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『無限の住人』『3月のライオン 後編』

『無限の住人』
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ネタバレあります。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
観てきた映画の感想を書く前に、自分なりに原作コミックの方についての覚書を書いておく。
原作コミック『無限の住人』は原作者の沙村広明のデビュー作。
1993年のアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞したのが『無限の住人』。
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この受賞作は読み切りとして掲載された後、連載となった。
オイラはこれを掲載時に読んでおらず、単行本になってから読んだのだが、上の画像の画は四季大賞受賞の記事で見てはいたのだ。
言うまでもなく無茶苦茶な激ウマな画ということはこの画一つでわかったが、それよりも明らかに鉛筆で描いているのがわかり、いよいよ漫画はペンで描かなければならないという箍がはずれたのだなという、表現の拡大を感じ入った。
ま、しかし、鉛筆で上手く描くというのは結構なハードルの高さであるということも認識していた。
この沙村広明のデビュー作が1993年から2012年の約二十年に渡り掲載され続け、物語が紡がれてきた。
単行本で全30巻である。
ところでオイラが原作コミックの覚書を書こうとした理由に単行本第30巻の最終回の一コマ。
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主人公の万次が逸刀流と関わり、逸刀流が無くなって90年の月日が流れ、時代は廃刀令が発せられた明治時代。
オイラが蒼臭いガキだった頃から加齢臭な中年になるまでの20年を読み続けた濃密だったドラマ。
読み手のオイラにしてみれば非常に特別なドラマを長きにわたって体験してきたという興奮があるし、登場人物のヒロインである凜にしたって彼女の一生で忘れることができない体験である筈の、それほど重いものだと思っていた。
しかし、上の画のセリフのように万次はそれをほとんど忘却の彼方においやっているんだよね。
ここでちょっと約20年の月日の単行本全30巻の物語が劇中でどのくらいの時間だったのかを調べてみた。
以下。
01巻 7日
02巻 2日
03巻 2日
04巻 2日
05巻 2日
06巻 2日
07巻 3日
08巻 2日
09巻 3日
10巻 6日
11巻 3日
12巻 3日
13巻 7日
14巻 2日
15巻 9日
16巻 32日
17巻 9日
18巻 1日
19巻 0日
20巻 1日
21巻 15日
22巻 4日
23巻 1日
24巻 1日
25巻 1日
26巻 2日
27巻 1日
28巻 2日
29巻 0日
30巻 90年
間違ってるかもしれないけどそこそこ正確ではないかなと思う。
30巻目を除くと125日。
約4ヶ月。
20年間体験したあの濃密な事柄が一年にも半年にも満たない期間の物語だったという驚き。
凜との関わり、尋常ではない狂気を宿した尸良 、天津影久との死闘、etc......
普通の人間なら良くも悪くも濃密な人生として記憶に強く刻まれたまま一生を終えるほどの体験であっても、永遠の生を仕組まれた万次にしてみれば長く生きてきた中の一瞬の体験でしかなかったわけだ。
どんなに濃密な体験をしても次の10年で新たな事を経験することで記憶は上書きされ奥底に沈んで行く。
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万次の体験を要約すれば、ジョン万次郎になったり吉田松陰になったり新撰組に因縁をつけられたり(笑)。
『無限の住人』の体験ですら相対的に印象が薄くなっていくような事を数限りなく経験してきたのだ、万次は。
それこそさ
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"I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I've watched C-beams glitter in the dark near the Tannhauser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in the rain. Time to die. "
『ブレードランナー』のロイ・バッティーみたいな体験をし続けていた、ということだよな。
だから読者の勝手な思い込みとして忘れるはずがないだろうと思っていた
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凜についても忘れてる。
乙橘槇絵がいて、凶戴斗いて、百琳がいて。
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百琳姐さんなんてさ、産まれた子供とどう接したんだろう、なんて事ですら些細で瑣末なことでしかなかったかのように時の流れの中に埋没していった。
吐鉤群がいて、天津影久がいて、そして凜がいて......。
時の流れの中に消えて行くには忍びない人間たちがかつていたわけなのに、それが消えて無くなって行くという現実のなんとも言えない物悲しさ。
なんか最終回の万次の表情とセリフを見るにつけ、とてつもない無情さを感じた。
もしかしたらそれが本作のテーマだったのかもしれない。
不老不死というのはありえないけど、歴史を学ぶというのは時の流れを俯瞰するということで、一種の神の視点で見ることになる。
神の視点ではあるけれど見るのは明らかに人間なので、例えば1600年といえば関ヶ原の戦いがあった年として受験なんかでは暗記させられるが、言うまでもなく1600年という年は関ヶ原の戦いだけの年ではないのだ。
大阪の商人の助左衛門さんの家に初孫が生まれた年でもあるかもしれない。
もし神なら、まあ神とは言わず
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Dr.マンハッタンなら(笑)1600年を関ヶ原の年と認識しつつ助左衛門さんの初孫のことも分かり、さらに地球から遠く離れた銀河で超新星の爆発が起こった、なんて事象の全てを認識できるかもしれないけど、人間は歴史を大雑把にしか把握できない。
すくなくとも日本人にとって1600年というのは関ヶ原の戦いのあった年でしかない。
つまり如何に存在が大きかろうと吐鉤群も天津影久も大きな歴史の捉え方の中では抜け落ちて行く存在なのだ。
そうとしか認識できないということの無情を、オイラは原作コミックの『無限の住人』で深く感じ入ったのだ。
ただ、それを踏まえた上で原作コミックは最後の最後でセンチメンタルとも言える展開をしてくれる。
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最終回でこの小刀が出てくるわけよ。
これって
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単行本21巻で逸刀流の女剣士から凜に託された小刀だ。
単行本21巻の伏線を最終巻で見事回収したのだ。
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最終回にこの謎の女の子(笑)によって万次もたらされた小刀には
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前述の”離れても再び会う”の紋様に、炎が卍を包んでいる意匠が彫り込まれている。
これが誰によって彫り込まれたもので、女の子が誰なのか。
言うまでもあるまい。
記憶や想いが時の波間に消えることなく、遠く隔たれた二人が再会した。
いや〜もう泣けるね。
宮部みゆきの『蒲生邸事件』同様、遠く隔たれた二人が再会する道具立にオイラは本当に弱いは。
確実にある強い無情さを飛び越えてくる意思だとか想いというものが時を超えて伝わることの見事に描いてる。
すげえ。
ちなみに蛇足だが
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凜によってとどめを刺された天津影久だが、運ばれた船の船員が
「没死」
って言ってる。
これって「死んでない」って意味だって事を最近知った(笑)。
いやはや。
とことん感性と教養を試される作品であった。
『無限の住人』原作コミックスは傑作と言わずにはいられないね。
......
で、前段が長くなったが劇場で観てきた
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三池崇史監督作。
木村拓哉主演映画『無限の住人』である。
最初に言っとくと思ってるほど悪くはなかった
なんだかんだ言って木村拓哉はすごかったよ。
すげえよかった。
本作ってほとんど斬り合いメインのチャンバラ映画なんだけど、木村の殺陣の足腰の力強さというかまったくブレずに迫力あるアクションを見せてくれた。
主演俳優の面目躍如というかね。
主演のつとめはきっちり果たしている。
ただ後述するがこの木村拓哉がきっちりしているというのが実に諸刃であったなと感じた。
木村に比べて
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天津影久演じる福士蒼汰や乙橘槇絵演じる戸田恵梨香などは、原作コミックを知ってる者としては全く納得できない演技や雰囲気だったな。
特に福士蒼汰。
彼は木村と違って下半身ブレまくり。
まったく強そうに見えないんだよ。
さらに強そうに見えない、リアリティが感じられないものに衣装が妙に小ぎれいすぎるとか、武器の質感がおもちゃ見たいだとかがある。
キャスティングが異様に無駄に豪華なんだよね。
例えば伊羽研水役が山崎努。
劇中でそうだったように伊羽研水と天津影久のエピソードって完全に端折られているのに、何故出したの?
吐鉤群にしても原作に比べてものすごく軽い。
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尸良がいて百琳がいて偽一 がそれなりの雰囲気で出てきてもほとんど活躍しない。
原作に出てきた登場人物をだいたい網羅しましたよ、って言ってるようなもんでさ。
原作ファンとしては尺の問題で活躍の場がないんなら出すなよってこと。
登場人物で木村に次いでよかったのがまったく期待していなかった
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凜役の杉咲花。
多少声が裏返るけど迫力ある絶叫は非常によかった。
まあオイラが観て木村拓哉以外なら杉咲花は唯一良かったキャストだと思う。
本作編集は上手いと思うんだけど脚本が微妙なんだよな。
悪くはないけど脚本微妙。
で、この映画の問題点はなにかというと、ものすごく矛盾なんだが木村拓哉なんだよ(笑)。
とにかく映画の全ての要素、演出、セリフ、キャスト、等、すべてが木村拓哉を目立たせる要素になっているわけ。
演出という意味では木村演じる万次はベストではないけど原作好きなオイラが観ても結構イケてると思うわけ。
ただ万次に匹敵するような登場人物である天津影久とか乙橘槇絵なんかは本作だと人物像に対するアプローチがものすごく浅い。
原作を知ってるオイラからすれば乙橘槇絵の死に様なんて原作と対して変わらないんだけど、そこにたどり着くまでのストロークが短すぎる。
しかも木村以外のキャストは人物像の心情をとうとうとセリフに出して言ったりするわけ。
モロに説明のためのセリフっていうかね。
全てが木村拓哉を盛り立てるためになされたもので、それ以外が本当におざなりな印象。
ただ前述したとおり、木村拓哉がものすごく完成度の高い演技をしちゃってるもんだから、ある意味"木村拓哉ショー"としては完璧なんだよね。
だけど他の役者とのアンサンブルとしての劇映画としては木村一人目立ちすぎという風にしかならない。
木村拓哉としてはこの時期ってSMAPのゴタゴタの真っ最中だったはずで、それでも全くブレずに映画の主演の責を果たしたと言える。
映画の主演の責任は果たしたけど、『無限の住人』という作品の映画としてはかなりボロボロだと思う。
前述した百琳と偽一なんて最後のアクションに出てきたのに、最終的には死んだのか生きてんのかわかんないで終わったからね。
これは木村拓哉の問題というよりも、木村を演出できる豪腕な映画製作者がいないというのが現実なんだろうな。
今の木村って極端な我をとおさないけど立場的に織田裕二と同じ感じになってないかねえ(笑)。
多少事前に分かってはいたが、残念な映画であった。


『3月のライオン 後編』
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ネタバレあります。
先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
実写映画『るろうに剣心 』の監督っぷりでオイラのなかで距離をおいた(笑)大友啓史。
前編後編を通して観てやっぱりすげえ演出家なのかもしれないと、ちょっと襟を正した(笑)。
面白かった。
実に良い映画だったと思う。
役者の演技、脚本、映像。
ものすごく丁寧に作られていた。
大友啓史だから映像褒めてもしょうがないかな。
零の住むマンションから見える夜の川がねえ、ライトの照り返した火のように見えたりしたとかはまあ大友啓史だから普通にやるよな(笑)。
普通の演出家はやらないだろうけど。
本作は脚本が良かった。
前編と違い、コミックではまだ完結していない物語を終わらせるために、原作コミックとは違う展開をかなり盛り込んでいる。
原作のエッセンスを壊さずにセリフや展開を変え、順序を入れ替え。
ものすごく複雑なパズルのような組み立てをしていると感じた。
しかもそのパズルを完全に感性させた。
例えば原作でも血が沸騰するような川本三姉妹の父親の話が後編で出てくる。
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伊勢谷友介がなかなかのクズっぷりを見せるわけだが(笑)。
この父親との決着も原作コミックと違う。
原作コミックでは川本三姉妹が零の力を借りて父親と別離をするんだが、映画版では零を関わらせず三姉妹だけで決着をつける。
その三姉妹と父親との決着と同時進行で零は宿敵の後藤と対決している。
これだけでも相当に複雑な流れだよな。
しかも本作では川本次女のいじめの問題まで描いている。
その感じが過不足なく描かれているばかりか、”勇気”を持つということへの肯定的なメッセージが力強く込められている。
この部分で言えば実写版の『無限の住人』は足元にも及んでいない。
原作コミックでさえどう言う終わり方をするのかわからないのに、映画はある種のハッピーエンドになっているしね。
後編、いきなり神の子供である宗谷冬司との勝負からはじまるからね。
宗谷と零の勝負がクライマックスだろうと思ったら違ってた。
これはアレだな、Blu-rayで再見してちゃんと感想を書こう。
傑作でありました。

by 16mm | 2017-04-30 22:35 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『ケトル Vol.36  2017年4月発売号』『ヴィンランド・サガ(19)』

先週末で言うと『3月のライオン 後編』『美女と野獣』『バーニング・オーシャン』と観る予定の映画が三本あったのだが、都合がつかず観れなかった。
この時期映画を次週にもちこすと更に観たい映画が増えて行くという(笑)。
今週末は『無限の住人』だ。
ただGWになるので多少時間も融通できるであろう。
それでもGWは通院などで忙殺されそうな予感(笑)。
『バーニング・オーシャン』はマーク・ウォールバーグが出ていて気に入らないのだが、まあジョン・マルコビッチだとかも出てるしね。


先週土曜日、ヘアカット。
ヘアカットはいつものようにとどこおりなく進んだのだが、問題はカラーリング(笑)。
以前は現在ニューヨーク在住のスチャラカ美容師がオイラのカラーリングをしていてくれてかなり気に入っていたのだ。
が。
そのスチャラカ美容師がニューヨークに渡ってしまい、残った彼女のカラーリングのレシピが無茶苦茶いい加減で(笑)。
前回そのレシピ通りにやったら髪の毛真っ青(笑)。
どうやら件のスチャラカな彼女はレシピをベースにその時々で思いつきで薬剤を調合していた模様(笑)。
当然思いつきの目分量なのでレシピには乗らず(笑)。
で、オイラ、実はこのような事態を割と肯定的に受け止めている。
どんな仕事でもそうなんだが、現場から離れて利益追及に走り始める会社の経営層は、どんな仕事でも誰でもできるようにしておくように、などとお達しを出して強制するんだが、いわゆる仕事を標準化するなどというのは理想であり幻想で、実際は不可能だと思っている。
ヘアカラーの調合だって季節や客の頭皮の状態などその時々の判断で標準化したレシピからの微調整が必要になるということだ。
この季節で客の頭皮がこうだったら薬剤の調整はこうだ、などというレシピは書いたところで読むのも億劫なほど詳細で長いものになるのは目に見えているし、書くほうだってどう書いていいかわからんだろう。
その標準化したレシピからの"ゆらぎ"を的確に作るのがその人の経験値やセンスというものになる。
高い金を出して客に不満足だとクレームをつけさせないよう、レシピはある程度必要であるのは間違いではない。
が。
その”ゆらぎ”というものを楽しんだり人にやってもらう際において寛容さというものも必要なのではないかね。
あくまでもやる人間に悪意がないということが前提であるけど。


本日日曜日、銭湯に寝湯日光浴ストレッチ。


『吉田豪:「ガンダムの生みの親」漫画家 安彦良和 の本性を語る』

YouTubeにて。
概ね
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『原点 THE ORIGIN』に載っていた部分と被る。
特に宮崎駿に対談を断られた件だとか(笑)。
オイラは本や風評でしか知らないのだが、『ヤマト』の西崎義展という男を肯定的に見れないのだが、安彦自身は西崎を憎からず思っていたようだ。
アトムが描ければ、アニメができればタダでも描く、なんて言ってた子供のような集団だった当時の虫プロの中にいて、西崎は安彦にビジネスという部分で大人の黒い部分を見せてくれた人間だと言っていた。
おそらく安彦はその部分で西崎に引っかかったんだろうね(笑)。
西崎がアニメーターを眠らさないで働かせるために所謂”眠くならないクスリ"を配ってたというのが笑えた(笑)。


覚書
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写真家 中村 成一写真展「dewy(デューイー)」


先週『dマガジン/ドコモ』‎
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『週刊新潮2017年4月27日号』を読んでいたら
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大友克洋が日本で開催されるブリューゲルの展覧会に合わせて独自の『バベルの塔』を描いたというグラビア4ページカラーでの特集が載っていた。
大友のバベルといったら
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1984年発売されたCanonT70の広告イラスト。
今から今から33年前に描かれたこれだよ(笑)。
今見てもスゲェ。
カッコいい。
で、33年後の現在、大友が描いたバベルなんだが......
......
Canonに許諾をもらって33年前の画を出した方が良かったんじゃないかねえ。


『ケトル Vol.36  2017年4月発売号』
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AmazonでKindle版購入。
『ブレードランナー』の特集である。
ちょっと気合の入った『ブレードランナー』ファンなら読んでいるであろう
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『メイキング・オブ・ブレードランナー ファイナル・カット』なる分厚い本をオイラもすでに読んでいるので、そこに書かれている以上の情報はなし。
しかし『ブレードランナー』初心者にはいいかもしれん。
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"I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I've watched C-beams glitter in the dark near the Tannhauser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in the rain. Time to die. "
......
もうなんつーか、言葉にならない名セリフだよな。
年々このセリフの凄みが確信に変わって行く。
SFであり哲学であり、人間を非常に端的に言い表しているというかね。


『ヴィンランド・サガ(19)』
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AmazonでKindle版購入。
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トルケルを肯定できるとしたら、力だけが正義であり、強いものこそが正義であるという部分を隠さないところだ。
こいつには話して丸く収めようなどという理屈は通らない。
トルケルの前で理屈を言い出したら、瞬間的に殺されるだろう。
というと、では世界は力と暴力で簡単に支配できそうだが、そういう人間も年齢とともに衰える。
老いればどんなに強かった人間でも大勢の若者に袋叩きにされれば死ぬであろう。
為政者は老いた時、力がなくなったと実感した時に、法だの憲法だのを持ち出して老いた自分を守ろうとする。
法や憲法はなにも弱者のためではない。
しかしトルケルは自分が弱くなった時に殺される事を恐れない。
というか、自分が老いて弱くなることを想像できない。
弱くなったら殺されるだけだ。
トルケルはこの考えをブラさないで死んで行くように感じられる。
それとトルケルは必ず戦の前線で戦うんだよね。
戦争は、ボスが殺られたらおしまいになる事がおおいわけなので、ボスは後衛にいるもんだ。
だけどボスが後衛にいると戦況が見えないから適当なことしか言わずに、それこそ兵隊に命があるものだということを全く考えなくなるもんだ。
そういう意味でもトルケルは好感が持てる。
兵隊より前に出て戦うんだから。
所詮、戦争などというものに賢いも愚かもないんだからね。


本日はこの辺で。

by 16mm | 2017-04-23 20:53 | | Comments(2)

『町山智浩の映画ムダ話47 』『モアナと伝説の海』

今年は思ったほどではないなと油断していたら先週末から結構な花粉アレルギー発症(笑)。
くしゃみ鼻づまりに鼻水。
毎年この時期には治る方向だったと思うのだが。


本日日曜日、クーラーの清掃。
しっかしすげえな。
空気清浄機のモードを切ったら途端に鼻がムズムズし始めた(笑)。
空気清浄機ってちゃんと仕事をしていたのね(笑)。


本日日曜日、銭湯に日光浴、寝湯、ストレッチ。
本日から踵骨棘防止のストレッチを左右両方やることに。
今までは踵骨棘が発症していた左足しかやってなかった。


本日日曜日、シーズンオフでお役御免とした革コートの汚れを落としてオイルを塗ったくる。
ブーツのメンテまでやりたかったがそれは次回に持ち越し。


『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』日本版予告編1

ものすごく巧妙に編集されていて、この予告編だけだと全貌が全く見えないという(笑)。
いくつかの日本語訳で最後のルーク?のセリフが
"ジェダイが滅びる"
という訳があったんだけど、オイラはこの予告編にある
"もうジェダイの時代ではない"
という方が好きかな。
どっちが正しい訳かはわからんのだが。


『町山智浩の映画ムダ話47 』
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町山智浩の音声解説を購入。
ルパート・サンダース監督『ゴースト・イン・ザ・シェル』。
町山の解説を聴いたら更にこの映画が嫌いになった(笑)。
日本にいるとわからないアメリカの社会状況を分かりやすく解説しつつ本作の問題点を的確に突いてきている。
ホワイトウォッシュ問題に関すること。
原作や押井守の映画にあった人間か人形かの葛藤を描かない理由など。
本作を多少とも肯定的に見ていたが、なんかヤな映画にしかみえなくなった(笑)。


『ぼくらが旅に出る理由』
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iTunesで購入。
待ちに待ったMistera Feo (ミステラ・フェオ)のRINKUが歌う『ぼくらが旅に出る理由』
ずっとYouTubeで聴いていたのをやっと購入してヘビロテ。
歌い手が変わることによって印象がガラッと変わるもんだというのを非常に分かりやすく理解できた。
Mistera Feo (ミステラ・フェオ)のRINKUの歌い方と『龍の歯医者』という作品のマッチングがすばらしい。


『猫のお寺の知恩さん(3)』
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AmazonでKindle版購入。
女っ気のないオイラのオアシス(笑)。
ヒロインの知恩さんも
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昼間陽子ちゃんもイイなあ(笑)。
男より柄の大きな女性を、男向けに魅力的に描くことに作者は長けていると思う。
前作の『富士山さんは思春期』なんてまさにそうだったもんな。


『まんが親(5)』
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AmazonでKindle版購入。
本巻でおしまいとのこと。
自分の子供のことを成人まで描き続ける漫画家もいるなかで、おそらく人気作であろう本作を終わらせるというのは職業漫画家としては悩みどころの決断だったのだろうな。
とりあえず面白かった作品だったのは事実である。


『夫のちんぽが入らない』
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AmazonでKindle版購入。
今年の早々ぐらいからだったと思うが、結構話題になっていた本。
kindle化されるのが分かっていたので待ちに待ってましたという感じ。
まだ読み始めたばかりであるが、一人称で綴られる文体で深刻な問題ながら読み手には軽く読めるようになっている。
すくなくともオイラはスルスルと読めている。
刺激的で、なおかつ深刻な問題をはらんだ魅力的なタイトルに値するような内容でありますように。


『カーズ/クロスロード』

劇場でこの予告編を観てひっくりかえった(笑)。
この予告編では『カーズ』での可愛い顔が一切描写されないから、ただただハードな映画として期待される。
オイラは必ずしも『カーズ』のシリーズが好みというわけではなかったが、この予告編のようなテイストならすげえ期待する。
......
まあ、こんな感じにはならないだろうけど(笑)。


『モアナと伝説の海』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
2D吹き替え版。
スルーするつもりだったが会社の同僚のオシで観ることになった。
ここ数作のディズニー&ピクサーの映画では面白かった。
本作はピクサーではなくディズニーの映画だけど、親玉がジョン・ラセターなのでクオリティー・コントロールはきっちりなされている。
物語の伏線の回収など、あきれるほど丁寧な作り。
モアナの祖母とエイの関係だとかね。
後、神と悪魔、というか聖と邪がコインの裏表であるという思想をアメリカの映画としてはめずらしく描いているなと感じた。
アクションもCGも高水準であり、観ている間ワクワクできた。
が。
これはオイラの言いがかりといえばそうなんだが、その一点でオイラはどうにもこの作品を心底好きになれない。
まあ趣味の問題だ。
島の長であるモアナの父親が、島の珊瑚礁の外には行くな、とモアナに言って聞かせる。
若者が未知の場所を目指そうという気持ちとそれを押しとどめようとする親。
この図式はわかるんだが、最終的にはモアナは珊瑚礁の外、未知の場所に向かって旅立つわけなんだが、その理由が島の食料事情の問題なんだよね。
モアナの個人的な冒険心と好奇心で島を出るというなら納得がいくんだが、島の未来を背負って旅にでるってのはさ、一種のグローバリズム的な考えではないかなと。
魚の獲れる別の場所に生活圏を広げるということは、その場所でもともと生活をしているであろう人たちの生活を阻害することと同じではないか?
大航海時代、植民地主義、帝国主義、etc......。
そんな未来予想がオイラにはできちゃってね。
それらを肯定できないオイラとしてはちょっと引っかかる部分であったのだ。
......
まあ、言いがかりのようなものだとは思うけど、その部分がオイラの趣味には合わなかったということである。
それはともかく、
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本作の登場人物のマウイの持つ釣り針。
武器にも魔法の道具にもなる聖なるもの。
これのデザインが気に入った(笑)。
シルバーアクセでなんか欲しいなあ。


今週末はヘア・カットである。

by 16mm | 2017-04-16 21:09 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『原点 THE ORIGIN』『ゴースト・イン・ザ・シェル』

先週土曜日、歯のメンテナンス。
いつものように美形で剽軽なドS歯科衛生士女史に歯石をとってもらう。
この時期の歯茎からの出血は磨き残しというよりも季節の変わり目による体調の要因が多くて、無理に歯ブラシで擦ると余計に歯茎が萎縮するので気をつけるようにとのこと。
そしてその歯科医院の先生から歯科衛生士諸氏までとことん嫌われている某歯磨き粉を頂く(笑)。
名前は伏せるが、この蛇蝎のごとく嫌われている歯磨き粉を私が好きなもんだから試供品を大量に貰い受けホクホク(笑)。
先生からドS歯科衛生士女史にいたるまでなぜオイラがこの歯磨き粉を使い続けられるのか解せないようで(笑)。
つまりアレだ、オイラがドMだからじゃね、ということになっているらしい(笑)。
メンテ後、先生と雑談。
先生から
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『SWITCH Vol.35 No.1 荒木経惟 ラストバイライカ』を頂く。
買い損なっていたもので、読み応え見応え十分な内容。
オイラはいわゆるスナップ写真を自分で撮るという事にはまったく関心がないのだが、良いスナップ写真を見るのは好きなのだ。
ではオイラにとって良いスナップとはなんなのか?ということを言語化できずにいた。
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掲載されていたこの画像を見て思った。
「ああ、オイラはスナップに写込まれたユーモアのあるものが好きなんだ」
と。
ユーモアのある表情、ユーモアのある状況。
フッと微笑んでしまうようなユーモアのあるスナップが好きなんだ、オイラは。
このおそらくこのユーモアを写真に撮れるというのがセンスであり強運であったり技術的なレベルの高さが必要なのだろうと思う。
それ以上に常にカメラによって世の中を見ようとする意思が必要だ。
ユーモアというものは瞬間。
ちょっとしたタイミングでしか現れないものだと思う。
それを写真に撮れるというということの稀少性にスナップの魅力があるのだと。
で、オイラはそのようなスナップを撮る能力などが全く備わっていないということを自覚せざるを得ないなと思った(笑)。


本日日曜日、銭湯に寝湯、ストレッチ。


いつまで続くかわからんが"Unreal Engine"のお勉強をチョボチョボと始めたい。


『原点 THE ORIGIN』
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読了。
なんだよ、Kindle版出たんじゃねーか(笑)。
出るなら出るって最初から告知してくれればいいものを。
この手の本を買う奴は電書が出たらでたでKindle版も買うだろう、と見透かされているようでくやしい(笑)。
電書が出たら電書も欲しいけど2000円近い同じ本をもう一度買うのもねえ(笑)。
そのうち忘れた頃に買うとする。
本書はオイラには珍しくザッピング的に目次のタイトルで気になるところから順不同に読まず、最初から最後までをページ順に全部読み切った。
久々に本を付箋だらけにしたな(笑)。
読みやすい上にオイラの世代の憧れの画師である安彦良和についての人となりについてかなり突っ込んだ内容になっている。
アニメーターや漫画家としての安彦良和という部分より、安彦が若い頃どんな人間であったかに深く焦点を当てている。
生い立ちから大学生の頃を中心に。
つまりアレだ、学生運動家としての安彦良和についてだ。
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なのでカッコよくて可愛いキャラクターを生み出す安彦良和をアニメーションを主体として書かれているわけではないので、安彦キャラには興味あるけど安彦良和自身には興味無いという人にはオススメできない本である。
だいたい安彦の初監督作品である『クラッシャージョウ』については全く触れられてないのだから(笑)。
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オイラが中学三年生の頃に買った安彦良和の一番最初の画集には安彦自身の生い立ちを漫画形式に描いていて、そのなかで
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自身の学生運動への関与が描かれていたのだが、見ての通りユーモアを交えた描き方だったので読み手のオイラも当時から今までそんなに深刻に受け止めていなかったのだが......。
そもそも60年安保にしても70年安保にしても、その時何で揉めていたいたのかは薄っすらとは理解できるんだが、一番分からないのはその当時の時代の雰囲気。
安彦をはじめとした当時の若者の気持ちが理解できない。
オイラが関心ある有名人でいえば、ビートたけし、押井守、宮崎駿などが自らの体験として語る学生時代の光景も、同じものとは思えないようなニュアンスの違いを感じる。
まあ上記のうち押井守は世代自体が宮崎駿たちと違うわけだけど。
それぞれの思想信条も違うからニュアンスが違うのは当然なんだが、それでも中庸という部分がありそうなものだが、その中庸がボヤけて見えるのだ。
これまでその時代を舞台にした映画や小説や漫画を観たり読んだりしてきたんだが、その
「われわれわぁ〜」
「ナンセンス」
「自己批判」
「ナニナニならなければ〜ならない〜」
などというしゃべり言葉からして現実味をもって理解することができなかった。
"こんな喋り方をしていた若者達がいたんだ"
という部分でどうもピンとこない。
本書を読むと安彦自身もそれらの口調を含めた学生運動家たちの物言いに違和感を感じていたらしい。
安彦によると学生運動家達の口調やイデタチでは学生運動家以外の一般大衆には伝わらないと当時から感じていて、安彦自身はハンドマイクで呼びかける時も穏やかに平易な言葉で語りかけたという。
当時の学生運動家達は年齢的に会社を定年退職した人たちが多いと思う。
オイラの知っているその年代の人たちに関して言えば、自分は学生運動でブイブイ言わせた、と吹聴する人(真意のほどはさておき)、オレ達は戦ったのに近頃の若者は戦わない腰抜けだ、と嘆く人、そして安彦たちのように自分たちの若者の頃の話を封印したかのように黙して語って来なかった人。
本書は”語らない”ということを選択してきた安彦良和達が、自分たちのことを正当化せずに当時のことをささやかにでも語るべきだという覚悟の書だ。
それは当時の学生運動をしていた世代が随分と景気のいい事を言って社会に対して妙な焚付け方をしていると感じている部分があったのではないだろうか。
あの学生運動の果てに否定できない悲惨としか言いようがないものもあったのだ。
自分としては本書を読んでいまいちピンとこなかった当時雰囲気を理解するための手がかり足掛かりになったと感じた。
本書、読みやすい上に結構な資料的な価値があると思う。
オイラは巻末の安彦と彼の盟友との対談がよかったと感じた。
こういう考えの人たちもいたんだな、と。
本書を読んで安彦良和が今まで以上に好きになったかな。


『ゴースト・イン・ザ・シェル』
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先週金曜日、109シネマズ菖蒲。
3D iMAX版。
ネタバレあります。
オイラにとっては『攻殻機動隊』というタイトルの方が馴染みがよくて好きだ。
もともと士郎正宗が漫画として掲載していた頃に『THE GHOST IN THE SHELL』なるタイトルにはなってなかった。
『ゴースト・イン・ザ・シェル』というタイトルは件の漫画が単行本化された際のサブタイトルのような位置付けだったと思う。
ただ『ゴースト・イン・ザ・シェル』というタイトル自体は悪くない。
金属で作られた頭蓋の中にある魂(ゴースト)という意味か。
"魂"として一般的な英語なら"soul"となるところだけど、それをあえて"ゴースト"としたことによってオイラには"魂"という概念を擬人化をべースとして理解しやすいように感じた。
"ゴースト"って幽霊って意味もあるもんね。
全身をサイボーグ化した未来の人類がぶち当たるであろう壁。
「自分は人間ではなく、脳自体も人工知能に置き換えられたロボットではないのか?自分には人間が持っているであろう"ゴースト"のない単なる人形なのではないか?」
その葛藤を原作者の士郎正宗は90年代前半で予見していた。
その頃で言えばウィリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』をはじめとした”サイバーパンク”のムーブメントがあり、さらにその前は『ブレードランナー』をはじめとしたフィリップ・K・ディックの小説もあったので必ずしも士郎正宗の発明ではないが、それでもネットワーク社会、インターネットが一般化する前に電気信号で世界を狭くする世界をヴィジュアル化してみせた功績は大きい。
なので『ゴースト・イン・ザ・シェル』というタイトルは嫌いではないのだが
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原作漫画では"攻殻機動隊"を"攻機"と略したセリフがね、なんともカッチョいいというか、"交通機動隊"の略称と同じところが良いなと思ったりしたのだ(笑)。
ちなみのこの"攻機"というセリフだが、最近の電子書籍版だと
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単なる"公安"というセリフに置き換えられちゃってがっかりなのだが(笑)。
それはさておき、1995年に公開された押井守監督作の
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『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は伊藤和典の見事な脚色のもと原作の持つ思想面と、当時の押井守の持ち味であった"浮遊する現実感"”虚構と現実の差異”などを入れ込んだ傑作であった。
その押井版の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』から思想的な小難しさを極力排除して銃撃などのアクションを正当化させる舞台としてのみ引用したのが
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『マトリックス』となる。
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ウォシャウスキー姉妹(当時は兄弟だったけど)が押井に必死でパクリではないと言っていたけど、おそらく誰もパクリだとは思っていまい。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』をベースにパワフルなものを見せてくれたわけだしね。
肯定的に言えば『マトリックス』が『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を換骨奪胎したリメイクだと言ってもいいのではないか、と思うのだ。
さて、前段が長くなった。
今回の
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『ゴースト・イン・ザ・シェル』についてだが、ものすごくカッタるい駄作だと思う。
ヴィジュアルの多くが押井版のヴィジュアルを実写化しただけという印象しかなく、非常に安っぽい。
それはCG自体のクオリティーのせいとも言えるのだが、それ以上に押井版を劣化させたようにしか見えない。
それなら徹頭徹尾押井版を真似て実写にすればいいものだが小難しい思想的な部分をライトに処理している。
本作では
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スカーレット・ヨハンソン演じる少佐は原作や押井版のように自分が人間なのか人形なのかという葛藤は持っていない。
自分は人間であるということは疑わず、自分がサイボーグ化される前は何者だったのか?という非常に悩みが矮小化してしまっているのだ。
それと
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公安9課の荒巻課長役のビートたけし。
ビートたけし好きなので悪口言いたくないんだが(笑)、荒巻課長だけ劇中日本語なわけ。
理屈としては義体化して電脳通信する上で言語の違いは自動的に変換されるということなんだろうけど、だったらさ、
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チン・ハンもアジア系の顔立ちなんだから中国語を話すことにしちゃえばよかったのだ。
ちなみにチン・ハンはシンガポールの俳優で日常会話は英語なのかもしれんけど。
それぞれが違った言語を話してそれが電脳を介して理解しているという風なら押井版にないフレッシュなものになったろう。
それがビートたけしだけ日本語というのに設定の安直さを感じる。
とにかく本作、縮小再生産された劣化版にしか思えない。
ここで疑念が生じる。
果たしてこれを作ったアメリカ人達は『攻殻機動隊』というものを理解しているのだろうか?
原作漫画の『攻殻機動隊』は日本人が日本語で読んでも面倒臭い漫画だ(笑)。
それを踏襲しつつある程度わかりやすくしたのが押井守の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』なわけだけど、おそらくアメリカ人はその押井版から分かりやすいアクションの要素しか抜き取らず、それ以外の人間か人形かのような葛藤の部分は理解してないのではないか?
『マトリックス』は主に『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のアクション部分を抽出して別物の映画を作ったと言えるかもしれないが、本作はどうどうと『ゴースト・イン・ザ・シェル』とうたっちゃってるから、それこそ漫画の原作や押井版の映画との差を感じさせられてしまい、劣化としか思えなかったのだと思う。
銃撃のシーンなどは良い部分もないわけではないが、押井版を越えるようなこともなかった。
とにかく観ている間、カッタるくてね(笑)。
観たいという人にはやめろとは言わない。
観ていてつまらないと感じた人に一言。
本作はエンドクレジットの後に『アベンジャーズ』のような追加カットはありませんから(笑)。
観ていてつまらないと感じたらエンドクレジットがかかったら席を立ってもオッケーよん(笑)

by 16mm | 2017-04-09 22:13 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)

『ムーンライト』『キングコング:髑髏島の巨神』『パッセンジャー』

先週土曜日、久々に映画を三本ハシゴ。
三本は学生時代以来だったかな?
それでも学生時代と違って映画館を移動せずに観れたわけなので楽ではあった。
ちなみに四月一日だったので映画の日。
3D iMAX以外は1100円で観れました。
3D iMAXは1900円。


本日日曜日、銭湯で寝湯、日光浴、ストレッチ。


先週の通勤で『マクロスΔ』の"僕らの戦場"を毎日聴き続けて己を鼓舞し続けた。
どこの会社とは言わんが、アホなことを考える専務の思いつきに追従するバカ部長という図式がドラマの世界だけではなくあるという悲劇。
オタクを舐めんなよ。


『白竜HADOU 1』
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AmazonでKindle版購入。
『白竜』シリーズの新章である。
前章のラストエピソードである白竜の出自編からの新たな物語の幕開けである。
"東都ガス" "東京・築山市場" "豊波移転"
そして
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咲山都知事(笑)。
これらの語彙と画を見れば現実の何を暗喩しているか見当がつくであろう。
さすが『白竜』。
『島耕作』と違い現実の三ヶ月先を行く漫画だ(笑)。
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今後の展開が楽しみでしょうがない(笑)。


『Stand by me 描クえもん 1巻』
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AmazonでKindle版購入。
本作のタイトルは
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『Stand by me ドラえもん』のパロディであり、内容も件のキャラクターを翻案するように作られている。
エロいシーンは徹底的にエロくて非常にいい。
作者の頭で想像したヴィジュアルを画として具現化できる、画の上手さを技術として持っている者のみが描ける表現の高みに対する戦慄。
本作は作者である佐藤秀峰自身をパロディの中に埋め込んで思いの丈を発しようとしている。
漫画を描いた対価としての金銭面のディティールが非常に細かく提示されている。
生臭い話ではあるのだが、本作にリアリティを持たせるための重要な要素だ。
作者が一種露悪的なことをしてまで発したいものというのは、
「漫画が描かれ世に出たとき、その創造し、創作された主体は漫画家にあるものなのだろうか?」
という問いかけだと思う。
オイラは古い人間なので、漫画というものは漫画家が描きたいものを描き、それが読者に受け入れられる事によってビジネスとして成り立っている、とシンプルに考えていた。
だから漫画がウケるもウケないも作者が描きたいものを描いた結果であると思っていた。
が、実際には違っていて、漫画家が描きたいものよりも出版元である出版社が売りたい企画を漫画家に提案して描かせたりもしているのだ。
出版社も営利を目的とする企業であるわけだから、売れる、流行っているトピックに対するアンテナは常に張っているわけで、例えば画は上手くても物語作りがイマイチな人間に"原作"という形で物語を提供したりもするのだ。
オイラは漫画家というのは画と物語の両方をクリエイトできる人間がなると思っていたんだよ(笑)。
だから"画"と"物語"を両方作れない人間は漫画家にはなれないということだ。
しかし出版社としては画がよければそれに合う企画や物語を提供することによって売れる漫画が生みだせるという経験則によって、物語を作れない漫画家でも漫画家として食べていける道筋を作った。
出版社としては売れるか売れないかわからんような漫画家の妄想に雑誌のページを与えてカネをだすよりも、マーケティングという科学的(笑)方法によって生み出された企画の方が失敗はないという確信と責任回避の言い訳が成り立つ。
この方法って漫画家も出版社も損がないようなものにも見える。
が、致命的なのは物語る意思のある漫画家がマーケティングや出版社の事情というフィルターを通さなければページがあたえられないかもしれないということだ。
漫画家の妄想で作られた漫画が必ずしもウケないわけではないし、マーケティングによる企画が必ずウケるとも限らない。
みんながみんな安パイを握ろうとする。
その状況に対し佐藤秀峰は徹底的に、孤独な戦いを仕掛けている。
ちなみに本作、カラーページもあるのにKindle版が無料で読める。
いろんな意味で無茶苦茶お得な作品だと思います。


『不登校の17歳。 出席日数ギリギリ日記』
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AmazonでKindle版購入。
作者の娘の不登校に関するコミック・エッセイ。
過ぎた出来事として笑って漫画にできるようになったことであろうが、その当時は非常に大変であったろうなと思う。
いろんな部分で世間や社会の冷たさというか気の使いなさというか思いやりのなさというものが本書を読んで痛感できた。
社会自体に余裕がない所為なのか?
それとも他人に対する共感が薄くなってるのだろうか?


『攻殻機動隊(1.5)』『攻殻機動隊(2)』
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ibooksで購入。
第1巻は持っていたのだが、なかなか電書で続巻がでないと思ってたら、いつのまにか出ていた(笑)。
他の電書はわからんがibooks版は欄外の脚注をタップすると文字が読みやすく拡大される機能着き。
やはりこの手の本は電書でじっくり味わいたい。
しかし、最初に読んだ頃は作者の仕様だと思っていたんだが、この作者、漫画としての見せ方が決して上手いわけではないのではないか?
キャラクターのいる場所や設定の説明を外している。
だからどうにも読みにくい。
それは読み手の注意力と読解力の問題だと言われたら、それまで、とも言い難い。
画の密度や設定の詳細さというのはわかるのだが、それらを読み手に対して伝わるように演出していない。
というか、そういう演出をするということが根本的にわからない作者なのではないかと感じる。
作者が演出として明らかに足りてない部分を読者に委ねてるというか。
作者がきっちり読み手にわからせる演出を埋め込んだ上で読者に委ねてるわけではないんだよな。
こちらとしては、なんで作者のポンコツな演出を脳内補完せなあかんのか?という感じか。


『原点 THE ORIGIN』
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Amazonで書籍購入。
キャラクター・デザイナーとか漫画家の安彦良和というよりも、学生運動をしていた頃の安彦についての本らしい。
というのもまだ全部読んでいないのだが、巻頭の安彦の漫画とともに非常に興味深い内容の予感。
アニメーターの安彦良和の内容を期待していると肩透かしを食うだろうし、読んでも面白くないかもしれない。
安彦はオイラにとってはネ申なので、非常に興味があるんだけどね。


『さよならバイスタンダー』
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iTunesで購入。
アニメ版『3月のライオン』の後半クールの主題歌。


Twitterで流れてきた。
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サイバラは昔からこの手の暴力団ネタを出してはきたけど、この内容はまったく笑えないしシャレになってない。
今、オイラのなかではサイバラとサイモンはおんなじ箱に入っとります(笑)。
暴力団ネタがないだけまだサイモンの方がマシかなあ(笑)。


『ムーンライト』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
ネタバレあります。
今年の第89回アカデミー賞では作品賞、助演男優賞、脚色賞を受賞。
ほぼ事前情報なしでの鑑賞。
作品賞で本作は『ラ・ラ・ランド』と競ったことになるのだが、どちらも甲乙つけがたい映画だったかな。
しかし、Blu-rayを買って再見するのは『ムーンライト』の方かな。
いろんな見方があるんだが一言で言えば、ものすごく切ないラブロマンスだと思う。
本作、三つのパートに別れていて、シャロンという黒人の子供が主人公だ。
シャロンのが子供時代、ティーンエイジ、大人、という具合。
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シャロンは引っ込み思案の男の子で周りの同級生からのいじめにあっている。
更にシャロンは幼いながらも自分がゲイであるということに悩んでいる。
彼の母親はほぼ完全に育児放棄しているヤク中だ。
そんな中、シャロンは麻薬ディーラーの
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フアンと出会う。
フアンはシャロンを連れて自分の家に連れて行き嫁のテレサと一緒に優しく接する。
このフアンがシャロンに対して父親の様に接するわけ。
町山智浩の解説によると黒人は泳げない人が多いらしく、泳げる様にするためには父親が子供をプールに連れていって阿泳ぎ方を教えなけりゃならないと。
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こんな感じにフアンがシャロン抱きかかえて海に行き、そこで泳ぎを教える。
泳ぎだけでなくシャロンはファンから生きて行く上での大切なことを教わったりもする。
父親のいないシャロンと子供のいないファンが一種の相互依存的お互いを欲していたんだろうか。
その一方でシャロンの母親にヤクを売っていたのがフアンだったという事実をシャロンが知ることになったり。
本作、その内容や展開からして非常にウェットな映画になると思いきや、情感をバッサリと断ち切るようなドライな演出が全編を通している。
第2章目でティーンエイジになった
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シャロン。
唐突にフアンが亡くなっていることが明かされる。
どんな死に方をしたかも語られない。
ファンという要素は物語のかつての背景においやられ、成長したシャロンにフォーカスしていく。
幼い頃からのたった一人の友人であったケヴィンとキスをし、彼に手淫されて射精するシャロン。
精液がついたであろう手を夜の海辺の砂浜の砂で拭うケヴィン。
これが夜の月夜の青白い海辺で非常に美しく展開するのだ。
で、第3章。
大人になった
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シャロンは嘗てのフアンのように麻薬のディーラーになっている。
シャロンは少年時代に自分をいじめていた同級生を椅子で殴りつけて少年院に入っていたのだ。
ある時、ケヴィンから電話がかかってくる。
ディーラーとして強面でありながら、ケヴィンからの電話のあった朝に夢精をしたシャロン。
ケヴィンと会うシャロン。
シャロンはケヴィンに触れられて以来、だれにも自分は触らせていないと告白する。
これが切なくてねえ。
たった一度の手淫された思い出だけでシャロンはケヴィンを忘れてなかったんだよな。
純愛というか、ものすごく切ないラブロマンスだ。
ところで本作は撮影も凝ったもので、被写界深度の浅い表現を多様。
以前観た『エレファント』みたいだったかな。
被写界深度の浅い表現は世界を小さく限定して、なおかつ背景をボカして美しく見せる効果があると思う。
それはシャロンが望む自分の間近な世界だけの美しさとでもいうか。
町山智浩の解説によると本作は撮影後にかなり色調をいじっているらしく、黒人の肌に"青"をのせてるとか。
その"青"がタイトルの『ムーンライト』につながるんだろう。
考えてみればシャロンとケヴィンがキスをした夜も満月ではなかったか。
月夜は人を狂わせる。
狼男が変身するのは満月の夜だ。
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吉田秋生も『ラヴァーズ・キス』のなかで言っている。


『キングコング:髑髏島の巨神』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
3D iMAX版。
ネタバレあります
まあアレだ。
とりあえず頭を空にしてドンパチに身を委ねようという映画(笑)。
その割には『ムーンライト』の後の所為か気絶しかけたが(笑)。
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このタンクトップに素敵なバストのブリー・ラーソンが好みかなあ(笑)。
取り立てて巨乳に萌えるわけではないのだが、すごく心休まるヴィジュアルであった。
で、本作を観た動機は話題作というのもあるけど、キングコングにさほど思い入れがあるわけではない。
あるのは
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説教番長、サミュエル・L・ジャクソン(笑)。
こいつへの関心しかないわけよオイラ(笑)。
サミュエルがいつ

"マザファッカ"と叫ぶのか(笑)。
世界一"マザファッカ"の言い方がカッコいいオヤジ、サミュエル(笑)。
で、言いましたよ今回も、サミュエル(笑)。
正確には断末魔のキワで言いかけたというね(笑)。
いやもうこれさえ聴ければオイラ満足である。
で、本作、エンドクレジットの後にもう一つシークエンスがあって、今後更にいろんな怪物が出てくることが予告されるんだが、その中にゴジラとキングギドラが入ってる(笑)。
更にもしかしたらモスラも(笑)。
なんかアレか『アベンジャーズ』か『ジャスティス・リーグ』にでもするつもりだろうか(笑)。


『パッセンジャー』
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先週土曜日、109シネマズ菖蒲。
ネタバレあります。
予告編を観て結構楽しみにしていた作品。
非常に楽しめたし面白かった。
まあこの手の映画だとどうしても『2001年宇宙の旅』が立ちはだかってるんだけど、それとは別の話。
それでも宇宙といえばスタンリー・キューブリックだという製作者側の遊び心があって
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『シャイニング』のバーのパロディを出してきたりね(笑)。
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みんなキューブリックが好きなんだなあ(笑)。
本作は120年の人工冬眠の後、目的の惑星についてそこに移民する人たちを乗せた宇宙船が舞台。
あるトラブルで一人だけ出発から30年後に目が覚めちゃった
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ジム。
なんとか再度冷凍睡眠に入ろうとするも不可能なことがわかる。
寿命を考えたら自分が生きているうちに目的地の惑星につかない計算。
あと90年もあるから。
で、ひょんなとことから自分好みの非常に魅力的な女性がいることがわかり、
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呻吟しつつも孤独に耐えきれずジムはその女性オーロラをトラブルと偽って起こしてしまう。
当初オーロラも目的地に着く前の覚醒でショックを受けていたがジムとの生活で次第に心が平穏になっていき、二人はセックスしたりと楽しい生活を始めることになった。
で、物語の展開としてはオーロラがいつジムが自分を起こしたのかを知るのか、というのが一つのサスペンスになるんだけど、『2001年宇宙の旅』での嘘がつけない人工知能のパラドックスによって彼女が知ることになるんだよね。
このあたりキューブリックの映画の小ネタをうまく物語につなげているなと感じた。
人工知能に間違いはなく、間違いは絶対に認めないところも『2001年宇宙の旅』みたいだったかな。
で、ジムはオーロラに半殺しの目にあったり、冷たくされたり、まあ当たり前の顛末になるんだが......
宇宙船の中でのディティールについても美術的にも設定的にも面白かったかな。
宇宙船の乗員の中でのカーストがあったりね。
たしかにジムのやったことは許されないとは思う。
何の罪もない女性の人生を自分の孤独を埋めるために奪っちゃったわけだから。
しかしね、地球から遠く離れ、目的地も自分の生きている間には着くことのないような孤独の状態でジムのような行動をしないと言える人間がいるのか?ということだよな。
最終的にはオーロラは一人の身勝手な男によって歪められた人生を受け入れ、ジムと生涯を共にしようという決意をする。
ラスト近くでオーロラだけは人工冬眠できるチャンスがあったんだけど、彼女はそれを拒否するんだよね。
そういう意味では非常に安心感のあるハッピーエンドかなと思った。
ありえないハッピーエンドかもしれないけど、傍観者として観るぶんには良いラストだったと思う。
最後の最後で宇宙船のキャビンが植物で溢れかえっている様も非常に良かった。
非常にいい映画だったな。
ちなみにアニメーション映画『眠れる森の美女』にオーロラ姫って出てくるよね。
冬眠ポットで眠るオーロラ姫と、目覚めは王子様のキスという部分も本作に巧妙に入れ込んでいる。
非常に面白かったっす。


今週末は歯のメンテナンス。

by 16mm | 2017-04-02 22:02 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Comments(2)