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2016年第3回更新のお知らせ

本日メインHPにて"YARD・O・LED"をUPしました。
お暇な方、ご覧いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

今年の三月に撮影させてもらって公開が今ってのがね(笑)。
本当にモデルさんにはお待たせしちゃって申し訳無かったです。

by 16mm | 2016-08-28 20:28 | メインHPと更新のお知らせ | Trackback | Comments(2)

『マンガ家再入門(1)』『ヴィンランド・サガ(18)』『買厄懸場帖 九頭竜KUZURYU (2)』『サバイバル ~少年Sの記録~ (2)』

先週土曜日、心療内科。
季節的なものもあってか、特にパニックの発作も起こらず安定している旨を伝える。
変わらず同量の薬を処方してもらう。


先週土曜日、ヘアカット。
ヘアカラーで紫系のアッシュを少々増量してもらう。
そうすることによって色が褪せた時に金髪の黄色が相殺されて白っぽく見えることを期待してなのだが、果たして(笑)。


本日日曜日、健康ランドに寝湯とストレッチ。
ネットで熱い風呂などは血液をドロドロにしやすいなどと書いてあったのでビビってサウナなどを止めてみた(笑)。
果たして(笑)。


今週末か来週には会社の健康診断を受けるのでこの1日一食の節制でどの程度の数値がでるのか?
これでシャレにならない数値になっちゃったらどうしたらいいか分からん(笑)。
というか、自己流の節制を改めなければならないかもしれないといのが辛くて悩ましいことになるのだろう。
果たして(笑)。


『スマップ解散』
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いや、今更彼のグループの解散について云々するわけではない。
木村拓哉以外のメンバーが木村をシカトし続けた事に対して
「大人げない」
とか
「仕事なんだから割り切れよ」
とかの意見があるんですが、はい、オイラも気に入らないヤツに対してはシカトかそれに近い事はしてますねえ(笑)。
幸いにも仕事に支障がない程度ではありますが、気に入らない人間に対しては徹底的にシカトですね。
そういうヤツに対しては話題にしないし悪口も言わない。
そこでオイラが
「コイツってヤなやつでさあ」
なんてやり始めたらそれはそうは思ってない人にとっては負担でしかないからね。
そんな事いったら余計に仕事に支障をきたすでしょ。
そういうヤツに対してはなるべく話題にせず近づかない。
だいたいオイラが唾棄するような人間って、本人がいない時にマジな悪口言う奴でさ、さもそれが世界標準の常識から逸脱した奴で、みたいな風に言うんだよね(笑)。
お前が思ってる世界標準には本人がいない時に悪口言ってもいいという事になっているのか(笑)。
これらの件で「大人げない」だの「割り切れだの」を平気で言う奴ってさ、以外と自分の周りを慮って考えることができない奴なんじゃないかね(笑)。
断言しちゃうけど(笑)。
自分は誰からも嫌われていないし悪口も言われている筈がない。
嫌ってるオマエらはダメ人間だ、ぐらいな感じの人間関係を楽観的に考えているというかさ。
ちなみにオイラも悪口は言いますよ。
本人のいないところで(笑)。
ただし、オイラが悪口言うのは嫌いな人間ではないからね。
もしオイラの言った悪口が本人の耳に入ってもそれが本気に取られないような関係の人間に対してのみの悪口だからね。
当然オイラのいないところで
「あのオヤジ、たいがいだなあ」
などと言われても、そういう人なら笑えるからね。
マジな悪口が漏れ伝えられたらシャレにならない、それこそ大人げない状態になる。
大人げない人間を批判する前に、大人気なくさせた人間の事を問題にするべきだと思う。
だから嫌いな人間の悪口も言わないし話題にもしない、という話である。


蛇足である。
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木村拓哉の嫁である工藤静香についてである。
二人が結婚するにあたり元マネージャーであった飯島三智が大反対したとのこと。
これ、男性アイドルが結婚するというタブーとしての反対というよりは、工藤静香という存在が甚だしく女性に好かれにくいということが問題だったのではないだろうか?
ウチの母親なんて工藤静香の事を
「あの貧乏くさい顔」
みたいな(笑)ひどい事言ってたんだけど、数少ない周りの女性に聞いてみても彼女の評判はすこぶる悪い。
男のオイラは、まあ好みの顔ではないがブサイクというわけでなし、などと言おうものならそれらの女性たちに
「これだよ、これだから女を見る眼のない男は...」
的な蔑みをオイラが受けるのである(笑)。
理不尽である(笑)。
飯島三智とてマネージャーという前に女性として、同性として、工藤静香への嫌悪感というのが先立ちしていたのかもしれん。
オイラとしてはあの中島みゆき様が歌を提供するぐらいの女性なので悪くはないのではないか、と思っているだけなんだけどね(笑)。


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来年の実写映画公開に向けて『無限の住人』をメモを取りながら再読中。
主に作中でどのくらいの時間を経ているかを探りながら読んでいる。


『マンガ家再入門(1)』
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AmazonでKindle版購入。
ネットで公開していたのを既に読んでいた上での購入。
これってさ、ネットでは
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カラーで描かれている部分もあるわけ。
それが今回の書籍化Kindle化に伴うと
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カラーを単純にグレースケールに変換したあまり綺麗でないものに(笑)。
いや、わかりますよ。
カラーで印刷すればコストが上がっちゃうことは。
それでもさ、雑誌で連載されているわけでなく、ネットだからね。
いまでもネットでカラーの状態が読めるのにわざわざ金を出して買ってこんな汚い画を見せられたら殺意がわくよ(笑)。
これKindle版でも800円するんだよね。
だったらネットに掲載されて居る画像をDLしてPDFで保存しておいた方が満足度高いよな。
書籍の単行本はともかく、多少高くなっても良いから電書はカラーはカラーで掲載してほしいよ。
内容は非常に満足できるものだけにガッカリ度がひっじょ〜に高い。


『ヴィンランド・サガ(1)(2)』
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AmazonでKindle版購入。
一瞬だがこの1巻と2巻がKindle版で0円だったので購入(笑)。
電書はたまにこういう事があるからうれしい。
もっとも書籍の本は既に持っているんだけどね。
連載の期間が長いと最初の事は結構忘れてますな(笑)。
再読する良い機会だと思い、徐々にまた電書で買い直していこうと思う。


『ヴィンランド・サガ(18)』
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AmazonでKindle版購入。
本巻は全体的に面白い部分が多かった。
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トルケルがまた出てきたりね。
本作、今後の展開次第ではものすごい傑作にも、ヌルい駄作にもなりえる難しいところにたっている。
自分の愛するものを眼の前で殺された時、殺した相手を八つ裂きにしたいという衝動は非常に人間的な事だと思う。
それは殺した相手が真人間になったとしても、だから殺した事が許されるかという事だ。
主人公のトルフィンは父親を殺された側であり、さらに他人の父親を殺した立場でもある。
で、トルフィンは父親を殺された娘から命を狙われて居る。
その娘に対しトルフィンは戦いのない平安な土地であるヴィンランド(アメリカ大陸だと思われる)にたどり着けるまで殺すのを待ってくれと頼んでいる。
その一方でトルフィンは自分の父親殺しの下手人が分かって怒りに燃えている。
ここで父親殺しの首謀者を殺す事は、自らも即刻殺されても文句は言えない立場である。
本作、この難局をどう切り抜けるのであろうか?
一つの方法はトルフィンを狙っている娘が死ぬことなんだけど。
できればヌルい話で終わらない事を願う。


『買厄懸場帖 九頭竜KUZURYU (2)』
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AmazonでKindle版購入。
『ばいやくかけばちょう くずりゅう』。
待望の続巻。
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シャレにならない程の画力とアクション描写のフレッシュさ。
上の画像のように斬り倒されて脱力した人間の顔が地面に接した時の潰れ方。
呆れるほどすげえ。
物語も意外な展開になっていきつつあり、さらに続巻が楽しみである。


『サバイバル ~少年Sの記録~ (2)』
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AmazonでKindle版購入。
宮川輝って作画にアシスタントいるんだろうか?
月刊誌の連載とはいえ同じ時期に単行本2冊というのは結構大変だとおもうんだけど。
なんか無茶苦茶描くのが早いような気もするが、どうなんだろうか?
本作はさいとうたかお のオリジナルに沿ってはいるが、時代背景を現代にし、スマホもPCもあある時代という変更と主人公をオリジナルより幼く描き、本巻の最後の方で出てくる女性との関係を同年代の男女風のオリジナルから、姉弟のような関係にシフトしようとしているように思える。
本作も俄然続巻が楽しみである。


今週末は映画が観たいな。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2016-08-28 19:47 | | Trackback | Comments(6)

『ソナチネ』『スカイ・クロラ』

先週金曜日、踵がビッコを引くほど痛くなる。
なんとなく踵にしこりもあるような(笑)。
昨年末の踵骨棘(しょこつきょく)かなと思いつつもネットで症状を調べてみたらガングリオンなる怪獣みたいな症名が出てきてビビる(笑)。
で、とりあえず総合病院の整形外科に駆け込む。
昨年末のレントゲン写真があり、担当医はあっさりと
担当医「踵骨棘だねえ」
オイラ「そうですか。あ、でも踵のところにシコリっぽいものができてるんですけど」
担当医「それが踵骨棘で出っ張った骨ですよ。たぶん昨年から出っ張ってたハズだけど、気がつかなかったんじゃないかな」
オイラ「......」
というわけでオイラのガングリオン説は一蹴された。
まあ原因が踵骨棘だとわかって良かったよ。
このところ足首のストレッチをサボってたからね。
といっても一週間に一度のストレッチを一回サボっただけだけど(笑)。
やはりストレッチは大事だわあ(笑)。
どうしても痛い場合は手術して骨を取るということだが、そうすると一週間ぐらい入院らしい。
手術しても10年もすればまた症状が出るかもということなので、これは自覚的にコントロールしていかないといけない案件だと再認識。
まあ、歳とると色々あるわねえ(笑)。


先週金曜日、銭湯に。
足を冷水に30分ぐらいつける。
その後一時間ぐらい露天で日光浴。
といっても日陰でだらだらウトウトしていただけ。
その間、ストレッチを念入りにやる。


先週土曜日、歯の治療。
右上にいつもの美形で剽軽な歯科衛生士女史に仮歯を作ってもらう。
先生にムービーの機材を見せてもらう。
ムービー・カメラのジンバルである。
ムービー・カメラを常に一定の姿勢にとどめておくための架台。
実物は初めて見た。
たしかに姿勢制御をしてくれるのだが、載っているムービー・カメラの重さがグラム単位(プラスチックのフード程度)で変わると途端に制御できなくなるほどデリケートでシビアなものだということが分かった。
こういうのを見ると使ってみたいとは思うのだが、何を撮るかがまったく思いつかないのである(笑)。


本日日曜日、母親と掃除機を買いにいく。


本日日曜日、先週からの踵骨棘(しょこつきょく)がかなり治まる。
やはりストレッチかなあ。
足の裏からアキレス腱にかけてのストレッチが肝要だと思われる。


『エロイーズ (本当のワタシを探して)』
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Amazonで書籍購入。
作者のペネロープ・バジューの名を知ったのは本当につい最近。
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『美術手帖8月号増刊 「バンド・デシネ」のすべて』を本屋で立ち読み(笑)して、そこに紹介されていたバンド・デシネ作家の一人として掲載されていた。
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フルカラーでオール・フリーハンドの達者な描線で「オオっ」っとなって、kindle版でてないかしら?と思って調べるも出てなかったので、呻吟した上に同著者の『ジョゼフィーヌ! (アラサーフレンチガールのさえない毎日)』とともに購入。
一冊1944円のを2冊ですからねえ(笑)。
しかもまったく知らない作家の本を(笑)。
んで読んでみたら面白いのよ。
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絵が丹念で細かい。
カラーリングが綺麗。
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こんな感じに同じアングルを続けてもコピーを使わず、同じ画を手描きしているのにも好感がもてる。
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画の魅力があった上で、内容は帯の「ワタシはいったい何者?」というミステリアスな惹句ほどは重たくなく。
おそらく割と普遍的な女性の感情や感性を乾いたユーモアで描いているんだと思う。


『ジョゼフィーヌ! (アラサーフレンチガールのさえない毎日)』
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Amazonで書籍購入。
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現状、ペネロープ・バジューの日本語訳されている本は2冊だけかな。
オイラはフランス語がわからないばかりか、フランス人に一定の偏見をもっていたりするんだが、こういう漫画という共通の文化があると一時でもその偏見を忘れられる(笑)。
女性の気持ちは分からないが、この本によると女性の悩みは万国共通だとか(笑)。
画と一緒にどんな内容か知りたいと思うのは、やはり男であるオイラは女性の事を知りたいという気持ちがまだあるんだろうね。
いまだにHな中年である(笑)。
だから日本語訳のものがもっと出ないかなと思っている。
で、本作を読むと、女性も男に負けず劣らずボンクラなんだなとわかってホっとする(笑)。
なんだ異性の前でカッコつけてるのは男女問わずなのか(笑)。
ところで本書、女性のセキララな感じがよく出てると思うのだが、チョコチョコ主人公のジョゼフィーヌが下着姿になってあぐらをかいていたり、トップレスになっていたりするんだが、女性だったら一人暮らしでリラックスしているとそういう風になるよねえとい日常の"あるある"ネタとして見るんだろうけど、それを見た男であるオイラなどは「なんてHなんだ」と日常の風景というよりもストレートにセクシャルな方向に解釈しちゃう。
こういう内容を描く女性は、描く方としては非常に雑な女という感じでエロスなど微塵も感じさせないつもりで描いているんだろうけど、それを見た男はだいたいHな方向で見てしまうということに描き手は気がついているのであろうか(笑)?
それともそんな風に見るのとオイラだけだろうか(笑)。


たがみよしひさ作品集: (1)(2)(3)
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AmazonでKindle版購入。
一冊59円なので購入。
単なるノスタルジーとして購入した。


『おんなの撮り方 渡辺流』
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書店で書籍購入。
"情熱大陸"を観て以来、気になり続けている渡辺達生の本。
大変良い本だと思う。
特に女性のポートレートを撮ってみたいと思ってて、どう撮ったらいいいか、モデルにどう接したらいいか、という部分の具体的な方法が書いてあってかなり参考になる。
オイラはもうサンダー平山の写真術が染み込んでいるので、渡辺達生が言うような手持ちでズームレンズをメインで撮影という部分には同意できないけど、他の写真家の方法論を知るというのは勉強になる。
とにかく良い本なのでポートレート撮ってる人は一読をオススメします。
ライティングだとか構図だとかよりもモデルさんに対峙してどう振舞うかという事の方が大事だと思う。
値段はちょっと高いけど。
しっかし、渡辺達生ってスタジオ・カメラマンとか弟子の経験がない上に、撮影専門教育も受けてないのにカメラマンになれてるんだ。
まあ、驚きではあるけど、本書に書かれていな努力は絶対してるハズなので、誰もが渡辺達生と同じ方法論でプロになれるわけではないからね(笑)。


『ソナチネ』
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wowowを録画視聴。
赤い空をバックに銛で突かれたナポレオンフィッシュのキー・ヴィジュアル。
それに被さるように久石譲の曲、"Sonatine I - Act of Violence"が流れる。
本作のメインテーマは北野武がマイク・オールドフィールドの"チューブラー・ベルズ"のような曲として久石譲にオーダーしたと聞いたことがある。
本当なら久石譲、やり辛かったろうな(笑)。
しかしこの"Sonatine I - Act of Violence"は大好きな曲だ。
本作の存在を知ったのは劇場公開年の何かの雑誌で小さく「北野武最新作」として前述のナポレオンフィッシュのキー・ヴィジュアルが載っていたのだ。
この何とも言えない暴力的なキー・ヴィジュアルに心を持って行かれたんだよね(笑)。
内容これだけじゃなんも分からんのだけど、とにかく興味を引いたわけ。
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後々、こんなヴィジュアルも出てきて、ますます凄そうだと思い、公開日に喜び勇んで行って、帰りには久石譲のサントラまで買って帰ってきた(笑)。
本作って客が入らなかったらしくかなり短期間で上映が終わっちゃった。
だから本作を劇場で観たオイラってすごく誇りに思っている。
北野映画前期の集大成ではないかね。
北野武監督作としては4作目の映画となる。
やはり本作も『その男、凶暴につき』のような"見た事のないリアリティ"を感じさせてくれる傑作だった。
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もう冒頭のカットからカッコいいわけ(笑)。
雀荘で牌の整理をしている店員のよこをシルエットのビートたけしと寺島進が通っていくこのライティングと構図とその中での動きの素晴らしさ。
店員が牌をカチャカチャ整理している音がなんとも拳銃に弾丸を装填している音に聴こえるというのは穿ちすぎであろうか。
『その男、凶暴につき』からの唐突に訪れる暴力と死というものを踏襲しながら、本作では非常に乾いたユーモアが点在する。
死地に追いやられた男たちが死を迎えるその瞬間まで無為に遊び続ける。
例えば
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至近距離で頭に乗っけた缶を撃ってみたり(笑)。
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フリスビーを撃ってみたり(笑)。
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打ち上げ花火で撃ち合いをやってみたり(笑)。
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"人間紙相撲"をやってみたり(笑)。
とにかく延々と愉快で危なくてバカな遊びが展開されていく。
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この沖縄の楽園のような美しさ、というか天国そのものなんだな。
そんな場所で人間が次々と殺されて死んでいく。
その死に方も何かの為とか意味のある死に方というものではない。
シナリオのト書き的に言えば
<撃たれて死んだ>
とか
<死体を無造作に海に投げ捨てる>
とか程度で済まされてるような。
劇場公開時に観て、LDで観て、更に今回のwowowでも観て。
やっぱり言える事は一つ。
1993年公開から23年経った今観てもやっぱり傑作だ。
93分というものすごくタイトの時間で美しくてバカで衝撃的な映像体験をさせてくれる。
実はなぜオイラがここまで本作に気持ちを持っていかれたか、その内実をうまく説明できない。
当時で言えば本作の部分部分でのシチュエーションに感動したという事だとは思う。
ビートたけし演じる村川のハードボイルドな感じとか。
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寺島進と勝村政信の微笑ましくもバカなやりとり(笑)。
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油断して本当に単なる釣り人だと思っていた南方英二が実は殺し屋だったというとんでもない展開。
オイラ、本当にギョっとなりましたよ。
こういうところでもキャスティング上手いよな。
エレベーターという狭い空間でも銃撃戦。
この銃撃戦に至るまでの段取りも絶妙だった。
なので言ってみれば本作を構成している設定やアイデアやそれを実現する演出力や演技を楽しむという観方ができた映画ということだと思っていた。
で、今回のwowowで数年ぶりに観直したんだけど、ものすごく老成した男の子達、というか、単なる男の子の映画ではないのかなと感じた。
本作って延々と男同士のバカな遊びを描いているんだよね。
その男同士のなかに女が入ってこないわけ。
いや、紅一点で
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Tシャツ脱いで胸まで見せてくれる国舞亜矢が出演しているんだけど、完全に溶け込めない存在として描かれているわけ。
この国舞亜矢が演じる幸という女も、男達の空間に混ざろうとビートたけし扮する村川の前で裸になるんだけどさ、そこで発する村川のセリフがさ
「平気でおっぱい出しちゃうんだもんな すごいよな(笑)」
って、なんじゃそりゃ(笑)。
最初観た時には村川の照れ隠しという風にもとれたんだけど、女と二人っきりで、しかも女は抱かれる気満々なのに、なにこの興醒めするセリフは(笑)。
この反応って男の反応ではないよな。
少なくとも小学生になる前の男の子の反応だよ。
幼稚園児の(笑)
女の子をジャマくさいなあと思いつつもなんとなく気にしてる(笑)。
だけど連んで楽しいのは男同士でバカをやってる時というさ。
公開時、村川は当然幸を抱いたに違いないと思っていたんだけど、コレ、絶対ヤってないよな(笑)。
本作って男同士のホモソーシャルな至福の時間というものを描いているんじゃないかね。
少なくともビートたけし演じる村川は典型的な男の子のメンタリティのように思える。
本作撮影時、ビートたけしは46歳かあ。
女性に対する執着はまだまだある歳だと思うけど、一方で女性が面倒くさく感じていたのかねえ。
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幸「平気で人を撃っちゃうの すごいよね 平気で人殺しちゃうって事は平気で死ねるってことだよね 強いよね アタシ 強い人大好きなんだ」
村川「強かったら拳銃なんて持ってねえよ」
幸「でも平気で撃っちゃうじゃない」
村川「こわいから撃っちゃうんだよ」
幸「でも死ぬのこわくないでしょ」
村川「あんまり死ぬのこわがるとな 死にたくなっちゃう」
この村川と幸の何気無い会話がよくわからなかった。
村川って男は死を恐れている男だとは思う。
突然に心の準備もできずに死ぬという事への恐怖なのではないか?
実際、村川が銃撃戦をする時ってまったく自分の身を守ろうという意思が感じられずに直立不動で撃ちまくるんだよね。
飲み屋でも、エレベーターの中でも、クライマックスのホテルへの殴り込みでも、村川は敵前に身をさらして銃を乱射していた。
それはおそらく自分の死の主導権を自分自身が持ち、その場でなら死んでもいいという心構えができていたんだと思う。
自分の死の瞬間というものを自分でコントロールしたいという欲望なのではないか。
結局村川はホテルでの殴り込みでも死ななかった。
村川「あんまり死ぬのこわがるとな 死にたくなっちゃう」
村川の死の恐怖は自分の制御下におかれない死に方をするということではないのだろうか?
そんな死に方をするぐらいなら、自分で死んだ方がいい。
自分で死ぬ事で村川は死の恐怖から逃れられた。
これが本作の顛末なのかなあ。
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クライマックスのシ−ン、幸の横をトラックが通り過ぎていく。
その同じトラックが
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村川が乗った青い車の脇を通っていく。
この二人の位置関係を映像でのみ見せる秀逸さ。
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あの道の向こうに幸が待っているのに。
普通なら女性の胸にすがりでもすれば、かすかにでも死の恐怖から逃れられる。
普通の男だったらそうする。
しかし、村川はそうではない。
なぜなら、かれは男の子だったから。


『スカイ・クロラ』
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DVDで視聴。
久々に再見。
先日西尾鉄也の画集を購入した事もあっての再見だ。
好きな映画だし、原作がそうであるように詩的な美しさがある。
川井憲次の音楽がまた良くてねえ。
で、再見して気がついたのだが、本作ではキルドレと呼ばれている子供のまま歳を取らない人間が戦闘機に乗って戦争をする。
キルドレはタバコ吸ったり、バイクに乗ったり、車乗ったり、ビール飲んだり、夜遊びしたり、セックスしたり、戦闘機にも乗るんだけど、つまり成人した人間がやるようなことをするんだけど、ナリは子供というのがポイントの筈なんだよね。
映画でもところどころ
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座っている椅子の大きさとか
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扉の大きさの対比などでキルドレの背丈が小さい事を分からせようとしているのだが、これがちょっと不徹底だったかな。
扉だとか椅子の対比はメイキング本などの解説で意図が説明されていたのでわかるんだが、
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レストランの座席に座ってたり
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車のシートに座ってたりするのを見ると、普通の青年の身長の平均かそれよりちょっと背が高い感じに見えてる。
だから彼らの基地の椅子や扉が大きいのはキルドレの彼らが小さいのではなく、それらが単に大きいデザインの家具だったようにしか見えない。
成長しないというのであれば、椅子にもっと埋まるようにすわるというか、椅子の背もたれの上端に首の位置がくるように設定すべきだと思うのだが、押井守にしては設定がいまいち不徹底だよな。
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キルドレの彼ら、ポルシェに乗ってるんだけど
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これだって見たところやっぱり普通の成人の背丈の人間がシートに収まってるようにしか見えん。
ポルシェがキルドレが運転できるぐらいの小さいタイプの車を出しているという設定でなければこうはなるまい。
子供のような背丈の人間が老成したような思考や物腰なのがキルドレだと思うんだが、これはちょっと作品のテーマをヴィジュアルで表現するという部分では失敗してるのではないかね。
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それにしても、本作って喫煙シーンの多い事。
タバコを吸う、マッチで火をつける、マッチの軸を折るetc...
細かい芝居を巧妙にやってタバコを吸うという優雅さ美しさを際立たせていると思う。
まあ、禁煙団体は目を三角にして激昂するんだろうけど(笑)。
最近のTVドラマとか映画でも喫煙シーンが極端に少なかったり、描写がおざなりになっているのが残念だ。
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機体に黒猫(チーター)の反射防止ペイントを施されたトラクタ型の堂々たる戦闘機。
主人公たちの敵となる"ティーチャ"と呼ばれる<大人の男>が乗っている。
空で"ティーチャ"に会ったら生きて帰れない。
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鼻づらに仕込まれた大型のモーターキャノンと主翼の機銃という重装。
二重反転プロップにターボーチャージャーが不気味な唸りをあげる。
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この"ティーチャ"なる人物は画面には一切登場してこないんだよね。
大人の男の理不尽で暴力的な力強さを戦闘機で象徴している。
どんなに手練れな戦闘機乗りのキルドレ達でも太刀打ちできないという圧倒的な強さ。
それは子供が大人に勝つ事ができないという意味でもある。
しかし、人間の大人はいずれ年老いていき、いつか永遠を生きるキルドレに殺される運命にある。
いつか行われるであろう所謂"父殺し"を遂行して父親の女(母親とは限らない)を自分のモノにする。
それがいつか叶うであろう望みと思いをキルドレたちはつなげていくという物語だと思う。


今週末はヘアカット。

by 16mm | 2016-08-21 18:06 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(4)

『その男、凶暴につき』

先週土曜日に
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生涯初めての(今後行かないというわけではないw)コミケ、コミックマーケット90のために東京国際展示場(東京ビッグサイト)に行ってきた。
いやあ、色々な意味で甘くみてましたわい(笑)。
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まさにリアル『げんしけん』(笑)。
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おそらくオイラも確実にゴミの一部であることは確実にmaybeであろう(笑)。
サングラスをかけてプラカードを持ったネエちゃんが殺気立ってゴミどもの整列を促すその横でオッサンがのんびりした声でアイスクリームを売り歩くようなカオス(笑)。
10時開場だったので8時ぐらいに行ったのだが、すでにシャレにならない大行列。
たしか徹夜で並ぶの禁止とのことだっがた、先頭の方々は本当にその日の始発で来た方々なのでしょうか(笑)。
暑さ対策をまったくしなかったオイラ。
薄れゆく意識の中で
「ここで爆弾テロかなんかあったら世間様からゴミ扱いされている我々キモオタの相当数が消滅してすこしはきれいな社会になるのかしらん」
などと不穏な事を考えているうちに目的の場所に到着。
何を買いに来たかというと
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アニメーターの西尾鉄也の画集を先行発売で手に入れたかったのだ。
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わざわざ暑い中先行発売に行かなくてもいいのだが、コミケで購入すると
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『西尾鉄也のうすい本』なるおまけが付いてくる。
これが目的ではあったんだが実際この冊子の内容はほとんどが今まで見た事があるものの再録だったりした(笑)。
まあ著者の言葉や押井守などが1ページづつゲストで西尾鉄也に関するエトセトラを寄稿してたりもしていたが。
で、メインの画集がA4変形で336ページという超重量級(笑)。
持って帰る人間の身にもなってもらいたい容赦のない重さ。
しかし、内容は期待通りの圧巻なもの。
アニメーターだから当然のスキルなのか、それとも西尾が画力がパないからなのか。
とにかく細く端正な線でのタッチから筆ペンで描いた三頭身のキャラのタッチ。
色のつけ方に至るまでの引き出しというかバリエーションの多さ。
こういうのを見てると多くの漫画家がキャラの描きわけができなかったり、何作も同じタッチでしか描けないというのは画を描くということに対する怠慢ではないかとさえ思えてくる。
アニメーターは複数の作品のキャラクターを描きつつそのタッチを生かしつつ演技までさせる。
オイラからするとアニメーターというのはとことんまで画を描き続ける限り求道的な人たちなのではないかと思う。
多分その中でも西尾鉄也はズバぬけたスキルを持ったアニメーターなのだろう。
西尾鉄也はアニメーション以外でも挿絵やら漫画やらポスターやらをこれまで大量に描き続けてきた。
アニメーターというのは本来観る人間の残像の間にしか残らない画を何百何千と描き続けることが仕事で、その画が如何に手練の極みであってもこのような画集として残ることはかなり少ないケースだ。
アニメーターの多くは一瞬で消えていく画を描き続けるということを納得しているのかもしれないが、オイラとしては西尾クラスのアニメーターがもっとこのような画集を出してくれたらなと思っている。
一部マニアックな作品では"原画集"なる形で書籍になっていたりはするが、もっと"西尾鉄也"とか"本田雄"とか"井上俊之"とかの名前を冠として原画集を出してくれないかしらん。
西尾の画集も多少原画が載ってたりもしたのだが、できればもっと見て見たい。
原画って描いて撮影まで終わったらどうやって管理されているのかわからん。
もしかしたらまとめて廃棄、何て事になっているのかもしれん。
紙で取っとくのが難しいなら電子化してアーカイブにしておく事で後進のための参考になるだろう。
"クール・ジャパン"なんてバカなネーミングでおだて上げているなら国が助成してそれくらいのことはしてもらいたいものである。
西尾鉄也の画集は言うまでもなく最高であった。
画とともに短い西尾のコメントが載ってるのも良い。
邪道なのかもしれないが、画でも写真でも作った人間のコメントが読みたいと思う方だからね。
短くても。
西尾鉄也ってProduction I.Gの執行役員なのか。
アニメーターが普通の会社員のような肩書きを名乗るということの違和感はあるにはあるんだが、それでもProduction I.Gがアニメーターを守ろうという姿勢は肯定的に見るべきだと思う。


今週水曜日、母親の通院の送迎。


いかん。
ちょっと油断してアキレス腱のストレッチをサボると踵骨棘(しょうこつきょく)の症状がでてくるなあ。
どうも最低一週間に一度はやらないとマズイという事か。
慌ててストレッチを始める。


ケニー・ベイカー死去
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『スター・ウォーズ 新たなる希望』製作時の1970年代中盤ではR2−D2を安定してラジコンで動かすことができず、このドラム缶のような筐体の中に人が入って動かしていた。
初見時小学生だったオイラはこの筐体の中に人が入っているとは思わず、ケニー・ベイカーという俳優が操演していると知ってかなり驚いたものだ。
よくよく見ればケニー・ベイカーが操演しているR2−D2は横揺れしながら進んで行くんだよね(笑)。
それがなかなかカアイイ(笑)。
おそらく世界で一番有名で、更に一番好かれたロボットであると思う。
そのロボットの魂が2016年8月13日旅立たれたとのこと。
ご冥福をお祈りいたします。


【SMAP解散】
オイラにとってはオリンピックより、高校野球より、それらの5億倍の関心事である(笑)。
いや、笑い事ではないけど。
だいたいオイラが唯一メンバーの名前がフルネームで言えるアイドル・グループだったからね。
今年に入ってやたらと嵐の露出が多いというか、所謂"嵐オシ"だなあというのは情弱なオイラでも薄々感じてはいた。
まさか解散になるとはねえ。
そもそも解散の原因は?という時の"そもそも"がいつからの事なのかというのは正確なところはオイラには当然わからん。
が、オイラが知る程度の情報で言えば、昨年週刊文春の記事になったジャニーズ事務所副社長のメリー 喜多川によるSMAPのマネージャーである飯島三智に対する恫喝が今回の騒動の原因の一つだと思われる。
週刊文春の記事になる前からジャニーズ事務所ではメリー 喜多川の娘である藤島 ジュリー景子と件の飯島三智とで派閥が存在するという公然の秘密があった。
この辺りは世間話の延長で特にジャニヲタではないオイラでも知っていることだった。
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で、週刊文春でメリー 喜多川は社内の派閥の存在を真っ向否定した上で、しかもそののインタビューの場に飯島三智を呼びつけ、飯島の口からも派閥の存在を否定させた。
こんなやりとりって本来なら週刊誌の記者がいる前でやる事ではないよな。
メリー 喜多川がなぜこんなことをやったかと言えば、明らかに自分の娘の対抗派閥である飯島の存在を意識した上で、公の場で飯島自らの口で自分は藤島 ジュリー景子の対抗勢力ではないと言わせて言質を取りたかったんだろう。
そうでなければわざわざ週刊文春の記者のいる前でこんなパワハラまがいの事はしない。
逆に言えばメリー 喜多川はこういう強行手段に出なければならないほど飯島三智の力を恐れていたんだろう。
同族会社として娘に会社を継がせるには飯島三智の力は大きすぎた。
メリー 喜多川としては週刊文春を使って出すぎた杭を打ち付けたつもりだったんだろう。
しかしね、メリー 喜多川はこの事が飯島のプライドを傷つけたということに頓着してなかったんだな。
しかもメリー 喜多川、SMAPの事を「踊れない」とか言ってるわけ。
ジャニーズ事務所の稼ぎ頭であるグループを週刊誌記者の前でdisる副社長ってのはどうなのよ(笑)。
しかもさ、飯島に向かって自分たちに対抗するならSMAPを連れて出て行けとまで言ってるわけ。
これ社内で漏れ伝わった話ではなく、ちゃんと週刊誌の記事として発信されたものだからね。
自分のところの最も価値のある商品をdisった挙句に出て行けってのはさ、常軌を逸してるとしか思えん。
で、SMAPつれて出て行けと言っときながら、飯島が独立しようとしたら全力で阻止するとかさ(笑)。
そもそもさ、このSMAPってグループは発足当初からジャニーズのお荷物だったっていうよ。
「ユー、やっちゃいなよ」
のジャニー喜多川も半分見放していたのを飯島がマネージメントをするようになって頭角を現した。
だからSMAPのメンバーにしてみれば、苦しい初期に手を差し伸べてくれなかったのにこの後に及んでものわかり良さげにすり寄ってくる事務所の人間をものすごく冷めた目で見てたんだろうね。
"木村の裏切り"とか"中居の木村イビリ"とか、色々言われているがオイラにとってはそれらはどうでもいい。
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「FNS27時間テレビフェス」で明石家さんまが中居正広に昨年末のSMAPの独立騒動についての話を聞いていた。
これ、オイラ文字起こしで読んだ。
文字起こしなので実際に喋った時のニュアンス込みではないので正確に理解できてるかわからぬが、明石家さんまが自分の事を"木村派"ではなく"SMAP派"だとか言ったのを聞いて、おそらく中居は
「木村の味方しながらこっちの肩をもつようなこと言うなよ」
って思ったろうな(笑)。
明石家さんま自体はかなり誠意をもって中居に対して接していたと信じたいが、中居からすれば明石家さんまが誰の味方もしないということは自分の気持ちもちゃんとわかってくれてないと感じたと思う。
この辺りは本当に胸がかきむしられるね。
もうSMAP解散は既定路線なのだろう。
これから年末まで彼らの活動自体にはあまり興味がわかないので、おそらく来年になったらいつのまにか消えていた、って感じにオイラのなかではなるんだろうな。
もうアイドルに関心持つ事もないかもねえ(笑)。
オイラが若造どものアイドルの名前を言えるなんて奇跡のようなもんだと思う。
オイラにとってはアイドルはSMAPだけで一生分足りてるってことかな(笑)。


『先生ごめんなさい 分冊版 : 6』
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AmazonでKindle版購入。
水彩画?での着色か。
相変わらず素敵なカラー画である。
内容は更に謎が追加(笑)。
まったく全貌が見えない。
見えないから期待しちゃうんだなあ(笑)。


『シン・ゴジラ』
ネタバレあります。
なんか世間の9割以上が好意的な感想を持っているような『シン・ゴジラ』(笑)。
宇多丸も褒めてたしなあ。
こうなってくると自分の見方が浅いのかしらんって思えてくる(笑)。
オイラ、気が弱いので大勢に負けて恥も外聞もなくブレまくってw「傑作です」と前言を撤回し翻ってしまうかもしれん(笑)。
ところでさ映画のラスト、活動停止したゴジラの尻尾を意味ありげにクローズアップしていくんだけど。
オイラはまったくなんだか分からんかったが、あの尻尾に人間の顔だか身体だかがくっついてたんだって?
まったくわからんかったけど、さらにそんな怪獣の尻尾に人間云々という意味もわからん?
人間の脅威として恐怖の対象としてのゴジラにそんな人間の成分をが与えられてるってのはさ、どういうことなんだろう?
なんか楽観的な希望でも付け加えようとしてるのかしらん?


『その男、凶暴につき』
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wowowで録画視聴。
エリック・サティのグノシエンヌをアレンジした曲に合わせて手前に向かって歩いてくるビートたけしのカッコよさ。
本作ってビートたけしがフライデーに殴り込みをかけた後に作られたもんで、タイトルにもある"凶暴"というのが件の事件を彷彿させるようなキャッチーさだったと思う。
その当時から大のビートたけしファンだったオイラ。
漫才や俳優や歌手やエッセイや詩などは非常に感心して見ていたのだが、その一方で小説やゲーム制作やプロレスなんかはちょっと勘弁してくださいという感じでズレまくってたかなあ(笑)。
なので、ビートたけしが映画監督やるってのも、かな〜り期待値低めでいたわけ(笑)。
どうせ芸人のネタとしていい加減に映画をつくるんだろうな、と。
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本作のファースト・ショットが乞食のオッサンのアップ・カット(笑)。
なんじゃコリャって思いましたよ(笑)。
いや、良い方の意味での衝撃ね。
それでもオイラ
「いやいやいやいや。これは単に芸人のビートたけしが初めての映画監督として奇を衒ったハッタりをかましてるだけに違いない」
と思って身を引き締めましたよ(笑)。
しかし、そんな気持ちもすぐに杞憂となる。
そのアヴァンタイトルの子供達による乞食への暴行シーン(この子供達もものすごく上手く演じていたと思う)。
子供にボールをぶつけられて乞食が食事をしていた鍋が吹っ飛ぶんだけど、その乞食が大げさに驚いたりする演技はなしなんだよね。
もう当時これだけでもすげえと思いましたよ。
明らかに北野武は監督として意図的にそういう演技を演出していると感じた。
それは今考えると"見た事のないリアリティ"という事の衝撃だったように思える。
現実として見たことも体験したこともないはずなのにここで描かれる映像が嘘ではないと感じさせる力というか。
犯人を追いかけるべき刑事が途中息切れして追いかけるのを止めるとか、犯人追いかける前にアイスクリームなんかを食べてるとか、葬式中にゴルフの練習したり、殺し屋に追い詰められて泣きべそをかく主人公とか、甘党でホモの殺し屋だとかetc...。
それまでのフィクションであるドラマでは描かれなかったそれらは"見たくない自堕落で情けない自分"というものを観る側に突きつけてきた。
その頃で言えばTVでは『あぶない刑事』が終わり、石原プロモーションの
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『ゴリラ・警視庁捜査第8班』が始まっていた頃だ。
所謂、超カッコ良いヒーロードンパチ刑事ドラマだ。
ちなみに上の画像『ゴリラ・警視庁捜査第8班』のものなだけど、こんななりして刑事という設定らしい(笑)。
この手のドラマがあった流れで、常日頃ビートたけしがその手の刑事ドラマをギャグにしていたその延長に本作がある。
刑事だって人間なんだから、四六時中犯人のことばかり考えているわけないだろ、ってなことだ。
逆に言えば石原プロモーション的な刑事ドラマが全盛だったからこそ、そのアンチとして本作が見事にハマッたんだと思う。
本作の特筆すべき点は暴力描写だ。
何度も例に出して悪いが(笑)、石原プロモーションを代表とするそれまでのドラマで行われたアクションシーンというか暴力シーンは謂わば漂白されたというかスタイリッシュでファッション的なカッコよさと、暴力に至らざるをえない<主人公側からの>止むを得ない動機というものが必ず描かれていた。
つまり暴力というのはイケナイもんだけど仕方ないんだよ、っていうね。
本作、『その男、凶暴につき』の暴力描写は、暴力についての言い訳を一切していないところだ。
暴力に良いも悪いもない。
本作での暴力描写そのものは暴力を肯定も否定もしていないんだけど、観る側に暴力というものの底知れない嫌悪を植え付けると思う。
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本作の名シーンの一つであるクラブのトイレで売人をビンタするシークエンス。
この狭くて鏡のある空間での撮影というのもすごいと思うが、ここでビートたけしにヤクの売人役の俳優はマジでビンタされてるわけ(笑)。
途中カットは割ってはいるが描写されているビンタの回数は23発(笑)。
北野武は売人役の俳優にできるだけビンタを耐えてくれという風に事前に言っていたらしいが、この売人役の俳優が監督の想定以上に耐え続けるので「殴られすぎて麻痺しちゃったかな」とビンタしながら心配になったとか(笑)。
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鼻から出ている血はメイクだけどホッペの赤い内出血はマジらしい(笑)。
初見で観た時も本当に暴力の痛さというものが新鮮に感じられた。
言い訳としての暴力の虚しさとか悲しみとかじゃないよ。
もうただただ暴力が痛いということに尽きる。
暴力は暴力でしかありえないという明確なロジックだと思う。
素手で行われる暴力はおそらく殴る側の手にだってダメージはあるだろう。
某俳優が自分の奥さんを殴って
「殴られたオマエより、殴ったオレの方が傷ついているんだぞ」
とかいうヘドが出るほど愚劣なセリフのようなことではない(笑)。
殴った方も手首をおかしくするような具体的で物理的なダメージがあるということにすぎない。
これはおそらく監督の北野武が人生で様々な暴力を受け、自分も暴力の加害者となり、そして暴力というものを心底嫌悪しているからこそ、その嫌悪感をリアルに伝えようとした。
暴力といっても日本で銃による恐怖というものは作り手も観る側もリアリティが保てない。
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銃社会でないとこんなヘッポコな銃の構え方が普通だと思っちゃう(笑)。
なんつーか様式化したダンスのようにしか見えず、これが暴力だという認識を得にくい。
フェティッシュというか一定の格好よさは実現できていると思うが、それが暴力だという風には見えないし、これを制作している人間も暴力の重さというものを表現したいと思っているわけではないだろう。
北野武は暴力を素手で殴るという描写によって暴力というものの身近さを観る側に感じさせることに成功している。
実際本当にあんだけビンタされたらイヤだよな(笑)。
それは当の北野武がやられて嫌なことだということに他ならない。
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後半になると銃の描写も出てくるんだけど、上の画像のように唐突に流れ弾に当たる女の子という描写も怖かったなあ。
このシーン、本当に唐突だからね。
日本で銃の暴力性を出すなら、何の前触れもなく弾丸に当たるという怖さだよなあ。
暴力描写もさることながら、本作って本当に徹底的にセリフを排除して、当時としては信じられないような間をもたせるような演出をしている。
「オイ」
「なあに?」
みたいな、前のセリフに被るようなテンポのせりふではなく、「オイ」と言われたらタバコを一服した後に返事を返すぐらいのテンポの間だ。
考えてみれば初期北野作品は本当にセリフがすくなく間をとった芝居をしていたと思う。
おそらくこの演出がある程度うまくいっちゃったから北野武としてはセリフをもっと詰め込んで間を詰めた作品で成功したいと思うようになったのかなあ。
能力のある人間は成功した同じことを続けることが耐えられないのかもしれん。
本作におけるセリフの量と間が今観ても新鮮に感じられるということは、やはりこの演出は一般的ではないというか、北野武でしか成功しないものなのかなと思う。
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しかし、今再見すると本作ってスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』に雰囲気がにてるよね。
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まったく同じというわけではないし、もちろん北野武がパクったというつもりもない。
このナイフのシーンにしても冒頭の乞食を暴行する子供達のシーンにしても、暴力を如何に描写するかという部分が北野武とスタンリー・キューブリックは似てる部分があるような気がする。
その頃まだオイラは『時計じかけのオレンジ』を観たことがなかった(『時計じかけのオレンジ』が日本で初ソフト化されたのは1991/10/25だった)けど、世代的北野武がその映画を観ていた可能性はあるし、その当時も半分非合法な方法をとれば(笑)輸入版LDは手に入った筈だしね。
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本作で好きなシーンはたくさんあるんだが、この前半と後半のブリッジとも言えるロッカールームのシーンは素晴らしかった。
このロッカーを背にしたビートたけしの構図もカッチョいい。
一点透視図法のシンメトリーな画。
スタンリー・キューブリックみたい(笑)。
ビートたけし扮する刑事が殺し屋を不法逮捕して警察署のロッカールームで暴行する。
で、刑事が一息入れるのにロッカーを開けてタバコを取り出す。
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開け放たれたロッカーの中には
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不穏なブツがあると(笑)。
オイラ不覚にも初見時、このナイフを上手い具合に殺し屋が手に入れてなんかするんじゃないかと思っていたのよ(笑)。
で、次のカットで、
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前から見た時にはものすごくさりげなく腰に手を当ててる刑事だと思いきや、しっかり銃を握っていたというオチが明かされて本当に呆気にとられたよ。
この流れは本当にすばらしく感動的だった。
殺し屋の方も
「だれがそんな手にひっかかるか」
って、刑事も殺し屋も少なくともオイラの予想の遥か上をいくやりとりをしたんだよね(笑)。
このシーンで本作が大好きになったと言っても過言ではない。
本作、劇場公開時に二度観て、LDも買って。
それ以来の視聴ではあるが、おそらくLDで何度も観ている。
で、1989年、今から27年前の作品でありながらまったく色褪せないフレッシュさ。
本当に今観ても完璧な映画だ
これを北野武は監督第1作でやっちゃった。
宇多丸が言うように、まさに映画の神様に愛された人間が作ったとしか言えない映画が本作だ。
演出の周到さというかさ、これはビートたけしがメイキングの本で自ら言っていたことだけど、ビートたけし扮する刑事って
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刑事の時は絶対ポケットに手を入れてないんだよね。
で、後半、刑事を辞めると
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ポケットに手を入れ始める。
人物の心情の移り変わりをちょっとした演技プランで表現している。
更にクライマックス。
殴り合いのような銃撃戦の末、殺し屋を撃ち殺し、実の妹も射殺して踵を返して歩き出す刑事が頭を撃たれて射殺されるんだけど、その射殺の後撃った方にカメラが向けられると
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ものすごく綺麗でまん丸な煙が銃口からでてるわけ。
CGじゃないよ(笑)。
まあビートたけしが歩き出して銃声と同時にたけし自身が弾着のボタンを押して倒れるという一発勝負のカットで奇跡のような煙もフィルムに収めている。
本当にビートたけしって映画の神様に愛されてるとしか思えんよな。
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この射殺されたカットの構図とライティングの力強さ。
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妹を射殺する寸前のこの表情の素晴らしいこと。
改めて本作が傑作だったかということを再認識したね。
映画を勉強するなら非常にいい教材でもあるのではないかな。
セリフまわしだとかテンポだとか。
ライティングも撮影もかなり素晴らしい。
......
が!!!
残念ながら一つものすごく問題があった。
いや、本作の問題ではなく、本作を放映したwowowに、だ。
本作では非常に重要にして絶対に欠かせないセリフがあったんだが、それがwowowで放送されたものでは完全に消されている。
役者がセリフを言っているんだけどその部分だけが音声がOFFになって口パクになってるの。
キチガイ。
このセリフが全部消されてるわけ。
民放の地上波でやった時にはそのセリフのカットを丸々削られていいたんだけど、まさか衛星放送ではそんなことあるまいと思っていたら...。
このキチガイというセリフが暴力の引き金になるシーンもあるので、このセリフがないとなぜあの刑事が激昂したかわからんのだよ。
まさか衛星放送でこんな言葉狩りがあるとは思わないんだ。
wowowの契約解除も考えるほど頭にきたね、オイラ。
なので本作に興味のある人はDVDを買うかレンタルして観ることをオススメします。
オイラは録画したものをBlu-rayにまで焼いたのに頭にきて円盤を足蹴にして割りました(笑)。

by 16mm | 2016-08-19 20:02 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(4)

『シン・ゴジラ』

先週金曜日、会社の残業時間調整で有給で休み。


先週金曜日、朝から銭湯でストレッチ、日光浴。
結構日差しが強かったが週一で日光浴をやってきた所為かある程度紫外線の耐性がついていたので火脹れだとかにはならず。
それでも皮膚の表面がヒリヒリし始めた頃に退散。
チンチンのあたりはタオルをかけているのだが、そのタオルを取って紫外線に晒したら黒光りのまあ豪華なモノになるのかしらん、などと考えてウトウトする(笑)。


先週土曜日、歯のメンテナンスと治療。
なんという部分の歯か分からぬが右上の真ん中辺の歯(笑)。
すでに神経取っているんだが歯の根っこが残っていて、その上に義歯を被せていたのだが、それが取れちゃってた治療をここ数週間やってもらっていた。
その土台となるべきものを建ててもらって、次回その上に義歯をかぶせることになるようなのだが、その根っこもかなりユルユルらしい(笑)。
そこをなんとか被せてくれるようだが、まあそのうち部分入れ歯っぽいものになるのだろうと思われる。
「前から見ても歯がないのがわかりにくい箇所だからないまんまではダメなのか?」
と、いつものように美形で剽軽な歯科衛生士女史に聞いたところ、上の歯がないと下の歯が伸びてっちゃうらしい。
そのた歯が一つないだけで周りの歯ならびが変わっていき、噛み合わせの問題も出てきてエライことになる、と。
治療後、先生と雑談。
やってはいけない動画のデータについて「聞いた話によると」という言い回しで色々教えてもらう(笑)。
次回はお盆休み中の金曜日の予定である。


今週は"山の日"(ずっと"海の日"だと思っていたw)の祝日があるのだが、おそらく出勤予定である。


先週土曜日は8月6日。
オリンピックの開会式の日、などという浮かれた気にならず。
というよりもオリンピックに1mmも興味ないしな(笑)。
日本人なら広島に原子爆弾をアメリカから撃ち込まれた日として覚えておくべきだろう。
その上で浮かれた生活をおくればよい。


『4DXデジタルシアター 』
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地元の映画館に4DXのシステムが導入されたので、まあいい機会だから『シン・ゴジラ』で試してみることにした。
まあ4DXの評判やどんなものかはなんとなく知っていたので、『シン・ゴジラ』だったらこの手のアトラクションにピッタリだろうし、オイラの作品に対する期待値も高くないので今回の体験と相成った。
と言ってもですよ、期待値低めの映画なのに4DXって2800円も取るんですよ奥さん(笑)。
さらに言えば、オイラ勘違いしてたんだが、4DXの画面ってiMaxなみのスクリーンで観るもんだと思ったら、席数が100人チョイぐらいの小さいシアターなのだ。
よくよく考えたらさ、そんな何百人単位の劇場内にある椅子やらなにやらを動かすのは物理的にかなり難しいよね(笑)。
画面の状況に合わせて水しぶきが顔射されたり(笑)風やら煙やら香りやらを観客にあびせかけるなら、比較的こじんまりとした空間であるべきなんだろうな。
そしてまず、通常のシアターのように私物を持ち込むことができない
椅子がグラングラン動くからそれにバックなんかが挟まっちゃまずいということであろう。
オイラ地元の映画館ではシアターの前にコインロッカーがあり、そこに私物を保管していおくようになっている(料金は100円なのだが、ロッカーを開けるときに戻ってくるシステム。つまり無料のコインロッカーね)。
で、特に言われてなかったんだけど、このシステムって途中でトイレに立ったりすることが難しいんじゃないかね
椅子の揺れ方も座っている腰の位置がずり落ちてくるぐらいの動きなのでかなり激しいと思う。
案の定、上映が始まってノタノタ入ってきたバカが一人いて、そいつがガシャガシャとお菓子の入った袋が煩い上に、シートが揺れてるからなかなか座れずシートの前で棒立ち(笑)。
後ろの観客からブーイング(笑)。
そりゃそうだ。
後ろの観客はバカが棒立ちして画面が観えない上にガシャガシャうるさけりゃオイラも殺意が湧くよ。
んで、そのバカは揺れが収まるシーンまで係員に腕を引かれて通路脇に立っていることに。
なんか上映が始まっても係員が二人ぐらいいるみたいね。
更にさ、これも規制の対象にはなってなかったけど、飲み物やポップコーンも跳ね上がるんじゃね(笑)。
飲み物は劇場で買ったものなら蓋つきのストローで飲むやつだからあまり問題ないかもしれんが、ポップコーン抱えてたらどうなったことやら。
そもそも私物が持ち込み禁止なのに食物飲み物が持ち込み可ってのはどーなのよ。
その他、シアター内の仕掛けについて。
水しぶきというかミストが前の席の背から噴出されるのであるが、これは手元のボタンでオンオフの切り替えができる。
メガネに水玉がつくような顔射であるのだが、シアター内が乾燥している所為か比較的すぐ乾いて気にならなくなった。
送風の仕掛けが足元であるとか顔の横だとかにあって、足元の送風は結構気持ちよかったりする。
顔の横の送風は劇中でバルカン砲が撃たれたりすることろでシュッシュッと短く風が吹いたりする。
さらに爆発のシーンではフラッシュが焚かれ、スクリーン近くでがあがったりもする。
ゴジラの足音とシンクロさせてシートが振動したり、戦闘ヘリや戦車が旋回するたびに大きく揺れたり。
遊園地の"コーヒー・カップ"ぐらいの動きの強さを想像してくれればいいかな。
ジェットコースターほどの絶叫的な動きではない。
バルカン砲の掃射の時に背面でゴツゴツとシートが背中を叩く仕掛けがあったりね(笑)。
ところで疑問なのだが、このシステムで行われれる仕掛けは、例えば『シン・ゴジラ』なら庵野秀明の監修で行われているものなのか?
それとも本編の映画とは関係なくどこぞの馬の骨が
「この戦車の信地旋回はものすご〜く揺らしてやれ」
などという勝手な解釈で行っているのだろうか?
これはオイラの考えであるのだが、映画を観るということは受動的であらねばならないということだ。
徹頭徹尾、その映画を作った映画監督の思想なり世界観なりを観る側が受け止め、それに同意したり反感をもったりして楽しむのが映画。
なので肯定的であれ否定的であれ、映画を製作した人間以外が勝手な意図で足したり引いたりしてはいかんと思うのだよ。
画面との臨場感を上げるために一瞬でも画面が観えなくなるフラッシュの効果や、若干スクリーンに影を落とす煙など、映画を製作した庵野秀明なり樋口真嗣なりが演出として設計したものであるならまだしも、映画とはまったく関係ない人材が勝手に観る側の印象を操作するなんてことはあってはならん。
その昔、短編映画で物語の分岐でどちらに進むかを劇場にいる観客に手元のボタンを押させて多数決で決めていくというものがあったが、それはもはや映画ではない。
演出家がどうしていいかわからないから多数決で決めてくださいなんてのは映画として物語自体をあやふやにしているだけだ。
映画というのは、映画を作った人たちが自分たちが作ったカッチョいい映画を「どうだ」と言わんばかりに観客に見せつけることであり、観客はそれを「カッチョいい」とか「カッチョ悪い」とかの感想を持つ権利があるだけで、カッチョ悪いから観客であるオイラがカッチョよく編集し直してやろう、などというのは言語道断なわけ。
今回の4DXについても、普通のシアターで落ち着いて観ていたら余韻に浸れたり、台詞を観ている時に反芻して楽しむこともできたかもしれないのに、シェットコースターに乗ってる状態では映画を落ち着いて観ることはできんだろう。
今までの映画体験というのとは異質なものであるということは言える。
こういうのはたまにしか映画館に行かない人が、"映画館に行った"という印象を強く残したい為のアトラクションだと思う。
オイラとしては今後この手の仕掛けにフィットするような映画があったとしても、通常上映のシアターで観ることにするだろう。
4DXはオイラが望む映画館での映像体験とは別のものであり、オイラにとっては無くてもいいものだということだ。


『シン・ゴジラ』
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ネタバレあります。
『シン・ゴジラ』をこれから観るつもりの人は読まない方が良いと思います。
とりあえずフラットな心持ちで観た方が良いです。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
4DX鑑賞。
早々に言っておくが、面白かった。
最低限入場料分の価値はあります。
ただですね、ひっじょうに面倒くさい話ではありますが、この面白かったというのは他人様から
「『シン・ゴジラ』ってどうよ?」
って聞かれたら
「面白かった。入場料は無駄になんないよ」
とは言う。
世間的な評判もすごぶる良さそうだしね。
しかし、好きな映画かと言われれば、
「好きにはなれなかった」
と応えるだろうね(笑)。
ね、面倒くさいでしょ(笑)。
面白かったところをツラツラと上げていくとなんといっても
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市川実日子がいいねえ(笑)。
キリっとした面構えの知的さと真面目さ故の無愛想さ。
環境省の課長補佐だとかの役。
上映中ずっと仏頂面だったんだけど、最後の最後でちょっとだけ笑顔になるというのも良い。
市川実日子がすごくカッチョよくてねえ。
彼女だけでも観る価値はあったかなあ。
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それから、某友人にクリソツだと思っている(本人はどう思っているのか知らんw)津田寛治。
劇中で集められた異端者の集まりは皆個性的で良い顔してるんだけど、その異端で良い顔で良い演技をしていたのが津田寛治かな。
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生物学者役で映画監督の塚本晋也。
この人、映画監督でありながら役者もやってる人なんだけど、やっぱり存在感のある良い顔だよな、昔っから。
そういう意味ではキャスティングは部分的であれかなり良い感じだと思う。
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ヴィジュアルも実景とミニチュアを上手く取り入れつつゴジラの巨大感を出す工夫は素晴らしかった。
上の画像もそうだが、カッコいいアングルでカッコよく映像にしている。
庵野秀明と樋口真嗣の真骨頂ともいうべき能力の高さ。
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土手に自衛隊の戦車を並べて、ターレットを動かし、信地旋回し、キャタピラが音を立てて動く様の燃える事よ(笑)。、
ミリタリーが好きで詳しくて、動かした時の格好良さを知っている人間だからこそできた映像だ。
「自衛隊を使った戦争映画みたい」
と本当にワクワクしましたですよ。
と、ここまでは面白く感じた部分ではあるんだが、それは観る前に本作の期待値がものすご〜く低かった所為もあるんだよね。
そもそも
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この本作での総監督(この名称も勿体つけて非常にイラっとするのだがw)である庵野秀明。
出自はメカニック専門に突出したアニメーターだった。
このメカニックの描写の凄さは『王立宇宙軍』の作画で残っている。
メカニックは素晴らしい反面人間が描けないのに『トップをねらえ!』ってアニメで監督やって、オイラなどは絶対つまらないとタカをくくってたら、コレがかなり面白かった(笑)。
んで、その後色々あって『新世紀エヴァンゲリオン』で
「コイツ、ホンモノだったんだ」
と、オイラを含めたボンクラなオタクに衝撃を与えたわけだ。
で、その後調子に乗って実写映画を3本撮る。
一本目は出演者全員が黒歴史にしていると思われる(笑)『ラブ&ポップ』。
村上龍の原作小説を翻案した映画なのだが、コレ、オイラ結構好きなんだよね。
ものすご〜く気持ち悪いことをカッコよく映像にしているなかなか良かった。
で、その後、『式日』と『キューティーハニー』なのだが、『式日』なんて映画監督の岩井俊二が主演してるし、『ラブ&ポップ』の後なのでかなり期待していたら本当に殺意が湧くほどくだらなく(笑)。
DVD購入した翌日に売りにだしたわよ(笑)。
簡単に言えばバカが押井守の真似をして失敗してるような映画というべきかね。
もう一人
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本作の監督・特技監督といういったい総監督とどっちに演出の主導権があったのかわからん肩書きの樋口真嗣。
この人はもともと特撮監督としてかなり優秀な仕事をいくつもこなしてきた。
そういう意味では架空のものをリアリティを出して映像にするのがとてつもなく上手い。
ただここ数年劇映画の監督をしているんだが、面白いのもあるんだけど、それを帳消しにするような実写版『進撃の巨人』で思い切りメッキが剥がれちゃった(笑)。
とまあ、演出にこんなどうしようもない奴らが二人だったわけで期待値も下がろうってもんだ(笑)。
だいたし本作のタイトルである『シン・ゴジラ』の"シン"って何?
樋口真嗣のシンか?
この"シン"って"新"でも"真"とでも取れるようにのタイトルなんだろうけど、ものすご〜くあざとく感じた。
勿体つけてる割にはおそらく意味なんてないんじゃないかね。
なんか意味深に勿体つけたほうがカッコイイんじゃないか、というさ。
さらに言えば
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この最初に出たコピー。
現実とか虚構とか、いつの時代の押井守だよ(笑)。
映画でゴジラが虚構ならその世界観の中にいる日本だって虚構だろう。
映画で描かれていたような日本が現実なら虚構であるゴジラとでも戦っていける、と思っているならかなりおめでたい。
本作の閣僚やら官僚の描写がイラっとするぐらい呑気なんだよな。
内閣総理大臣臨時代理とやらが話し合いかなんかが長すぎて
「ラーメンのびちゃった」
なんて呑気なこと言ってるわけ。
東日本大震災でも熊本地震でもまともに食えない人がいて、そういう人からすればのびたラーメンだって腹の足しにするわけで。
オマエなに、地震以上の災厄であるゴジラが来てる時にラーメンがのびたのなんだの言うわけ。
そもそもその非常時に一杯のラーメンがどうやってそこにたどり着いたかを思いめぐらすこともできないほど緩んでる。
出てくる若手の政治家や官僚なんかのセリフもさ、将来キミが大統領でボクが総理大臣、だとか、幹事長でいいよ、とかさ、とてつもない災厄のなかであっても権謀術数ができるのが政治家だとでもいいたいのかね。
こんなダラけたのが"現実<ニッポン>"だとしたら"虚構<ゴジラ>"に食われちゃえばいい。
映画の製作者達は現実が虚構を打ち負かすことを想定しているんだろうけど、オイラはまったく太刀打ちできてないと感じる。
クライマックスでゴジラをビルの瓦礫の下敷きにして動けなくなったところを建設機械的なポンプ車を動員して、血液凝固剤をそのポンプ車からゴジラの口に経口投与するというアっとおどろくバカげた作戦をするんだけどさ、そもそもゴジラが通っただけでも相当な瓦礫のある街中でしかもゴジラを動けなくするためにさらにビルを爆破してるわけじゃん。
車がとてもじゃないけど通れないような瓦礫まみれのはずだよ。
建設重機の車両といえどもさ、その瓦礫のなかを迅速にかいくぐってゴジラに到達できるわけないじゃん(笑)。
でも普通にポンプ車がゴジラのところについて作業するんだけど、最初の投与では足りなくて、そばにいた車両全てがゴジラによって薙ぎ払われるわけ。
このバカな作戦の責任をちゃんととるんだろうな(笑)。
とにかくさ、上手くいってるところもあるんだけど、リアリティーのレベルがちぐはぐすぎる。
たとえば戦車にしたって、通常運用なら戦車って現場まで自走することはないんだよね。
戦車を乗っけるキャリアで現場まで運んでいくもんだと思うんだけど。
この辺りの描写って押井守の『機動警察パトレイバー 2 the Movie』ではきちんとやってるんだけどね。
戦車を土手に配置してリアリティをだしておきながら、それに付随する要素はおざなりにしている。
オイラとしてはそのリアリティを出すならもう一つ要素を足すべきだという部分が足りてないから、やりっぱなしで嘘くさく感じちゃう。
前述した"シン"問題にしても劇中で使われる景気の良い音楽が

伊福部昭の『宇宙大戦争マーチ Battle in Outer Space』だったりするわけ。
そりゃ名曲だから気分はアガりますよ。
絶対アガる曲だからさ。
結局昔のものに頼ってるだけで、フレッシュさがまったくない。
一事が万事、こんなありさまでどこが"シン"なわけ?
この使い方もクラッシック的な曲を上手く使っているだろうオレ、みたいな気分が見え隠れして本当にムカつく。
オイラは庵野よりは歳は下だけど、この曲知ってるからね。
だから他人の褌つかってるようにしか見えんわけよ。
新しい曲で盛り上げてみろよ。
岡本喜八監督を写真でだしたのも
「この人誰だか知ってる?」
ってな感じで出してるのが見え見え。
とにかく庵野秀明の頭良さ"気"なところが本当に鼻についてさ。
どうやっても押井や宮崎駿にはなれないんだからさ。
バカなオタクがバカなりに誠実に映画をつくりました、という体であった頃の『トップをねらえ!』を監督した時に戻ってもらいたいと切に願う。
というわけで本作、Blu-rayを購入することもないだろうし、再見することもないであろう。

by 16mm | 2016-08-07 22:14 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(4)