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高畑勲 死去

先週土曜日、歯のメンテナンス。
いつもの美形で剽軽なドS歯科衛生士女史に歯石取りなどの定期メンテを丁寧にやってもらい、先生との問診という名のカメラ談義をして治療費ゼロ円というのはかなり申し訳ない感じ。
あ、女史にオススメしてもらった歯ブラシを買い忘れた(笑)。


本日日曜日、銭湯でストレッチ、赤外線サウナ。
それと久方ぶりに岩盤浴。


先週土曜日に『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』を観るつもりだったが、地元の映画館で上映してなく、している劇場で観ると上映終了が24時過ぎで帰宅が25時近くになるので断念。
では地元の劇場で『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』を観ようとするも、時間的に4DXと3Dしかやっていない。
『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』を高い金払って観たいと思わないので2Dで十分なのだが。


忘備録
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ギレルモ・デル・トロ「人生に積極的になれ。生きろ。セックスしろ。酒場でのケンカに巻き込まれろ。ときには危険を冒せ。有り金を全部失って、そいつを取り戻せ。列車に飛び乗って旅に出ろ」


忘備録

『シェイプ・オブ・ウォーター』の名シーンの一つ。
手話で"Fuck You"(笑)。


"折りたたみ孫の手"
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今年の一月に購入した"折りたたみ孫の手"だが、先週職場で使ってたら
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折りたたみの蝶番の部分から割れてもーた(笑)。
いや、この製品がヤワだったという糾弾がしたいわけではない。
実際この製品のレビューで否定的なものもなく、オイラにしても使い勝手や掻き心地は良かったのだ。
問題はオイラの使い方でこの蝶番があるということは少なからず弱い部分であるということを認識しつつ使うべきだったのだ。
オイラはこの孫の手を日常的にしょっちゅう使い、割と強めに押し付けて使うもんだからこうなるのもしょうがないよな。
つーわけで、再度同じものを購入。
竹製で持ち歩きに支障がないのなんてそうそうなく、本製品一択。
壊れたらまた買えばいいや(笑)。
金で済むことなら使い方は改めんぞ(笑)。


ホワイトチョコがけいちご
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会社の同僚に貰って食べたら見事にハマってしまった(笑)。
これまで結構糖質を控えていたのに、ああそれなのに(笑)。
このホワイトチョコが一番美味いと思う。
練乳的な甘さがフリーズドライのイチゴの酸っぱさとベストマッチング。
黒いチョコだとちょっと味が重すぎる。
その他、宇治茶とストロベリーチョコのものがあるが怖くて食べられん(笑)。
なんでも輸入食材で売ってたものが広がったらしく、今ではコンビニでも独自に売ってる。
でもオイラはこの無印良品のが好きかなあ。


『藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>』
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AmazonでKindle版購入済みの1巻以外の全巻購入。
思いの外1巻以降一気に読んでしまった。
といっても台詞の比較的多いものや複雑な設定のものは飛ばして読んだ。
飛ばしたものも読まないわけではなく、10作読むエネルギーで1作読むつもり。
とにかく最初はこの短編集の全容を知りたいという気分だったのだ。
とにかくすばらしい。
作品によってはオイラが生まれたばかり、1歳の頃の作品もある。
それでもその全てが古びてないと感じる。
"古び"なんてのは個人の主観であるが、物語どころか絵柄も古さを感じない。
端正な描線はオイラ好みだ。
町山智浩が『地球最後の男』や『アイ・アム・レジェンド』の解説時にその原作は『吸血鬼』という小説で作者はリチャード・マシスンだと言った。
そして藤子・F・不二雄(当時は藤子不二雄だったろう)はその『吸血鬼』を元に
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1978年に『流血鬼』を描いたという。
『流血鬼』の台詞でマチスンの名前が出てくるのがご愛嬌。
どう考えても昔の漫画家の方が今の漫画家に比べて教養の深さと広さが違うよなあ。
藤子・F・不二雄の短編ってSFはもとより科学、化学、生物学、民話etc......の知識で引っかかったトピックを脚色してオリジナルな物語を見事に作っている。
これほどの広範囲の興味と知識を持っていた漫画家って手塚治虫を除けば、石ノ森章太郎と藤子不二雄の二人ぐらいだろうか。
巻末の解説も比較的短文ながら色々興味深い。
藤子・F・不二雄の長女によれば『ドラえもん』を続けるために本作のようなSF短編や『エスパー魔美』を控えたり終了させたりしなければならなかったことへの葛藤があったらしい。
売れて人気のある『ドラえもん』が作家性の足かせになっていたのだ。
かく言うオイラもこのSF短編を『ドラえもん』と同じように楽しむことが子供の頃はできなかった。
当時オイラは『ドラえもん』の作者に対する期待の中にSF短編で描かれていたような内容が理解できず怖くて難しく感じていたんだと思う。
藤子・F・不二雄としては子供にも興味を持ってもらえる作品として描いていたんだろうが、オイラはこのSF短編を理解するのに大人にならないとダメだったのだ。
藤子・F・不二雄としては不本意な読者であったであろう。
しかしオイラとしてはやっと大人になれた気になったのである。


『すゞしろ日記 参』
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書店で書籍購入。
今年の二月にすでに発売していたのを先週知って急ぎ書店で購入。
本巻で3巻目なわけだけど、スパンが長いのでいつ出るか見当がつかない(笑)。
西原理恵子が山口晃を評して
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"今一番イカした線を引く男"とか
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"何万回描いても永遠に引けない線がある。神様からその線をもらった人がいる。何の難解さもなく退屈そうに引く線は神様の領分"とか言ってるがまったく異論なし。
本書は画込みのエッセイで
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オイラはその達者な画と山口のひととなりを知ることに対する興味で興味深く読んでいる。
天才でないオイラは天才の思考というのを学んで多少なりとも利口になりたいのだ(笑)。
これまで同様に絵描きの日常や奧さんとの交流などオイラなどは面白く感じているんだが、それ以上に本巻はオイラ好みのトピック満載。
例えば
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"映像のリアリティはリアルに見た物より、過去に見た映像の記憶との合致による所が大きい様に思う----ので、私が違和感を感じた映像で育った人にはその違和感が必須の「自然さ」になることもありうるだろう"
この山口のリアリティに関する考察で"過去に見た映像の記憶との合致"というのは20年ほど前に押井守も言っていたことだ。
が、山口は更にそこから"違和感を感じた映像で育った人にはその違和感が必須の「自然さ」になることもありうるだろう"という考察を付け加えている。
もしかしたらリアリティというものに絶対はないということなのかもしれない。
そして本書は、ルーカス・フィルムに行ったときのルポや、宮崎駿の『天空の城ラピュタ』での雲についてだとか興味深い上にオイラとしては読み応えが強いわけ。
それをサラッと画と文字で天才の所感で埋められている感じ。
もうオイラとしては宝の山よ(笑)。
本巻は何度も読み返す楽しみがあるなあ。
ずっと先だろうけど次巻を楽しみに待つ。


"高畑勲 死去"
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2018年4月5日に映画監督の高畑勲が亡くなった。
82歳。
この機会に
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『じゃりン子チエ 劇場版 [Blu-ray]』を購入しようとしたら売り切れかつ転売屋が値上げしてやんの(笑)。
まあ、待てばじきに入荷するであろう。
当然だが高畑勲の作品は観ている。
それでも高畑勲の名前を知ったのは高校生の時に読んだ
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大塚康生の『作画汗まみれ』からだと思う。
そこから『風の谷のナウシカ』のプロデューサーをやって、エラい人なんだなと感じ(笑)、当時朝方にやっていた『母をたずねて三千里』や『赤毛のアン』の再放送を楽しんだ。
というのは高畑勲や宮崎駿が自信をもって世に問うた『アルプスの少女ハイジ』を含めた所謂『名作劇場』というアニメを本放送の時の小学校低学年時にちゃんと観てないのだ。
なぜかというと、小学校低学年の無知無能なガキであったオイラは当時"名作"なる品行方正なおカタい物語をバカにしていた節があったのだ。
"名作"イコール親や教師が喜ぶような、子供にはつまらないもの、という強いバイアスがかかっていた。
それでもオイラの周りで『母をたずねて三千里』や『未来少年コナン』などを楽しんでいた同級生もおり、オイラが特別偏屈だったということかもしれない。
そんなわけで、高畑や宮崎が見せたかったであろう年頃ではなく、世の中を斜めに見初めて反抗期まっさかりな高校時代にオイラはそれらの"名作"モノを楽しんだのである。
楽しんだり私淑したりすると制作者の人となりが知りたくなる。
高畑勲は東京大学文学部仏文科卒業。
オイラの大嫌いな東大卒の親戚に言わせれば東大の文学部などは頭の悪いヤツが行くところであり、そこから出版社だとかに行くではなく、ヤクザ映画の東映で更に子供騙しと言われていた漫画映画の東映動画に入社というね(笑)。
宮崎駿と一緒に労組に力を入れ、ふてぶてしい態度とまったく妥協をしない融通のきかなさで作品をつくり東映動画で干されることになる。
スタジオ・ジブリのパトロンの一人であった、故 氏家齊一郎が高畑勲を
「あいつは今だにマルキストの匂いがする」
と評していた。
おそらく氏家が捨てざるを得なかったものをブレずに高畑が持っていたことに対する畏怖だったのかもしれない。
それでまあ聞くところによると、高畑勲という男は遅刻の常習で人の意見を寝転がって聴く。
Twitterにあったが
"『じゃりン子チエ』の会議の時に高畑監督がおっしゃった「頭の悪い人の気持ちが分からない‥‥」"
まあさすが東大卒だな(笑)。
まあ人となりで言えばバカなオイラとしてはまったく知り合いたくない部類の人なんだが、その人となりと作品の出来は違うからね。
宮崎駿や富野由悠季とは違う方向で面白さを作った人だと思う。
高畑勲の作品って観てて衝撃は受けるしすごいものを観たという感動もするんだけど、どういうわけか宮崎駿や富野由悠季の作品に触れた時の高揚感というものが皆無なんだよね。
例えば『天空の城 ラピュタ』を観た後に入道雲を見ればその向こうにある素敵な世界に思いを馳せて気分が高揚するというのはオイラだけでなく割と多くの人が体験するだろう。
ただ、高畑勲の作品のどれにでも『おもひでぽろぽろ』でも観終わってスカッとするような気分にならない。
で、気がついたのは、高畑勲の監督作って人間や事象に対して観る側に"思い入れ"や過度の"共感"を与えない、突き放して見せることによって見えてくるものを見せようとしているのではないか?
スタンリー・キューブリックの作品に接するのと同様な感じなのではないか?と思い至った。
これはオイラの思い込みであるので本当はどうなのか知らん。
そう理解することで公開時気絶しちゃった『ホーホケキョとなりの山田くん』も後年再見して楽しめたりした。
アニメーション映画の製作というのは時間がかかるものだが、それでも高畑勲は監督として寡作である。
TVの演出をのぞいて映画の監督としてだと10作ぐらいしかない。
予算や時間や人員にたいしてまったく妥協をしない姿勢で作品を製作することで、会社の責任者が責任とって辞めたり、公開時期を遅らせる、未完成なフィルムで劇場公開する。
お金を回収するための作品という認識が完全に抜けている。
それでも高畑本人は妥協してると言うだろうね。
なぜなら、妥協したから作品が劇場公開できたんだから(笑)。
妥協しなかったらいつまでたっても製作は終わらない。
だからね、これから10年長生きしても次作が作られたとは思えないわけよ。
組みたいというプロデューサーもいないだろうしね(笑)。
宮崎駿は最高級の食材と最高の料理人で信じられないような美味しさのケーキを作り続けているんだと思う。
逆に黄金とダイヤモンドでケーキを一生をかけて作ったのが高畑勲。
宮崎駿のケーキはそれは美味しいし、食べればみんな喜ぶ。
高畑勲のケーキはきらびやかで豪華だけど食べられない。
観て楽しむだけだけど、ある意味食べられないからこそ永遠に残ることになるのかもしれない。
褒めてるんだから貶しているんだか。
好きなんだか嫌いなんだか。
ご冥福をお祈りいたします。


今週末は心療内科。

by 16mm | 2018-04-08 17:49 | 出来事 | Trackback | Comments(4)

謹賀新年

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おいでませ。2014年。
こなくていいぞ。今年47歳のオレ(笑)。
皆さん今年もよろしくお願いいたします。
by 16mm | 2014-01-01 13:18 | 出来事 | Trackback | Comments(2)

3月11日から後

311から一週間ちょいがたった。
先週の金曜日に会社を早退した。通勤に使っている車のガソリンを入れようと地元のスタンドをまわったのだが、閉まっているところが多く、開いてるところはパじゃないほど車が順番を待っている。
オイラの車は燃料の残りが三分の一ぐらいあった。普段は赤ランプがつくまで入れないのだけど。
30分ほど並んでレギュラーを3000円分、約20リットル入れる。
「普段ハイオク入れてるんですけど、レギュラーとチャンポンにしてもいいんでしょうか?」
とオイラ。
「こういう時期だからねえ、しょうがないよね」
と、店員。
それで燃料の三分の二ぐらいになった。


先週の土曜日。母親の通院につき合う。
朝7時30分頃に家を出て病院に向かう道すがら、どこか開いているスタンドでガスを補給しようと呑気に構えていたら、思っている事は皆同じらしく、開店前のスタンドに金曜日の午後以上の車が並んでいる。
それでも病院からの帰還時に地元のスタンドに並んでみた。
15分ほどで店員がやってきて
「すいません、お客さんのところまでまわりません。売り切れです」
とのことで、スゴスゴと退散。


ガソリンの事もあるが、諸々考えて土曜日の歯のメンテナンスを一週ズラしてもらうことに。


本日日曜日。ジムに行く道すがら、ガソリンを求めようかと思ったら、ジムが実質2時間しか営業しないとのこと。
なのでジムもとりやめ。
燃料を補給しにいくとかよりも、車に乗らないのが一番だと判断。
この三連休は皆スタンド巡りだろうな。
JRの路線まで車を使わなければならない陸の孤島のような地元ではかならいシビアな問題。
平日にガスを入れられない人が当然多いからね。
金曜日早退してガソリン入れられて良かった。
通勤にバスがあると言ってもオイラが帰る時間にバスが走るとは思えないので、自分の車がガズ欠になったら会社を休もう(笑)。


こんな状態でも津波や原発で酷い目にあっている人に比べれば天国みたいなもんだ。
断水もしてないし、電気もきてる。
気持ち的にいたたまれない部分の解消ということもあるがappleを通して寄付をする。
本当に些少だけどね。
Hなお店に一回行かなかった程度でしかない(笑)。
また追加で寄付するけどさ。


寄付金の額が問題ではない。気持ちの問題だ、とは思う。
アフガニスタン南部カンダハルのハミディ市長は東日本大震災に対する義援金として5万ドル(約400万円)を送ると表明した。
ハミディ市長は「日本のような国にとっては大したお金でないことは分かっているが、カンダハルの住民の感謝の印だ」と述べた。
こういうのが気持ちだよなと思う。
この400万円って少なくとも数億円の価値があるよ。
それほど重いカネだ。
台湾が20億円の義援金ってのも、対日本の物価比を考えたらとんでもない金額だ。

久米宏が2億円。
イチローが1億円。
ダルビッシュが5000万円。
いくら稼いでいるだろうといっても個人でこれだけ出すってのには本当に頭が下がる。
個人でなら何十万円単位で出した人達もたいへんなことだと思う。
......
で、相撲協会が5000万円。
個人で金を出したダルビッシュと同額、イチロー以下(笑)。
お前等相撲協会の存在は虫以下だ(笑)。
先に寄付は金額じゃない気持ちの問題だといったが、相撲協会のこの金額に気持ちがこもってるとは到底思えぬ。
おまえら「ごっつあん」人生に慣れ切って、金を出すっていう文化やしつけがないだろ。
この国難で八百長問題をうやむやにしようとしてるかもしれないが、こんなシケた奴らツブしちゃえばいいんだ。
国に金だってないんだから相撲協会への助成金なんてとっとと廃止してまえ。

それと昨年8億近い高額報酬をとった某印刷会社の社長はこの期に及んでも寄付金を出しませんなあ(笑)。
出すんだったらその報酬に見合った企業のトップの社会的責任とやらを寄付金でみたいものだなあ(笑)。


先週の金曜日、会社を早退してきた時の事である。
ガソリン・スタンドに行こうと通常の帰宅ルートとは違う方に走った。
以前一時停止をしないで捕まった所に来た。
何気なく左側の路地を見ると、ミニパトがひっそりと隠れるように停まっているではないか。
きっちりと停止線で停まり、走り出したオイラ。
血が逆流するとはこのことである。
燃料を入れようとしてるのにわざわざ引き返してミニパトが停まっている路地に向かったよ(笑)。
車がすれ違える分だけしかない道を半分占有して停まっているミニパト。
マフラーから煙が出てるのでエンジンかけっぱなしか(笑)。
オイラが後ろから来たら慌てたようにハザードを点滅させやがった。
交通規則を守らないものを捕まえるのは警官の仕事であろうから、通常業務をしていると言えばそうだ。
しかしね、世間がピリピリしてる今ご時世。交通ルールを守らない輩を見つけてキップを切るぐらいなら、道路の分かる所に警官が立って注意を促すという方が時勢にあってないか。
それをやらないというのは、明らかにお前等警官の点数稼ぎだろ。
ってな事を穏当に言いたくてw、ゆっくりとパトカーの横につけた。
ウィンドウをあけろとジャスチャーをする。
乗ってる二人の警官が睨んでくる。
「なんですか?」
ってなこと言ってきたから前述したような事を、本当に、ほんとうに穏当に言おうとしたのだw。
したら対向車がやってきて、オイラがその対向車の道を塞いでる形になってしまったのだよ(笑)。
突然の状況に動揺したオイラがとった行動は。
「このオ●●コ野郎」
と大声で怒鳴り、中指を立てて通りすぎた(笑)。
結構な大声だったので近くに住んでいた人達には迷惑だった筈だ。
日本人なので"F"で始まる罵倒の言葉を発しなかったのは我ながら立派だと思うが、中指を立てるジェスチャーはいただけない(笑)。
それは"F"で始まるキタナい言葉と対になってるわけだから(笑)。
親指を人差し指と中指の間に入れるべきだった(笑)。
突然の事で情けない事にオイラもグラグラにブレたよ(笑)。
どうりで日本にパンクが根付かないわけだ(笑)。
もんのすごく腹に据えかねる一件。
まあ奴らの事だ、ナンバーぐらい控えられてしまったかもしれんが、屁でもねーや(笑)。


石原慎太郎って人は、多分一対一でつき合う分には魅力的なのかもしれない。
グッドルックで、教養があって博覧であろうし話も面白いからね。
小説家としてもすごく過激なものをかいてたよ。
『完全な遊戯 』なんて結構好きなんだよね。
学生の一時期、ニーチェだとかバタイユの本をちょっぴり読んで、「実存とは?」なんて考えていたから『完全な遊戯 』も興味深く読んだ。
東京都青少年の健全な育成に関する条例を推進した人間とは思えぬ作品を石原はかいていたわけだが、彼の支持者はそんな本読んだ事ないのかな。
「宮内庁のばかが余計なことを言って」
「(オリンピック反対する者は)そんなやつはぶったたけばいいんだ。」
「いかにも共産党らしい貧しい発想」
石原の暴言失言の数々。
彼はこのような失言の度に自分が作家だからと、"作家"であるということで免罪符にしてきた。
そう、彼が単なる作家で、あくまでも"作家"としての発言ならもう少し冷静に聞いてられるし、少々の共感もしよう。
"作家"の失言であれば、
「ああ、小説家だからしょうがねえや」
とか
「こんなヤツの小説、絶対買わねえ」
ですむ。
「こんなヤツの小説、絶対買わねえ」
だと小説家としての生計が成り立たない可能性もあるわけなので、多くの小説家は思ってても言わない事だってあるもんだ。
そう言う意味では小説家なら言いたい事が言えるというのも単なる幻想にすぎない。
石原慎太郎は都知事の地位にいるわけなので(今までの著作の印税や原稿料があるにしても)文筆で稼がなくても食っていける。
石原の小説など今ではそうそう読む者はいなくても、自分は作家であるという自尊心はある。
なので都知事という権力を持った公僕になったことに無自覚で作家気取りなのである。
作家は作品で人の心を動かす力はあっても、都知事のような権力は無い。
権力というのは、例えば会見で都知事に批判めいた質問をした場合、それに対する反論もせずに一言
「がたがた言われる筋合いはない」
で終了。
言いたい事を言って、反論とも言えない恫喝に似た態度で許される作家などはいない。
つまり、現状石原都知事はバカに刃物持たせてるような状態ってことだ。
気に入らなければ選挙で落とせば良い。
オレを選んだならオレの暴言失言だって折り込み済みだろ。
ってなものだろう。
オイラからすれば愚かな都民もいたもんだと思うがね。
今回問題になった
「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」
この天罰というくだりが問題になって釈明してたが、まったく関係ない減税党の話にすり替え。
一応コワモテで教養人の石原に批判的な質問をするのは正直勇気がいるだろうが、もっとツッコンで質問してもらいたかった。
自分が言った事にまったく責任を取らない立場にいるというのがある意味石原の堕落だね。
そもそもさ
「前頭葉の退化した六十、七十の老人に政治を任せる時代は終わったんじゃないですか」
なんて1975年に東京都知事選挙での演説で対立候補の美濃部亮吉対して言った言葉。
現在78歳の石原慎太郎(笑)。
自分は特別な人間だと思っているんだろうね。
"天罰"発言もね、都知事でなく作家としての発言ならオイラは許せたと思うよ。
日本のどうにもならなさに鉄槌を、というのは押井守も宮崎駿も言ってる事だから。
ただね、この石原の"天罰"問題で許せないのは完全に視点が権力者の上から目線なせいなんだよね。
「オマエらと違うオレさま」
という態度がね。
石原はまた都知事に立候補するらしいけど、彼なりになんとなく自分が言いたい事言えるのは権力の座にいるからってことに自覚的なんだろうね。
だから権力の座にずっとしがみついてる。
この人は公僕には向かない人だ。
すべての権力が剥奪された時に石原慎太郎がどうなるか、というのを見てみたい。
たぶん何も言えなくなると思うけど。


苛立ちまぎれにつまらない事をかいてしまった。
これ読む人いないだろうな(笑)。
オイラも読み返すのがかったるい(笑)。


『愛のむきだし』と『キック・アス』の感想をかこうと思ったが明日以降にしよう。
by 16mm | 2011-03-20 21:37 | 出来事 | Trackback | Comments(2)

3月11日

今現在に至ってもミシミシと家が軋む余震がやってきている。
メールをわざわざ下さった皆さん、ありがとうございます。
個別に返信はいたしましたが、改めてこの場でもお礼を言いたいです。
日本のほぼ全域に広がってしまったこの災厄。
程度の差はあっても多かれ少なかれ皆不安に過ごしている現状。
他人の事より自分の事を優先させたいと思うであろうなかで気にかけてくれる人がいるということのありがたさ。
今回ばかりは本当に心細い中、メールやツイッターでの反応がとても励みになりうれしくもありました。
同様に、世界中の国や地域で日本の窮状を見て支援を申し出てくれたとの報道で
「ああ、日本は孤立していないんだな」
という気持ちを持てる事がどれだけ心強いか。
...たとえ今度の国家間の思惑含みではあったとしてもね。
東北での津波の惨状には言葉もない。
被災された方々や不幸にも亡くなられた方々には、本当に心からお見舞いを申し上げたい。
僅かではあるが寄付もした。
現状自分でできそうな事はできるだけしたい。
国会も政局は無視てすべての党が一致して災害対策にあたってほしい。
民主党は自党にこだわらず、適材な人選を党派を越えておこなってこの国難とも言える非常事態にあたってもらいたい。
せめて、これ以上被害のないことを祈ります。


3月11日金曜日。
時間は、多分、15時前ぐらいだったと思う。
突然の地震。
揺れが強くて長い。
会社の地震警報が
「震度3の地震です」
などと呑気な放送をしている。
アホぬかせ、これが震度3なわけねえだろ。
地鳴りのような震動とともに二度目の揺れが来たとき、部屋の全員が机のしたにもぐった。
そして更に三度目の大きな揺れがやってきた。
この状況なら避難だろう。
一度目の揺れで避難の放送をすべきであったんではないか?
たとえその後に揺れがこなかったとしても。
揺れの直後から携帯電話で実家に電話をし続けるも繋がらない。
東北での津波の一報に愕然とする。
大きな揺れはなくなったものの、小さく長くゆれたためか少々気持ちが悪くなる。


オイラは20時まで取りあえず仕事をしていて、一段落ついたので帰宅することにした。
その頃には車や電車等の移動手段がダウンしていたとの情報がインターネットを通じて分かっていたのだが、実家に電話が繋がらないという現状に若干あせりがあって、兎に角JRの最寄りの駅をめざそうと思ったのだ。
ちなみに20時に会社を出たのはオイラだけ。
少なくとも同僚は全員会社に残ったから。
帰る間際、会社としての方針を追って沙汰する旨の連絡が入った。


15時に地震があって「追って沙汰をだす」連絡が来たのが20時。
オイラが会社を出てから、会社自体がどんな対応を残った社員にしたのかは分からない。
メシを出したのか。毛布を配ったのか。女性にタクシ−券を渡したのか。
そういう意味で、オイラはまったく会社を信用していないので、この期において自分の命運を会社に預けるつもりにはならなかった。
会社を出て事故に巻き込まれてもそれはあくまで自己責任だと言い切る覚悟もしていた。
会社の内壁にヒビが入って壁が床に落ちている箇所もあった。
側聞ではあるが、社長はヘラヘラ笑っていたらしい。
いつもは残業時間だの休日出勤などでは高圧的に対応する総務もまったく連絡をよこさない。
『ガンダムUC』の台詞で
「いまごろは対応を決める話し合いがもたれているだろうさ。責任をとりたくない責任者の間でな」
うちのクソ以下の社長にせめて女性にはタクシーで帰宅させようと判断し、それに対する責任をとろうなどということがないことは火を見るよりも明らかだった。
緊急事態の時、こんな会社の方針を待っていたり従っていたりするのは間違いだと肝に銘じた。


会社を出ると、まずタクシーがまったくつかまらない。
歩道を埋めるように歩く帰宅の行列。
途中のコンビニではオニギリやらサンドウィッチの棚が空に。
池袋につくも、やはり電車は動く気配なし。
駅構内に滞留する人が多い。
オイラはいつものカプセルホテルを目指すが既に満室。
近隣のビジネスホテルもすべて満室。
速攻で近場のラブホに行くと、まだ部屋が4つ空いていた。
9800円で一部屋確保して一蘭に晩飯を食べに。
ホテルに戻ったら全ての部屋が埋まっていた。
ちなみにエレベーター使っちゃダメと言われたので6Fまで階段で昇ったw。


部屋でTVをつけるとどの局も地震番組。
津波で流される家。300人の遺体を確認した話。
そしてなにより寒い中駅構内で雑魚寝をしている人が大勢いる中、自分はホテルで風呂に入りヌクヌクしている。
ありとあらゆる意味でいたたまれなくなる。


12日。
午前10時ぐらいに池袋駅に行く。
電車は動いているとのことだったが、入場規制でごったがえしている。
ので、駅をそのまま素通りして漫画喫茶に。


漫喫で"月刊ガンダムエース 2011年3月号"と"月刊ガンダムエース 2011年4月号"での安彦良和の対談を中心に読む。
後は島本和彦の『アオイホノオ』。
5巻の山賀博之の妹と全裸の赤井孝美と庵野秀明の件がオモロかった。
この漫画、買っちゃおうかな(笑)。
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ここの漫画喫茶のトイレがカッコよかった。


14時に漫画喫茶を出て、ちょうと復活したばかりの高崎線に飛び乗る。
結構な低速での走行。
結構空いていたが、大宮で高崎行きを待っていた乗客が大勢いた。
オイラは降りて宇都宮線に。
しかし、先行する電車が先々の駅で止まっているとの事でオイラが折りたい駅の二つ前の駅で電車ストップ。
結局90分ぐらい待たされて動き出す。
降りたい駅の一つ前でまたもストップ。
そこからはタクシーで次の駅まで行き、停めてあった自分の車で帰宅できた。


実家は潰れる事無くあったのでホッとしたのだが、案の定
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自分の部屋がこんな有様であった(笑)。
もともとキタナく整理整頓ができてない部屋であるが(笑)。
一番でかい本棚が倒れなかったのが幸い。
この状態を復旧するのに4時間かかったよ(笑)。
つまり夜中まで。
オイラの部屋にフレッツ光の電話回線のルーターもあるのだが、落ちた本がコンセントにぶつかって抜け落ちたらしい。
だから電話が通じなかったのだ(笑)。
パソコンもカメラも無事であったのはなによりである。
しかしこの有様にオイラが寝てる時になったら、と思うとゾっとする(笑)。


ただ母親のパソコンは壊れたようだ。
母親はペースメーカーを埋め込んだサイボーグなので近場に携帯電話を置いておかなかったのが、連絡がとれない主な理由である。
ぜったい近くに置いておけと厳命。


パソコンを置いてあるテーブルが少々壊れ気味なので、買い替えねばならぬ。


映画は『SP』が上映になるはずだったが、池袋でも地元でも映画館が閉鎖されていたので観れず。
観れた映画館ってあんのかな?


スポーツジムも閉鎖してるようで今週は運動無しである。


石原慎太郎がまた都知事選に出るって?
最初出ないって言ってなかったか?
お前なんてお呼びじゃねえんだよ。
ジジイはすっこんでろ。


大きな地震がまたきそうだという予報もあるようで。
被災された方、そして原発で被爆された方。
本当にお見舞い申し上げます。


皆さんもまだ気を抜かずに、この局面を無事に乗り切りましょう。
by 16mm | 2011-03-13 21:22 | 出来事 | Trackback(1) | Comments(3)