『寄生獣 完結編』

『寄生獣 完結編』
今週水曜日、109シネマズ菖蒲。
スゲえ。
傑作だ。
SFだ。
ちょっとどころかかなり感動した。
今年暫定ベスト1。
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この完結編のメイン・ヴィジュアルのひとつ。
これが見事にテーマを表しているんだな。
実は原作をこの機会に読み直すということはしていないので厳密に違いをどうこうは言えないのだが、本作は映画化に際しての的確かつ最高の脚色が加えられている。
そのひとつが原作と違い主人公が父親不在の母子家庭であったという点。
徹底的に母性にフォーカスしていた。
原作コミックには父親も出てくるんだけど、それは<男>というものの存在を意識させる。
雑に言うとこの場合の<男>は暴力性の象徴みたいなものだと思われる。
危険と思われるものを命をかけて排除する。
力というか暴力性によって何かを守ろうとするのが<男>だ。
それはまあ例えば目の前でレイプが進行中なのに
「話せば分かる」
などと悠長になれないからね。
事態を即座に解決するのが暴力だ。
では逆に<女>はどうかというと、これも雑に言えば寛容さであるとか慈悲の象徴であろう。
こう考えると<男>と<女>というのは生物学的な組み合わせというよりも、メンタル的に割れ鍋に綴じ蓋で車の両輪としてお互いに存在しあわなければ生存できなかっただろう。
原作コミック版はその<男>と<女>をほぼ均等に描きくことで<人間>であるとか<人類>が生きるということの業は肯定されうるものなのか?という問いかけをしていた傑作であると思っている。
で、『寄生獣 完結編』であるが、
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<男>と<女>や<父>と<母>を誠実に描くには映画を二部作として制作しても不可能と判断したのだろう。
この判断は断然支持したい。
なぜなら人間の<女>や<母>に狭くフォーカスすることで本作は楽観的ながらも非常にわかりやすく強い<希望>を提示していたからだ。
原作コミックでもこの<希望>は描かれていたが、映画版の本作ではよりストレートなものになっていたと思う。
この<希望>は自分と異なった生物を受け入れる寛容さ<共生>ということだ。
深津絵里が演じる田宮良子は寄生生物に乗っ取られた。
元の田宮良子の姿形を完全にコピーしていたはずだったのに、彼女の母親に見破られる。
特殊な能力など持っているわけもない人間の女になぜ自分が田宮良子を乗っ取ったと分かったのか?
もともと田宮良子は人間と寄生生物との共生を考えていたわけだが、それは単なる好奇心からだったのだろう。
生殖能力を持たない寄生生物に母性などという概念が理解できるはずがない。
その母性という概念を探求するために妊娠し子供を産んだ。
自己保存に特化して他者の為に自分を犠牲にするということをしないはずの寄生生物。
寄生された田宮良子にしてみれば単なる好奇心の対象でしかなかった赤ん坊の為に自らの正体を白日の元にさらし、自分の子供を助ける為に死ぬこととなる。
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本作、寄生生物のいる場所というのが鋭角的な周りがコンクリートの庁舎の内なんだよね。
それをブルーのフィルターを使った映像にしていた。
で、田宮良子が自分の子供を取り返しに行く場所が木々の多い動物園。
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暖色系の温かみのある空間で風が常に吹いている。
この風の表現がすごく秀逸だったと思う。
田宮良子のシーンって割りと風が舞っていることが多くて、その度に彼女の髪の毛が生きてるように動くんだよね(笑)。
田宮良子の最後のシーンなんて『ブレードランナー』のロイ・バッティの最後と同じくらいに感動的だったね。
その後この田宮良子がやろうとしていた<共生>はそれぞれの寄生生物が模索して行われていくわけで。
物語の後半で人間が殺されて食べられる事件が少なくなってきたということがあかされる。
田宮良子の子供は寄生生物の要素を少なからず受け継いでいるはずだ。
一度死んだシンイチは寄生生物であるミギーの細胞の力によって生き返る。
シンイチとその恋人のサトミにだって寄生生物の要素が宿るはずだ。
寄生生物の要素を受け継いだ人間がこの後どんな進化を遂げていくのか。
当初の思惑のように暴力性を爆発させて人類の荒廃を加速させる可能性だってある。
が、本作はそれを<母性>による寛容さと慈悲によってうまく共生していけるかもしれないという希望をストレートに語っている。
知らず知らずの内に人間は他者と友好に共生出来ているかもしれない。
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現時点で人間に欠けているものは、他者を殴り倒す為の拳ではない。
他者を包み込む手のひらこそが。
やっぱりこれは母性だと思う。
母性を過大評価する男の悪癖かもしれんが、それ込みのでの希望が美しく描かれていた。
まだまだ言いたいことはあるのだが、それはBlu-ray再見時に。
本作の監督である山崎貴はフィルモグラフィーの『BALLAD 名もなき恋のうた』から『STAND BY ME ドラえもん』まで、ちょっと付き合いきれなくなりつつあったのでガッカリしていたのだが、ここに来てまたも『リターナー 』を観たときのような感動が得られるとは思わなかった。
次作も期待する。

by 16mm | 2015-04-30 23:09 | 映画・Blu-ray・DVDの感想など。 | Trackback | Comments(2)
Commented by chata at 2015-05-12 21:59 x
山崎監督復活ですかー楽しみです。
染谷の『エスパー』特別編もアホすぎておもろかったっすw
Commented by 16mm at 2015-05-12 22:45
■re:chataさん
染谷ってすげえ。
演技力は当然だけど、あの菊地凛子のダンナだからね(笑)。
すげえ(笑)。


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