えこのような設定を持ってくるのは大英断だったのではないか。
日本を舞台に吸血鬼の物語を農村でやる(笑)、普通誰も考えないよな(笑)。
このある種手垢のついた設定をリッチにフレッシュに見せる工夫が本作では随所になされている。
例えば上の画像のゲートと橋。
橋は
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この滝沢ダムを呆れるほど上手く映して橋に見立ててる。
橋は本作の重要な場所であるので、よくこのロケーションを探し出し、上手く見立てるように撮影したと感心する。
本作の撮影は本当に印象深いものばかり。
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太陽の光を充したようなススキの場面は貧しいキュリオの村で生命力にあふれた美しい映像だ。
夜のシーンが多い本作であるが、昼間のシーンではキラキラとしたこんなシーンもあるのだ。
夜のシーンも暗さを表現しつつも光源を意識した的確なライティングで照明されていて決して見えにくいということはなかった。
印象的だったのはタイトル・バックのカットで煙越しに太陽を直接映しているのだが、それがまたなんとも言えない、『太陽』というタイトルに相応しい美しい映像だった。
緊張感のある長回しに十分に間を取った演技。
入江監督の演出力もさることながら撮影監督の力も相当に大きい。
そして本作を豊かなものにしている要素に効果音がある。
上の画像のゲートの開閉音をわざわざ重々しい音に換えてるんだよね。
このゲートは何度も開閉するからこだわるのは分かるけど、こういう部分を地味に考えるというか、そもそも日本の映画は効果音に対する考え方が相当にお粗末なんだと思う。
ハリウッドなどはスカイウォーカー・ランチなんていう超一流の音響効果の専門会社があるぐらいなのに。
効果音って日本では重要度がかなり下だと思うけど、ちょっとした気付きと工夫で映像の持つ意味がガラっと変わる。
件のゲートの音だって実音とは全く違うと思うけど、それが気にならないように最適化されている。
効果音で言えば、本作ではノクスの乗る車としてフォルクス・ワーゲンのビートルが出てくるんだが、そのエンジン音を変えている。
なんつーか、電気自動車のような静かな音で、シリンダーの中をピストンが激しく上下するような音ではない。
見た目は旧式のデザインでありながら駆動系は近未来のテクノロジーに置き換えられているというのは、ノクスのセレブが乗る車としての懐古趣味として成立させているし、観客の方にしてみればSF映画とはいえ一目で見慣れたデザインのビートルが出て来ればこれが車であるということを違和感なく認識させ、その上でエンジン音を変えることでこの車が現在のテクノロジーの上のものではないということを感じさせる。
もっと穿った見方をするならば、ノクスという新人類のセックスそのものを表しているようで。
ついでに言うと、ノクスの描写で男が二人でプールで泳いでいるなんともセクシャリティな感じであるとか、男女のセックスにしてもものすごく機械的に、所謂高校生の保健体育の教科書通りの種族保存の為のセックスという完璧な位置付けになっている。
特定のパートナーとの相性の問題で子供ができないのであれば、相性の良い他の相手とセックスして種族を保存するという選択肢がある世界。
一方で種族保存がなされさえいれば、セックスの相手が同性であっても、夫婦のパートナー以外とのセックスも問題ないのではないか?
セックスに特定のパートナー同士のコミュニケーションやエンタテインメント性というものを求めなくなったのが新人類であるノクス。
現行観客の我々は明らかにキュリオ的な慣習の中にいるわけなのでノクスのその考え方の乖離というものに違和感を感じるわけであるが、ではキュリオ的な世界観が"良きもの"とされているかといえば然にあらず。
村社会的な因習、村八分、相変わらず女は抱いてしまえば自分のものという男側からの女への暴力、自分より上位の人間の目を常に意識するものの上位の目が届かなければ何をやってるかわかったもんじゃないetc......。
そういう村社会の息苦しさを考えればどこまでもドライなノクスの社会も悪くないと思う。
なのでどちらの社会が良いのかというのは決められないだろうね。
本作のレビューやパンフにも僅かでも希望があるラストという書き方が多いんだけど、人類の未来という意味ではまったく希望のない映画だと思う。
映画で描かれるようにノクスにしてもキュリオにしても、どう考えても人口増になる社会とは思えないからだ。
生殖能力がノクスよりも強いキュリオであってもウィルス感染は続くわけなので、確実に人口は先細りしていくはずだ。
本作は人類が地球上からいなくなる黄昏を描いた作品だ。
本作には
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神木隆之介(左)演じる鉄彦と、門脇麦(右)演じる結という二人の主人公がいる。
ノクスになりたくてノクスへの転換を望む鉄彦を宇多丸は『銀河鉄道999』の鉄郎だと評したのは慧眼だ。
結は鉄彦とは逆に、自分と自分の父親を捨てて転換手術を受けてノクスの社会に入った母親とノクスを憎悪していた。
しかし、物語のラスト近く、結は転換手術を受けてノクスになり、あの橋のゲートのところで鉄彦と父親に会う。
このシーンがものすごくキたのよ、オイラにとって。
あんなにノクスを憎悪していた結が、キュリオの社会で少しでも幸せな人生を築こうとしていた結が、まったく違う人間として鉄彦と父親の前に現れたのだ。
「握手ぐらいではウィルスはうつらないよ」
と和かに能天気に父親に握手を求める結。
父親が自分が変わったことに動揺して握手が出来ないでいるということも思い至ることができないようになってしまったのだ。
目の前にいるのが鉄彦や父親がかつて知っている結ではないということの絶望。
これは本当に絶望的なシーンだ。
結の穏やかの表情と夜に降る雪が美しいのに絶望的なシーン。
心かき乱されるSF。
そのあと、本当のラスト・シークエンスが来るのだがそれが希望だといえばそう言えなくもないが、少なくとも人類存続への楽観的な希望ではない。
人類の黄昏の際の一瞬の幸せな時間が描かれていた。
ちなみに本作のこのラストやノクスが太陽を浴びると燃えるという設定は名作『ぼくのエリ 200歳の少女』への非常に真面目なオマージュとなっている。
撮影や演出の力も大きいけど役者陣も相当にすごい。
主人公の神木隆之介、コイツはすげえや。
可愛い顔したイケメン俳優だと思いきや、相当な強さのトルクをもったヤツだと確信したね。
難があるとしたら若干セリフが聴きとり辛かったところかな。
まあそれはBlu-ray買って再見すれば済むことだ。
というわけだが、特に有名俳優がでてるわけでなく、気楽に希望を語る類の映画ではないのでオススメしたいが万人にはオススメできないかなあ。
それでも多くの人に観てもらいたい作品ではある。
オススメである。


『レヴェナント:蘇えりし者』
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今週火曜日、109シネマズ菖蒲。
ポイントを使って鑑賞。
今年の米アカデミー賞で監督賞、撮影賞、主演男優賞を受賞。
監督賞、撮影賞まで受賞して作品賞を逃しているのがわかった。
とにかく長い(笑)。
長いというか長く感じてしまったというか。
最近では157分という尺は割とあるとは言え、アメリカ西部開拓時代の荒涼とした雪山の景観を背景にした復讐劇は長すぎる気がする。
本当に途中で飽きました(笑)。
監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの前作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の一本の映画をワンカット(風)で撮るという野心的な試み同様、本作では雪原でのカメラワーク(人物の周りをカメラが動き回っても雪原にスタッフの足跡がない)とかライティングを自然光のみで行ったとか(要所でライティングはしている筈)、その技術面での関心で映像を観ていたにすぎない。
アカデミー賞で作品賞が取れなかったというのも技術的な側面にくらべて物語に対して深みがないといことかな。
アカデミーの主演男優賞をレオナルド・ディカプリオ本作で取り、本人にとっては念願叶ったというところだろうが、オイラからするとそれ以前の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『ジョン・エドガー』『ジャンゴ 繋がれざる者』の演技の方が賞に相応しいような気がする。


『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』
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Amazonで『MovieNEX(初回限定版) [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]』購入。
アウター・ケースのBB-8がカワエエのお(笑)。
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こんな感じでバーナーでサムアップに見立てたり(笑)。
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メイキングを観るとこんな感じで動かしていると(笑)。
最初予告編で観た時にはどうなることかと思ったけど、このBB−8のデザインすごくいいね。
球体と半球をを重ねただけの単純な造形なのに、オドオドしたり、勇敢だったり、ションボリしたりが実にうまく表現できてる。
メイキングで半球に付くオメメの位置、それも微妙な位置の差を悩んでデザインしていたのが伺える。
更にこの球体をボディにすることでそれまでのR2-D2やC−3POなどには望むべくもなかった
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高速の移動というアクションが出来て動きにメリハリがついた。
ラストでBB-8は主役のドロイドとしてレイについていくかと思ったら、ついていったのはR2−D2。
まあ、ラストでルークのところに行くわけなので当然R2−D2だよな(笑)。
そもそもBB-8はポー・ダメロンのアストロ・メカロイドなわけだし。
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こんなアホなTシャツ来たオタクな兄ちゃんが剛腕を振るって本作を作ったJ.J.エイブラムス。
なんだかんだ言われつつよくやったよJ.J.。
オマエは日本のファッション誌かJ.J.(笑)。
フィンがタイ・ファイターでジャクーに不時着した時、同乗していたポーの安否をまったく出さなかったのに、中盤の見せ場で
「ヒャッハー」
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なんて何事もなかったように見参するのはどうよ?という感じはいまだに拭いきれん(笑)。
さらいに言えばジャクー脱出でそこに偶然
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"ポンコツ"のミレニアム・ファルコンがあったり(笑)。
ジャクーを抜けたミレニアム・ファルコンを拿捕したのが
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ハン・ソロとチューバッカのコンビだったりと、ご都合主義も極まれりってな感じ(笑)。
ただね、エンタテインメント作としてなら物語を進めるためのご都合主義というのは常套手段なわけで。
そういうご都合主義で映画が楽しめないというなら、楽しむ条件としての優先順位を変えたほうが良いと思うね。
エンタテインメント作においてご都合主義が悪いのではなく、映画がつまらないということ自体が悪いのだから。
その一つにあからさまなご都合主義というのが入っているに過ぎず。
本作で言えば、やはりなんやかんや言ってもオイラは楽しめたよ。
J.J.エイブラムスのエラいところはまったく演技のする気がないハリソン・フォードにちゃんと演技をさせたところではないかね。
チューバッカも本当に吠えてるばかりではなく、本作では演技をしていたよ。
更に言えば明確なユーモアを持ち込んでいる。
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こんな感じのカメラ目線での演技からはじまり(笑)、ことフィンとレイの言葉のハモりが数回出てくるんだけど、どれも微笑ましいというかね(笑)。
ジョージ・ルーカスが監督してたらこうはいかなかったろう。
そもそも
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このカッチョいいデイジー・リドリーをレイに選ばなかったんではないか(笑)。
このデイジー・リドリーは本当に良かった。
上の画像のようなライト・セイバーを持った姿のカッコよさ、様になりなさ。
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目力がパないね。
身体能力もかなりあって、メイキング観てたら結構アクション自分でやってる。
運動神経もかなりある俳優なんだろうね。
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ヌボ〜っとした馬面のアダム・ドライバー。
顔つきもイマイチ主要キャストの顔ではないような気がしたが、次作では本作でついた顔の傷によって迫力が出るように思われる。
本当に次作が楽しみでならない。


『アヴァロン』
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wowowで録画視聴。
劇場で一回。
以前wowowで一回。
で、今回のwowow録画視聴で3回観たことになる。
3回観てやっと面白さのポイントを見つけた感じ(笑)。
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上の画像のように爆発をレイヤー化した表現というのはセルアニメーションでの重ねたセルを横から見ているような表現。
公開当時、実写でこういう表現と発想は新鮮ですげえなと思ったものだ。
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こういう画的なカッコよさというものがありながら劇場公開時に気絶(笑)したのはなぜか?(笑)。
上映時間106分というのは決して長いものではなく、むしろ短い方だ。
それが果てしなく長く感じて眠気を催す(笑)。
なぜか?(笑)。
オイラの結論。
やっぱり上映時間が長すぎる(笑)。
押井守お得意の繰り返される日常というものを本当に映画のなかで繰り返してるわけ。
いや、同じようなカットでも構図やタイミングや演技は微妙に変えてるけど、はっきりいってまったく同じものを見せられているとしか思えないわけ。
そういうシーンってだいたいセリフがなく川井憲次の音楽が流れるだけだったりしてね。
この押井の思わせぶりな演出を真剣に観ようとすればするほど眠くなる(笑)。
だから繰り返しを止めてやれば90分以下になると思う。
押井守はかつて『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で同じような手法を使って繰り返される日常というものを表現したわけだが、実写で同じことをやるとなんでこんなにも鬱陶しくなるんだろうね?
言うまでもなく『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 は傑作だと思っているが。
なので今回、再々見ということもあり同じようなシーンをかなりいい加減に観た。
具体的には繰り返される日常的な部分を早送りした(笑)。
そしたらあら不思議、結構ちゃんと内容が頭に入ってくるがな(笑)。
ゆったりと流れる時間というものを表現しようとした押井の意図は完全にシカトである(笑)。
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そもそも本作、ゲームの話で。
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こんな感じで頭から顔から覆うようなヘルメットを被って、おそらく脳の視覚を含めた他の感覚に直接作用するようなものになっていて、プレイヤーはゲームの中の出来事を現実のごとく体験できる、ということらしい。
その本作のなかのゲームを<アヴァロン>という。
現行のネットゲーム、オンラインゲームでも学校や会社などの社会生活を断ち切って引きこもって熱中する"廃人"がいるように、<アヴァロン>はもっと深刻で五感に作用するゲームに熱中するあまり仮想現実を現実と思い込んでゲームから抜け出してこない"未帰還者"という人間を大量発生させているという世界観。
だいたいさ、<アヴァロン>の中では
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カッチョいい戦士の自分なのに
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現実の自分はもっさりした冴えないおばさんだとしたら、現実には戻ってきたくはないわなあ(笑)。
そもそも本作って監督の押井守がパチンコなどと同じように膨大な時間をゲームに費やしているなら、そのゲームで金が稼げてもいいんじゃないか?という妄想から始まっている。
まあ押井の妄想なので面白いとは思うが現実的には成立しまい。
パチプロのような存在がゲームでも成立したら、という妄想の出発点はいいけどゲームのプレイヤーに金を払い出すという仕組みに無理がある。
ゲームはプレイヤーがお金を払うことによって創られるわけだからな、いったいプレイヤーに払うお金はどこから出てるんだ?ということを考えれば無理があるのは一目瞭然。
で、実は本作も結局はすべてが上の画像のアッシュという女性ゲーマーの妄想だったというオチ、なんだと思う。
本作の後半でアッシュは<アヴァロン>上での隠れキャラである"ゴースト"を見つけて"Class Real"にいる恋人のマーフィーを探しに行く。
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"Class Real"それまでのモノトーンからフルカラーになるわけ。
アッシュ以外のモブもちゃんと動いている。
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モノトーンの時はアッシュ以外の人物は出てくる数も少なくほぼまったく動かない。
"Class Real"は<アヴァロン>内のゲーム・フィールドと言いつつ現実そのもの。
実はそれまでのアッシュのいた世界がゲーム内の仮想現実だったのではないか?ということが暗示される。
フルカラーでモブが大量に動くなんてのは膨大なデータ量とハイスペックのマシンによる処理速度が必要だからね。
モノトーンで余分なモブは動かないというのはそういうゲーム上の理屈だと考えられる。
その理屈が関係ないとしたら、それは現実の世界でしかないはずだ。
"Class Real"に来たアッシュはそれまでの経験値をチャラにされ、時間は無制限だがこのフィールドにいる"未帰還者"を始末しなければコンプリートはない、と。
"未帰還者"、つまりマーフィー。
で、このマーフィーというのがさ
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こういうヤツでw。
コイツ、というかこの俳優、本作のメイキング観ててもやたらと演出に口出ししてくる自我の強いやつでw。
木っ端な俳優がよく言う
「(監督と意見が合わなくて)降板しようとおもってました」
なんてこというヤツなわけ。
如何に自分が大物であるかってのを誇示してる三流役者というところか。
スタッフもキャストもほぼ全員からなんでコイツをキャスティングしたんだってブーイングだったらしいんだけど、言うまでもなくこの俳優に決めたのは監督の押井守なんだけどね(笑)。
押井本人はアッシュみたいなヤツだからこういうムチャクチャなヤツと付き合うんだ、なんてもっともらしいこと言ってたけど、いくらなんでもコイツは選ばないだろう(笑)。
演技も台詞回しも大げさ、演技がデカくて辟易したんだが。
押井の役者の見る目のなさが図らずも露呈した感じではないかねえ。
アッシュがマーフィーを始末するんだけど、どうやら現実だと思っていた"Class Real"もやはりゲームのフィールドだったということが明らかになる。
ではアッシュの現実はどこにあるのか?
実はアッシュ自身が仮想現実のフィールドから逃れられていない、逃れられていないことに気づいていない"未帰還者"だった、というオチではないか?と今は思っておる。
映画としては非常に観ていてカッタるいのであるが、映像表現は節々でよく考えられていて、
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貫禄たっぷりのゲームマスターのこのオッサンがモニターから消える間際に
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はっきり悪魔のようなヴィジュアルでフェードアウトする。
こういう含みの持たせ方は上手いよな、押井は。
これが下手くそになると庵野秀明みたいになって(笑)、思わせぶりが鼻についたりするんだが。
まあ文句は言いつつ、おそらく何年か後にまた観るんだろうな、オイラ(笑)。
一応本作は今度公開される『GARM WARS The Last Druid』の機能限定版として位置付けられている。
『GARM WARS The Last Druid』が機能限定版の本作よりショぼくないことを祈る(笑)。
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『G.I.ジェーン』
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wowowで録画視聴。
日本公開が1988年。
監督がリドリー・スコットだし、主演がデミ・ムーアだから観に行きましたよ。
冒頭
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ポトマック川すれすれを移動する空撮からのタイトルバックのウォーターゲートビル。
公開時には気がつかなかったけど、本作が政治的な思惑がテーマであるという意思表示かね。
リドリー・スコットのスタイリッシュな映像を期待していって肩透かしを食った。
デミ・ムーアも坊主頭にしての新機軸を狙ったんだろうけど......。
う〜ん。
後年、『ブラックホーク・ダウン』で戦争のリアリズムを描くことになるリドリー・スコットだが、本作は軍隊の過酷さをサディスティックに描写している。
劇中ではアメリカ海軍特殊部隊であるSEALsをモデルにした架空の訓練プログラムを描いているんだが、
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女性の訓練兵がいたとしたら、訓練と称してレイプもしかねないというもので。
これって果たして職業としての軍人の訓練として正当なのかしらん?と当時も今も思っているが。
本当にここまでムチャクチャな訓練するのかなと思うとねえ。
女性兵士の地位向上を目指す議員ですら、それが政治的テモンストレーションでしかないということを自覚している。
真面目に訓練をする女性兵士や訓練する教官達も嫌気がさすよな。
受け入れる訓練部隊だってどれくらい本気で訓練すればいいのかわからんだろう。
軍隊というリアリズムのみで機能するシステムに覚悟のないあやふやな議員の意思が介入することのおぞましさというものが描かれている、と最近観て思った。
オイラが期待したリドリー・スコットの映像的官能性はほとんどない作品だと思う。
つまらなくはないけどね。


『羊たちの沈黙』
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wowowで録画視聴。
これは劇場では観てないが、1991年の劇場公開後のビデオレンタルでの初見だった。
初見時にはイマイチ面白さがよくわからず。
むしろそれから10年後にリドリー・スコットが監督した『ハンニバル』の方がすきだったりした。
しかし、今回改めて観たら面白かった(笑)。
主演のジョディー・フォスターの
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なんつーか垢抜けなさっつーか、田舎から出てきたばかりの世間知らずな真面目な女性っていう雰囲気が非常によく出てたわ。
コンプレックスを内に秘めたエリートという部分にものすごくハマってると思う。
ベテランで凄腕のFBI捜査官に見えてはいけない映画だからね。
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アートとしての猟奇殺人表現の先駆けだったかなと思う。
『セブン』は1995年だからね。
それから本作のOP、タイトルバックで長く尾を引く鳥の声のような効果音が入ってるんだが、これって『機動警察パトレイバー 2 the Movie』にも同じようなものが入ってたなあ。
『機動警察パトレイバー 2 the Movie』の効果音の元ネタって本作なのかなあと勘ぐったりして(笑)。

by 16mm | 2016-05-05 17:24 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)

ドラマ24『アオイホノオ』『テラフォーマーズ』

先週金曜日、高田馬場でZbrushのセミナー。
ほぼ自己流自力で覚えているソフトであるので適度にこの手のセミナーに行かないと知見が広がらないと感じる。
無料のセミナーだからしょうがないけど、やり方の要所を映し出したプロジェクターが写メで撮れたら良いのにと思う。
当然写メ、録音禁止なので必死でメモしまくった。
果たして明日Zbrushを使う時にそのメモが判読できるか心配である(笑)。


先週土曜日、歯のメンテナンス。
いつものように美形で剽軽な歯科衛生士女史に歯の状態を診てもらいつつメンテ。
気持ち良いほどガリガリと歯石をとってもらう(笑)。
それにしても歯茎が下がってグラついているのがあり、そういうところはモノが挟まりやすい。
今後先生になんとかしてもらうつもりである。


本日日曜日、赤外線サウナ、ストレッチ、日光浴。
結構日差しが強くなっているのを感じる。


どうやらオイラの花粉の大変な時期はヤマを越したように思う。
このアレルギーとパニック障害の発作がちょくちょく被っていた時期も終わりかな。
この小康状態の時期になんとか次の手を考えたい。


GWは暦通りになると思うが、休み中にやるべきことの忘備録。
●エアコンの掃除→これはやった。
●老眼がすすでいる上にメガネが合わなくなり免許の更新が危ぶまれているので、メガネを新調する。新しいメガネを購入するか、レンズだけ取り替えるか、はたまたメガネ二つ持ちにするかをメガネ店で相談しよう。
●部屋のどこかにある予備のメガネフレームの捜索(笑)。
●ブーツのメンテ。
●『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』『アイアムアヒーロー』『レヴェナント:蘇えりし者』『太陽』を劇場で観る。
●Blu-rayで『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を再見する。
●wowowで録画した映画を観つつHDの中身を整理していく。


『BLUE GIANT(8)』
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待望の新刊。
本書を読むと勇気が湧いてくる。
何事も脇目を振らず真摯に取り組む努力をすれば「なんとかなるかもしれな」という幻想。
ただ努力すれば良いというわけではない。
脇目も振らず、なのだ。
それができなければ真摯に努力しているとは言えない。
本書を読むとオイラのような才能なしでも希望が持てると同時に、その努力というもののハードルの高さに眩暈がする。
有名になりたいとか金持ちになりたい、というだけではこの努力は続けられない。
有名人になったり金持ちになるなら別の方法だってある。
そうではなく、ただただ原初的な衝動に駆られるように一直線にそこに向かうエネルギーが必要なんだと、そう思わされる。
それにしても本作の単行本って結構ドル箱なんだろうな。
カバー画のアートワークは毎度カッコいいし、本文内のカラーで描いたものはちゃんと4Cで掲載されているし。
こういう作品は本当に売れてうれしい。


『たそがれたかこ(7)』
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柔ヤワな線の頼りなさとは裏腹に作者の強い意志力を感じる。
オイラからすると、自分の母親ほどもある女性の名前を呼び捨てにするガキってムカついたり、自分の無神経さをまったくわからない老婆というのにみイラつくんだが、おそらく作者の入江喜和はそれらに複雑な感情を持ちつつも許容しているんだろうな。
それらに対してあまり悪意として描いていないんだよね。
だからこそ自分の作品に悪態をつきつつも描いているんだと思うのだが。
本書のタイトルのデザインとカラーの画のマッチングが良いと思う。


『ドン・ジョヴァンニ』
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今から25年ぐらい前にに週刊モーニングで連載されていた。
もっとも作者の福山庸治の名前はそれ以前から知っていたように思う。
オイラ、当時で言えば大友克洋っぽい画の漫画家に傾倒する傾向があったとは言え、凡百の大友フォロワーの漫画家とは違い、この福山庸治は絵柄と内容のドライなユーモアがマッチしていた個性を発揮していた。
本作が連載される前に同誌で『マドモアゼル モーツァルト』という傑作を描いていて、それは当時飛ぶ鳥を叩き落としていた頃の小室哲哉でミュージカルにもなった。
稀代の作曲家を題材にした後にそのモーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を日本の江戸時代にしてコミカライズしたのが本作。
この前作とも言える『マドモアゼル モーツァルト』も楽しめたが本作は
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とか
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などと、古典的な台詞回しというかユーモアのある言葉が非常に魅力的でハマったんだよね。
しかし、話が進むにつれ不条理の度合いが増していってちょっとついていけなくなったかな。
当時作者の想像力に読み手のオイラが追いつけなかったんだな、と25年ぶりに再読して感じた。
不条理の強さという意味では筒井康隆の小説のような感じも受けたかな。
結局、25年たった今でも本作の面白さを十二分に堪能できる教養をオイラは持っていないわけだが、それでも連載当時に読んでいた時よりも面白さを感じられたのは事実。
「笑止」
なんて言葉、一度は実際に使ってみたいなあ。


すっげえ良い顔してるなあ、デイジー・リドリー。
この女優が『スターウォーズ』のヒロインで良かったと本当に思う。
眼力がパないし、笑顔が素敵じゃん。


ドラマ24『アオイホノオ』
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録画していたのを再見。
vaioのHDを空けるのにBlu-rayに保存しているついでに視聴。
第1話だけ、と思ってたら全話観てしまった(笑)。
今更だが本作って『変態仮面』の福田雄一が監督してたんだ。
佐藤二朗、安田顕、ムロツヨシなどキャストが重複。
本作、確かに笑える要素がある一方で、ものすごく真剣に人の生き方を描いている。
漫画や映画やアニメを表現の手段にした時点でおこ世間的な失笑というものは実はこのドラマの中には存在しない。
失笑する世間というものをドラマの枠の外に追いやり、ドラマの中ではどこまでもストイックに葛藤する人たちを描いている。
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最終回、それまでアニメにするか漫画にするか女の子と付き合うか漫画を描くのか描かないのか、と、散々なブレまくりをみせていた本作の主人公である柳楽優弥が演じる焔 モユル (左) が創作をするという事に対して謙虚に対峙できるようになる成長を見事に描ききった。
学生の頃、漫画家になりたいなあ、などと呑気に生きて、結局描く事がなかったオイラのような人間には本当に胸をかきむしりたくなるような瞬間というのもあった。
だからこそこのドラマに出てくる登場人物達に対してまったく笑えずに本当に叫びだしたくなるようなものだった。
とにかく世間的に上から目線で失笑される存在であるオタクたちの物語を真剣に作り上げたスタッフとキャストの賜物だ。
さらに駄目押しなのが
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このドラマの主人公と、本作の原作漫画の作者である島本和彦(左)の対峙。
このラストの原作者の登場ってこのドラマを通してのマジックの一つで、とにかく島本和彦、演技ウメえ(笑)。
笑い事ではなくマジにウめえのよ。
このクライマックスに来るまでキャストがものすごくシリアスな演技をしていて、最後の最後で原作者とは言え素人のヘタクソな演技を見せられたらブチこわしになるところだけど、そうはならなかった。
台詞回し身体の挙動から抑揚のつけ方。
本当にマジうめえ。
で、セリフで
"オマエはこのバイクに乗って 明日に向かって走るんだよ"
(笑)。
いや、どんな名優でもこんなベタで臭いセリフを説得力をもって言える人間はいないよ、多分。
それを本当に感動的なまでに説得力のあるシーンにしているのはこの島本和彦のおかげだよ。
再見して本当にとんでもないマジックだと思った。
で、まあ、このような男達の話になっちゃった結果
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山本美月や
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黒島結菜のようなOPのタイトル・クレジットに名前が載っていながら、話数が進むにつれて扱いが雑になっていったのは気の毒かなあ(笑)。
まあ、しょうがないよね。
男の子のドラマだからね。
女性は仲間はずれになるのは世の常だ(笑)。


『テラフォーマーズ』
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先週金曜日、109シネマズ菖蒲。
この時期、観たい映画が結構ある中で、一番地雷な感じのものを選んでみた(笑)。
とりあえずシネマ・ポイントがたまっていたのでそれで観た。
ささやかなダメージ・コントロールである(笑)。
原作漫画や先行したアニメも未読未見。
ただなんとなくSF的なヴィジュアルがイケてるんではないか?と期待していたのだ。
実際、宇宙船の内部の美術は日本のSF映画にしてはかなりイケてる方だと思った。
が、冒頭のシーン、雨の降る街並みと摩天楼。
空飛ぶ車。
この時点で
「ああ、こういう設定をパクったものでくるって事はシリアスというよりもコメディだとかパロディみたいなものを狙っていくのね」
というため息をついたよ(笑)。
本作のヴィジュアルのことごとくが、どっかで見たようなデザインばっか(笑)。
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本作の登場人物達のコスチュームがこれ。↑
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『パシフィック・リム』のコスチュームがこれ。↑
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本作の小栗旬演じる本多↑。
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『フィフス・エレメント』のゲイリー・オールドマン↑。
(笑)。
なんかさ、オイラがパクった、って言うのが言いがかりだと思われるかもしれんが、それでもオイラはこんな感じでパクリ元を思い出して観てたわけ(笑)。
さらに言えば本作って火星が舞台なんだけど、今年すでに『オデッセイ』でリドリー・スコットがすばらしい火星の景観を見せてくれちゃった後なのでもう見劣りして(笑)。
で、まあ、オイラ上映中に気絶しました(笑)。
なのでちゃんと総論として本作をどう思うか語れる立場ではないのだけど、日本でSF映画を実写でやるということの困難さを痛感したよ。
美術を単なる大道具として捉えてる限り、いくら日本のCGの精度が上がったとしても洋画のSFで眼を肥やされた観客を映像に没入させることは不可能だ。
シナリオとは別にその作品の世界観、どんな車が走り、どんなテクノロジーが達成されていて、その時代の人間はどんな不満をもっているかetc......、を完璧に作り上げる専門家の存在を日本映画界が認めない限りSFをテーマにした映画に説得力をもたせ得る事はできないだろうな。
そう感じた作品であった。
とりあえず、まったくオススメしない(笑)。
三池崇史はなんでも撮れる映画監督という位置付けではあるけど、やはり向き不向きはあると思う。
SFは向かないと思うな。

by 16mm | 2016-05-01 22:29 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(7)